4-1
「テオ、今日は一緒に買い物へ行こう」
カノンが帰ってから二日後。
俺が外で草むしりに勤しんでいると、突然レイが声をかけてきた。
「今日は依頼もない。だから暇」
「なるほど。でも何を買いに行くんだ? 一応まだ食材とかは残ってるけど……」
「日用品。服とかも、見たい。テオもずっとその服じゃ、きっと不便」
「ああ、そういうことか」
言われてみれば、俺の今着ている服も一着しかない。
これを毎日洗濯、乾燥させて着ている。
自分のことながらあまり気にしてはいなかったけど、いずれ服の方にガタが来てしまうはずだ。
そうなれば確かに不便である。
「衣服が手に入るなら俺も助かる。同行させてもらうよ」
「ん、初デート」
「デートって……扱い的にはそうなるのか? 女性と二人ででかけたことなんてなかったから、こういうのには疎いんだけど」
実家の方は田舎すぎて同世代の人間すら少なかったし、騎士団に入ってからはあの件以来自由がなかった。
もちろん女性との経験すら皆無。
口づけだって未経験だ。
「んっ、一緒。私も男の人と二人で街を歩くのは初めて」
「そうなのか? あんたみたいな女を放っておく男は少数派だと思うんだけど……」
「褒められた、嬉しい。確かに誘われることは多かった。でも全部断ってた。興味なかったから」
ギルドで会ったアルビン・ブルーノという男へのレイの対応を見ると、素人目から見ても適度な距離を保っているように見えた。
実際のところレイは、ファミリーメンバーと言っても必要以上に詮索させないようにしているみたいだし、休日を誰かと過ごすなんてこともなかったのだろう。
そして興味のないことにまで手を出す人間には見えない。
「どうしても必要な物があるときは、カノンを連れ出してた。文句言いながらも、いつも来てくれる」
「こき使われてるな……」
不憫には感じるが、なぜか嬉しそうなカノンの顔が思い浮かぶ。
何と言うか、彼女も彼女で誰かから必要とされることを喜ぶタイプなんだろう。
「今後は、テオに頼むことも増えると思う」
「家に引きこもっているのも不健康だしな。俺でよければいつでも」
「ん、ありがとう。じゃあ初めてのデート、行ってみよう」
「ああ」
俺は立ち上がり、草むしりで汚れた手を洗いに行く。
それにしても……デートと来たか。
できることならばエスコートをしたいところだけど、果たして未経験の俺にできるだろうか――――。
♦
「……テオ、その恰好は私でも変だと思う」
「仕方ないんだ。元同僚と鉢合わせる可能性がゼロじゃない限り」
「ん、なら、仕方ない」
屋敷から出てきた俺は、口元を布で覆うようにして顔を隠していた。
髪型もほんの少し変えて、これならよく顔をのぞき込まれない限りは騎士団にいたテオだとは分からないだろう。
「冒険者には口元を怪我してからそうやって隠している人もいる。私と一緒なら不自然じゃない……かも?」
「……まあ、怪しまれるときはどんな顔をしてても怪しまれるし、なるようになるさ」
とは言え、知り合いに会う可能性は限りなく少ないとは思っている。
今日はブラム隊の巡回日ではないため、騎士とすれ違ったとしても知らない者同士であることが多いはずだ。
「ん、じゃあ行こう。とても楽しみ」
そう言って、レイは歩き出す。
俺もそれに続く形で、屋敷の敷地から外へと出た。
レイの屋敷から城下町まで、約二十分ほどかかる。
初めは不便と思うかもしれないが、おかげで静けさが保たれていると思えば苦ではない。
街についた俺たちがまず向かう先は、俺が屋敷に住み始めた日に日用品を買ったあの商店街だ。
あの場所は本当に便利で、欲しい物があれば大抵は揃ってしまう。
「まずは服を見たい」
「そうか。店の当てはあるのか?」
「特には、ない。だからぶらぶらして、よさそうなところを見つける」
「分かった。なら歩くか」
「ん」
レイと俺は、商店街を歩く。
ここは静かな屋敷と比べ、あまりにも賑やかだ。
少々面食らってしまいながらも、衣類を取り扱っている店を探して進んでいく。
「おお! レイちゃんじゃない! この前ドラゴンを倒したんだって?」
すると突然、レイに向かって恰幅の良い中年女性が話しかけてきた。
気のよさそうな人だ。
レイは素直に立ち止まり、彼女へ向け手を上げる。
「ん、リーンおばさん。おはよう」
「はいおはよう! そうだそうだ、あんたこれ持っていきな! うちで採れたイチゴだよ!」
「イチゴ……っ! 欲しい」
「あいよ! レイちゃんには毎度世話になってるからねぇ。困ったことがあればまた頼っておくれ!」
「ん。ありがとう」
レイがリーンおばさんと呼んだ女性は、赤い実が詰まった紙袋を差し出してくる。
それを受け取ったレイは、嬉しそうにその紙袋を抱いた。
「またねぇレイちゃん!」
「ん、また」
レイが動き出したため、俺もそれについて歩き出す。
「知り合いだよな? ずいぶん慕われてるみたいだけど」
「果物屋のリーンおばさん。かなり前だけど、あの人の旦那さんの病気を治すために、フェニックスを狩りに行ったことがある」
「Sランクの魔物じゃないか……」
「倒しても倒しても蘇る。素材狩り放題だった」
「それを言えるのはあんただけだ」
フェニックスというのは炎を纏った巨大な鳥のことで、触れるだけで鉄が溶けるほどの炎と、致命傷からもたちまち蘇る不死性を持っている――と聞いた。
そしてその羽には、万物を正常な状態へと戻す効果があるらしい。
一枚1000万Gで取引されたこともあるそうだ。
それをレイは乱獲したのだろう。
「あれ以来、リーンおばさんは私によくしてくれる」
「恩返しか」
「多分。私、リーンおばさんたちから報酬をもらわなかった。二人は何とかして払うって言ってくれたんだけど、私はあの果物屋の果物が好きだったから、気にしないでって言った。そしたら旦那さんも、私の好きな果物を用意してくれるようになった。結果的に、私も嬉しい」
「いいご夫婦だな」
「ん。あの人たちのことは、好き」
レイはそう言って、ほんの少しだけ笑んだ。
リーンさんとやらは、レイとプライベートの信頼関係を築いているのだろう。
純粋な感謝から来る贈り物であるからこそ、レイも受け取っているんだと思う。
これが下心丸出しの贈り物であれば、彼女もこんないい表情は浮かべないはずだ。
「それにしても……数百万で取引される素材を無償か。そんなこと結構やっているのか?」
「ん。気に入っているお店の人が困っていたら、私にできる範囲で手を貸している。そのお店がなくなったら、私も寂しいから」
その後、まるでレイの言葉を証明するかのように様々な店の人間が近づいてきては、彼女に何かしら商品を渡したり、挨拶を交わしていく。
レイが慕われている証拠だ。
「……中々洋服屋に近づけない。ごめん、テオ」
「いいって。慕われてて悪いことなんてないはずだからな」
「ん……ありがとう」
それに、人々の挨拶も無限ではない。
しばらくすれば近づいてくる人間は減り、再び自由に歩けるようになった。
「確か、この辺りに洋服屋が――」
周囲を見渡していたレイが、突然口を噤む。
どうやら何かを見つけたらしく、気になった俺は彼女の視線を追った。
「……アルビンだ」
そこにいたのは、数名の冒険者を引き連れて歩くアルビン・ブルーノであった。
彼は俺たちに気づくと、仲間を連れたまま近づいてくる。
「おはようございます、レイさん。それと――身の程知らず」
アルビンはそう言いながら、俺へ睨みを効かせてくる。
――何だか、嫌な予感がしてきた。




