10-3
「テオ君、そろそろ休憩に入ってもらえると嬉しいのだが」
「え……?」
ティルル様たちが立ち去ってから、かれこれ数時間。
あれから列は減りつつはあるものの、一定以上の人数が並んでくれている。
おかげさまで俺も作ることにかなり慣れてきて、ようやく鉄板に汗が垂れる危険性がなくなってきたところだ。
そんな頃に、店の奥から旦那さんが現れたのである。
「ああ、そういえばもうそんな時間でしたか……でも、本当に大丈夫ですか?」
「ああ、この日のためにだいぶ休ませてもらっているからね。支えになるよう板も背中に巻いてある。俺も少しは役に立ちたいんだ」
――君には行かなければならないイベントもあるんだろう?
旦那さんは笑みを浮かべ、俺にそう問いかけてきた。
そう、俺はここで店を離れなければならない。
「レイくん、優勝できるといいね」
「……はい」
俺はエプロンを外し、旦那さんへと渡した。
レイが参加するミスコンが、そろそろ始まる。
俺のために出場してくれたようなものなんだ、俺が見届けなければならないだろう。
旦那さんにはクレープの作り方を覚えてもらっている。
肉体面さえ抜きにすれば任せてしまって問題ないはずだ。
「あとはよろしくお願いします」
「任されたよ。行っておいで」
「はい!」
俺は店を離れ、商店街を駆け抜ける。
すでに人の流れはミスコンの会場となるリストリア広場へと向かっていた。
この流れに後押しされる形で、俺は開始時間前にたどり着くことに成功する。
「うっ……人が多いな」
周囲の人間から何度も体を小突かれてしまい、思わず俺は独り言をつぶやいていた。
広場はとてつもない熱気に包まれている。
ある種女性によるショーのような部分があるからか、男性客が多い印象だ。
それにしても、まさかここまで客を集めるイベントだったとは。
いまだ自分が世間知らずであったことを理解させられる。
「――おい」
「へ?」
そうして人混みに揉まれていると、突然後ろから肩を叩かれる。
振り返ってみれば、そこには見知った人物が立っていた。
「っ! アルビン!」
「時間までに来れたようだな」
「ああ。こんなに混んでるとは思わなかったから少し焦ったよ」
「まあ初見であれば無理はないな。とは言え俺もほぼ初見なのだが……」
そう言いつつも、アルビンは人々の流れに対してまったく流されておらず、よろめきすらしていない。
さっきから足を何度も踏まれ苦い顔をしている俺とは大違いだ。
「それよりもだ、こっちへ来てくれ。関係者として近くの席を取ってある」
「席?」
「ああ。ここからではほとんど見えないが、ミスコン用の舞台にもっとも近い場所には椅子が並べられている。出場者の関係者を招待したり、このイベントに出資している貴族などが座るためにな」
「なるほど……それは助かる。ここからじゃどうしたって見えなさそうで困ってたんだ」
俺はアルビンの背中につく形で、人混みをかき分けて進んでいく。
徐々に中心地へと向かっていけば、ようやく出場者が立つと思われる舞台が見えてきた。
当然ながらまだ誰も立っていない。
「裏手に回るぞ。カノンさんがそこで待ってる」
「分かった」
アルビンに言われるがまま、舞台の裏手まで向かう。
そこにはいくつかテントが張られており、どうやらここが参加者の控室になっているようだ。
「あ、二人とも! こっちこっち!」
呼ばれて顔を向けてみれば、一つのテントの前でカノンが手を振っていた。
アルビンのときにも少し感じたが、何だか妙に懐かしい気持ちになる。
「この中にレイがいるわ。あ! でもテオは見ないでね! 舞台の上で見せるって意気込んでるんだから」
「分かってるよ」
「ふっふっふ……相当磨いてやったんだから、あんたきっと度肝抜かれるわよ!」
「……今の時点でも結構緊張してるんだけど」
元々レイはスタイルが良くて十人が十人振り返るような美人なんだ。
見た目にあまり興味がなかった状態ですでにそれなのだから、もし彼女が着飾ったのであればそれはどこまで進化してしまうのだろう。
あまりにも見当がつかず、さっきからずっと落ち着かない。
「んじゃ合流もできたことだし、あたしらも観客席へ――」
「っ! カノン! 後ろ!」
後ろ歩きを始めた彼女の背中に、どんっと人がぶつかってしまう。
叫んで注意しようとしたが、間一髪間に合わなかった。
しかしどちらかが転んでしまうなんて事態は起きず、俺はほっと胸を撫で下ろす。
「あ、悪かったわね。大丈……夫……げっ」
振り返って謝罪をしようとしたカノンの表情が固まる。
そしてその顔は徐々に嫌悪感で歪んでいった。
「げっ、とは失礼ね。炎魔さん?」
「メリア……そうだったわね。あんたは毎年このイベントに参加してるんだったわ」
カノンがメリアと呼んだ女性は、カノンよりも頭一つ分ほど背が高く、長い黒髪を持っていた。
一見肉体的な凹凸は少ない印象だが、それが人間離れしたスタイルを生み出しているのだろう。
ただ、この女性には大変申し訳ないのだけど――――。
「――誰だ?」
俺は思わずアルビンに問いかけていた。
「……そうか、お前はこの女を知らないか。彼女はメリア・ルイート。メリアファミリーの親を任されている冒険者で、ランクはAだ。巷ではSランクにもっとも近いなどと言われているようだがな」
「へぇ……じゃあ結構有名人ってことか」
「ああ。まあ、この国においては彼女の別名の方が聞き馴染みがある人間の方が多いだろう」
「冒険者以外の別名ってことか?」
そう問いかけた俺の声は、一瞬にしてメリアさんの高笑いにかき消された。
「オーホッホ! そこの無知な庶民に教えてあげるわ! 私はメリア・ルイート! 人呼んで美の魔女! この勇者祭にて行われるミスコンを四年間連続で優勝し続けている女よ!」
――どこからか、煌びやかな効果音が聞こえた気がする。
アルビンは困ったように眉間に皺を寄せ、カノンに至っては嫌悪感が行き過ぎてしまったのか、女性がしちゃいけない顔を浮かべていた。
「そういえば、今回あんたのところの親が出場するんですって?」
「……そうよ。それが何か?」
「かわいそぉって思っただけよ。私が出場している以上、優勝は絶対にあり得ないんだもの!」
再びメリアさんの高笑いが、舞台裏に響き渡る。
「白銀の姫だなんて呼ばれているみたいだけれど、美を極めた私と比べれば月とスッポン! 天と地ほどの差があるのよ! 今回でしっかりと優劣をつけてあげるわ!」
何だろうか、確かに彼女は美人なんだろうけど、まったく魅力的には映らない。
……きっと、レイのことを悪く言われているからだろう。
「それに知っているでしょ? あの女の家がどんな状態か。美なんてどこにもない! もはや汚よ! 美というのは身だしなみを整えればいいってわけじゃないの。取り巻く環境も大事なのよ! その時点で負ける要素なんてないの!」
――それはちょっと否定しきれない。
が、それでも俺はどうしても反論せずにはいられなかった。
「レイの家は、もうゴミ屋敷なんかじゃない」
「は?」
「あんたの言っていることは間違いではないのかもしれない。でも、それでもあんたにレイが負けるとは思えない」
身内贔屓は入っていると思う。
だけど、身だしなみを整えていない普段のレイですら目の前の彼女よりも魅力的に感じるのだ。
レイが負けるだなんて、俺には考えられない。
「ふ、ふんっ! 芋臭い男はこれだから嫌なのよ! すぐにあんたら全員に現実を思い知らせてやるわ!」
メリアさんは怒り狂った様子で、俺たちに背を向ける。
そうして自分の控室に向かっていく彼女を、カノンが鼻で笑った。
「なーにが現実よ。……安心しなさい、テオ。レイは絶対に負けないわ」
「そんなに自信があるのか?」
「……悔しいけど、張り合う気すら起きないくらいに完成しちゃったわ」
楽しみにしてなさいよね――――。
そう言って、カノンはニッと笑った。




