第49限 第二回校外出動・凱旋
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
「お兄ちゃん早く早く!」
小学生の頃、入学したての妹に手を引っ張られた通学路。
「あ! お兄ちゃん来たんだ!」
両親が来られないので、中学生になった妹の授業参観や運動会には僕が学校をサボっても行った。
「お兄ちゃん、ありがとう」
遠くで、手を伸ばしても届かない場所で、妹が振り返り、そう言った。
◆
目を閉じていると、幸せだった記憶が甦る。
だがずっとそうしている訳にもいかない。
ポケットにしまった妹の手帳に触れ、目を開いた。
「帰ろう」
僕がそう言うと、となりの山城が大きな声で指令を再伝達する。
「よぉし! 学園へ帰還するぞ! 全員乗車ぁ!」
山城のその言葉に、全員が歓喜の声を上げた。
「帰れる」「生き残れた」「やった」
僕も一応、みんなに笑いかけておくが、やはり心の底からは笑えるはずもなかった。
僕は車両の一つにスペースを作って、妹とその友達の遺体を布で包み、学園へ持ち帰る準備をする。
そして最後にはちゃんと全員の身体検査をした。
傷がないかを確認し、前回の日向のような犠牲者を出さないためだ。幸い、怪我人はいなかった。
いるとすれば、腕を噛まれた僕だが、噛まれたのが義手であったから助かったとみんな思っていたので、僕が自死の道を行く必要はなさそうだ。
だが僕が助かった本当の理由は、Pデバイスの開発に携わった両親が、僕のマイクロチップにプログラム《ノアの方舟》の解体プログラムを仕込んでくれていたからだ。それこそが僕のマイクロチップの中の仮想空間に住まう人工知能『知識の塔の少女』である。
このことをみんなに話すことも考えたが、今はやめておくことにした。
話すと長い話だし、何より生徒会長である僕の両親が、学園を、世界をこんな大混乱に陥れたアルヒェの関係者だと知られると余計な混乱を招くだろう。
「安芸、帰還の準備、できているぞ」
「……あぁ」
山城に言われ、周りを見渡すと、みんな帰り支度を済ませていた。
返事をして、僕は眠る妹の頬を最後に撫でる。眩しい光が彼女の眠りを妨げないように、布を被せてやった。
僕はそのまま妹たち以外、誰もいない荷台に乗り込んだ。
自分がもしかするとフラッドになるかもしれないというのもあるが、一番は、一人になりたかったからだ。
「会長、どうぞ」
「ん? あぁ」
僕の乗り込んだ荷台に小走りでやって来た後輩からトランシーバーを受け取る。
「全員乗ったね。 今回の校外遠征の目標は達成した……。さぁ、帰ろう」
二度目の歓声を上げて、僕たちは学園への帰還を開始した。
◆
桐可学園。校門前。
校門前に立ち、オレンジ色になった沈む陽を浴びながら、見張りをしていた生徒。小銃を構えた《風紀委員会》の生徒だ。
山の上に学園はあるので、坂や階段を上から見下ろして警戒できるため、校外と言っても門付近であれば見晴らしのおかげでそれなりに安全だ。
「……ん?」
風の音しか聞こえない、大人が消え、あらゆる活動の停止した町。
だがそんな中で、異質な音を見張りの彼の耳が捉えた。
「……車の音だ」
それに気付くと、彼は校門から離れて、坂の下を見下ろす。
そして坂のカーブから、上部ハッチから機銃の飛び出した装甲車が姿を現した。その後ろから続々と通学バスや輸送車が続く。
「帰ってきた……」
彼は構えていた小銃を肩に提げて校門まで急いで戻り、門に掴みかかって向こうにいる生徒たちに叫んだ。
「帰って来たぞ! 会長たちが帰って来たっ! 門を開けろ!」
その報告を耳にした風紀委員長・伊予は報告書の入ったファイルを地面に落とした。彼女が想いを寄せる安芸が帰って来るのだ。
「か、開門作業! 予定通り階段や坂を風紀委員が警戒! フラッドに注意して!」
近くにいた一番の責任者である伊予は、自分も校門へ向かいながら、笛を吹き、そう指示を出した。
校門が直ちに開けられ、ぞろぞろと拳銃を持ったの風紀委員が校外に飛び出す。彼らは校門を囲うように広がり、周囲からフラッドの接近がないか警戒に当たる。
「スペースを開けて下さい!」
「車両が多く入ります! 下がって!」
「ちょっとそこ退きなさいよ!」
風紀の文字が刺繍された腕章をはめた数名の男女は、騒ぎを聴きつけた野次馬たちの統制に励んだ。
そして、ついに校門へ先頭を走る装甲車が入ってきた。
わあああぁぁ! と、場が盛り上がる。
さながら戦勝した軍隊の凱旋パレードだ。
上部ハッチから顔を出していた機銃担当の男子生徒は周りの熱烈な歓迎っぷりに困り、頬を搔いて、照れながら手を振り返した。
それから続々と物資を積んだ輸送車や中学生たちを乗せた通学バスなどが敷地内へ入る。
バスから顔を覗かせた家族に気付き、泣き崩れる女子もいた。
車両が全て駐車場に入り、停止。
校外遠征から帰還した校外委員たちが各々、車両から降りると、出待ちしていた生徒たちにすぐに取り囲まれた。
「大丈夫だったか」「怖かったか」「成果はあったか」「犠牲者はいたか」
などなど、それぞれが思い思いに質問を投げ掛ける。
英雄たちの凱旋に大騒ぎだ。
だが、一人の言葉が場を変える。
「あ! 会長だ!」
今では学園を先陣切って守り、指揮をする生徒会長である安芸はちょっとしたヒーローだった。女子ウケの悪くない顔立ちも相まって、生徒たちの心の支えとなっている。
そんな安芸の登場に場がさらに盛り上がる……そう思われたが……
「……すまない。どいてくれ」
安芸の前に立っていた生徒たちは次々に黙って道を譲った。彼の腕には、白い布に包まれた誰かが抱えられていたからだ。
いつの間にか、生徒たちはその人垣を分けて、安芸の進む道を作っていた。
校舎へ続く人混みの亀裂を、安芸がゆっくりと、俯きがちに進む。その腕に愛する家族の亡骸を抱いて、彼はその作られた道を歩む。
《校外委員会》の凱旋に騒いでいた生徒たちだったが、安芸の姿に申し訳なさを覚えたのか、自然と集まりは解散されていった。
今回の校外出動で副委員長となった山城は、その場で生徒たちに成果報告会を体育館で行うことを約束。生徒会及び《風紀委員会》は直ちに保護した中学生たちのケアに、《校外委員会》は回収した物資の保管整理作業に移行した。
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妹の亡骸を抱えて凱旋した安芸と、彼のために道を作る生徒たち。
これは新聞部によって写真に収められ、翌日の掲示板新聞に掲載された。
そして、その写真は遥か遠い未来で、絵画へと姿を変え、『国父と凱旋』の名が付けられることになる。
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