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10-4

 すっかり日も暮れた頃、ミスコンが行われる舞台の上は光の魔石によって照らされていた。

 俺とアルビン、そしてカノンは、舞台のすぐそばに設置された関係者席にて彼女の出番を今か今かと待ち構えている。

 

「何だか……無性に緊張してきたな」


「べ、別にあたしたちが舞台に立つわけじゃないんだし⁉ そそそそんなそわそわする必要はないと思うわ⁉」


「あんたが一番そわそわしてるじゃないか……」


 あれだけ自信満々だったカノンは、なぜか今になって冷や汗を垂れ流している。

 足はひっきりなしに貧乏ゆすりをしており、明らかに緊張しきっていた。

 自分よりも取り乱している人間がいると不思議と心が落ち着くようで、逆に俺の方が冷静になってくる。


「もちろん、レイは絶対勝てるわ。でもいざ時間が迫ってくると……こう、何か気持ちがね⁉ 分かるわよね⁉」


「あ、ああ……分かったから声だけでも落ち着いてくれ」


「……そ、そうね。これ以上取り乱していたら、あの子を信じていないみたいになっちゃうし」


 カノンはたまに母親のようなことを言う。

 若々しい見た目の彼女のセリフとしては本来似合わないものであるはずなのだが、不思議と違和感がない。

 これが貫録というやつだろうか。


「――ん?」


 ふと、俺はどこからか視線を感じて顔を上げる。

 投げかけられた視線の方を見てみれば、美しい白銀色の髪の毛が目に映った。

 一瞬、レイが控室から移動している途中なのかと思ったが、すぐにそうではないと気付く。

 あの底知れぬ笑みを浮かべるのは、レイの妹であるユイ騎士団長だ。

 彼女は俺が気づいたことに気づいたようで、目を細めて手を振ってくる。

 思わず会釈を返してしまったのだが、それをカノンが訝しげな視線で見てきた。


「知り合い? ……って、あの女じゃない」


「あ、ああ……」


 カノンはユイ騎士団長に対し、舌を見せて挑発する。

 相変わらず気に入らないようだ。

 俺はため息を吐きながらカノンを背中に隠す。

 しかしユイ騎士団長の方はまったく意に介した様子もなく、周囲に集まってきた部下たちに指示を出し始めた。

 よく見ると、観客たちの中にもぽつぽつと騎士が混ざっている。


「だいぶ騎士団が警戒してるみたいだけど、暴動でも起きるのか?」

 

「んー? いや、確かに人が密集してるから毎年怪我人程度は出るみたいだけど、暴動なんて話は聞いたことないわよ」


「……そうか」


「まあどうせ暇つぶしよ。ミスコンが気になったんじゃない? あの女だってこれから姉が出るわけだし」


「――なら、いいんだけど」

 

 そう口にして、俺は話を切り上げる。

 カノンの言う通りなのかもしれない――が、俺の中に妙な違和感があった。

 一応これでも騎士団に所属していたためか、彼らの独特の警戒心などが察知できてしまう。

 彼らはおそらく、今この時何が起きてもいいように神経を研ぎ澄ませているはずだ。

 

「っ……二人とも、始まるぞ」


 アルビンの声で、俺は思考を切って顔を上げる。

 すると舞台全体を照らしていた光が、中心だけを残して消灯した。

 舞台の中心には、上品な貴族が着るような恰好をした男が一人立っている。

 彼は舞台上でただ一人光を浴びながら、両腕を勢いよく広げた。


『レディィィィスエェンドジェントルメェェェン! 皆さまよくぞお集まりくださいました! 今年もこの日がやってまいりましたね! リストリア王国ミスコンテストッ! 司会は毎年お馴染み! 私ことディージェーが担当させていただきます!』


 おそらくは拡声の魔石を口元につけているんだろうけど、体ごと震えさせられるような張りのある声が響き渡った。

 これだけならば耐えられたのだが、その後に襲い来る観客たちの歓声を受け、俺は思わず顔をしかめる。

 となりの二人が平然としているところを見る限り、これが普通であるようだ。


『さてさて、今回の出場者は例年より少し増えまして二十二名となりました。相も変わらず美に自信のある女性たちが揃っております。そして今回の目玉は何と言っても! 優勝賞品であるユニコーンの角で作られた包丁! 嫁入り道具としてはまさに最高級と言っていいでしょう!』


 ディージェーと名乗った司会者が指を鳴らすと、運営側らしき着飾った一人の女性が長方形の箱を抱えて舞台の上を歩いてくる。

 彼女はディージェーの横に並ぶと、箱を開けて観客に見えるように傾けた。

 

「おお……」


 俺は思わず感嘆の声をもらしていた。

 その箱に収められていたのは、見惚れてしまうほどに美しい白い包丁。

 ただの包丁ではないことは、目を凝らしてみればすぐに分かる。

 刀身に、幾何学的な金色の模様が走っているのだ。

 その模様は、時々まるで脈打つかのように光を放つ。

 ただの金属ではありえない反応だ。


「ふーん……生身から切り離されて加工までされたのに、あの包丁からは微弱な魔力を感じるわ。切れ味も相当なものでしょうね」


「この距離でも分かるのか?」


「Sランクの魔法使いなんだから当然よっ。まあ、それはともかく……あんまり興味なかったけど、実物を見てみると結構いい素材ね。今度乱獲しようかしら」


 カノンは冗談とも取りにくい程度の真剣さで、そうつぶやく。

 やはりSランク冒険者の発想というのは恐ろしい。

 実力の伴わない者が言うのであれば理想を語っているようにしか聞こえないが、彼女らが言うと日用品を買い足しに行く程度の気軽さを感じてしまう。

 

『さて、前口上もこのくらいで。そろそろ始めていきましょう! 今から順に二十二名の女性たちによるパフォーマンスが行われます。すべてが終了した段階で観客の皆さまに素晴らしいと思った女性に投票していただき、集計の後にグランプリを発表いたします!』


 ディージェーがそう言えば、ユニコーンの包丁を持っていた女性が裏へと帰っていく。

 そしてディージェーも舞台の中心からずれた位置に立つと、再び両腕を広げた。


『では、エントリーナンバー1の方! 張り切って行きましょう!』


 パフォーマンスは、まずその立ち姿でアピールした後、それぞれの持つ特技などを観客に向けて披露する。

 魔法で光などを振りまき、自分をさらに美しく見せる者。

 踊りで妖艶さを強く見せる者。

 高々に歌を歌いあげる者。

 特技は人によって様々で、見ていて単純に飽きない。

 気づけばすでに二十人のパフォーマンスが終わっており、残すは二名となった。


「聞き忘れていたけど、レイは何番なんだ?」


「最後よ。だから次はあの憎たらしいメリアの番ね」


 カノンの言葉通り、次に舞台に上がったのはメリア・ルイートだった。

 彼女は体のラインが分かりやすい漆黒のドレスを身にまとい、艶やかな黒い長髪をひとまとめにしている。

 敵ながらあっぱれと言うべきか、素直に彼女のことを美しいと思ってしまった。


『皆さま、お久しぶり。このミスコンで四年連続グランプリを果たした女、メリア・ルイートよ。今年もどうぞよろしく』


 メリアさんが優雅に頭を下げれば、観客たちは歓声を返す。

 もの凄い人気だ。ただ挨拶しただけでこの場の空気を支配してしまった。

 よく見れば、涙を流して彼女を見つめている人がそこら中にいる。

 熱狂的なファンとはこのことを言うのだろうか。


『私の美しさなんてアピールしなくても理解していただけるでしょうけど、せっかく集まってくれたあなたたちにお礼をしないとね』


 彼女はそう告げると、手のひらに赤黒い炎を灯す。

 あれがメリアさんの魔法のようだ。

 ゆらゆらと揺れる炎は怪しげな魅力を放ちながら、彼女の周りを旋回し始める。


『さあ――――踊りましょう』

 

 そうして、メリアさんによる圧巻のパフォーマンスが始まった。

 

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