第52限 報道機関・新聞部
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
時間は少し遡り、安芸たち校外委員会が第二回校外遠征に発つ日。
桐可学園。新校舎二階の教室。
朝、その教室では約三十名の男子がまだ眠りについていた。
日本中の大人が人喰いの化け物、フラッドとなった日から、学生たちは唯一の安全地帯となった学園の教室で寝泊まりしている。
何かトラブルがあってはいけないので、二クラス分の男子を奇数番号の組に、女子を偶数番号の組に分けて夜は眠るようになっている。
「ん……」
まだ外は仄暗い中、一人の男子生徒が目を覚ました。
ふわぁ、と大きな欠伸をして、彼は体に巻き付いた毛布を剥がし、窓際に掛けていた学園の黒いブレザーを身に付ける。ネクタイは面倒なのでポケットに押し込んだ。
「おい、起きろ」
彼は小声でとなりで眠っていた友人を起こす。
中々起きないので体を揺らしたり、頬をぺちぺち叩いたりして、無理やり目を覚まさせる。
「おい聞太、起きろ」
「ん……なんだよ新。まだ外暗ぇよ……」
「部活だよ」
「……ぶかつぅ?」
「そうだ。部長に殺されるぞ」
部長、という単語を聞いた途端、バッ、と眠っていた彼は跳ね起きた。
「あぶねぇあぶねぇ……。まだ死にたくねぇよ……」
「同感だ。ほら」
早起きをした真面目な生徒、新は友人、聞太の上着を持ってきてやる。
「さんきゅ」
聞太はそれを礼を言い受け取った。新は「いくぞ」と立ち上がり、眠る男子たちを跨いで、もう教室を出ようとしている。聞太は上着に袖を通す暇もなく、友人の背を追った。
◆
二人が向かったのはグラウンドだ。冬の早朝の空気は冷たく、二人の息を凍らせた。
「遅いぞ!」
「「すみません!」」
新と聞太はグラウンドを全力で横断し、仁王立ちする女子生徒の元へ駆け寄った。
彼女はとても凛々しい顔立ちをしていて、片手には竹刀が握られている。今にも熱血で感情論的かつ時代錯誤な教育持論を語り出しそうな様子の彼女を見て、聞太は新に耳打ちする。
「……なあ、俺たちって野球部だったか……?」
「いや、新聞部だ……。……いや、もしかするとスパルタの戦士かもしれない」
グラウンドに集まったのは、校内の掲示板に新聞を掲載している新聞部だ。
「何をぐだぐだ言ってる! 早く準備しろ!」
「「は、はいぃ!」」
二人は部長である彼女が運んできた段ボール箱の中から、デジカメとノートを取り出し、諸々の準備を整えていく。
「……部長、黙ってれば可愛いのにな」
「しっ。聞こえ……」
「聞こえているぞっ!」
バシッ、と音がして、聞太の顔面に竹刀がくい込んだ。
「ぐがあぁぁぁぁ!」
目を押さえ、のたうち回る友人\に新の顔は青くなった。
「……どうした新。手が止まっているぞ」
「は、はい! すみません!」
新は顔に赤い跡をつけた聞に構う暇もなく、デジカメを固定する三脚の準備を進める。
「今日は二度目の校外出動の出発式だからな。一回目は式がなかったから今度こそ、新聞部として仕事をするぞ」
彼女の言うように、この日は生徒会長・安芸率いる新組織《校外委員会》が再び校外に出立する日だ。
学園唯一の報道機関として、新聞部は安芸からある程度の説明は受けているが、この出発式の様子を記録するため三人は仕事をしている。
「お、集まりだしたな」
部長が指望遠鏡を目に当て、言った。
校舎の方から、ぞろぞろと灰色のコートを纏った校外委員たちがグラウンドへやって来た。彼らが、学園のために化け物だらけの校外に飛び出し、戦う戦士だ。
「すげ……ホントに鉄砲持ってる……」
聞太は腫れた顔面を撫でながらそう呟いた。
普通に生きていれば、日本人が銃を拝むことなどない。
パシャ、と新は黙ってシャッターを切り、整列を始めた小銃を提げる校外委員たちを写真におさめる。
次に、ブロロロ、と新聞部の面々も久々に聞く車の音がした。
「お、次は車両だな」
車両は次々にやって来る。
機関銃が上部ハッチから顔を出す装甲車や、人員や物資を大量に運べる輸送車、それに桐可学園の通学バスもあった。
それらは駐車場から出てくると、校門に顔を向けて、一列に並んだ。
「あれが前回の校外出動で手に入れた装甲車か」
「心強いな」
新聞部が車両の方に釘付けになっている内に、グラウンドの朝礼台前に校外委員たちは整列を済ませていた。
「全員整列ッ!」
グラウンド中に野太い声が響く。
野球部元主将にして、校外委員の山城のものだ。
「始まったな。カメラ問題ないか」
「はい」
「俺もう少し近付いてきま〜す」
簡単な速記によるメモを取るために、聞太は部長と新から離れた。
山城の「注目」の掛け声に、運動部員たちを主体とした校外委員たちは黙り、冬の早朝に静寂が訪れる。
そして、カツン、カツンと足音が乾いた空気を伝った。
校外委員たちを見下ろすようにして、現在の学園のリーダー的存在、生徒会長・安芸が壇上に姿を現した。
「お、出ましたね。写真撮ります」
「……安芸くん……カッコイイ……」
「……は?」
「はッ。 ……ごほん! しっかり撮れよ! ……ズームでな、会長をな、間近でな、しっかりな」
「は、はぁ」
朝礼台に立つ、生徒会長・安芸を新はレンズの中央に捉える。
三学年であることを示す赤いネクタイをしっかりと首元まで上げて、かっちりと制服のブレザーをまとい、その上に灰色の学園指定のコートを羽織っている。睡眠時間を削っているのか目の下には隈があるが、その黒い双眸は力強く、意思が感じられた。髪は少し眺めで、冷たい風にその先端が靡いている。
普段は大人しく、物静かだが、今は学園のために校外委員たちを率いて戦い、これから新たな戦いに赴こうとしている。
いざと言う時に頼れるリーダーであるにも関わらず、成績上位を保つ読書好き。そのギャップや、女子ウケの悪くない顔立ちが相俟って、女子生徒からの人気は最近、急上昇中だ。
新聞部部長の彼女も、そんな安芸を想うファンの一人であった。
普段、自分たちに厳しい部長が突然、女の顔になるので新は鳥肌が立つ。
安芸はまず、目の前の校外委員たちに感謝を述べ、続いて作戦の概要説明を始める。
「今回の目的地は、まずすぐそばのスーパー『マルソト』だ。ここで食料飲料、菓子や石鹸や衣服、そして医薬品、とにかく何でも収集する」
車両の配置についてや、第二目的地の桐原中学校での生存者保護についても説明された。
そして安芸が、最後に壇上から声を張り上げる。
「行くぞ! 全員乗車ッ!」
「「おおっ!」」
生徒会長、兼、校外委員会委員長の号令に男たちは威勢よく返事をした。
安芸はゆっくりと壇上を下り、小銃を肩に掛けた灰色のコートを纏った委員たちは次々に車に乗り込んでいく。
聞太は安芸の発言や様子を聴き取り、文字に起こす。新はカメラで演説や乗車の様子を写真に収める。部長は腕を組み、新聞に見出しを考えながら、安芸の勇姿を目に焼き付けた。
「……よし、どうだお前たち」
部長の確認に、聞太は親指を立て、新は「大丈夫です」と返事をする。
「私も紙面の構図が思い付いた。取り掛かるぞ」
「えぇ、今からですか?!」
「文句があるのか聞太!」
「いえ! ありません! やりたいです!」
「よし! ……それと新」
「? はい?」
「……か、会長の写真を、だな……。あとで私に送信しておいてくれ…」
「……」「……」
「た、頼んだぞ! では撤収!」
部長がパン、と手を打って、朝の取材は終了した。
◆
「なぁちょっと水分けてくんね?」
「自分のはどうしたんだよ」
「全部飲んじまった」
「はー……《災害対策委員》に言ってこい」
「めんどくせぇー」
空になったペットボトルをいじる聞太の要求を、新は適当にあしらった。
取材からすぐ新聞の作成を始めた新聞部は、手書きの新聞を二部発行し、掲示板に貼り付けた。
それから数時間経ち、新と聞太は暇を持て余している。今は廊下でボーとしていた。
「お、新に聞太。掲示板見たぞ。仕事してんだな」
二人に話し掛けたのは、ネクタイまでしっかり締めて、制服をきっちり着込んだ男子生徒だ。
左腕には「風紀」と書かれた腕章がはまっている。
新は彼の肩を叩いた。
「お前こそ、見回りか?」
「あぁ、風紀委員会は忙しいよ」
彼は風紀委員会の所属だ。
校内で何か問題が発生したときに備える警察官のような仕事をしている。
「何の話してたんだ?」
「いや、聞太のヤツが水を切らしてな」
「おいおい大切に飲めよ。水は有限なんだぜ?」
「わーってるよ……」
二人からの説教に聞太は耳を塞いだ。
三人は二階の廊下から中庭を見下ろして、しばらく話をした。
内容は、これからの不安についてが主だ。
「……これからどうなんのかな」
「まさか大人がゾンビになるなんてな……」
「今は会長に従うしかないさ。今こうして生きれてるだけでみっけもんだよ」
「だけど、もう親父もお袋もいねぇし、俺たちを守る政治家も自衛隊も化け物だ」
「会長っていうリーダーがいる。それに今は『学園』としてまとまってる。《校外委員会》だって発足した」
「子供の遊びじゃないか?」
「それも仕方ないだろ。今は世界には俺たち子供しかいないからな」
「……そうだったな」
大人だけが化け物・フラッドとなった日本で、避難シェルター「桐可学園」はその壁の内側で安寧を保っている。学園には約500人の高校生だけ。水や食糧に限界もある。
本来なら大混乱になるはずだったが、生徒会長である安芸が仲間と共に、校内に発生したフラッド化した教師たちを殺し、学園敷地内は安全になった。その後、安芸はフラッドと戦う委員会《校外委員会》を設立し、自らも彼ら《校外委員会》と共に校外へ向かい、先日、自衛隊の基地から銃や車両を持ち帰る大戦果を収めた。
強力な武器を手に入れ、強化された《校外委員会》。
再び安芸たちは校外へ赴いた。今度は食糧や衛生用品をスーパーから持ち帰り、近くの中学から生存者を探すためだ。
安芸は生徒会長として、《風紀委員会》に活動再開を命じ、校内の治安維持も図っている。《災害対策委員会》からは、節約されながらだが、水と食糧が均等に生徒たちに分配されている。
大人が消えた日本で、安芸というリーダーのいた桐可学園は秩序だってまとまれていた。
「とにかく、今は周りのために出来ることをしようと思う。それが俺の長生きに繋がるからな」
風紀委員の彼の言葉に、新は「そうだな」と頷く。
その時、
──ピィィィーーッ!!……
と、笛の音が「ロ」の字型の校舎に響いた。
風紀委員一人一人が持つ、非常時、緊急時に吹かれる笛だ。
「……風紀委員招集の笛だな」
「みたいだ。行ってくる」
「おう。頑張れよー」
忙しそうに駆け出した風紀委員の友人を見送り、また新と聞太は二人になる。
「……ん?」
廊下の窓から、ボーと中庭を見つめていた聞太が何かに気付いた。
一階の中庭にいた生徒たちが、何やら騒いで、下駄箱の方へ消えていく。
「どしたんだろ、あれ」
「なにが?」
新も一緒に下を見下ろす。
もう誰もいなかった。
「おい! 何してる!」
背後からの突然の大声に二人は肩を震わせる。
「ぶ、部長……?」
「ほら、さっさとしろ! カメラとメモ帳を持て!」
そう言って彼女は突然現れて、突然二人にカメラとノートを押し付けた。
「どうしたんですか?!」
聞太がもう走り出している部長の背に声をかける。
彼女は振り返らず、「会長たちが帰って来たんだよ!」と叫んだ。
「ほらとっととしろ! 部活だ!」
「「は、はい!」」
二人も彼女を追い、駆け出した。
◆
新聞部は必死になって帰還した校外委員会の元に向かった。
しかし、校外委員会には確かな成果はあったようだが、それに関しての発表はなされず、新のカメラも一枚しか写真を撮らなかった。
その一枚は、安芸が亡くなった妹を抱いている写真。
彼と彼の妹のために、野次馬としてやって来た生徒の群れが割れ道を作っている写真だ。
◆
《帰還! 校外委員会!》
昨日、我が校の新組織・校外委員会が二度目の校外遠征を終え、帰校した。
同委員会は桐可市内のスーパーマーケットから、食糧・衣服・衛生用品・医薬品の大量確保に成功した。さらには我が校生徒の弟妹の多く通学している桐原中学校にも向かい、約70名の中学生も保護したと言う。
安芸生徒会長が軽傷を負うも大事はなく、犠牲者もゼロ。大戦果である。
我々新聞部は、安芸生徒会長と《校外委員会》を支持する。《校外委員会》には銃の装備もあり、二度のフラッドとの戦闘も経験し、我々のために戦っている……同委員会は言わば我が校を守備する軍隊である。これの増強は、これから必至になるであろう。
さらに安芸生徒会長率いる生徒会の存在によって、この崩壊した世界で我々は秩序をもってまとまれている。
我々生徒は、これからも一致団結し、足並みを揃え、この秩序を維持すべきだ。
その指針を、生徒会及び安芸生徒会長が示し続けることを願う。
《西暦2045年、冬、桐可学園新聞部発行》
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「大人だけ」が、まるでゾンビのような化け物・フラッドとなった世界で、この新聞部は、やがて誕生する桐可学園を基礎とした国家・校国の政府組織《政徒会》の下に置かれる国営報道機関となる。
【校国】の偉大なる国父にして、終末の阻止者、そして『最後の人類』の指導者としての安芸の聖人的な、超人的な、圧倒的なカリスマ的人物像の生徒への浸透は、この新聞部による報道のところが大きい。
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