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Detectiveコンヌちゃん  作者: 虎村


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古鷹の後悔

「お父さん…」


 コンヌは絞り出すように呟いた。手記を握りしめた手が小刻みに震えている。最後のページ。「愛している」父の文字。


「コンヌちゃん…」


 ときやは彼女の肩を抱き寄せた。


「俺がついてるから。最後まで守るから、きっと大丈夫」


「ありがとう、ときや君」


 涙を浮かべながら、コンヌは小さく頷いた。虎村ときやは心に誓った。必ず事件を解決する。必ずコンヌの父を取り戻す。数秒の沈黙。部屋には、古時計の針の音だけが響いていた。


「古鷹さん…」


 コンヌは写真を見つめた。父と古鷹の若き日の姿。だが


「古鷹さん、質問があります」


 ときやが問いかけた。


「十年前、教祖と戦った時に何か…変だったことはありませんか?」


 古鷹が顔を上げた。


「変だった…?」


 古鷹は眉をひそめた。


「…そういえば…」


 彼は思い出すように目を閉じた。


「亥原が儀式を阻止した後…教祖の目が変わった。そう思ったことがある。同じ顔なのに、別の意識が宿ったような…」


「なるほど」

 ときやが呟いた。


「何か、複数の意識が一つの身体を共有してるような…」


 古鷹は首を傾げた。


「だが…真相は分からん。亥原が消え、教祖も逃げた。確認する術もなかった」


 コンヌとときやは顔を見合わせた。沈黙が流れる。コンヌは再び手記を見た。父が最後に書き残した文字。そこには「教祖」の名前が何度も出てくる。


「手記には教祖の何かの転移に関する秘術が書かれていますね」


ときやが指摘した。


「亥原さんも教祖の正体を完全には理解していなかったのかもしれない」


「ああ」


 古鷹が頷いた。


「我々は、教祖と直接戦った。だが、奴が何者なのか…邪神との関係は何なのか…最後まで分からなかった」


 コンヌは唇を噛んだ。古鷹は窓の外を見ていた。沈みかける夕日。その横顔は、深い皺に覆われていた。十年間の重い時間の痕。


「古鷹さん」


 コンヌが顔を上げた。目には涙の跡が残っていたが瞳には探偵としての光が戻っていた。


「資料にある教団の本拠地、それと儀式の場所の詳細は分かりますか?」


 古鷹はゆっくりと振り返った。


「場所は分かるが…」


 彼は腕を組み、目を閉じた。


「今回の儀式の場所は違うかもしれない」


「違う?」


「というのも」


 古鷹は目を開け、地図を指差した。


「十年前の邪神封印後、その場所と周辺を調べている」


 彼の指が、地図上をなぞる。


「だが人のいた形跡がまるでない。今回は別の場所でやっているとしか考えられん」


「では、どうやって場所を…」


「それが問題だ」


 古鷹は拳を握った。その手が、僅かに震えている。


「情報を得ようにも、私は教団に顔が割れている。内部に潜入することはできない」


 古鷹は立ち上がり、窓際へ歩いた。


「そこで…娘に潜入捜査を依頼した」


 その声が、かすかに震えた。


「娘さんに?」


 ときやが驚いた表情を見せた。


「ああ」


古鷹は振り返らない。ただ、窓の外を見続けている。


「美月は警察官だ。父親である私の願いを聞き入れ、教団への潜入を引き受けてくれた」


 沈黙。


「だが…」


 古鷹の肩が、小さく震えた。


「後悔している」


「古鷹さん…」


「娘を、危険に晒してしまった。父親失格だ」


 古鷹は拳で窓枠を叩いた。鈍い音が響く。


「十年前、亥原を助けられなかった。そして今度は、自分の娘を…」


「古鷹さん」


 コンヌが立ち上がり、古鷹の隣に立った。


「娘さんは、自分の意志で選んだんですよね」


「…ああ」


「なら、それを信じてあげてください。私たちが必ず、娘さんを助けます」


 古鷹は、ゆっくりとコンヌを見た。その目には、涙が浮かんでいた。


「すまない…取り乱した」


 古鷹は深呼吸をした。テーブルに戻る。古鷹の妻が温かいお茶を淹れてくれた。


「皆さん、どうぞ」


 穏やかな声。だが、その目も腫れていた。娘を心配して、泣いていたのだろう。


「ありがとうございます」


 四人はお茶を啜った。温かさが身体に染み渡る。古鷹はお茶を一口飲むと再び話し始めた。


「つまり、儀式の場所の特定と娘の救出には、教団内部に潜り込む必要がある」


「そういうことですね」


 ときやが頷いた。


「亥原は…」


 古鷹は、コンヌを見た。


「もし自分に何かあった時のために、子どもには母親の姓を名乗らせていたようだな」


「え…」


 コンヌは少し驚いた表情を見せた。


「君の戸籍を調べさせてもらった。すまない」


「いえ…」


 コンヌは手記を見た。父は、自分を守ろうとしていたのだ。教団から。危険から。


「父さん…」


 コンヌの目に、また涙が浮かんだ。古鷹は立ち上がり棚から一枚の写真を取り出した。


「これが娘だ」


 写真には、黒髪の凛とした女性が写っていた。古鷹は写真を優しく撫でた。


「小さい頃から正義感の強い子だった。困っている人を見ると放っておけない」


 古鷹の妻が、小さく笑った。


「勲武さんに似たのね」


「…そうだな」


 古鷹も僅かに笑った。だが、すぐに表情が曇る。


「明日の夜、夜霧ホールで教団のセミナーがある。娘も参加する予定だ」


 古鷹は写真をテーブルに置いた。


「実は3日前、娘から緊急の連絡があった」


 彼は携帯を取り出し、メッセージを見せた。短い文章。


『七日後の新月。十一月九日の深夜。儀式。急いで』


「それで急いで私たちに…」


「そうだ」


 古鷹は携帯を握りしめた。


「だが、問題がある」


 古鷹の表情が曇る。彼は椅子に座り、頭を抱えた。


「娘とは暗号で連絡を取り合っている。だが、最近は監視が厳しくなっているのか、連絡の頻度が減った」


 古鷹は顔を上げた。


「そして、言葉の端々に…違和感がある」


「違和感?」


「ああ。いつもなら『パパ』と呼ぶのに、『父上』と書いてきたり、使わない言い回しをしたり…」


 古鷹の手が震えた。


「もしかしたら…洗脳されかけているのかもしれん」


 ときやが身を乗り出した。


「それは、精神的に追い詰められているということですか」


「その可能性が高い」


 古鷹は拳を握った。


「教団の洗脳手法は巧妙だ。段階的に正常な判断力を奪っていく。」


 古鷹は天井を見上げた。


「娘が送ってきた情報が本当なのか、それとも教団に操られて送らされているのか…」


 声が震える。


「私でさえ判断がつかん」


 沈黙。古鷹の妻が、夫の肩に手を置いた。


「勲武さん…」


「すまない」


 古鷹は妻の手を握った。そして、コンヌとときやを見た。


「だからこそ、君たちに頼みたい」


 古鷹は深く頭を下げた。


「明日の夜のセミナーで、新規参加者として娘に接触してほしい。娘の状態を確認し、直接情報を受け取ってくれ」


「古鷹さん、顔を上げてください」


 コンヌが言った。


「私では顔が割れている。だが君たちなら、自然に近づける」


 古鷹は顔を上げた。その目は、真剣だった。コンヌは頷いた。


「分かりました。必ず娘さんの無事を確認し、真相を掴んできます」


「頼む」


 古鷹の目から、一筋の涙が流れた。


「亥原は…君の父は、命をかけて十年間封印を保ち続けている」


 古鷹は手記を見た。


「その意志を無駄にはできん。そして…」


 古鷹は娘の写真を見た。


「娘を救いたい」

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