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route:アルト(全六話)
暖かな陽射しが降り注ぐ、正午の庭園。
桜が雲を作る様に空を彩り、はらはらと散る花弁が色艶やかな絨毯を生み出す――春。
私は学園を無事に卒業した。・・・いや、まったく無事じゃない。ルキの家の隣にいつの間にか買っていた家で、授業がある日以外は閉じ込められてた。いやはや、有言実行するとは思わなかったよ。全力で抗議をする私を、本能が「あ、これはやばい」と言う双眸で見つめるアルトに勝てるはずがなく・・・プロポーズの三日後に一緒に暮らし始めました。あ、檻ってそう言うことか!と全力で安堵したよ。
監禁end?!なんて恐怖した過去を消したい。疑ってごめんね。
ごめん、いくら狂愛を持ってても監禁なんて犯罪はしないよね。そうだよね・・・ね?今だに疑いが抜けないまま、私はアルトと暮らして二年が経った。カルナードとリズとあまり逢えないのは意図的ではないと信じたい。時たま逢うと、心配と同情と憐れみの眼を向けられるけどきっと気のせいだよね。帰り際に「気をつけて」とか「逆鱗に触れないように」とか言ってくるけど、気にしない方がいいんだよね?・・・ね!?
・・・疑心暗鬼になりそう。
そうそう。
オルデゥアさんの両親――当主のアルバードさんと夫人のフェリナさんとはプロポーズの翌日に挨拶し、養子の手続きもして晴れて!アルトはアルト・エーデルとなりました。
うん、違和感!
・・・あ、インジェット家とは無事に縁を切れた上、私達を侮辱した罪と王弟基王様の怒りを買って爵位を奪われて家は潰れました。今は田舎で農民をやっているらしい。「ぷぷ、ざまぁー・・・っ!」と、ルキが笑っていたのが何とも懐かしいなぁ。
それ故に総長が不在となった訳だけど・・・王様は即座に動いた。流石、前任とは違って出来る人。仕事も早い。
急な人事異動だけど第三師団の副団長が総長となり、他師団の騎士を心身共に鍛え直しているそうだ。朝早くから夜遅くまで。罪にならないよう、加減を見て。
絶対、嫌々総長になった腹いせだ。
八つ当たりだ、と言っていたのはオルデゥアさん基、義理の兄。・・・ん?そうするとルキが義理の姉?うわぁ、なんか変な感じ。と、未だに違和感を拭えない。
第三師団の団長はリズとなり、若くして得た地位に嫌味や嫉妬と言ったモノを向けられそうだけど、アルト曰く、笑顔で毒を吐いて倍返ししているからまったく意味がないらしい。怖い。リズが怖い。ちなみにアルトは副団長となりました。
こちらも色々とあったらしいけど・・・・・・私を引き合いに出し、喧嘩を売った時点で勝敗は見えている。――――相手が生きているのが奇跡だよ。
「・・・自然はいいなぁ、落ち着くよ」
「趣味だけじゃなくて、思考回路まで年寄りね」
「煩いよ!てか、なんでいるの・・・?」
おかしい。
私はアルトを見送ってから一人で、鼻歌を歌いながら秘密の花園へ来たはずなのに。なんでここにルキがいるの?一人でベンチに座ってたはずなのに、何故に隣に?
しかも私が持ってきた魔法瓶を奪って、全部飲んだし!くぅ・・・ルイボスティが。
「人妻になって、大人の色気が出たと思ったら・・・・・・婆くさい」
「本気で嘆かないでくれない?」
より一層、大人の色気に磨きをかけたルキと、何も変わっていない私を比べないで欲しい。割と本気でそう思う。だって・・・ちらり、とルキの腹部に視線を向ける。
身体的にも容姿的にも昔と何一つ変わっていないけど、まだ膨らんでいない腹部には新しい命が宿っている。
子供を授かった。
ただそれだけでルキは妖艶な美女から、母性溢れる美女へと変貌した。・・・のわりに、言動は前と変わってないんだけどね。雰囲気だけ変わるって何それ怖い。
「アタシとオルデゥアを見習ったらどう?」
「二人の何を見習えと?」
「いろいろあるでしょ!いろいろと!」
色々・・・?はて、何かあっただろうか。あ、くだらないことで喧嘩することだろうか?それとも服のコーディネートについての口論?喧嘩する程、仲が良いって言いたいのかな。
「不思議そうな眼で見ないでくれる・・・?ちょっと、本当に何もないの?思い当たるモノが一つもないの?ねぇ!」
母親になったんだからほら、落ち着いて。
興奮は母体に悪い・・・んだよね?たぶん。
「ほら、落ち着いて。深呼吸。ひっひ、ふー。ひっひ、ふー」
「それまだ先よ!」
おっと、そうだったか。
「で、なんでここにいるの?」
「話題を戻さないで・・・はぁ、いいわ。答えてあげる」
偉そうな態度も変わらないなぁ。
まぁ、これがルキだから変わられると・・・・・・気持ち悪い。想像しただけで駄目だ、こりゃ。生理的に受け付けない。
「ねぇ、なんで人の顔を見て真っ青になるの?失礼じゃない?アタシを見るなら普通、赤くなるでしょ!」
「で、なんで?」
「だから話題を戻さないで!!・・・・・・もう!フィリアが、一人で外に出た時はついて行くよう命れ・・・お願いされてるのよ」
「弱みでも握られた?大丈夫?」
「憐れんだ眼を向けないでっ」
うん、無理。
アルトが何をどう言ったのか知らないけど、「命令」と中途半端に言いかけた瞬間のあの青ざめた表情。・・・トラウマを植え付けられたんだって理解したよ。いや、何を言ったか知らないけどね。
「アンタの旦那くらいちゃんと制御しなさいよ!」
「うん、無理」
それが出来たら私、外で仕事してるから。
憧れの庭師と言う仕事をしてるからね。
実際は庭師になれず、家の庭をせっせと弄るくらいだけど。そろそろ私が作った庭に行きたいんだけどなぁ。雑草、ちゃんと除去してるかな。森緑帝。
「・・・・・・で、フィリアはなんでここに来たの?逢引?不倫だったら止めてよね」
「ワクワクしながら聞かないで。はぁ、癒し?を求めに来ただけだよ」
「なんで疑問形なのよ。・・・それってつまり」
「ちなみに言うけど、行く場所が限られてるからストレス発散もかねてここの植物を弄りに来ただけだからね。アルトに対して不満は・・・・・・・・・・・・なくもないけど、とりあえずルキが考えてるようなことはないから」
「ああ・・・うん、頑張りなさい」
励まされた。
同情を込めた眼差しで。
ぽんと、優しく頭を撫でて。
聖母のように微笑むルキに励まされた事実が結構、胸に突き刺さる。私、別に可哀そうじゃないよ?不満はあるけど現状維持で別に問題ないし。もともと引きこもりだったからね。庭を弄る以外は外に出ません!な感じだったからね。学生時代は別だけど。
だから・・・そんな可哀そうな子を慰めるような手つきで、頭を撫でるな!泣くよ、私が!
「で、本当はどうなの?」
どうって、私がここに来た理由を信じてないな。
いやまぁ、事実でないのは確かだけど。ここまで疑われるとちょっと・・・えー。
「・・・・・・・・・はぁ。選択肢がそれしかなかったんだよ」
「選択肢?」きょとりと、ルキが瞬いた。
「あれ、まだ出てるの?ステータスも?」
「久しぶりに出たの。ステータスは・・・・・・そう言えば、もう見えないね」
アルトを見送って、さて今日は何をして暇を潰そうかと考えていたら・・・眼の前に現れた随分とお久しぶりな選択肢。それが実に酷かった。
「あ!もしかして」嬉々とした表情でルキが言う。「神様の悪戯だったりしてね」
「・・・」
「冗談よ、冗談。だからそんな絶望した顔をしないでよね」
いや、ありそうだからこんな顔なんだよ。
とすれば、あの嫌がらせのような選択肢がそうなんだろうな。ふふ・・・神の悪戯か、良い得て妙だ。はぁ。
実際、アルトを見送ってすぐに現れた、久方ぶりの選択肢は本当に酷かった。
▽秘密の花園に行く ★
秘密の花園に行く ★
秘密の花園に行く ★
事実上の一択しかない選択肢だった訳で。ああ、そうだ。もしかして選択内容が変わるかもしれないから三分ぐらい待って、でも変わらないから仕方なしにここに来たんだ。――――で、ルキと遭遇。
「何よ?アタシをじっと見ても、美貌は手に入らないわよ?」
いや、流石にルキは関係ないか。
「ちょっと、何で溜息つくのよ。・・・あ、ちょっとフィリア、フィーリーア!聞きなさいよ!ちょっとねぇ!」
でも相手は愉快犯ならぬ神々の王。
何かしら理由があるのかもしれない。・・・いや、ないか?
「――――フィリアなんて、嫉妬した旦那に監禁されればいいのよ!」
「物騒なこと言わないでくれる?!」
「そしたら優しいアタシが、たまに会いに行ってあげるわよ!ふんだ!」
「ちょ!ルキ!危ないから・・・・・・絶対に転ばないでよね?」
制止の声すら聞こえていないルキが、素晴らしい競歩で立ち去った。走らないだけマシかもしれないけど、それでもお腹に子供がいるんだから安静にして欲しい。まぁ、私が怒らせたのが原因みたいだけど。
・・・何に怒ってたんだろう?
そう言えば、やたら名前を呼ばれていたような・・・。
「・・・・・・なんでいるの、アルト?」
十九歳になったアルトは、煙草を吸うようになった。
煙草を取り出す。
口に銜える。
火をつける。
その全ての動作が魅力的で、まるで舞台のワンシーンのように私の眼を引き付けて止まない。おかげで煙草の香りが好きになってしまった。肺が汚れたらどうしよう、と思うものの煙草を吸うアルトが格好いいのが悪い。くそ、惚れた弱みか。
今もアルトは煙草を吸っており、私の視線はアルトの口元に・・・うう、恥ずかしい。
「自主休業」
「仕事をしろ、第三師団の副団長」
「団長直々にここに行けって言われたんだよ。あと、陛下に」
もともと長身痩躯で、端正な顔立ちだったのも悪い。
眼つきの悪い三白眼をより一層、凶悪にするようにつけられた右目の傷跡だけど、それは怖いと言うよりも格好いい。ワイルド。と言うように大人の色気を出してはじめて。私の心臓を破壊しに来た。・・・うう、アルトに魅了される女子の数が増えてるんだよ。一緒にいると視線で殺されそうになるんだよね。本当にヤダ。
アルトは私の夫なのに。
私の頭を撫でる手も剣を握る回数が増えたからか厚くなり、学生時代に比べて男の手、になった訳で・・・・・・うぅ。
「地図・・・?あ、秘密の花園までの行き方書いてるね」
「へぇ、ここが秘密の花園か。意外といいな、この場所」
自然な動作で隣に座るアルトがにこりと、それはもう素敵な笑みを私に向けた。
「ところでなんで俺、リズにこの場所を教えてもらわなきゃいけねぇんだよ」
「え゛?あ・・・なんで、かな?」
「教えてくれるって言ったよな、フィリア」
言った・・・ような、覚えはある、かな。
そっと視線をそらした。
「はぁ・・・しかも俺に何も言わずに外に出て」
「あ!そうだよ!なんでルキにストーカーの真似事をさせたの?そんなことしなくても私、アルトを不安にさせるようなことしないよ」
「俺が知らない所で膝に怪我、したよな。三日前」
・・・。
「一週間前にはずぶ濡れだったって?あの日は雨も降ってなかったよな?」
・・・えっと。
「三週間前は顔に傷、作ってたよな?」
「その・・・ごめんなさい」
素直に謝った方が良いと、経験から悟った。
下手に言い訳したり、誤魔化したり、庇うような言動はアルトを不愉快にさせて機嫌を損ねるだけだからね。後々が怖いもん。特に夜。
「やっぱり、足の腱を切って首輪を嵌めて閉じ込めておくか?いや、それよりも家を強固な檻に変えて俺以外の人間が入れないようにすべきか?」
「真面目に怖いことを考えないで!本当、次はちゃんとアルトに言うから!だから犯罪行為はやめて!!」
だから剣から手を放して頂戴っ。
ひぃぃっと慄く私に、アルトはうっそりと微笑んだ。もうね、いっそ狂喜的と言っても間違いではない微笑みで、双眸に暗い炎が宿って・・・ぶっちゃけ、身の危険を感じる。
「そんなことしたらもう、アルトと一緒に歩けなくなるから嫌だよ!三か月後には領地に行って、一緒にあの教会まで歩く約束したのにっ」
「・・・俺が抱き上げればいいだろ?」
「アルトの隣を、歩きたいの!・・・・・・・・・ねぇ、言った私が恥ずかしくなるから、そんなに照れないでくれる?」
「うるせぇ」
照れ隠しにキス、しなくてもいいじゃん。
いくら夫婦になったからと言っても、こう言う行為に慣れる訳もなく。毎度のことながら、羞恥に襲われて死にそうです。ぶっちゃけ、いきなりすぎて酸欠状態で死にそう。
「っ・・・ぅ、ふぁ」
「相変わらず、下手くそ」
何ですと!
「呼吸の仕方、教えただろうが」
「文句言うならいきなりは止めて」
「言ったら言ったで、恥ずかしがって呼吸忘れるのは誰だっけ?」
私だよ・・・!
羞恥と苛立ちでアルトの胸板を叩けば、止めろとばかりに両手を掴まれた。強くはないが、抜け出せない絶妙な力加減。ギッとアルトを睨みつけた。
「別に俺は痛くねぇけど、フィリアの手が痛くなるからやめとけ。ほら、赤くなってる」
「・・・実はアルトの胸板、鉄筋性とか言わないよね?」
「言うか、馬鹿」
前はデコピンだったのが、今では額にキスを落とされる。
いや、これも慣れないからやめて。心臓ドキっ!ってなっちゃうから。でもデコピンに戻らなくていいよ。あれ、地味に痛いし額に弾かれた後が残るから。
「えっと、それで何でリズはここに行くように?王様もだけど」
「・・・」
「アルト?」
ムッとした表情で、私を抱きしめるアルトに首を傾げる。
言葉の選択でもミスしただろうか?それにしてはどこか不本意そうで、子供のように拗ねているように見えたけど。リズか王様が何かしたのかな。
「・・・天空帝を降してこいと、命じられた」
「無茶振りな。龍神を降せるのは王様ぐらいだよ。・・・リズも出来そうだけど」
「今度は俺の力で、とも言われた」
「本当に無茶ぶりだね!?」
何がどうしてそんな命令を下したのか理解できないんだけど。
王様はいったい、何を考えて・・・・・・あ。最近、帝国が煩いから黙らせる意味で言ったのかも。だとしても酷い話だ。
あの時だって二人で漸く倒せたのに、今度はアルト一人なんて・・・。
そもそも、神に愛された者が多いこの国相手に、喧嘩を売る馬鹿なんていないのに。それでも煩い帝国はどうしようもない馬鹿だ。・・・例え、王様が崩御してもこの国をどうこうできるはずないのに。王位を返却したリズが、しっかりとラズベリス様を補佐するって言ってたからね!
手を出したらご愁傷様案件だよ。
「だからフィリア」
ぎゅうぎゅうと、私を抱く腕に力がこもって少し、苦しい。
でも何も言わず、私もアルトを抱きしめ返した。するりと、肩口にすり寄るアルトの髪がくすぐったい。
「――――俺と一緒に来てくれ」
・・・ん?
「てっきり、待っててくれ・・・って言われると思った」
「その間に他の男が近づいたらと思うと、俺の気が狂う」
「真顔で言わないで」
身体を話し、真面目だとばかりに告げるアルトに力が抜けた。
「天空帝がどこにいるか不明で、探すことから始まるんだ。何年かかるか解んねぇし、その間、フィリアを1人にするぐらいなら一緒に連れて行く。許可ならすでにとった。オルデゥアさんにも話をして、暫く領主代行を頼んできた」
「私の許可は?」
「嫌なのか?」
きょとんと、不思議そうに告げられて溜息が出た。
嫌じゃない、のが悔しい。ああもう、本当に惚れた弱みって嫌。ぐりぐりと頭をアルトの胸板に押し付け、お揃いの指輪を確かめるように視線を向けた。
「それに・・・天空帝を降すなんて命じられたが、本当は俺達に新婚旅行をして来いって言われたんだよ。リズに」
「・・・新婚旅行のついでに天空帝を探して、降すの?」
思わず笑ってしまった。
何、その変な命令。リズが言ったのか、王様が言ったのか知らないけど、本当にもう・・・変な命令で涙が出てきたよ。
「いいのかな、本当に?」
アルトに聞いたら、また拗ねた顔をされた。なんで?
「フィリアを家に閉じ込めておくくらいなら、一緒に旅でもして来い――って、陛下に笑われながら言われたんだよ」
閉じ込めてる自覚はあったのか。
「檻に閉じ込めてるばかりだと、いつか不満が爆発して消える。とも言われて・・・説教された、正座で」
「え、何それ見たかっ・・・痛い!デコピンは止めてよ」
「うるせぇ、馬鹿。なんでそんな姿を嫁に見せなきゃいけねぇんだよ!」
久しぶりのデコピンの痛みに抗議をしたら、やっぱり拗ねた顔で私の頬を引っ張る。だからなんで!?
痛くないけど、痛くないけども!意味が解らない・・・。
「俺だって色々計画してたんだよ。なのにいきなり副団長に指名されて、フィリアを下に見る阿呆共が多くて排除に時間がかかって、しかも他師団の無能さに仕事の量が増えて総長が切れて一斉改革」
ああ、確かに。
副団長になってから忙しそうで、顔もまともに見れなかったね。
「結婚したら溜まってた有休を消化して、一緒に旅行に行く予定だったのに」
つまり、アルトは・・・。
「俺が計画してたのに、二人に奪われた」
成程、だから拗ねてるのか。
子供か!と思いつつも、可愛いなと思う私はだいぶ重症だ。頬を掴むアルトの手に手を重ね、苦笑した。
「それじゃあ、どこから行こうか?」
「・・・・・・東に、温泉郷があるんだ。そこにフィリアが好きな野草園があって、連れて行きたいって思ってたんだ」
こつりと額を重ねて、拗ねていた顔が次第に穏やかな顔になるアルトに微笑む。
「うん、そこに連れてって」
▽congratulation!△
突然、頭の中でファンファーレが鳴った。
頭上で色とりどりの花弁が舞い踊り、視界を彩る光景に驚いた。これは・・・選択肢と似た何かだろうか?首を傾げた。
「アルト・・・?」
選択肢の時と同じように、時が止まったのかと思った。でもそうではなくて、アルトは眠っているように眼を閉じている。どうして?
手を繋いだまま、ゆっくりと額を離す。
周りの景色も、選択肢の時とは違って動いている。ただ・・・そう、ただ言葉に言い表せない違和感を感じて不気味なモノを覚えた。怖いと、アルトの手を強く握りしめる。
『なかなかに楽しい劇だったぞ』
妙に色気を含んだ声に、意識が囚われた。
『だが、及第点だ。我を満足させる劇ではなかった』
何かが眼の前に移動した。声の主?
意識が囚われたせいか、視界がぼやける。かすむ双眸で見えたのは黒髪黒目の、この世ならざる者の気配をまとう長身痩躯の美丈夫。
まともに機能しない眼球のせいで姿をはっきり確認できないけれど、私の知る中の誰よりも強者で覇者。逆らうことが許されない、絶対的の王者だと囚われた意識の中でもすぐに解った。
――ああ、眼の前にいるのが神々の王。
私にスキル擬きを与えた元凶――。
『だがまぁ、我らに愛される奇特な人間の中で一番、我を愉快にさせてくれた。まったく、ただの人間にしておくのが惜しいくらいだ』
勝手なことを言ってくれる。私は神々の王を楽しませる玩具じゃない。変なスキル擬きを与えて遊ばないで欲しい。
眼の前の相手が誰か解っても、怒りは抱く。
『ああ、やはり面白い。・・・せめてもの慈悲だ、人間として生は全うさせてやろう』
待って、それはどう言う意味?
『さて、これからの人生に選択肢は現れない。何をしても自らの責任で進むしかない。故に――後は好きに、己が心のままに生きるがいい』
言うだけ言って、風に溶けるように姿が消えた。
私が気に入られた理由も、あの言葉の真意も聞くことも出来ずに・・・。勝手に現れて、勝手に消えた。頭が痛い。
頭痛を堪えきれず、アルトの方に頭を預けた。
脂汗が出て、ちょっと油断したら意識を失いそうだ。唇を強く噛み、バクバクと音を立てる心臓を宥めるように深呼吸をする。
もしもし地母神様。
もしもし、魂の管理者様。
聞いてるかどうか知らないけど、言っていいですか?――――私、死後に何されるの?
神々の王をどうにかしてくれません?
問いかけてみたけど、やはり返答はない。溜息が出た。
「フィリア?」
「・・・んーん、なんでも、ないよ」
眠っていたはずのアルトが眼を覚ましたのか、不思議そうに私の名を呼ぶ。顔を上げないまま、何でもないと言えば繋いでいた右手を解かれて・・・髪を撫でられた。
私が好きな、優しい撫で方。
視界はアルトの服で一杯だから、先程見えた花弁が消えているか確認することは出来ない。でも、もうないんだろうなと何となく思った。多分あれは、神々の王が現れる演出なんだろう。はた迷惑な。
▽Goodend△
ふいに、閉じたまぶたの裏に文字が浮かんだ。
ゆっくりと眼を開ければ、現実に文字はない。選択肢はもう現れないと言ったのは、どうやら事実のようだ。では、アレはなんだろう?確認のためにもう一度眼を閉じても、文字は現れなかった。
「及第点・・・」
「フィリア?」
呟きを拾ったのか、アルトが怪訝な声を出す。
つまり、神々の王にとって私とアルトが歩んだこれまでの人生がGoodend――及第点、と言うことなのだろうか。
ああ、ふざけなるな。
「ねぇ、アルト。私は幸せだよ、アルトと一緒になれて」
何を基準にGoodendとしたのか知らないけれど、私は十分幸せだ。
それは胸を張って言えるし、素直に口にだって出来る。だからこの人生はGoodendではなくHappyendの間違いだ。
「ああ、俺もだよ。フィリアが傍にいてくれさえすれば、俺は幸せなんだ。俺の隣から絶対にいなくなるな。死ですら、俺達を別つことは出来ない」
愛の度合いが違うし、重いけど。
それでも私はアルトと生きて、幸せになって、これからも過ごすんだ。
「愛してる、フィリア。誰よりも、何よりも、世界よりもお前だけを――お前だけしか俺は愛せない」
不安を抱くことはあるけど――――それでも私は、アルトと生きることを決めたんだ。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
「ところでアルト」
「何だよ」
「もしもだよ?もしも私が違う人を選んでたらどうしてたの?あ、監禁とか心中とかはなしで」
「・・・そうだな。下剋上で総長の地位に上り詰めて、一生を神に捧げて生きる人生を歩んでたかもしれない。もしくは人がこない山奥で仙人みたいな暮らしをしてただろうな」
「うわ、それって・・・うわぁ」
「リズかカルナを選んでたら、の話だけどな」
「うんまぁ、そう言うルートもあったかもね」
「ルート?」
「あ、温泉郷の次はどこに行こうか?」
route:アルトはこれにて完結。続きなんて書けるはずがない。乙女ゲーム的にこれってありか?と思いながらも、とある乙女ゲームに戦闘があったからありかもしれない。と思って書いた話です。カルナードと違い、書きづらい。個人的に好感度は上がりやすいけど、同時にbadendにもすぐ行くキャラとイメージしていたので書きにくい。
でも障害は速攻で排除、と言うのは変わりないのに、執筆の難しさに頭を抱えたこの話。
おかしい、こんな予定ではなかったのに。自分で設定した狂愛とかのせいで難易度を上げてしまった気がする。次のrouteもすでに無理!な感じになってるので、ちょっと根性を注入して執筆しようと思います。
√??もあるからもう・・・・・・うわぁ、どうなるのかな!と逆にテンションが上がってるので、ちょっと座禅を組んでこようかな。と真面目に思ってます。




