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【受賞】ノアの学園~国父とよばれた高校生~  作者: 大塚 可修
第3章 学園国家の礎石
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第67限 始動、第三回校外出動

大人だけが消えた世界……

……そしてやがて、学園は国家となる

『助けてください。生徒が大勢で校舎に立てこもっていますが、限界です。場所は大之谷(おおのたに)農業高校です』


 青い鳥のSNSを更新していると見つけた、僕のフォロワーからの投稿(つぶやき)。

 それを見つけた僕が内容を音読すると、甲斐と壱岐さんも僕の左右にやってきた。二人が見やすいように左腕の腕輪から空中に投影される板チョコ大のホログラムスクリーンを拡大する。


「大之谷(おおのたに)農業高校といえば……隣町ですが、車ならすぐのところですね」


 甲斐が顎を指先で叩きながら脳内で地図を広げた。


《大之谷農業高校》は、桐可市を含むこの地方で最大級の実業高等学校だ。農業科と畜産科に分かれ、敷地面積は「山三つ分」だと言われるほど大きな学校で、馬や牛、ミニブタなどの家畜動物と触れ合える環境を設けて、一部を一般に公開するなどして運営資金を賄うことで有名だった。この生徒会室にも大之谷農業高校のパンフレットがあるが、機械農業や先進農業に関する研究も盛んで、世界的にみても実業高校としてかなり優秀な学校であるとあった。

 桐可市を東へ進んだ先にある町を見下ろすように建っていたはずだ。たしか車で30分~60分ほどの距離だ。


「……助け、られるかもしれない」


 僕の呟きに、甲斐は眼鏡を押し上げた。「先ほども言いましたが」と前置きして、甲斐が続ける。


「いまの学園に、大勢を救う力はありませんよ」


 それは分かってる。でも、助けられる命を見過ごすことができるほど、僕はまだ冷徹にはなれない。

 何か、彼らを助けてもいい理由がいるんだ。


「……食糧……」

「はい?」

「食糧問題の、恒久的な解決を目指す……っていうのは?」


 イスに座ったまま、となりの甲斐を見上げる。

 冷たく見える彼だが、誰よりもリアリストとして現状を分析してくれているのが彼だ。


 経営学者ピーター・ドラッガー曰く、

『未来を語る前に今の現実を知らねばならない。人は現実からしかスタートできないのだから』

 である。


 目を伏せ、深く考える甲斐と僕を、壱岐さんは心配そうに見比べている。


「……農業高校の解放と、安全圏としての確立を目指す……ということですね?」

「そう。大之谷農業高校のフラッドを一掃して、ウチのような安全圏として解放する。そして……」


 壱岐さんにお願いして、壁際の本棚の引き出し部分に仕舞っていた大之谷農業高校のパンフレットを取ってもらう。


 そのパンフレットをパラパラとめくって、僕は大きな農場と水田、そして牛の並ぶ畜舎の写真のあるページを見つけ、それを甲斐に見えるように机に置いた。


「そして、食糧生産の拠点とするんだ」

「……」

「今の学園のままでは、将来的に食糧問題が発生するのは自明の理だ。だが田畑を起こそうにも、学園には専門家がいないし、本を見ながら農作しようにも適切な土地も農具もない。だが、もしこの農業高校の安全を確保できれば……?」

「……全て、揃いますね」

「たしかに危険な賭けかもしれないが、だがリターンの大きな投資でもある」

「そう、うまくいくものですかね」

「分からない。だから賭けであり、投資だ」

「その賭けにベットするのは……会長、あなたを含む多くの命ですよ」

「背負う。それくらい、背負うさ。吉田くんにも言ったからね……。僕は、リーダーとして、決断する」

「……そうですか」


 甲斐が諦めたように息を吐き、肩の位置を少し下げた。

 そして薄っすらと笑って、「では」と言った。


「では、お任せしますよ。私も会長に投資している身でした。どうか頼みます」

「……! あ、ああ! 任された」


 壱岐さんも、誰より嬉しそうにパアと顔を明るくした。


「た、助けに向かうんですねぇ! 応援しかできないですけど、会長! 頑張ってくださいね!」

「ああ、もちろん!」


 第一回から間を置かず実施した前回の第二回校外出動であったが、第三回の実施がまたまた決まってしまった。

 本来なら第三回の校外出動は、報酬点数制の施行効果で集まった新規委員の訓練を行ってから、数十人の規模で行う予定であったが、ここは変更だ。


「では生徒会長として、第三回校外出動の実施を提案する。目的は『大之谷農業高校の解放』とし、これは『食糧生産拠点の創出』も兼ねたものだ。まずは生徒評議会でこれを可決する。甲斐、壱岐さん、悪いんだけどみんなを集めてくれるかな。すぐに会議だ」

「はいぃ!」

「わかりました」


 二人は『生徒評議会』のメンバーである各種委員会の委員長及び副委員長と、各学年代表を招集しに、生徒会室を離れた。


 第三回校外出動で、僕ら《校外委員会》の力を以って、大之谷農業高校の生き残りを救出し、同学園敷地内のフラッドを掃討。農業高校内の安全を確保し、農作物、畜産物などの食料の生産を直ちに再開。僕たち桐可学園と大之谷農業高校で生産物を分け合う約束を取り交わし、学園の食料生産拠点を置く。


 甲斐を説得するために、取って付けた計画にはなったが、悪くはないはずだ。


 もちろん課題はある。

 まず生き残りの規模だ。あんまり数が多いようだと、農業高校を解放できたとしても、最初の食料が生産できるまで、彼らの食事を用意し続けられるかが怪しい。無論、生き残りが少ないことを願うわけではないが、無視できない課題だ。

 第二に、農業高校の敷地をどこまで安全圏にするかだ。大之谷農業高校は農地や牧草地、畜舎などを有する広大な敷地面積を誇る。その全ての安全を確保するとなると、かなりの時間を要するだろう。それに桐可学園は偶然にも高い壁で囲われていたが、大之谷農業高校がそうであるとは限らない。

 最後に、フラッドの数。生き残りが多ければ、フラッドの数は少ないだろうが、前述の問題に直面する。生き残りが少なければ、それはつまり校内のフラッドが多いということになる。パンフレットをまためくってみるが、生徒総数に関する記述はない。これは不安要素だ。


 けど、それでも


「やるしかないよな……」


 僕は立ち上がって、スタンドハンガーに掛けた上着の腕章をひったくった。


 ◆


 桐可学園、新校舎三階、第一会議室。


「……以上が作戦概要だ。みんな、何かあるかな?」


 急遽開かれた生徒評議会で、僕は第三回校外出動の概要を説明した。


 大之谷農業高校に生存者がいたこと。

 彼らが助けを求めていること。

 学園の食糧事情の根本を解決するため、《校外委員会》による農業高校解放を目指すこと。


「……つまり、米を作るのだな!」


 山城がそう言って伏せていた目をカッと見開いた。


「ま、まあ、最終的にはお米が食べられるかもね……」

「ふむ。素晴らしい作戦だ。いつまでも菓子パンや味の薄いスープを食べていては、体に悪いからな。やはり大和男子は米だ。米は力だ」


 ぐっと拳を握って力説する山城にみんなが少し笑った。


「だが委員はまだまだ訓練が足りぬぞ。新入りは特に。人員はどうする? 直ちに向かうのか?」


 打って変わって、山城が真剣な面持ちで言う。《校外委員会》の次席として、人員不足と練度不足を心配する役員の顔だ。


「……それに関してだけど、今回は大之谷(おおのたに)の生徒の救出のことがあるから、明日にでも出発したい。あと、大之谷は『山三つ分』と言われるほど広大な敷地を持つ農業高校だ。フラッドの一掃と、敷地内の安全確保にはそれなりの人数がいる。だから少しでも多くの人員が欲しいんだ」

「うむ。承知した!」


 ガタッと立ち上がった山城。


「ではさっそく、全員の訓練を行(おこな)ってくるぞ! 善は急げ、だ!」

「え、ちょ、山し……」


 彼はちょっと違う言葉の使い方をして、「がははは」と笑いながら会議室を出ていった。

 さすがというか何というか、山城の気迫にみんな押されて、ただ彼の背中を見送った。


「あ、ま、まあ、みんな、何か意見はあるかな?」


 最後に、今回の『校外出動の実施』に関しての採決をとる。

 全委員会の長と、各学年代表が集結するこの会議『生徒評議会』は、まさしく学園の民意の集う場所だ。ここでの政策や計画の採決が、学園が全体として歩む道となる。


「異議なし」

「異議なしです」

「私も異議なし」

「異議ありません」

「異議なし」

「異議なし」


 円卓に座る各種委員会の委員長たちと、三人の学年代表は小さく手を挙げて賛同の意を表した。

 彼ら彼女らの顔を一つずつ確認し、僕も頷いた。


「ありがとう。では第三回校外出動の実施を決定とします。《災害対策委員会》にはトラックへの食料と医薬品の積み込みをお願いします。《風紀委員会》からは今回の校外出動に協力してくれる人を募ります。《環境委員会》には校外出動に使用する車両の清掃をお願いします」

「了解です」

「わかりました」

「任せてください」

「以上、今日は解散とします。みんなありがとう」


 僕がそう言って立ち上がると、円卓を囲うみんなも立ち上がる。最後に全員で礼をしてから、今日の生徒評議会は幕を閉じた。


 ◆


 桐可市を東へ行った隣町・大田市。川と橋の多い美しき水の都であった町は、桐可市同様に人喰いの化け物で溢れ、地獄絵図となっている。


 古き良き商店街のある町の中心部から外れ、北の山道を進んだ山奥に、《大之谷(おおのたに)農業高校》はある。

 農業科と畜産科の学科に分かれており、その生徒数は約400人と実業高校としては多い。山の奥にあるため大きな寮もあり、広大な敷地内に家畜を放牧できるほどの牧草地や馬術場、多くの種類の野菜・穀物を栽培できる農場を持つなど、非常に設備の整った学校である。


 敷地の入り口の門を潜り、真っすぐ坂道を上ると、大之谷農業高校の校舎はある。四階建ての横長の建物で、無駄のないコンクリート製の古い造りだ。


 教師がフラッド化したこの学校にも、生存者がいる。

 彼らはその校舎の三階と四階に立てこもっていた。


「……本当に行くんだな」

「ええ。待ってて、すぐに食糧を持って帰るから!」


 三階、西階段のそば。

 二階と三階を繋ぐその階段は、フラッドの侵入を防ぐため、机や椅子、掃除ロッカーなどでバリケードが作られていた。バリケードというよりも、『階段を床から天井までモノで厚く塞いだ』と言った方が分かりやすい。

 そんなバリケードの前に、五人ほどの男女が集まっている。動きやすそうな恰好をして、空のリュックを背負い、鉄パイプを持った生徒たちだ。彼らは、これから食料を確保するために、立てこもっている校舎の三階・四階部分から飛び出していくのだ。


 それを見送るのは、松葉杖をついた背の高い筋肉質な男子生徒。


「気を付けてくれよ、由良(ゆら)」


 由良(ゆら)と呼ばれたのは、食料確保に向かうためにリュックを背負い、つなぎを着た金髪の女子生徒。

 彼女は気丈に笑い、「任せなさいって!」と薄い胸を叩いてみせた。

 見送りに来た松葉杖の男子生徒は俯いて、木片と布で固定された自分の足を睨んだ。


「……俺が、ケガしなきゃな……」

「いいのよ! 最上(もがみ)、アンタは今までよくやってくれたわ! 今度はアタシがやるから!」

「……悪いな、由良(ゆら)」

「大丈夫! 見てなさい。すぐ帰ってくるんだから。食糧もた~んと持って帰るわ!」


 足をケガしている最上は、いつもと変わらない明るい彼女に苦笑した。

 これまでは彼が食料の調達に向かっていたが、作業中に負傷したため、由良に役目を託したのだ。


「分かってると思うが、食料は馬術場の横にある倉庫だ」

「ええ。分かってるわ」

「……頼むから、無事に帰ってくれよ」

「何度いわせるのよ、任せなさいって! おっちょこちょいなアンタと違って、アタシはエリートなのよ」


 フフンと鼻高々な彼女に、最上は脱力した風な仕草を見せて「そうだったな」と言った。


「……由良、今ならいけるぜ」


 話し込む二人に、別の声が掛かった。廊下の窓から外を見下ろしていた男子生徒が由良を呼んだ。


 彼はその窓から外を見下ろし、フラッドの数を確認していた。今、窓の下にフラッドの姿はない。

 由良(ゆら)を筆頭とした食料確保班は、安全圏から出るのにこの窓を利用する。バリケードを一瞬でも崩して、フラッドたちから襲撃されるリスクを回避するためだ。

 窓からの降下が可能か確認していた彼に、「わかったわ」と返事をした由良。


「じゃ、いくわね」

「気をつけてな」


 彼女は最上に背を向け、窓の方へ向かった。

 ゆっくりと音を立てないように窓を開け、外へ向かってカーテンとカーテンを結んで繋ぎ合わせた、古典的なロープを放る。

 このロープと、窓下壁面に点在する庇(ひさし)や室外機を伝(つた)って降下するのだ。


「……よし」


 ロープがしっかりと窓際にある金具に固定されているか確認して、彼女は最後に振り返った。

 最上が彼女に拳を突き出すと、由良も笑って拳を返す。


「行ってきます!」

「おう。頼むぜ!」


 二人の拳は触れ合うことはなかったが、そこにはたしかな温度があった。

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