2.ネフィル―1
老婆は一人、森の中をうろいていた。別に道に迷っているわけではない。生業として山菜を採っているのだ。
生計を立てるために採った山菜を集落や、たまに町まで行って売っていた。そうして得られる収入は微々たるものではあったが、それでも自分一人生きていく上では充足していた。
今日も朝から森に入り、目的地を決めるわけでもなく彷徨って、方々の繁みに目をやっていた。背中に担いだ籠にはこんもりと今日の収穫が詰まっている。
そろそろ帰ろうか。お腹も空いてきたし。そう思って籠を背負い直す。
ふと視界の端に薄ぼんやりとした光が見えた気がした。何とはなしに視線を動かすと、木々の間からネフィルが老婆を見つめていた。
「あー…腹へったなー」リュウが隣で呟いた。馬車の中で大の字に寝転んでいる。
「お前が言うな。というかリュウも引っ張れよ、馬車。むしろリュウが引っ張れよ」
ノジマは依頼書を広げながらリュウを窘めた。下ろした腰の、尻の下からがたがたとした振動が響いてくる。
前を見るとエミの背中が見えた。黒い外套のフードの上で黒いポニーテールがリズミカルに揺れている。
「いや、俺いらねぇだろ。どっちかっつーと邪魔じゃねぇか?」リュウが不貞腐れたように唇をつんと立てて言った。目を開けていることさえも面倒らしい。喋らなければ眠っているようにさえ見える。
確かに、全くもって順調。信じられないが、俺とリュウの二人掛かりでも鈍重だった馬車が、今やエミ一人で、俺とリュウを乗せた状態の馬車を軽々と転がしていた。どういう理屈なのか。狐につままれているような、白昼夢を見ているような気分だった。
現実味のない状況。けれどノジマにはリュウのように開き直ることができなかった。
「こういうのは姿勢が重要なんだって」ノジマは呆れ顔で諭した。
「姿勢で馬車が押せたりするのかよ。そもそもノジマさんだっててんでダメだったじゃんか」
「その姿勢じゃない。例え微力でも頑張りたい、手伝いたいっていう、気持ちの姿勢だ。リュウにはそれが欠けてる」
「うるせぇなあ。頑張る必要がねぇじゃんか。俺にはできないことがエミにはできる。だったらエミがやりゃいいんじゃねぇの?」
ノジマは溜め息を吐く。「何だ、いじけてんのか」的外れなことを言ってみる。
「んなんじゃねぇよ。正論だ、正論」
「え?何か言った?」エミが元気よく振り向いた。
「何でもねぇよ」リュウがつまらなさそうに答えた。
子どもか。心の中でそう指摘しながらノジマはエミに訊ねる。
「凄い力だな。そんな力持ちには見えないけど」見えないどころではない。ただの子どもの、華奢な体だ。それの何処に馬車を引き摺り回る力があるなんて思うのか。
「えへへー、秘密だよー」エミの笑顔が返ってくる。
ノジマは全然腑に落ちなかったが、笑ってくれるのは単純に嬉しかった。ただその笑顔に既視感を覚える。何処だったか。年齢も近いし、いつかのリュウのものかもしれない。そう思って隣のリュウを見下ろす。
その時、絹を裂くような悲鳴が上がった。




