3-5
「んまぁぁぁあああああい!」
「うおっ!?」
カレーを口に含んだ途端に、カノンが叫び声を上げる。
思わず仰け反ってしまったが、どうやら「美味い」と言ってくれたようだ。
「何これ!? いつもレストランで食べるやつよりも数倍美味いんですけど!? てかこの肉何⁉ こんな肉食べたことないんだけど!?」
「りゅ、竜の肉だ……本来は食べられないんだけど、聖水で浄化することで食べられるようになる。俺自身初めて食べてみたから、こんなに美味いことは知らなかったけど」
「ドラゴン!? ドラゴンなのね⁉ 分かったわ! すぐに狩ってくる!」
「精肉店に肉を買いに行く感覚で飛び出さないでくれ! 頼むから!」
俺は立ち上がる彼女の行く手を遮るようにして立つ。
レイもそうだったが、Sランクの人間は『買ってくる』じゃなくて『狩ってくる』を使う。
この二人を下手に自由にしたら、いずれは生態系を壊してしまうのではないだろうか?
「カノン、お行儀が悪い。ドラゴンなんていつでも狩れるんだから、今は座って」
「むぅ……確かにそうね。冷めちゃっても嫌だし」
レイの一言で落ち着きを取り戻したカノンは、席に戻って再びカレーを食べ始める。
俺もホッと胸を撫で下ろし、自分の席へと戻った。
「それにしても、洗濯から乾燥までしてもらっちゃって申し訳ないわね」
「いいって。そんなに手間じゃないし」
カノンとレイの服は血まみれだったため、洗濯用魔法箱へと入れておいた。
最新型の洗濯用魔法箱は、水の魔法だけでなく火の魔法と風の魔法も搭載されている。
その機能があれば、洗濯物が服程度の大きさであればすぐに乾かすことができるのだ。
「っと、それより……カレーは口に合ってくれたみたいだな」
「あたし、カレーにはうるさいつもりだったの。大好物って言ったのは本当だし。でもこのカレーは……今まで食べたどのカレーよりも美味しいわ」
「そこまで褒められるとさすがに照れるんだけど……」
レイに続いて、褒めてくれたのはカノンで二人目だ。
今回ばかりは食材が良かったとしか言えないのだが、自分が作ったものを褒められるというのは素直に嬉しい。
「テオ、ちょっと話がある」
「何だ?」
「これから一人分多く作ってもらうことって、可能?」
「一人分……か」
俺は横目でカノンを見る。
おそらくは彼女の分の話だ。
「ああ。少なく作れって言われるよりは多く作る方が楽だし、一人分くらいは問題ない。その分食材の消費は激しくなるけど……」
「食材に使えるお金を増やしておく。いくらでも買って大丈夫」
「そういうことなら俺の方から言うことはないな。次から多めに作るよ」
「ん、ありがとう。カノン、許可が下りた」
やはりカノンか。
カノンは一度スプーンを置いて、視線を彷徨わせる。
何と言っていいか分からないといった様子だ。
「その……これから世話になる日が増えると思うけど、別に毎日来るわけじゃないから安心して! 逆に来る日はちゃんと伝えておくし……そのときはまた美味しいご飯を出してもらえると嬉しいなって」
「……分かった。屋敷はレイのものだから何とも言えないけど、俺はいつ来てもらっても大丈夫だと思ってる。料理が足りないなんてことはないように心がけるから、安心してくれ」
「っ! うんっ!」
パッと笑顔になったカノンは、再び食事へと戻る。
実際食材さえあれば多く作ることに難しさは感じないし、ギルドで会ったあの男よりはレイも彼女を信頼しているようだから、俺としても安心だ。
レイも俺もにぎやかな方ではないし、今後カノンのような気の強い人間がいてくれるのも一興だろう。
「一緒に仕事したときは、基本的にカノンも連れてくる。泊まってくかもしれない。客間はもう使える?」
「ああ、掃除が終わってない部屋もあるけど、俺の分含め三つくらいは客間も使える」
「ん、助かる」
「今日から泊るのか?」
俺が視線をカノンに戻せば、彼女は首を横に振った。
「ううん。洗ってもらったとは言え着替えとかもないし、明日は依頼でちょっと遠出するから一度家に戻らないといけないの」
「そうか……結構忙しいもんだな、Sランク冒険者ってのも」
「難易度の高い依頼は軒並みこっちに回されるからね。もちろん断ったっていいんだけど、そうすると暇になっちゃうから」
「冒険者業は暇つぶしか?」
「まあね。別に信念持って成し遂げたいことがあるわけでもないし、金に困ってるわけでもないけど……あ、でも迷宮は純粋に楽しいわ! 未知へ挑むのは生き甲斐かも!」
なるほど、根っからの冒険者ってやつだ。
「レイもそうじゃない?」
「ん。私も名誉とか、お金にはあまり興味ない。だけど綺麗な物や景色を見るのは好き。冒険者はそういうシチュエーションに出会いやすい」
「誰も入ったことない領域とか、一番にあたしらが入ることもあるしね。魔物の中にもたまーに面白いやつがいたりもするのよ!」
二人はこれで冒険者トークに火がついたようで、これまでの経験で見たものや聞いたものについて語り始める。
どれも騎士として国に閉じこもっていては絶対に経験できないような内容だった。
「……楽しそうだな、冒険者って」
「ん、テオもなってみる?」
「へ?」
「私たちの依頼に同行するだけでもいい。きっといい刺激になると思う」
ありがたい言葉だった。
しかし俺に課せられた当初の仕事を無視するわけにもいかない。
「家事を疎かにしてしまいそうだし、かなり厳しい気も――」
「いいじゃない! 日帰りくらいで済ませられる依頼なら、そんなに支障も出ないでしょ? あたしたちと一緒ならまず危険もないし、息抜きになると思う!」
レイがとなりでカノンの言葉に頷いている。
二人は厚意で言ってくれているわけだし、無理に理由を見つけて断るのも失礼か。
実際冒険者がどういったものか、俺も興味がある。
「じゃあ……今度ちょうどいい依頼があったら連れてってもらえるとありがたい……かな。足を引っ張ってしまうと思うけど」
「問題ない。伊達に私たちもSランクじゃない」
レイはそう言いながら自身の胸を軽く叩く。
なんとまあ重みのある言葉だろうか。
――そうして、なんやかんやで俺が依頼へ同行することが決まった後、ついにカレーが入っていた鍋が空になる。
そしてちょうどよくライスも完売した。
本当に二日で食べきってしまったな……。
「ふう、ごちそうさま。最後まで美味しかったわ!」
「どうも。さすがに連続でカレーってことはしないけど、またいずれ作るよ」
「期待してる! ――じゃ、そろそろお暇しようかしら」
カノンは服装を正しながら、席を立った。
明日は仕事があると言っていたし、それに合わせて動くならちょうどいい時間だろう。
レイと二人でカノンを玄関まで送り届けると、彼女は振り返り活発な笑みを浮かべた。
「テオ! あたしはあんたのことまだよく知らないけど、もし何か困ったことがあれば手伝わせてもらうから! あたしは一食の恩を忘れないの!」
彼女の言葉に、俺は一瞬呆然としてしまう。
しばらく経って、これが事情を知らないなりの彼女の気遣いであることに気づいた。
気づいてしまえば、もうただただ感謝が湧き上がる。
「……ああ、ありがとう。すごく助かる」
「あ! レイに愛想尽かしたらあたしのところへ来たっていいんだから――」
カノンの言葉を遮るようにして、突如彼女の頬を何かが掠める。
それは、レイの拳であった。
拳が掠めたせいか、カノンの頬からは薄っすらと煙が上がっている。
摩擦で火傷したのか……。
「ごめん、ハエがいたから」
「あっ……あああ! 危ないじゃない! もう帰るから! 後ろから不意打ちとかやめてね!」
「そんな卑怯なこと、しない。やるなら正面から斬る」
「あたしたちさっき友達だってはっきりしたわよね⁉」
やはり忙しい人だ。
カノンは踵を返すと、「じゃあね」と言葉を残して玄関から出ていく。
俺はその背中に手を振って見送った。
「……レイ、中指を立てないでくれ」
「ん、ごめん」
彼女の背中に向けて立っていたレイの中指を、そっと下ろさせる。
レイは大人しいように見えて、存外攻撃的であった。




