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route:リズウェルト(全六話)
ふわり、と穏やかな風が吹いて木々を揺らす。
視界に桜の花弁が映り込み、舞い上がる様に空を昇っていく姿はまるで龍のようで。あまりの美しさに感嘆の声がもれた。
東の森にある、作り直した私の花園。
汚れてもいい格好をして、芽吹きだした新しい命を地面に座りながら見下ろす。一か月もしたら、〈希少!珍種?神秘!?これぞ伝説の植物図鑑ベスト100〉に記されていた花が開花する。この図鑑曰く、その花は蒼月花の花粉と月光樹の雫が合わさって誕生する大変、希少な植物らしい。
葉を煎じれば万病に効く万能薬となり、種を粉末に擂ればどんな傷も治ると言われている。・・・残念ながら、事実かどうか私には判らない。
書物にもあまり名が乗らず、歴史上でもほぼ登場しない薬――ホド・セフィラ。
蒼月花の方が有名すぎるのも原因かもしれないけど、希少すぎて種すら見つからないのがもっともだろう。
でも・・・。顔がにやける。
カルナードが見つけてくれた。
アルトが探してくれた。
土で汚れた手を首に下げていたタオルで拭き、ついでに汗も拭う。右手を伸ばし、小さなつぼみにそっと触れた。・・・早く咲かないかなぁ。
私はこの花がどんな形をして、どんな色で咲くのか知らない。だって図鑑には文字でしか記されていなかったから。育て方だって記されていない。だから本当に咲くのか、やり方を間違っていないか不安は残る。
それでも。いや、だからこそ!神々の国にあるとされる生命の樹の一つ、栄光の名を持つのだから意地でも咲かせたくなる。
なにより、私は花の乙女だからね。
何がなんでも咲かせて見せよう。にゅふふふふ・・・。
・・・神々の国のモノだから人間の国では咲かない、だったらどうしよう。流石に打つ手がないわぁ。
溜息を吐き出し、項垂れる。
リズと結婚してから、月日が経つのは早くて季節はもう春。
一か月後に学園を卒業するリズに無事、この花を贈れるのだろうか・・・。
多大な不安を覚えながら、ルキに調合してもらった肥料をかける。・・・あ、森緑帝に育て方を聞くのはどうだろう?長生きしてるし、栽培の仕方を知っていてもおかしくない!
うわぁ!希望が見えてきたぞぉ。
「でも森緑帝、どこにいるんだろ?」
「――――森緑帝?何、探してるの?」
「!?」
背後、それも耳のすぐ傍で聞こえた声に心臓が口から飛び出そうになった。
ばくばくと煩い心臓を宥めながら、油の切れた機械のように後ろを振り返る。地面に膝をついて私を背後から抱く人物は案の定――リズだ。
「驚かせないでよ!」
「ごめん、ごめん」
「誠意を感じない!」
「驚くフィリアも可愛いよね」
・・・結婚して、リズの大切なネジは十本ぐらい外れたようだ。
王族として、大丈夫なのだろうか?若干の不安を覚えるが、見た目がいいから問題ないかと考えを改める。だって・・・ねぇ?
リズの人形染みた美貌は短い時間で人外並みにレベルを上げ、凛とした空気すらより一層研ぎ澄まされて視界に映っただけで見る者を魅了する。もうね、目線一つで心臓を止める勢いだよ。そんなリズの傍に年を重ねてもなお麗しい王弟がいると、魅了効果が石化効果に変化するレベルの美しさだ。もはや凶器だ、最終兵器レベルだ。こわい。
王族を除く、その美貌に見慣れた者ですら一瞬、思考が停止する恐ろしい美貌へと変貌した。アルトとカルナードなんて青ざめた顔で何かを呟き、そのたびにリズから「フィリアは僕のだよ?」と笑顔で脅されていた。こわ。何を言ったんだろう。
さらに有名な物語の騎士の王のように優雅で洗練された動作により、老若男女の心をつかんで離さない。・・・背はアルトより低いけど、格好良さはアルトやカルナードよりも上だと思っている。惚れた欲目ですが、何か?
おかげで恋する女性の視線が痛いのなんの・・・。そのうち、嫉妬で刺されるかもしれない。現に今も嫉妬から暗殺されかかってるしね。ふ。
でもリズの隣は渡さない!
私はもう、ネガティブ思考にならないんだからね!・・・たまに凹む時はあるけど。
「あの・・・なんで抱きしめてるの?」
「んー・・・なんかフィリアが可愛いことしてたから」
可愛い・・・?
記憶を辿ってみるが、そんなことをした覚えはない。思考の海に浸っている時に、無意識に何かした・・・とか?いや、それはないな。うん、ない。だとしたら・・・うわ。リズはとうとう、幻覚を見るようになっちゃったんだね。憐れんだ眼を向ければ、頬を引っ張られた。ひどい。
「失礼なこと考えた罰。それより、いい加減教えてくれる?」
心を読まないで、やわやわと頬を触りながら聞かないで。
「ここに来た理由」
ぱちくりと、眼を瞬く。
頬を掴むリズの手を掴み、遠ざけて考える。いや、考えることでもないか。でもなぁ。
困った。
言えない。
誤魔化すようにへらりと力なく笑えば、また頬を引っ張られた。
笑顔だけど、眼が怒ってる。これは下手なことを言えば、私の身体が筋肉痛で動けなくなるぞ・・・!容易に想像できた未来に身を震わせ、どうしようかと考える。
「理由って言われても」
選択肢が東の森一択だったから、とは言えない。
「そろそろ、植物の世話がしたくて?」
かと言って、ここに植えた花のことを話す訳にもいかないし。
「ふぅん」
「あ、信じてない」
「ううん、フィリアが植物に触りたくてうずうずしてたからそれは信じる。けど、ここに来た理由がね」
まぁ、確かに。
植物の世話がしたいなら王城の庭でも弄ればいい話だもんね。でもね、あそこは専属の庭師がいる訳でして、いくら花の乙女である私とて他人のテリトリーに手を出すような節操なしじゃないんだよ!
あの庭は、あの庭師が造るから美しいんだよ!丹精込めて、真心こめて、我が子のように慈しんでいるからこそ出来栄えなんだ。そんな庭師の情熱を、熱意を知っているだけに・・・私が容易に近づける訳ないじゃないか!――まぁ、私が近づくと庭師の方が委縮して仕事にならないから近寄らないようにしてるんだけど。
「わざわざ指輪を外してまで来る理由って、何?」
リズが私の左手を掴む。
視線が向けられているのは、本来、はまっているはずの結婚指輪があるはずの指で。・・・あ、もしかして私はリズに疑われてる?浮気と思われてる・・・?不倫、してるとか思われ・・・・・・てたりする!?
血の気が引いた。
がたがたと身体が震える。
ど、どうしよう。私、そんなつもりないのに、勘違いされちゃってるよ!青くなった顔でリズに詰め寄り、胸元からチェーンに通された指輪を取り出した。不倫とか絶対にないから!
「汚れたら嫌だから外しただけだよ!?他意も何もなくて、本当に・・・汚れたら嫌だし、無くすのもやだったからだけで!・・・リズ、怒ってる?」
「そうだね、怒ってる」
「・・・」やばい、泣く。
胸が刺された様に痛くて、涙腺が意思と反して緩んでいく。耐えようとしても水があふれて、零れ落ちそうで。泣くなと、唇を強く噛んで痛みで誤魔かした。
視線が下を向く。
「ごめん、苛め過ぎた」
ぽんと、頭を撫でられた。
ゆるゆると顔を上げれば、怒りでも呆れでもなく、困った顔で私を見るリズがいて。
「ここで何をしているのかアルトやカルナは知ってるのに、僕だけ秘密なのが悔しくて・・・ごめんね、フィリア」
額に落ちた口づけに、溜めていた涙が決壊した。
「泣かせたかった訳でも、困らせたい訳でもなかったんだ」
「ううん、私が悪いの」
優しく頭を撫でるリズの首に抱き着き、口を開けば震える声にまた泣きたくなった。
「リズに見せたい花があって」
「僕に?」
「・・・うん」
リズから身体を離し、俯きながら言葉を続ける。
「でも、上手く成長するか分からないから・・・咲いてからリズに教えようと思ってたの。その・・・ごめん、くだらない理由で黙ってて」
ぺこりと頭を下げれば、軽い衝撃がきた。
・・・どうやら私、チョップをされたようだ。違う意味で泣きたくなったよ。
「僕のためなんでしょ?くだらなくないよ。でも納得した。咲くか判らないから森緑帝を探してたんだね。・・・ふふ、そっか」
嬉しそうに笑う声が聞こえたけど、顔を上げられない。
「だとしたらやっぱり僕が悪いね。ごめん、泣かせちゃって」
眼元に残った涙を拭われ、こつりと額が当たる。そろりと視線だけ上げた。
穏やかに微笑むその瞳に、嘘は見られない。本当に・・・怒ってない。安堵するけれど、申し訳なさに視線が彷徨う。ちゃんと、言えばよかった。
そうしたら不安にさせることも、不安になることもなかったのに。
私の馬鹿。考えなし。
アルトやカルナードが忠告してくれたのに、ちゃんと聞かなかった罰があたったんだ。
「僕のためにありがとう、フィリア」
「・・・ん」
「でも、秘密は出来るだけしないでね?僕、不安になって何するか判らないから」
「怖いよ!え・・・待って、何もしてないよね?今回のこと、何もしてないよね?」
黙秘?!本当、どこに庇護欲と純粋溺愛要素があるの!?ねぇどこに!!
「咲くの、楽しみにしてるよ。フィリア」
・・・期待されたら、頑張るしかないじゃないか。
赤くなった顔を隠すようにリズの胸板に頭を預け、小さく頷いた。
「泣かせちゃったのも、不安にさせたのも悪いとは思うけど・・・うん、役得かな」
「へ・・・!」
言われて気付いたけどこの体勢、私がリズを押し倒してる構図だ!一気に身体が熱くなり、頭が爆発した。羞恥と混乱によって、思考がショートする。駄目だ、死ねるっ。
こんなことぐらいで思考停止するなとか、恥ずかしがるなよ。とか冷静な部分が訴えるけど無理。結婚したんだから慣れてもいいはずなのに、一向に慣れる気配がないんだから無理!男の色気全開のリズに勝てるはずがないんだ!耐性をつけても、それを突破する無敵貫通能力の持ち主だよ?!心臓が死ぬって!
あ、でもキスはちょっと・・・慣れた、かも。いや慣れない。慣れちゃ駄目。慣れたら人前でされる。それだけは断固阻止せねば。でもリズとのキスは好きだな、うん。
「あ、ちょっ!?」
意識を彼方に向けていたせいか、拗ねたリズが腰を掴んで身体を密着させてきた。ひぃ!左手が私の手を掴み、指を絡めるように組む。な、なに・・・?
腰を掴む右手が背筋を撫で、頭に触れる。
「キス」
「ぶぇ?」変な声出た、死にたい。
「キスして、フィリアから」
無茶振りな!
首がもげるんじゃないかってぐらい、横に触って無理だと伝える。勘弁してください!
「じゃ、それは次回に期待しようかな」
あ、これは逃げられないやつだ。
熱と同時に血の気も引いた。リズの輝かしい笑顔が悪魔にしか見えない。こわい。
回避不可能な未来に怯えと恐れで震える私の身体を、リズが好き勝手に撫でる。厭らしい言い方ではなく、子供が戯れるような触れ方で。・・・それはそれでアウトか?でも夫婦だし。いや、夫婦でも訴えることが出来るってギネアが言ってたな。
あ、そう言えばギネアとヴェルナンドに、小旅行に行こうって誘われてた。普通学科の仲間全員で温泉に行こう!って話になってたので、是非とも行きたい。リズにどうやって許可とろう。
「ねぇ、フィリア」
「ぅひゃ?!」
またしても意識を彼方に向けていたからか、リズが拗ねた。
拗ねて指を舐められた、上に咥えられて甘噛みされている。反射的に逃げようと腰を引くも、頭に触れていた手が再び腰を掴んでいて動けない。あ、足の間に膝立てた足をいれないで!
「この指輪だけど」
私の指を口から解放すると同時に手も放し、チェーンに通された指輪に触れる。
「僕がまたつけてもいいよね」
疑問符のない言葉に、頷くことしか出来ない。
「動かないでね?」
リズは壊れ物を扱うように首からチェーンを外し、指輪を手に取った。そして腰に触れていた手が左手を掴み、指輪をはめられる。・・・物凄く、恥ずかしい気持ちになるんだけど。
おかしいな。
緊張と羞恥なら結婚式でも感じたのに、それよりも今の方が恥ずかしいってなんだろう。リズの眼差しのせいかな?結婚式で見せた瞳よりも熱を帯び、言葉にせずとも伝わる恋慕と愛情が原因だろうか?はたまた触れる指の妖しい動きのせいかな?
どっちにしろ恥ずかしい。
穴を掘って一生、埋まっていたい気分になるからやめて。
「愛してるよ、僕の奥さん」
止めとばかりにキスをしないで。
いや、キスが嫌な訳でもリズが嫌な訳でもないよ。本当・・・心臓に悪いから不意打ちは勘弁してください。両手で顔を覆い隠したくなる。
▽congratulation!△
突然、頭の中でファンファーレが鳴った。
頭上を色とりどりの花が舞い、視界を彩る。吃驚してリズの身体を突き飛ば・・・そうとして、ぴくりとも動かないことに瞠目した。何事?岩みたいに硬いんだけど?石化?でも身体はやっこい。なんだ?何が起きたんだ?
訳が解らず瞬きし、首を傾げる。
んー・・・冷静になってみればなんかこれ、どっかで見た気がするんだけど。
あー、どこだっけ・・・?
えー・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・!
「あ、選択肢!・・・とはまた違うみたいだけど、それに似てる、ような?」
選択肢が現れた時に似た光景だけど、異なるモノだと分かった。だって時が止まってないもん。周りの景色も止まった様子がないし。
じゃあなんだろう?また首を傾げた。
時は止まっていない。
それはリズを見れば解る。
けれどリズは寝ていて、軽く頬を叩いても引っ張っても起きる様子がない。普段だったらすぐに眼を覚ますのに・・・。そして逆襲に遭う。うぅ、悪寒が。
『なかなかに楽しい劇だったぞ』
妙に色気を含んだ声に、意識が囚われた。
『だが、及第点だ。我を満足させる劇ではなかった』
何かが眼の前に移動した。声の主?
意識が囚われたせいか、視界がぼやける。かすむ双眸で見えたのは黒髪黒目の、この世ならざる者の気配をまとう長身痩躯の美丈夫。
まともに機能しない眼球のせいで姿をはっきり確認できないけれど、私の知る中の誰よりも強者で覇者。逆らうことが許されない、絶対的の王者だと囚われた意識の中でもすぐに解った。
――ああ、眼の前にいるのが神々の王。
私にスキル擬きを与えた元凶――。
『だがまぁ、我らに愛される奇特な人間の中で一番、我を愉快にさせてくれた。まったく、ただの人間にしておくのが惜しいくらいだ』
勝手なことを言ってくれる。私は神々の王を楽しませる玩具じゃない。変なスキル擬きを与えて遊ばないで欲しい。
眼の前の相手が誰か解っても、怒りは抱く。
・・・ああ、そう言えば。随分前に神々の王を殴ると決めたんだった。思い出して絶好のチャンス到来!と心の中で騒ぐ。よぉし、そこを動くなよぉ!今、私がぶん殴ってやるから!
拳を握り、いざ!と神々の王を殴ろうとしたのに、意気込むだけで身体が動かない。
何故だ!?恨みを晴らす絶好のチャンスだって言うのに、まるで身体を糸で縛られたように動けない。・・・まさか。
『ああ、やはり面白い。・・・せめてもの慈悲だ、人間として生は全うさせてやろう』
待って、それはどう言う意味?
そして動けなくさせたのはやっぱり、神々の王の仕業か。ほどけ。解放しろ。私に殴られろ!
『さて、これからの人生に選択肢は現れない。何をしても自らの責任で進むしかない。故に――後は好きに、己が心のままに生きるがいい』
言うだけ言って、風に溶けるように姿が消えた。
私が神々の王に気に入られた理由も、あの言葉の真意も聞くことも出来ずに・・・。勝手に現れて、勝手に消えた。頭が痛い。
そして悔しい!
殴ろうと思ったのに、何も出来ずに見送ってしまった自分が情けない!
もしもし地母神様。
もしもし魂の管理者様。
聞こえてるか判らないけど、言っておきます。――私の死後で構わないので、神々の王を二・三発殴れるように助力を頼みます。
あと、私・・・死後にどんな眼に遭うの?せめて死ぬ前に教えてください。
心の準備がいるので。
なんて、一度しか逢ったことのない神様にお願いしてみたり。
でも本気です。
殴りたい、あの神々の王を・・・!
じゃないとこの怒りが治まらない。マグマが沸騰して噴火するんじゃないか、ってぐらいに激昂状態ですよ。内心で。表に出さないけど。
「・・・フィリア?」
「ごめん、ちょっとこのままでいさせて」
リズの首元に頭を預け、湧き上がる憤怒を治める。
私の様子がおかしいことは理解しても、何故そうなったのか判らないリズが宥めるように頭を撫でてくれた。そしてそのままぱたり、と地面に仰向けで倒れる。ぎゅーぎゅーと頭を撫でていた手も使って私の身体を抱きしめ、頬を摺り寄せてきた。
甘やかしてるのか、甘えてるのか。正直判断はつかないけど、何も聞いてこないリズに私も何も言わずに縋るように服を握りしめた。・・・甘えてるのは私か。
「・・・」
頭上で舞っていた花弁もいつの間にか消え、あれは神々の王が現れるための演出かと溜息を吐き出す。次は殴る。絶対に殴る。
決意を新たに、ゆるりと眼を閉じた。
▽Goodend△
即座に眼を開け、まぶたの裏に現れた文字に眉を寄せた。
現実の視界に文字はない。神々の王が言った、選択肢が現れないというのは嘘かと疑ったがどうやら違うようだ。じゃあ、あれはなんだ?再び目を閉じても文字は現れない。だが脳裏の残ったGoodendの文字に不快感を覚えた。
神々の王が言った、及第点がGoodendだと言うのならばふざけた話だ。ふつふつと鎮火したはずの怒りが再発火する。
つまり、神々の王にとって私とリズが歩んだ過去が及第点だと?
何を基準にしているのか知らないが、馬鹿にされた気分になる。
私は十分幸せで、この人生を悔やむことはない。・・・まぁ、羞恥心で死にそうにはなるけど微塵の後悔もない。だからこれはGoodではなくHappyの間違いだ。
甘えるようにリズの首元にすり寄り、眼を閉じた。
「どうしたの、フィリア?甘えたがり?」
緩慢に眼を開け、顔を上げてリズを見下ろす。
甘さを見せる双眸に、疑いようのない愛を見つけてリズの額に唇を落とした。口を離して再びリズを見れば眼を見開き、信じられないと言った間抜けな顔をしてて笑える。
するりとリズの頬を撫でる。
困惑気味に私の名を呼ばれ、人差し指でその唇に触れた。判り易くリズの身体がはねる。
「好き」
「フィリア・・・?」
「愛してるよ、リズ。リズだけを、死んでもずっと」
「――うん、僕もだよ」
滅多に想いを口にしない私に、リズは何も言わないで言葉を返してくれた。
それが嬉しい。
迷うことなく、愛を伝えてくれるリズが愛おしくて仕方がない。
「僕も、フィリアだけを死んでも愛するよ」
愛おしさが、恋しさが抑えられなくて、感情のままに触れるだけのキスをした。
「・・・フィリア」
リズが身体を起こし、私を膝の上に乗せる。
「嬉しいけど、この続きは部屋で・・・ね?」
色っぽく片眼を伏せ、耳元で囁くリズの言葉に頬に熱が集まる。心臓がはち切れそうに鳴り響いて痛い。別に、そんなつもりは・・・。
下手なことしなきゃよかった。
「邪魔が来たみたいだから、残念だけどここまで」
「へ・・・?」邪魔とはいったい。
瞬く私の耳に、がさりと草が揺れる音が聞こえた。その瞬間、血の気が勢いよく引いていく音が聞こえて・・・。ま、まさか。
「それで、何か用?」
鈍い動きで音がした方を向けば、あら吃驚。
物凄く嫌そうな顔をしたアルトと、片手で顔を覆うカルナードがいました。――いつから?
「吉報と言うべきか、訃報と言うべきか。とにかく緊急だ、城に戻れ」
「城に?それはまた穏やかな話じゃなさそうだね。ここじゃ話せないの、アルト?」
だらだらと冷や汗が滝のように流れる。
「話せるが、とにかく城に戻れ」
「じゃあ、聞いてから戻るよ」
「・・・はぁ」
アルトはともかく、カルナードの顔が赤い。
ちらり、ちらりと視線をカルナードに向ければ判り易く顔を背けられた。間違いない。・・・見られた。
「王妃がリィン様を毒殺しようとして、ラインハルト様に殺された」
「はぁ?!」
恥ずかしい。
埋まりたい。
そんな気分を一掃する台詞に、思わず声がでた。いや、本当・・・はぁ?!
「母上は・・・って、父上がいるんだから無事だよね。間違いなく」
「ああ。毒を飲んだようだが、ラインハルト様が迅速に処置して事なきを得てる」
ほ・・・よかった。
「ついでに言えば・・・王はもう死んでた。ここ三週間姿を見ないと思ったら、王妃にナイフで何度も刺されて死んだようだ。しかも下半身を集中的に刺してたから、動機は聞かなくても解るよな」
「解るけど、これは面倒なことになったね。どうしよう、逃げよっかな」
と言い、リズは何で私の腰を抱いてるのかな?
いやいや、逃げるんじゃなくて城に帰らないと。話を聞いて無事なのはわかったけど、実際に姿を見ないとこう・・・不安で。リズはそうじゃないのかな?
「今、城に戻ったら間違いなく父上が王位を継ぐよね」
・・・ん?
「そしたら兄上と僕の王位後継順位が上がって、次期王はどちらか?なんてくだらないことを欲の厚い奴らが騒ぎ出すんでしょ。あー、面倒な予感しかしないよ。やっぱり逃げよう」
「逃げんな、立ち向かえ。俺だってお前のごり押しと無茶振りで第三師団の副団長にさせられたんだぞ?――お前だけ逃げんな」
「嫌だなー、僕は団長にしたかったんだよ?そしたらほら、アルトは総長の地位に近くなるうえに僕達の傍にいてもおかしくない立場を得られるし、ね?」
「ね、じゃねぇから」
あの、私を腕に抱きながら立ち上がらないで。
不安定で怖い。
「それを言ったら私なんて、いきなり時期宰相候補と言うことで城にあがることになったんですよ?しかも退路を断つように家の後継ぎを親戚から見つけ出して・・・。おかげでツヴァイン様と仲良くなりましたけどね」
「それはいいことだね。ツヴァイン翁の知識を吸収して、人脈を得たカルナは僕達の傍にいても問題のない人物になるよ。どうしてもね、僕の奥さんの身内って言う縁だと弱くて・・・煩い奴が多いんだ。黙らせるためにも地位と権力って必要だよね」
「・・・はは、そうですね」
「はは、じゃねぇからな」
リズにお姫様抱っこをされながら、私は頭を抱えた。
でも、なんかこう・・・話を聞いてるとね。
「・・・リズ、王様になるの?」
「え、ならないよ」
笑顔で返された。
「でも・・・アルトと総長の地位に上げようとしたり、カルナードを宰相にしようとしてるからてっきり」
「それは最終手段」
「最終・・・?」首を傾げる私に、アルトが「待て」と重く告げた。
「言うな、それ以上は言うなよ。リズが言うと現実になりそうでこえぇから言うなよ!絶対に言うなよ!」
「って言う前振り?」
リズが茶化す。
「んな訳あるか!」
アルトが怒鳴る。
「・・・胃が痛い」
カルナードが胃を押さえた。
・・・うん、よく判らない混沌具合だ。なんかもう、見られた羞恥とか吹っ飛んだね。
私は耐え切れずに笑った。
「――――逃げよっか、リズ」
リズの首にしかりとしがみついて、耳元で囁く。
「面倒事は私も嫌だよ。しばらくはラズベリス様に任せちゃおう」
瞠目したリズが、くすりと笑った。
額と額をくっつければ、アルトとカルナードが呆れた息をついた。新婚気分ですが何か文句でも?
「そうしよっか、僕の奥さん」
「おい、リズ!」
「それじゃあ、後はお願いね。僕は奥さんと――ちょっと旅行に行ってくるから」
「リズさん、姉さん!・・・ああもう、胃が痛い」
足早にその場から立ち去るリズの耳に、悲愴なカルナードの声は届いただろうか?・・・まぁ、うん。新婚旅行に行ってなかったから、行ってきます。ってことで。
「あ、卒業式」
「その前に帰ってくるば問題ないよ」
それもそうかと頷き、別の問題に行き着いた。
「花、放置しちゃう」
「森緑帝にお願いしよっか。どうせ、探すつもりだったし」
「・・・そうだね」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
「――――ところでリズ」
「どうかした?」
「もしもだよ、もしも私が選んでなかったらどうしてた?」
「んー・・・そうだね。王位継承権を破棄して、でもそれなりの権力と発言力がある地位に納まって、アルトとカルナが動きやすいようにサポートできる立場になってたかな?理想としては兄上の補佐官」
「それ、今も狙ってるよね?」
「勿論。僕は王になんてなりたくないからね」
「うわぁ・・・」
「でも、フィリアを護るためなら王にでもなろうかな?なんて」
route:リズウェルトこれにて完結です。もうね、自分で設定しておいて文章に書いた通り迷子になってる。庇護欲とか純粋溺愛どこに消えた?修正をどこから入れたらいいのか解らず、このままつっきりましたが・・・もうこれでいいよね!と言う気持ちになりました。「こんなんじゃないよ!」と言う方がおりましたらすいません、と土下座をして謝るしか出来ません。これが限界でした。
乙女ゲーム的に言うなら彼はなんだろう?と考えつつ、さらに甘さってなんだろう?と唸りながら書き上げた作品。ある意味、前二作よりも悩んだ気がします。王道?王道ってなんだっけ?そもそも王子さまって何?迷走して迷走して結果、こうなったという・・・。これ、次の話大丈夫かな?と本気で自分を心配しだしております。
次、√??・・・頑張ろう。と、思いました。




