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4-6

「ん、もうお腹いっぱい」


「そろそろだと思ったよ」


 あれから四杯もおかわりを要求したレイの食欲が、ようやく治る。

 俺は彼女の食器を回収しながら、視線をアルビンの前へと向けた。

 

「アルビンさんもそろそろ止めておきますか?」


「……ああ」


「分かりました。じゃあ下げますね」


 自分の分と、二人の分の食器を重ねてトレーに乗せる。

 結局、かなりの量を作ったはずのドラゴンシチューは、半分ほどにまで減っていた。

 カレーのときよりもいいペースだ。

 ライスと半々で食べるカレーと違い、シチューはあくまでシチューメインで食べるからだろう。


「テオ、私お風呂へ行きたい」


「分かった。ちょっと待っててくれ」


 俺はひとまず食器を流しへと置き、水につけておく。

 そして風呂へ向かい、タオルや彼女の寝間着を用意した。

 これももはや日課である。


「準備できたぞ。風呂も沸いている」


「ん、ありがとう。あと、昨日のアレ(・・)ってまだ残ってる?」


「ああ、まだまだ残ってるけど……」


「食べたい」


「分かった、じゃあ用意しておく」


 俺がそう伝えると、レイは心底上機嫌そうに風呂場へと向かっていく。

 こうして機嫌が分かりやすいと本当に助かるな。


「アルビンさんも風呂に入りますよね。タイミング的にはレイの後になってしまいますが……」


「……問題はない。後ほどいただく」


 風呂場へと消えていくレイを見送りながら、アルビンはそう口にした。

 いつの間にか、かなり素直になっている。

 ――もうひと押しといったところか。


「じゃあレイが出たら教えるので、しばらくは休んでいてください」


「……」


 返事はないが、気配から察するに了承はしてくれているようだ。

 俺は食堂を出て、流しへと向かう。

 

「……ふぅ」


 今のところは順調だ。無理なく進められている。

 俺は今日に限って特別なことをしているわけじゃない。

 いつも通り、レイと二人で暮らしている流れをそのまま行っているだけだ。

 無理にもてなそうとすれば、伝わってしまうだろう。

 だから、これでいい。

 最後まで、アルビンにありのままの俺たち(・・・)を見てもらうのだ。


♦︎

 あの後順番に風呂を済ませた二人は、再び食堂へと集まっていた。

 

「アルビン、これから出てくるデザート(・・・・)は、きっとあなたも気にいると思う」


「……それは楽しみです」


 二人の会話を聞きながら、俺は冷却ボックスからあるものを取り出す。

 それに小さなスプーンを添えて、レイとアルビンの前へと持っていった。


「いちごのジェラートです。冷たいんで、ゆっくり口の中で溶かすようにして食べてみてください」


 昨日レイがもらった大量のいちご。

 あのまま食べてももちろんいいのだが、それだけでは飽きも来るだろうということで、少しアレンジを加えてみた。

 

「き、貴様……こんな洒落たものまで作れるのか?」


「作れるようになった――と言うのが正しいかもしれません。元々なんとなくの知識はあったんですけど、不安だったのでレシピ本を基にさせてもらいました」


 あのアルビンたちとの騒動の後、俺はレイに頼んで本屋へと寄ってもらった。

 購入したものは、自身の料理のレパートリーを増やすためのレシピ本数冊。

 ジェラートはその中に書いてあった料理の一つだ。


「せっかくなのでいちごを書いてあった量よりも多く入れて、より果肉自体を楽しめるようにしてみました。軽くミントで香りづけもしてみたので、風呂上がりにはちょうどいいかと」


「……いただこう」


 風呂上がりの冷たいものというのは、抗えない魅力があると俺は思う。

 今まさに抵抗する意思すらなくスプーンを手に取ったアルビンがいい例だ。

 彼はそのままスプーンでジェラートを掬い上げると、口へと運ぶ。

 

「き……キンキンに冷えている……」


「そ、そりゃジェラートですし。あ、冷たいので一気に食べることだけはやめておいたほうがいいです。――――ああなるので」


 俺はレイの方へと視線を誘導する。

 彼女は頭を押さえ、ウンウン唸っていた。

 冷たいものを一気に食べると起きる、アレだ。

 確か喉を通過する際に頭が冷たさと痛みを勘違いして、痛覚が反応してしまうことで発生する痛みだと聞いたことがある。

 

「レイ、昨日も言っただろ? 急いで食べるなって」


「だって……美味しいから」


「子供かよ……」


 頭痛が治まってきたのか、レイは顔を上げて再びジェラートを食べ始める。

 流石にもう頭痛は勘弁して欲しいようで、その食べるスピードはゆっくりになっていた。

 

「はぁ……これで安心か。っと、アルビンさん」


「な、なんだ」


「寝床はもう用意できているので、お好きなタイミングでお休みください。他に何か必要なことがあれば、俺にできる範囲でやっておきますが――」


「……大丈夫だ。このまま休ませてもらう」


「――そうですか。じゃあ食器は片付けておきますね」


 俺は空になった容器をアルビンの前から取り、そのままキッチンの方へと持っていく。

 さっと水洗いして食堂へと戻れば、もう彼の姿はここにはなかった。


「ん、アルビンが美味かったって」


「驚いたな……まさかそんな素直に伝えてもらえるとは」


 正直、当初はどの料理を出しても「まずい」と悪態をつかれると思っていた。

 だからこそ、ここまで素直に良い感想をもらえることがあまりにも意外である。


「彼も打ち解けてきた証拠。それと、私もそろそろ寝ようと思う」


「そうか。今日は一日外で毛布を干したから、きっといつもより寝心地がいいぞ」


「んっ、それはますます楽しみ。じゃあ、おやすみ、テオ」


「ああ。おやすみ、レイ」


 俺がそう返せば、レイも食堂を後にする。

 残された俺はまず彼女の食器を回収し、流しにて軽く洗った。

 食器や調理器具はできる限り早い段階で洗ってしまうに限る。

 残せば残しただけモチベーションというものは落ちてしまうものだから。


 それが済めば、俺は購入したレシピ本をキッチンに置かれた休憩用の椅子に座って読み始める。

 砂漠地帯の料理から、東の国の()というものにまつわる料理。

 そんな様々な料理のレシピが、この本たちには詰まっていた。

 料理を学ぶのは楽しい。

 学べば学んだ分だけ、レイが喜んでくれる。

 やらされるのではなく、自分からやるというのがここまで楽しいとは思いもしなかった。


 本の中にあるレシピたちを、自分の頭でシミュレーションしながら覚えていく。

 丸暗記できれば、その分料理を作っている間にレシピを見るという手間を省くことができる。

 最終的な目標は、そこからさらに自分のアレンジを加えていくことだ。


 ――そのような目標を掲げて本にのめり込んでいるうちに、日付が変わってしまっていたことに気づく。

 そろそろ寝なければ、明日の朝食を作る際に支障が出てしまうだろう。


「……その前に」


 俺は立ち上がり、冷却ボックスを開いた。

 そしていくつか簡単な作業を行なった後、食堂を出る。

 向かう先は、アルビンの部屋だ。

 派手な音を立てないよう、そっと彼の部屋の扉をノックする。


「――開いている」


「……失礼します」


 向こう側から声が聞こえ、俺はそっと部屋の扉を開けて中へと入った。

 

やっぱり(・・・・)、帰るつもりでしたか」


「ふんっ……その予想通りとでも言いたげな言葉は気に食わんな」


「アルビンさん、多分自分が思っているよりも態度に出やすいタイプだと思いますよ」


「……チッ」


 アルビンは俺から顔をそらす。

 その足元には、彼が持ってきていた荷物があった。

 彼はもう、この屋敷から出て行くつもりだったのだ。

 

「念のため眠れないようであればと用意したこれは、いらないみたいですね」


 俺は部屋の中にある机の上に、温めたミルクをそっと置いた。

 

「……貴様の思惑を理解した。故にもうここにいる必要はない」


「それは、納得してもらえたってことでいいんですか?」


「納得……するしかないじゃないか。あんなレイさんを見せられたら」


 アルビンの顔が、悔しげに歪む。

 俺はただそれを黙って見ていた。


「貴様の思惑は、貴様という存在がどれだけレイさんに必要なのかを俺に見せつけること。そしてその思惑通り、俺は理解させられた。すでに、レイさんには貴様が必要不可欠になってしまっていることを」


「……」


「あんな幸せそうな顔は、初めて見た。貴様がレイさんに何かするたびに、彼女の目が爛々と輝く。レイさんの側にいるのは……貴様でなければならないのだ」


 俺では、貴様にはなれない――。


 アルビンはそう呟いて、顔を伏せる。

 俺はそんな彼に、一歩近づいた。


「それは、俺にとっても同じです」


「……何?」


「俺も、アルビンさんにはなれない」


 レイは冒険者だ。

 中には危険な仕事も多く、常に命を落とす可能性がつきまとう。


「俺は、冒険者として生きる彼女を危険から守ることができない。依頼についていくことがままならないくらいに、俺に力がないからです」


 日々の生活を支えることは、確かにできる。

 しかし肝心なときに、俺は一番近くにいることができないんだ。


「あなたやカノンは、レイの横に並んで戦うことができる。俺は後ろだ。後ろからしか支えることができない。だから、俺とあなたでは立っている位置がまず違うんですよ」


「……彼女はともに戦う人間など求めていないぞ」


「――そこですよ。俺が真にあんたに気づいて欲しかったのは」


 自分でも想像していなかった声色で、言葉が飛び出していく。

 俺自身、かなり余裕がないようだ。

 このまま感情が高まっていけば、余計なことも言いかねない。

 まだ冷静でいられるうちに、深呼吸を挟む。


 そして、再び口を開いた――――。

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