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【受賞】ノアの学園~国父とよばれた高校生~  作者: 大塚 可修
第1章 ノアの大洪水
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第3限 生徒会

その日、大人たちは消える……

『速報です。二〇三五年にアルヒェ社より発表された人体向けのマイクロチップと、それと連動した腕輪型端末の利用を、アメリカ政府は義務化することを決定しました。この人間の頸椎に埋め込むマイクロチップは、人間の聴覚・視覚などの神経と接続することが可能であり、スピーカーなしで脳内で音楽を再生することができるなど、携帯端末業界の大きな変革となることが予想されていました』


『人体へのマイクロチップ埋め込みを義務化したアメリカ合衆国や、イギリス、カナダ、ドイツでは政府に対するデモが頻発しています! 現場でも……うわっ、危ない!』


『《時代の大変革期突入! さらば、スマートフォン!》……いやぁ、面白い見出しですねぇ。これ通信業界大混乱になるんじゃないですかぁ?』


『……人間は、「道具」を用いることで他の生物よりも発展してきました。道具が人間の機能を拡張させるからです。飛べないから飛行機を作る。泳ぐのが苦手だから船を造る。……マイクロチップを人間はその身体に取り込み、新たな情報生命体へと「進化」するのではないでしょうか』


『えー、日本政府としても、マイクロチップの装着義務化を前向きに検討しております。新時代への対応を遅らせることは、日本という国の衰退を……』


『速報です。先ほど、日本政府は「成人へのマイクロチップ装着」を義務化することを決定いたしました。手術はこれから3年間、無料で実施されます。また未成年者への義務化は5年を目途に実施すると……』


『若い人はみんなもう装着してますよぉー。っていうかスマホ持ってるとか、おじいちゃんかよって。だって目の前にホログラムのスクリーンが出るンすよ、この腕輪。まじ未来っスよー』


『厚生省によりますと、日本人へのマイクロチップ装着率は99%となっており、世界最高水準とのことです。その背景にはやはり日本人の従順さがあると陸前大学の教授は述べており』


『ここ最近では反マイクロチップ派のデモも規模を小さくしています。やはりその利便性の高さや、社会が認めつつある現状に、反対派も活動を縮小せざるを得ないようです』


『……我が社のこの「マイクロチップと腕輪型端末」を、私は「Pデバイス」と名付けました。この「P」には、いくつかの由来があります。まず「pioneer」、我々は常に「先駆者」であり続けます。第二に「protean」、我が社の製品は常に「変化し続け」ます。第三に「propel」、人類を新たなステージへと「進ませ」ます。これこそ我が社が満を持して発表する、新時代の携帯端末「Pデバイス」です! みなさん、時は来ました! 人類社会はついに、「PERFECT(かんぜん)」なものとなるのです!』


 ◆


 西暦二〇四五年、冬。

 桐可(とうか)市。

 色が薄れ、纏うもののなくなった寒そうな山々に囲まれた桐可の街は、平和な昼時を迎えていた。平日の昼食時ということもあって、人通りは少なく、車の数も限られている。

 四方を山に囲われ、どこか灰色っぽく見える街は、両の手の平に掬われた水のようだ。


 僕はそんな街を見下ろしている。

 市の南側の山の中腹にある校舎。直線的でスマート、かつモダンなデザインの真新しい白一色の校舎の四階には出窓があり、そこから故郷である桐可の街を一望できるのだ。

 室内は校舎の近未来的外観とは裏腹に、アンティーク調な重厚感溢れる部屋で、本棚やコーヒーテーブル、僕のそばにある大きめの書斎デスクなどは全て木でできており、その質は素人目にも明らかなほど上質なものであった。入口のそばにあるスタンドハンガーと姿見、デスクの上のライトも全て上品でありながら主張の激しすぎない美しいインテリアだ。


 ふと時計に目をやる。ごち、ごちと重い音で時を刻むその古い振り子時計は、十二時四十五分を指している。……いま四十六分になった。

 そのとき、コンコン、と部屋の入口が優しくノックされた。

 僕は出窓から腰を離し、「どうぞ」と言って、扉の向こうにいる者へ入室を促した。


「お待たせしましたぁ、会長」


 どこか丸みを帯びて、間延びした柔らかな女子の声が、ドアの開く音と一緒に室内に飛び込んできた。

 平和な街並みから目を逸らし、振り返る。

 そこにいたのは、黒いブレザーと、膝下ほどの長さのスカートを履いた女子生徒。背は小さく、肩まで伸びた亜麻色の髪の毛はふんわりとしている。

 息を切らした彼女は、はあはあと息を整えながら、乱れた赤っぽい茶髪を手櫛で直している。


「ごめんね。昼休憩なのに。約束とかなかった?」

「い、いえ! 気にしないでください! 会長に呼ばれたら飛んで来ますよぉ!」


 ふん、と鼻を鳴らして、彼女は非常に女性的に膨らんだ胸の前で両の拳を握った。可愛らしいというか、小動物的な印象の少女だ。


「そう言ってくれると助かるよ。いつもありがとう。壱岐(いき)さん」


 そう笑いながら礼を言うと女子生徒は……壱岐さんは頬を紅潮させて、それを隠そうと俯いた。彼女は「ええと、ええと」とそわそわとしてからソファに腰かけると、背筋を伸ばしたまま固まって、動かなくなる。


 そんな不思議な様子の壱岐さんに苦笑していると、再びコンコンとノックが入る。

 今度は僕の促しなしに部屋の扉は開かれて、「失礼します」と男子生徒が一人やって来た。

 七三に分けられた前髪と、黒縁の眼鏡が印象的な男子生徒だ。制服もネクタイもしっかりとしていて、彼はスタスタと迷いなくいつもの席であるソファに腰を下ろした。


 それから二人の入室がある。


「突然呼び出しやがってよー。彼女とのディナーが台無しだぜ」


 文句で唇を尖らせながら扉を開けたのは、髪を金色に染めて乱暴にセットした男子。制服もきちんと着ておらず、シャツも出して、上着の下にはパーカーを着て、シューズのかかとも踏みつけている。


「馬鹿。昼にご飯を食べることはランチって言うのよ、馬鹿」


 彼に続くのは、腰まで伸びた黒髪の美しい女子生徒。彼女は壱岐さんとちがい、胸部の女性的主張は激しくないが、すらりとした背の高いスタイルで、かわいい、というよりも美人という表現の似合う女子だ。


「馬鹿って二回も言うな、狂暴女め。お前は俺の彼女の……しやとか……やとし……しとや……そう! し・た・た・か・さ、を少しは見習うんだな!」

「はいはい。あんたが馬鹿なのはよく分かったわ。それにそれを言うなら『しとやかさ』でしょ馬鹿」

「きぃーッ!」


 部屋は、小さな女子生徒、眼鏡の男子生徒、黒髪の女子生徒、不良のような男子生徒で一気に賑やかになった。その四人は自身の定位置であるソファに腰を落とす。


「……揃ったね」


 窓際に立っていた僕はそう言うと、そばにあった室内を見渡すような位置にあるデスクの椅子を引き、腰かけた。その席には、『生徒会長』と書かれたネームプレートが置かれている。共に記された名は、安芸(あき)


「じゃあ会議を始めます」


 僕の名は安芸(あき)。桐可学園・第三五代生徒会長だ。

 そしてここに揃ったのは、僕と共に日々生徒会活動に勤しむ生徒会メンバーたち。中々キャラの濃いメンツだが、肝心の生徒会長の僕はどうなのかと聞かれれば、「普通のやつ」としか言えない。少し目にかかった黒髪と、平均身長に平均体重。よく「覚えにくい顔だ」と言われるので、よっぽど不細工なわけでも、イケメンなわけでもないのだろう。本を読むのが好きな、何の変哲もない男子高校生が僕。


「ねえ、甲斐。文化祭について前に学校側から出された提案、覚えてる?」


 僕が切り出す。ちなみに甲斐、というのは眼鏡をかけた真面目そうな男子生徒だ。


「……? あれですか、二校合同で……みたいな」

「そう」


 相槌を打って、腕を組み、背もたれに体重を乗せ、背を反る。僕のその困ったような仕草に、生徒会・庶務、壱岐が心配そうな声をかける。


「それがどうかしたんですかぁ?」

「うん……それがさ、大之谷(おおのたに)高校と共同で……っていう話になったらしくて」


 僕の言葉に黒髪の女子生徒の顔が嫌そうに歪む。

 彼女の名は和泉。生徒会・書記を務めている。


「お、大之谷って、農業高校じゃない。普通科のウチと一緒にやる意味……ってか一緒にできることってあるわけ?」


 その疑問に甲斐が続く。


「それに距離的にちょっと……。会場はどうするつもりですか? っていうか規模は? その費用ってどう計上すれば……?」


 甲斐の長い指摘に、僕はがくっと首を折ってうなだれる。


「……優秀な会計に全部任せられないかなぁ」


 チラ、と横目で我らが優秀なる生徒会会計・甲斐に目配せをする。

 しかし彼は逃げるように目を逸らして咳払いをし、「と、とにかく」と切り替える。


「それ僕ら生徒会だけじゃあどうしようもないですよ。先生方である程度の折り合いをつけてもらいましょう」

「……『あとは任せた!』って大之谷(むこう)さんの電話番号を押し付けられたんだよねぇ。で、先生たちも先生たちでいま教員会議中だって。職員室にみんな集まってる」

「けっ。面倒なことはこっちに丸投げなんだろーな」


 応接用のソファに座った金髪の不良のような見た目をした男子生徒が舌打ちをして、下顎を突き出したまま、ずるずると背もたれを滑っていく。彼は日向。こんな見た目であるが、生徒会・広報である。


「……まあ、始めなきゃ終わらないんだ。やれることからやろうか」


 早速行き詰まり……かと思われて重い空気だった生徒会室。そんな空気を打ち払おうと、僕は手を打ち合わせてパンと音を鳴らした。生徒会長である僕までが「万策尽きた」とお手上げするのではだめだ。こういう時こそ、リーダーっていうのは自信がなくとも余裕気に笑って見せるものだ。


 フランスの英雄ナポレオン・ボナパルト曰く、

『リーダーとは、希望を配る人のことだ』

 である。


 生徒会活動を続けてきた中で、大変なことはたくさんあった。だけどその度に僕らは必死に頭を使って、体を動かして、事態を打開してきた。

 どんな偉人たちにも生まれた瞬間があり、どんな偉業にも始まりがある。


 千里の道も一歩から。

 僕は生徒会室にこの言葉を飾りたいのだ。……まあ、許可はでなかったが。

【次回予告】

いよいよアポカリプス(終末、世界の終わり)が始まります。


【あとがき】

いつも読んでくれて本当に、本当にありがとうございます。

ご感想等いただければ、読者であるあなた様の存在をより感じることができ、とても励みになります。また、たいへん有難いことに少々忙しい日々を過ごしており、不定期更新となりますので、本作が少しでもお気に召した方は、[ブックマーク]等々もしてくれると嬉しいです。

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