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「ただいま」
すっかり日が暮れてしまった後、玄関の方からレイの声がする。
そちらへ向かってみれば、そこには一日外にいたはずなのに疲れを感じさせないような涼しい顔をしているレイの姿があった。
「おかえり。今日の依頼は何だったんだ?」
「ん、周辺の魔物の調査。昨日カノンが言ってた通り、強い魔物が現れ始めているみたい」
「なんだか不穏だな。そういえばアルビンさんも同じようなこと言ってたし、調査で一緒になったんじゃないか?」
「アルビンはファミリーメンバーを連れて向かったけど、私は一人で行ったから一緒ではなかった。戦力を均等にするためだって」
「まあ、あんたの場合は何が相手でも一人で十分だろうしな……」
「ん、褒められた。嬉しい」
レイは何やら嬉しそうに俺にすり寄ってくる。
これはカノンが屋敷に来た次の日から始まった行動で、彼女曰く、テオ成分を補充しているとのこと。
一体俺から何が出ているというのだろうか。
「ん……何だか今日のテオ、いつもよりいい匂い。芳醇な香り」
「ワインを使ったからかな。今日はちょっと手の込んだ料理を作ってみたんだ」
「それは楽しみ。アルビンもきっと、テオの料理に度肝を抜かれると思う」
「だといいんだけど……」
そう言いつつ、俺は首筋に顔を埋めてくるレイを引き剥がす。
――が、ビクともしない。
くすぐったいからやめてほしいのだが、悔しいことに力では彼女に遠く及ばないのだ。
こうなったときは、もう我慢するしかない。
「テオは、結構無茶なことを言う」
「何のことだ?」
突然耳元で囁かれた言葉に対し、俺は疑問を返す。
「アルビンは、ファミリーの中でもしっかり者。だけど、すごく頑固。中々彼を納得させることはできない。みんな手を焼いている」
「……レイは、彼のことをどう思ってるんだ?」
「すごく慕ってくれていることは分かる。それは素直に嬉しい。だから嫌いってわけじゃない。ただ、ちょっと面倒くさい。物分かりさえ良くなれば、きっともう少し仲良くはできる気がする」
あんたも相当頑固だけど――という言葉を、俺は懸命に飲み込んだ。
「ああ見えて、面倒見もいいみたい。後から入ったメンバーには気を使ってるし、ついて行く人間も多い……って、カノンが言っていた」
「人伝てに聞いただけか……」
「ん。私は放任主義」
放任しすぎとも思わないでもないが、元々レイが作ったファミリーではないのだから、これについてもとやかく言うことではないだろう。
アルビンが悪い人間ではないことは、目を見て理解できた。
しかし何かのきっかけ――特にレイに関わる部分で、それが反転してしまう可能性がある。
彼にはそういった危うさがあった。
そうなってからでは、もう誰も救われない。
彼の中で何かが決定的に変わってしまう前に、俺は彼を味方にしておきたいのだ。
「私も、別にファミリーメンバーと争いたいわけじゃない。ぶつからずに済むなら、それが一番。だから、必要なことがあれば私も協力する」
「……ああ、ありがとう。だけど、レイはいつも通りに過ごしていてくれ。多分それだけでアルビンさんを納得させることができる」
「そうなの?」
「俺の予想が間違っていなければ、だけど」
そろそろアルビンが帰ってくる頃かもしれない。
俺は作った料理を温め直すために、キッチンへと足を向ける。
――レイはいつまでくっついているつもりだろうか。
♦︎
しばらくして、玄関の方からベルの音が響いた。
おそらくはアルビンが帰ってきたのだろう。
「おかえりなさい、アルビンさん」
「……ふんっ、貴様に言われたところで嬉しくもないわ」
アルビンは明らかに不機嫌な様子で、顔をそらす。
随分と嫌われたようだ。
だからと言って気にしている場合ではないけれど。
「夕飯ができてます。こちらへどうぞ」
「……」
アルビンは黙ってついてくる。
もしや俺からの施しを受けないために外で食事を済ませてきたんじゃないかと思っていたが、その心配は杞憂だったようだ。
「ん、アルビンおかえり」
「っ! レイさんにそう言っていただけるなんて……光栄の極み」
食堂へと案内した途端、アルビンはレイの前に膝をつく。
俺のときとはえらい違いだ。
「今料理を持ってくるから、席について待っていてください」
「いいだろう」
おっと、かなり機嫌が良くなったようだ。
素直にアルビンが席に着いたのを確認して、俺はキッチンへと向かう。
ビーフシチューならぬドラゴンシチューは、俺の想像通りに完成していた。
すでに温め直してあるため、俺はそのまま皿にシチューを盛り付ける。
かなり濃い味が故に、別の皿にスライスしたパンを乗せる。
これでセットで食べてもらうことができるだろう。
「口に合うといいんだけど」
俺はトレーに二人分の食事を乗せ、食堂へと運び込む。
そして二人の前にそれぞれシチューとパンを置けば、途端にレイの目が輝きだした。
「ビーフシチュー……!」
「作るって約束したからな。パンと一緒に食べてみてくれ」
「んっ! いただきます」
レイはパンを手でちぎり、小さくしたものをシチューへと浸す。
そして半分ほど焦げ茶色く染まったパンを、そのまま口へと運んだ。
「……テオは、天才」
レイは感動で潤んだ目を俺へと向けてくる。
どうやら口に合ったようだ。
当然味見などは済ませてあるが、実際に他人の意見を聞くという瞬間は少し緊張する。
「アルビンさんも、どうか食べてください」
「あ、ああ……いただく」
まるで見惚れるかのようにレイを見ていたアルビンは、スプーンを手に取りシチューを口に運ぶ。
そして、目を見開いた。
「な、何だこれは……こんなに溶けるようにして消える肉は食べたことがない……さらには相当濃い味付けにも関わらず、くどくもなく、野菜の味をしっかりと感じるだと……?」
「ん、アルビンは料理への感想が上手」
どうやらアルビンの口にも合ってくれたようだ。
レイの言う通り、ここまでしっかり解説してくれるとは思わなかったけど。
「肉はレイが討伐したドラゴンの肉を使っています」
「初めて食べたぞ……なぜこれほどまでの食材が市場に出回らない?」
「討伐できる人間が少ないからというのと、皆爪や鱗という素材の方へ意識が集まり過ぎるからじゃないですかね。俺も実際に食べてみるまでは知らなかったです」
「う、ううむ……」
俺の考えに納得してくれたのか、アルビンは多少困惑した様子を見せるものの食事を続けていく。
ひとまずは第一関門突破だ。
「――そろそろかな」
俺は一度キッチンへと戻り、二つの容器を持ってくる。
そしてまずはレイの隣に立ち、片方の容器をシチューの側に置いた。
同様に、もう一つをアルビンの側へ。
「ん、これは何?」
「生クリームだ。軽く回すようにしてシチューにかけると、味がまた少し変わってまろやかになる」
「っ!」
レイはいそいそと生クリームを手に取り、さっとシチューにかける。
そして軽く混ぜた後、それをスプーンで口へと運んだ。
「――――これは兵器だと思う」
「物騒だな……」
おそらくは美味しいという意味で言ってくれているのだろう。
実際自分でも試しに食べてみたが、我ながら美味く作れていたとは思っていた。
それが認められて、素直に喜ばしい。
「……これを、かけるのか」
見よう見まねという形ではあるものの、アルビンもシチューに生クリームを回しかける。
そしてそれを口に運ぶと、驚愕したように目を見開いた。
「うまっ――――い、いや、まあまあだ」
「アルビンも素直になればいいのに」
「そ、そうはいきません。俺は厳正な態度でこの男を見極めなければならないので」
とは言いつつも、アルビンの手は止まってはいなかった。
行動は何よりも感情を表す。
これもかなり彼には気に入ってもらえているようだ。
「おかわりはいくらでもあるから、気軽に言ってくれ」
「ん、おかわり」
「早いって……」
レイから差し出された皿を受け取りつつ、俺は彼女へと呆れ顔を向けるのであった。




