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花の乙女は平穏を愛する  作者: 如月雨水
route:リズウェルト
23/30

5

私は今、羞恥にさらされている。

出来ることなら今すぐ、この場から消え去って地面に穴を掘るなり人気のない山にこもるなりしてしまいたい。恥ずかしすぎて身体が振るえるよ・・・!


何故だ!

私が、私が何をしたと言うんだ!


公開処刑をされるようなことはしていない!なのにどうして、どうして――――王弟の前でリズに膝抱きされて、口説かれなきゃならないんだ!

ほら見て、リズ!

お願いだから見て!

いくら自室だからって、親の前でするようなことじゃないでしょ?!ああ!王弟が部屋に入ろうとした王弟妃を言葉巧みに遠ざけたよ。酷い!

救いの神になるはずの存在を遠ざけないで!

私をこの場から助けて!

・・・・・・・・・。

・・・・・・。

・・・畜生っ!

これが神々の王の仕業だというのならば、私は許さない。と言うか、そうに違いない!今頃、どこかで笑ってるんだ!私の状況を見て、酒の肴にでもしてるんでしょ!面白がってるんだぁ!!

絶対に、絶対に、ぜぇぇぇぇぇぇったいに!殴る!

姿を見せたら覚悟しておけ!

「やっぱり、今すぐにしようよ」

・・・えっと。

ごめん、何がやっぱりなのか解らない。本当に申し訳ない。思考が別のとこに言ってて・・・ね?これもそれも神々の王のせいだね!

でその・・・できればもう一度、言ってくれないかな。

「もうあんな思いは嫌だし、フィリアを離したくない。一緒にいよう」

「あの・・・ちょっと落ち着こうか?私、眼が覚めたばっかなんだけど」

ほら、思い出して。

リズがした所業を思いだ・・・すのはやっぱりやめて。私が羞恥で死ねる。

うぅ・・・まさかあんなに激しくされるとは思わなかったよ。ぐすん。

止めてって言ったのに、もう駄目って言ったのにぃぃ。一度だと思ったから羞恥に震えながらやったのに、まさか雨のように何度も何度も何度も・・・!うぅぅぅ、されるとは思わなかったよ。

しかも段々深くなるし!

ねちっこいし!

しつこいし!

うぅ・・・まだちょっと舌の感覚がおかしいよ。

感覚がおかしくなるまで、ううん!酸欠と羞恥で気絶するまでしないでよ、本当!うぅぅぅ・・・!恥ずかしい。恥ずかしすぎる。

恥ずかしくて穴に埋まりたい。現在進行形で穴を掘って埋まりたいよ。

ぐすん。ぐす・・・で、だよ?

そんな私が眼を覚ました瞬間、何故かリズの部屋にいてリズに口説かれて、王弟が呆れた眼を向けているこの状況。・・・考えなくてもリズなら解るでしょ?


そう!


馬鹿の私に!


理解!


できるはずがない!


言ってて悲しくなってきた。自虐はやめよう。事実でも心に痛い。

・・・だから説明プリーズ。

言葉にしないで視線で訴えたら、口説くのをやめて教えてくれた。なんか、勝った気分。

「蒼水帝が約束通り、僕達を王国に返してくれたんだよ」

いや、それは見ればわかる。

「しかも僕の部屋に」

いや、それも見ればわかる。

「僕達が帰ってきたことに気づいた父上が部屋に来て、父上が前に遭ったことを教えてもらったんだ。本当、聖国って最悪だね。滅べばいいのに」

いや、前に遭ったこと私は知らないんだけど。

ここがよく判らない。なんで王弟が気づいたの?そして何故いる?用事?

「父上が処理した過去を思えば、何かしら聖国の人間がアクションを起こすと考えるのは容易い。帰り際、ウルティナが黙らせると約束してくれても、全てを黙らせて、全てに眼を光らせるのは難しい」

つまり、どう言うこと?

「フィリアを手に入れるため、聖国が囲い込みに出るかもしれない。花の乙女は、繁栄の加護があるからね。喉から手が出る程欲しいんだろう」

「は・・・?」

そんなの、初耳なんですけど。

まじか?と王弟を見れば、退屈そうに天井を見上げていた。ちょっとはこっちに興味を持って。お願いですから、本当、ちょっとでいいんで関心持って。

「加護については後で教えるよ」

あ、はい。

是非、そうしてください。

「母上の時にも行動を起こして、父上に再起不能にされた上にトラウマを多大に植え付けられたって言うのに・・・老害は本当、余計なことしかしないよね」

ひぃぃ・・・!

にこりと貴公子のような麗しい微笑みなのに、隠す気のない殺意が双眸に宿って憎悪がオーラと化している。怖い。正直に言って怖い。

・・・なのに格好いいな、とか思う私は本当、色んな意味で駄目だ。末期だ。

恋って恐ろしい。

あ、でもブラックなリズって結構・・・私の好みかもしれない。さっきから胸がきゅんきゅんしてる。言ったら調子にのりそうだし、苛められそうだから心に止めておくけど。

私は虐められて喜ぶ人間じゃないもん!

「だからね、フィリア。頷いて」

何がだからで、頷くのか分からないが視線をリズに向けた。

・・・・・・・・・。

・・・・・・。

・・・。

あの、顔が・・・近くない?キスしそうな程に近いんですけど?離れてくれません?ねぇ、ちょっと・・・おい。

「ひぇ・・・!」

本当にキスしやがった!

親の前で!

親の前で!!

親の前で!!!

・・・恥ずかしくて王弟の方を見れない。顔を両手で覆い、羞恥に震えた。いっそ、殺してくれ。それぐらい恥ずかしい。

なんの嫌がらせですか、馬鹿。

せめて二人っきりの時に・・・いや、それもそれで恥ずかしい。やっぱりやめて。自重して。

「――――俺はいつまでここにいればいいんだ?」

「フィリアが頷くまで、かな?」

「おい、早く頷け。俺は早くリィンの所に戻りたい」

心底呆れた声で、隠しもしない面倒と言う空気を纏って王弟は言う。

淡々と、興味の欠片もなく。

・・・私、リズと結婚したらこの人と家族になるんだよね?大丈夫かな、嫁舅(よめしゅうと)関係。

せめて無関心・無興味・無反応のない関係になりたい。

てか、あれ?何か用事があってここにいたんじゃ・・・・・・?違うの?違うならなんで、王弟妃が来た時に一緒に行かなかったんだろう?んんん゛?

「ねぇ、フィリア」

「!?」

砂糖を蜂蜜で煮立たせたような、甘ったるい声に何故か恐怖を感じた。

「まさかとは思うけど」

顎を掴まれ、強制的に視線を合わせられる。

「僕の話――聞いてない?」

冷や汗が止まらない。

引きつりそうな頬を根性で御し、早鐘を打つ心臓を宥める。・・・身体の震えが止まらないから無理だ、これ。チェスやカードゲームをやる人達がたまに言う、無理ゲーってやつだね。勝ち目が、ない!

うん、騙せない。

てか、隠せるはずがない。

ならば仕方がない。素直になろう!・・・素直って、謝れば素直ってことになるかな?

「ごめん」

「だと思ったよ」溜息をつかれた。「眼が点になってたしね」

うぅ・・・悪いとは思ってるけど、意識が戻ってから唐突に言われた内容を思考が受け付けなかったんだもん。正直、「何言ってるか理解できない」状態だったんだよ!

とりあえず、口説かれてる――と認識できただけでも褒めて欲しい。

と言うかね!気づいてたならやめてくれないかなぁ?!何?私の反応見て楽しんでた?

・・・あの、馬鹿を見る眼で見ないでください。王弟。馬鹿だって自覚してるけど、胸に突き刺さって凹む。

すいません、馬鹿が息子の婚約者ですいません。

「はぁー――――――――――――――――――――――」

うわぁ、すっごく長い溜息つかれた。

馬鹿で本当、すいません。申し訳ない。ごめんなさい。

「・・・ごめん」

「いいよ、眼が覚めてすぐに矢継ぎ早に言った僕も悪いし。本当、気にしてないから」

気づいてて話をするリズも悪い。

いや、私の理解力が追い付けないのが悪いの・・・かな?

「どっちも悪いってことだね。次は気をつけるよ」

次って・・・あるのかな?

「でも、出来れば僕の話はちゃんと聞いて欲しいな」

「すいませんでした」

頭を下げれば、王弟がリズに声をかけた。

視線をそちらに向ければ、ソファから立ち上がって呆れたように肩を竦めている。王弟が頭を左右に振り、片眼でリズを見据える。・・・ううむ、美形は本当何しても絵になるなぁ。

「帰っていいか?いいよな」

リズが何かを言う前に背を向け、扉に向かって歩いていく。

んん゛ん゛?

「それとリズウェルト、花の乙女サマが承認するならその件は事後報告でいい。後は俺が処理する。それなら文句ねぇだろう」

「え・・・。うーん、それは」

「ちなみに俺は諸々、事後報告だ」

「僕もそうします」

「そうしろ」え、あの・・・待って。

事後報告って何?

処理って何?

せめて説明してから・・・あー。

思わず手を伸ばして制止するが、王弟は私の方を、いや、息子の姿すら見ずに部屋から出て行った。・・・えー、何か、気になるワードが多いんですけど。

本当、なんでいたの?謎だぁ。

「それじゃあフィリア」

伸ばして手を取り、リズが指と指を組んできた。

「もう一度、言うよ」

真摯な瞳で、先程の威圧が嘘のように柔らかい微笑みで、満開の花が咲くように弾んだ声でリズが言う。

「今度はちゃんと、聞いてね?」

リズの顔が近づき、あと少しでキスされそうな距離に身体に力がこもった。

「――――結婚しよう、フィリア」

・・・?

・・・・・・?

・・・・・・・・・?

「・・・・・・・・・っけ!?」

意味を理解した瞬間、頭が爆発した。

「け、けけ・・・けっこ?!」

「結婚しよう」

二度目の爆発音が頭から聞こえた。

顔が沸騰したように熱く、反射的にリズから逃げようと両手をリズの胸板を押して離れようとした。それを阻止するようにぎゅっと強く抱きしめられ、肩口にリズの頭の重みを感じる。ぬめり、と首を舐められた感覚に身体が熱を帯びて・・・ああ、違う。いや、違うくなくてでもそうじゃなくて!

「な、なん・・・っ」

ああもう!

動転しすぎて言葉が出てこないぃ!

「僕と一緒に生きて」

「・・・?」

リズが肩から離れ、こつりと私の額に額で触れた。

「ずっと僕の手を握ってて」

それは、あの時に言われた・・・。

どうして今、その台詞をまた言ったんだろう。意味が解らなくて、でも、あの時とはまた違う感情が胸から湧き上がって口元がにやけそうになる。

「・・・あ、の」

若干の冷静さを取り戻して、熱い頬を手で仰ぎながら震える唇を動かす。まだ、動転してるのか上手く言葉が話せないのがもどかしい。

「そ・・・の」

泳ぎそうな視線をぐっと耐えて、リズを見上げた。やばい、羞恥のせいか視界がぼやける。

「・・・・・・早く、ない?」

「後手に回って、フィリアを失ったら僕・・・聖国滅ぼすよ」

「物騒!」

羞恥とかトキめきが一瞬で消えたよ!

あっさり鎮火されちゃった!?常春色に染まりかけた脳内も、吃驚しすぎてどっか行っちゃったよ!色褪せた秋空色だよ、今。吃驚だよ!

なんかもう・・・はぁ。これって脅し?頷かなかったら聖国滅ぼすって脅し?ないわー。本当、ないわー。

プロポーズで脅されるってどうなんだろうね。本当、テンション下がるわ。

あーもう。これならまだ前の方がマシだよ。溜息しか出ないね、もう。

「リズがしたいなら、すればいいよ。私は知らない」

呆れながらそう言葉にしたら、リズが瞠目した。

いやいや、私が吃驚だよ。何、その顔。まさか予想外だったなんて言わないよね?

「・・・まさか、ここでその台詞を言われるとは思わなかったよ」

「リズが悪い」

「あれ?もしかして聖国をすぐに滅ぼさないから失望された?だったら今すぐにでも滅ぼしてくるね」

「そうじゃないから!なんでそうなるの?!どっちかと言うとその台詞が・・・・・・・・・しまりのない顔で笑うな馬鹿!」

「痛い痛い、照れ隠しで顔を押しのけないでよ」

「嘘つき!対して痛くないくせにっ」

後、照れ隠しじゃない。

これはただの八つ当たりだよ!

「――って!ちょっとな・・・うひゃあ!や、やめっ!」

「さっき、僕の好きにしていいって言ったよね?」

「ゆび、指舐めな・・・でよ!」

「フィリアは?」

「あぅ・・・かむ、噛むなぁ!」

リズに捕まった右手が、好き勝手に弄られる。

恥ずかしくて逃げたいのに、腰に回った腕が邪魔で後ずさることも出来ない。左手でリズの胸板を押し返すけど、悔しいことにびくともしなくて・・・うぅ。

これのどこが庇護欲で純粋溺愛なんだろう。

依存が悪化でもしたのかな・・・。噛まれた指がじくじく痛い。

「僕はフィリアを護るためなら何でもできる」

あ、これは庇護欲か・・・な?

うぅ・・・歯形を舐めるな。

「でもフィリアが望まないことを僕はしない。望むなら、何だってするけどね」

これは・・・純粋溺愛?

うひぃ、甘噛みやめて!

「僕の好きにしていい、って言ったけど」

いや、好きにとは言ってない。

あと、指・・・放して。身体がぞわぞわして、変な気分になる。

「フィリアはどうなりたい」

「噛みながら喋らないでよ・・・」

いや本当、いい加減放して。

「ねぇ、答えてよ」

「・・・ふぇ?」

リズの向こう側に天井が見えた。

きょとりと瞬いて、胸板を押していた手から力が抜ける。腰にまわされていたはずの腕が私の頬を撫でた。・・・あれ?

「フィリア」

名前を呼ばれると同時に、リップ音が聞こえた。

「僕はフィリアと一緒にいたい。放したくないし、離れたくない」

額に、まぶたに、頬に次々と落ちてくる唇。

キスされていると気づくのに随分と時間がかかって、意識した瞬間に顔が熱くなる。も、もう脳が溶けるくらいに熱いんですけど!

「フィリアは・・・どうなの?」

指先が頬を撫でて、欲が滲む眼で見下ろされる。ぞくりと背筋が震えた。視線が泳ぐ。逃げようと身を捩れば、足の間に足を差し込まれて腰を両手で掴まれて動けなくなる。いやこれ、どう言う状況・・?

「フィリアはどうなの?」

同じ言葉を告げたリズに、視線だけでも逃げた。

何か言おうと口を開いて、結局、何も言えずに口を閉ざす。それを数度繰り返す私に焦れたのか、リズがまた問いかけた。

「フィリアは」

ゆっくりと、耳元で。

「どうなの?」

そんなこと、言われても。

私は。

わたし、は。

・・・心のどこかでまだ、迷っている。

私でいいのか、と。

別の女性が相応しいのではないか、と。

一緒にいていいのか、と。

不安になると現れるマイナス思考に、鬱々とした気分になってくる。ああもう、なんでこんなに憶病なんだろう。王弟と嫁舅関係大丈夫かな、って心配してたのに・・・あーもう、笑える。変なところで臆病になる自分に笑えてきちゃうよ。

怖がる必要なんて、初めからないのに。本当、笑える。

だってリズは私がいいって、言った。

私と一緒にいたいって、言ってくれた。

だから信じればいいんだ――リズを。

「リズ・・・私、私・・・は」

息を大きく吸い込む。

眼を閉じて、肺を空にするように息を吐き出す。ゆっくりと、双眸を開けた。

「・・・」

不安を双眸に表すリズに、苦笑した。

「一緒に生きてって、あの時言ったよ」

不安だし、迷いだってまだある。

けど、あの日に言った台詞は間違いなく本心だから。

「私と一緒に・・・死んでくれるでしょ?」

左手でリズの頬に触れる。

「それは嘘だったの?」

「・・・まさか、本心だよ」

リズの頬に触れる左手に、リズが手を重ねた。

「死んだって放してあげないよ、フィリア」

「・・・うん」

臆病な私を、放さないで。

ずっと、ずっと・・・一緒にいて。

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