第69限 二つの戦い
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
「……よお、クソ野郎」
ふんっ、と踏ん張って、三入が銃撃により脚を失ったフラッドに鍬を叩き込む。鉄の鍬の平たい先端が地面を這うフラッドの首に食い込み、見事に切断される。
「そんなのどこにあった」
鍬なんて学園を出たときに積んだ覚えはない。さっきまで運転手をしてくれていた彼に僕が聞くと、彼は肩を竦めてから鍬をポイと捨てた。
「そこに落ちてたんだ」
彼が指差したのは、腹部の抉れた教師らしき大人の死体。腹の抉れた傷口は大きくて、中に手を突っ込んで内臓を掻き出したように、辺りには乾いて萎んだ臓器が散らばっている。
どうやら鍬で腹をごっそりと削り取られたフラッドの死体があったらしい。
「……それは落ちてたとは言わないぞ」
僕が首を振りながら指摘すると彼は笑って、肩に掛けていた小銃のグリップを握り直した。
「腹を耕してたみたいだな」
僕の肩にトンと手を置いて、彼は上機嫌に進み出した。今回が初めての校外だとは思えないほどの余裕ぶりだ。
気味の悪い冗談に顔を顰めながら、僕は彼の背を追った。
◆
「走って! 走って!」
「ああああっ、くっそおぉ!!」
仲間を一人喰われ、残り四人となった大之谷農業高校の食糧確保班の面々は、馬術場の中を逃げ惑っていた。ひたすらに走る。全力で走る。無我夢中で手と足を振り回し、とにかく生きるために走っていた。
「ぐがあああッ!!」
「ぶうばあああッ!!」
彼らを追うのは、三体のフラッド。
一体は膝から下をぐるりと捻っていて、足取りは遅く、二体目は顔中に爪痕のような傷を幾つも作り、それが膿んで緑色や黄色の粘着質な液体をぶら下げている。最後の一体に関しては、片腕が肘から下がなく、肉と骨が剥き出しの肘を地面に突いて、四つん這いで迫ってきていた。
「何だよ! 俺たちゃ馬かよ!?」
「黙って走りなさいよ!」
「くっそ! こんなことなら馬術部に入っとくんだった!」
「黙りなってッ! あと馬術部で走ンのは馬よ!」
馬術場のコースを横断する食糧確保班。
目指すのは馬術場の横にある倉庫だが……
「……ちっ、くそっ! 何だよコレ!?」
馬術場の端にいち早くたどり着いた男子が吠える。彼はガシャンガシャンと目の前の金網を掴んで鳴らした。
馬の脱走を防ぐための金網は高く、乗り越えるには時間が掛かる。
「があ゛あ゛あ゛あああッ!!」
背後に迫るフラッドの群れと、高いフェンスを何度も見比べてから、由良が汗をかいて乱れた金髪をかきあげながら指示を出す。
「こっち! ひとまず入るよ!」
彼女は手招きしながらフェンス沿いに走り、それに仲間たちも続く。
そこにあったのは、馬術場の馬を飼うための厩舎だ。
由良が馬を入れるための大きな両開き扉の片側を勢いよく体当たりするように開き、仲間を「早く!早く!」と言って厩舎内に引っ張り込む。
最後の一人が中に入ったのを確認してすぐに由良は扉に体当たりして閉めようとしたが、「ぐがああッ」と唸り声がしたと思うと、締まり掛けの扉の隙間に灰色の腕が挟まれた。
「ひっ」
何かを求めるような、乱暴なその腕を由良はスレスレで避ける。
「みんな! 手を貸して!」
由良はフラッドの侵入を防ぐため、扉を必死に抑える。そこに三人男子たちが集まり、一緒になって扉を閉めようと力を込めた。
「ぐああッ!! ぶばばああッ!! がががァァッ!!」
しかしフラッドも負けじと扉に腕を挟んだまま踏ん張る。その血管が浮き出て、血色の悪い血塗れの腕が邪魔をし、由良たちは扉を閉められない。
さらにドンッ、ドンッ、と後続のフラッドたちが扉に体当たりするので、扉の隙間は少しずつ開いていっていた。
「もう……む、無理ッ……!」
ずざざ、ずざざ、と扉を抑える三人は後退していく。
そのとき、
「由良ァ! 頭ァ下げろっ!!」
「えっ?!」
横を見た由良の視界に鋭利な金属の先端が見えた。慌てて由良は言われた通りに頭を下げる。
すると彼女の頭上でブシュッと何かが噴き出す音がした。
「ぐげえぇぇッ!! あがああッ!!」
次にはフラッドの叫び声が聞こえ、外から扉を押す力が弱まり、バタンと扉は閉じられた。
「はぁっ、はっ、はっ……んぐ……はぁ、はぁ」
由良は顎に滴る汗を手の甲で拭い、見上げた。
仲間の一人が、血の着いたピッチフォークを持って、肩で呼吸していた。
ピッチフォークは干草などを投げたり持ち上げたりするとき使われる、その名の通り、フォークのような農具のことだ。
これをフラッドの腕に突き立て、怯ませたのだ。
「た、助かったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
彼は礼を受け取りながら扉に近付き、今度はそのピッチフォークの柄を扉の取っ手に差し込む。次の瞬間に再び扉にフラッドたちから体当たりを掛けられ、扉が軋み、埃が舞ったが、鍵代わりのピッチフォークが彼らによる扉の突破を防いだ。
「……はぁ、はぁ……ひ、ひとまず……」
由良は痛む横腹を手で抑えながら体を起こし、みんなに指示を出した。
「……ひとまず、休みましょうか」
全員がすぐに手を挙げて同意した。
◆
「そっち行ったぞ!」
「お、おう!」
僕らは校門の辺りで車両を降り、坂道を登って校舎を目指している。
困ったことにフラッドが多い。つまり生徒が多く襲われてしまったということだ。
第一回校外出動から《校外委員会》に所属するベテランである山城と他五名が小銃を構えながら先行し、撃ち漏らしや数がまとまっていたときには後続の新人たちがそれを狙う。
ちなみに車両を降りたのは、校舎の方へ続く坂道を折れた木と事故した車両が塞いでいたためだ。
木に突っ込んだ車には大之谷の制服を着た生徒が乗っていて、事故の衝撃で亡くなっていた。おそらくフラッドから逃げようと、慣れない車のハンドルを握ったのだろう。
道を塞ぐそれら障害を除去し、車両を校舎へ運ぶ人員として、4名を配置している。
そのため、校舎へ向かうグループは僕、山城を含む8名となる。
僕は後続組で拳銃を握っているが、正直にいうとあまり役には立っていない。
学園のアーチェリー場でみんな射撃訓練をしてきた甲斐があって、動くフラッドという的にもそれなりの命中精度だ。
「……ここの生徒たちは無事かねぇ」
校外委員の新人として後続組で小銃を握る三入が僕のとなりでボヤいた。
校内で問題を起こし、一度は《風紀委員会》によって部室棟へ収容された彼だったが、僕の説得に応じ《校外委員会》への参加を決めてくれ、訓練にもしっかり力を入れてくれていた期待の新人だ。
「……ちょっとフラッドの数が多過ぎるね。心配だ」
僕の返答を黙って聞きながら、彼は照準を覗き込み、引き金を引く。
彼は走るフラッドの腰辺りに弾を撃ち込んでいた。その弾丸を受けたフラッドは足を止め、風穴の開いた自身の腰に視線を落としたが、それからニタリと笑ってまた歩き始めた。
外したのかと思った。
しかし、腰を撃たれ足を止めたフラッドが一歩、再び右足を前に出すと、そのフラッドは大きく体勢を崩した。根本から崩れたジェンガのようにフラッドは地面に倒れ伏せてしまった。
「……あそこを撃たれたら、もう脚は使えねえよ」
三入はそう言いながら腰のポーチから予備弾倉を取り出し、同じ手を使って空になった弾倉を慣れた手つきで取り外していく。
どうやら装填の時間を稼ぎたかったようだ。ガチリと弾倉を小銃にはめ込み、古い弾倉は僕に投げる。
そして彼は再び照準を覗き込む。
「慈悲だ。化け物」
左足を引き摺りながら、反対の足と両手を使って蟲のように地面を這い、こちらへ迫ってくる悔しそうな顔をしたフラッド。
三入はゆっくりとそいつに狙いを定め、引き金を絞った。
弾丸は歯を食いしばるフラッドの前歯にまずぶつかり、舌を回転に巻き込んだあと、喉へ侵入し、首をぐちゃぐちゃにかき混ぜて、背中から出ていった。
「ごっ、ひゅっ……がっ……あっ」
焦げた口内をこちらに見せながら、頚椎マイクロチップの破壊されたフラッドは徐々に首を倒していき、やがて活動停止した。血の海がすこしずつ広がる。
「や、やるね」
「まあ、足のことなら詳しいからな」
さすが元陸上部だ。
そうやって少しずつフラッドを減らしながら、僕ら八人は大之谷農業高校の校舎を目指して、前進していった。
◆
──……ダンッ……ダンダンッ……
遠くで聞こえたそんな音に、由良は顔を上げた。
「……ねぇ、聞こえた? 今の」
「? いや、なにも……」
「聞こえるよ……ほら」
──……ダダダッ、ダダダッ……
由良の仲間三人全員が、今度は顔を上げる。たしかに遠くで何か聞こえたのだ。
「この音は……」
一人の男子生徒が立ち上がり、厩舎の壁際に寄る。
やはり連続した炸裂音が聞こえた。
「じ、銃声だ……。これ銃声だぞ!」
「銃声?! それって……」
「ああ! きっと自衛隊だ! ほら、隣町の桐可市に基地があるじゃないか!」
「た、助けか! 助けに来てくれたんだな!」
「助かる! 助かるぞ!」
男子たちが厩舎の中で盛り上がり、由良も笑っていたが、フッと彼女の脳裏に不安が過ぎる。
本当に自衛隊だろうか、という考えもあった。彼女には、1週間ほど前のあの『大人が化け物になる悲劇』に、例外があるとはどうしても考えられなかったのだ。
◆
そして、学園と農業高校は邂逅する。
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