第71限 農業高校救出作戦・突入
70話以上もお付き合いいただけるなんて……感謝しかいないです。
本当にありがとうございます。
「……よし、みんな弾薬の補充はできた?」
校舎に辿り着くまでの戦闘で、弾薬のほとんどを消費した僕らは輸送車に積み込んでいた段ボール箱から予備の弾薬を取り出し、銃に入れ、ポーチに予備弾倉を装着しておく。
みんなを見渡すとそれぞれ補充を終えて、僕の方を見ていた。
「よし。それじゃあ仕事の大詰めに掛かるよ」
僕はみんなを逆手で手招きし、集合させる。
「これからの仕事は二つある。まずは」
校舎の上を指差す。
「まずは、この校舎にいる生存者たちの救出だ。一階二階にはフラッドが彷徨いているらしいから、それを片付けて、生存者たちの安全を確保する」
そして僕はグラウンドの方を指して「次は」と続ける。
「第二に、食糧の倉庫に向かった五人組『食糧確保班』の救出。最上くん曰く、武装は最小限らしい。車の通れる道がありそうだから、装甲車で行こうか」
要するに、校舎の生存者を救出する仕事と、倉庫へ向かった五人組を救出する仕事がある。
「この二つの仕事は並行して行う。つまり二つの班に分ける。……僕と山城がそれぞれの班を率いて、僕は校舎組、山城はグラウンド組だ」
山城たちは装甲車に乗っていくので搭乗可能人数ぎりぎりの五人班にし、僕の校舎組は残りの七人で向かう。さっきまで校門で障害物撤去の作業をしていた四人に、リーダーとして山城を付けた人員の編成だ。
全員が僕の指示に頷いたので、ドンドンと輸送車の側面を叩き、同時に「さぁ、掛かろう」と仕事開始の号令を発する。
すぐに12人が七人と五人の二手に分かれた。
山城が「ついてこい」と行って先に歩き出し、それに四人が小銃を構えて付き従う。彼らが装甲車に乗り込むのを見送って、僕は残った面々の顔を見回す。
「さて、僕らは僕らで大変だよ」
軽く笑いながら、僕は校舎を見上げる。
「……何匹いると思う?」
輸送車の荷台に腰掛けて銃の整備をしていた三入に聞く。彼は肩を竦めてから荷台から腰を滑らせるようにして降り、僕のとなりに立った。
「分からんが、俺たちの弾の数よりも少ないことを祈るよ」
「……僕もそれがいいな」
目を伏せて大きく鼻から息を吸ってから、短く吐き、僕は顔を上げる。
「廊下は走らないってルールを、ゾンビ共が覚えてたらいいね」
◆
大之谷農業高校、馬術場、厩舎。
「なぁ由良。これからどうする?」
「……うん?」
金色に染めた髪を乱暴にポニーテールに結った三年女子・由良が率いる大之谷農業高校『食糧確保班』の面々。
フラッドに追われ、馬術場に追い込まれた彼らは馬たちのいる厩舎で息を潜めていた。
「……ぐばあああッ!! ぐぎぎぎいいいッ!!」
不気味な呻き声と一緒に、ドンドンドン、と乱暴に厩舎の扉が叩かれる。執拗にもフラッドたちは由良たちを求めて厩舎の扉を叩き続けていた。
「外に出たいなら……出なさいよ」
厩舎の端に座り込んで、リュックから取り出した布で首や顔を拭きながらぶっきらぼうに由良は答えた。
ないよりマシだろうと掃除用のバケツに溜まっていた水を馬にやるメンバーの男子は首を振って「冗談じゃないね」と返す。
「馬たちも相当弱ってる。一日に何リットルも水を飲む生き物なのに、しばらく水分を取ってないだろう」
「牧草地の牛たちも心配ね。餌は何とかしてるでしょうけど、まだ赤ん坊の牛がいたわ」
「授業で家畜の面倒をするのは臭いし疲れるしでアレだったが、やっぱり心配になるもんだな」
「……臭いならアンタも相当よ」
「…………おい、こん中に最近シャワー浴びたやついるか?」
「……レディーにそれは失礼よ」
「……ハリウッド女優だって風呂に入んなきゃ臭いもんさ。安心しろ」
由良はさりげなく袖口の辺りを嗅ぐと、少し顔を顰めるのだった。
◆
「よし、ひとまず校舎に入ろう」
そう言って僕は辺りを見渡した。校舎への入り口らしいものは、そばにあるガラス戸の生徒玄関だ。
僕が「こっちだ」と顎で示して、先頭を歩き始めるとみんながぞろぞろと周囲を警戒しながらついてくる。
ガラス戸の向こうには靴箱の前に簀の子が敷かれたいかにもな学校の玄関と、奥に階段が見えた。
「フラッドは見えないな」
見える範囲だけでも索敵してから、僕はガラス戸に手を掛ける。
「……ん?」
しかし押しても引いても戸は開かない。
「だめだ。鍵が掛かってる」
どうしようか、と僕が戸から離れて、腰に手を当てて考えていると、今度は戸の前に三入が立った。
すると彼は奇妙なことを言った。
「……合鍵なら持ってるぜ」
彼の言葉に僕は他のメンバーと顔を見合わせる。
「合鍵? どこにそんなもの……」
三入は僕にニヤッと笑ってから、懐から拳銃を取り出した。そして次には僕に背を向けて、その銃口を戸に向けていた。
「おいまさか」
彼を止めようとしたが、「これが俺の合鍵だ」と言って、彼は引き金を引いてしまった。
ガァンッ!! と激しい音がして、咄嗟に耳を塞ぐ。一緒に伏せていた目をゆっくりと開くと、鍵のロック部分を撃ち抜かれたトビラが、少しその口を開いて僕を待っていた。となりにはドヤ顔の三入が立っている。
「……フ、フラッドが銃声で集まったらどうするんだ」
「でも開いたろ」
相変わらず反省するとか、悪びれるとかそんな素振りのない男だ。
この思い切りの良さというか、吹っ切れ具合というのは見習うべきだろうか。
ロシアの小説家イワン・ツルゲーネフ曰く、
『乗りかけた船には、ためらわずに乗ってしまえ』
である。
「合鍵っていうより、マスターキーだな」
どんな鍵にも合う素晴らしいマスターキーを持つ彼に小言を言いながら、僕は校舎の中に足を踏み入れた。
◆
一方、山城班は安芸たちと分かれ、乗った装甲車でグラウンドを爆走していた。
「あ、いた。四体、二時方向」
助手席にいた委員が指差すと、「おっしゃーい!」と叫んで機銃手が機関銃の向きを二時方向へ変える。
「おら! くらえぇッ!!」
機銃手が慣れた様子でそのフラッドたちに照準を合わせると、その引き金を躊躇なく絞った。
すると耳障りなガガガガッ、という連続した炸裂音が鳴り響き、銅色の閃光が銃口に灯される。
「くぶっ」
「ぎゃっ」
「ががっ」
フラッドは無茶苦茶に撃たれる弾丸を受け、肉が削れ、骨が砕かれ、体に穴が開いていく。
弱点である頚椎のマイクロチップの破壊に至らずとも、歩行を不可能な状態にすることができればいい、という考え方に基づく戦法だ。
骨盤がボロボロになり、太ももが穴だらけになったフラッドは血まみれになりながら、這ってでも装甲車に近付こうと手を伸ばす。
山城は装甲車のバックミラーに映るそんな哀れな化け物を一瞥してから、目を伏せた。
「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」
死体を操り彷徨うフラッドにではなく、その体の持ち主であった人間の魂に対し、山城は念仏を唱えた。
「……あ! あれ見てくださいよ」
運転手がそう言うので、合掌を止めて山城は後部座席から前を覗き込む。
「あれが馬術場ではないか?」
少し小さめな陸上競技のコースに、木製の障害物が等間隔に配置された、金網に囲まれた空間があった。その入り口の横に装甲車を止める。
「きっとそうですね。会長が言ってたのはたしか、馬術場のとなりの倉庫に向かった五人組がいるって話でしたね」
「うむ。道中にその姿は見えなかったが、すでに倉庫へ向かったのやもしれぬな」
「ですね。では倉庫へ向かいますか?」
班長としてそれに同意しようと山城が頷きかけたとき、彼の視界に妙なものが映った。
三体のフラッドだ。
「おい、アレ……。何か変ではないか?」
「……変? あいつらがですか?」
その三体のフラッドは、馬術場の中にある厩舎の扉を叩いていたり、体当たりしていたり、頭突きしていたりしている。
山城の指摘を受け、助手席の委員が前のめりにその様子を観察し、目を細めた。そして山城の言いたかったことを代わりに言葉にする。
「……フラッドには、ただの扉を群れで叩く習性でもあるのかな」
彼の言葉に車内にいた四人は顔を見合わせた。
「……ないだろうな」
山城は足元の金属バットを掴むと車のドアに手を掛け、押し開いた。
それを見て他の面々もそれぞれの武器を持って降車。彼らは弾倉を抜いて弾を確認したり、金属バットを回して手首を温めたり、首をパキパキと鳴らしたりして、コンディションを整えながら、馬術場の方へゆっくりと向かっていった。
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