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Detectiveコンヌちゃん  作者: 虎村


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12/12

虎村ときや

 虎村ときやとコンヌが初めて出会ったのは、小学校一年生の春だった。引っ越してきたばかりのときやはクラスで一人、ぽつんと座っていた。人見知りで、誰にも話しかけられない。


「ねぇ、一緒に遊ぼ!」


 明るい声が響いた。振り返ると、黒髪の女の子が笑っていた。


「私、稲荷コンヌ!よろしくね!」


「あ、僕、虎村ときや」


「ときやくんだね!じゃあ、一緒に帰ろ!」


 コンヌは、ときやの手を掴んで走り出した。それが、二人の始まりだった。


 コンヌの家に遊びに行った時、ときやは初めて「探偵」を見た。


「ただいまー!」


 コンヌが玄関を開けると、奥から男性が出てきた。


「おかえり、コンヌ。お友達?」


「うん!ときやくん!」


 男性は、ときやに優しく微笑んだ。


「初めまして。コンヌの父、亥原正義です」


「は、初めまして」


 ときやは緊張しながら頭を下げた。亥原は、穏やかな目をしていた。だが、その目の奥には、鋭い光があった。


「探偵、やってるんだ」


「たんてい?」


「そう。困っている人を助ける仕事だよ」


 ときやの目が輝いた。


「かっこいい」


「でしょ!パパ、超かっこいいんだよ!」


 コンヌが胸を張った。それから、ときやはよくコンヌの家に遊びに行った。そして、亥原探偵の話を聞いた。


「探偵はね、推理力だけじゃダメなんだ」


 亥原は、二人に教えてくれた。


「身を守る力も必要。それと」


 亥原は優しく笑った。


「困っている人の気持ちを理解する力が一番大事だ」


「きもちを、りかいする?」


「そう。どうして困っているのか。何が辛いのか」


 亥原は、ときやの頭を撫でた。


「それが分かれば、助ける方法も見えてくる」


 ときやは、その言葉を胸に刻んだ。

 

 十年前。高校三年生の冬。亥原探偵が、消えた。


「お父さんがいなくなっちゃった」


 コンヌの泣き声が、電話越しに聞こえた。ときやは、すぐにコンヌの家へ走った。コンヌは玄関で泣き崩れていた。


「父さんが、帰ってこない」


「昨日の夜、出かけたきり」


 ときやは、コンヌを抱きしめた。


「大丈夫。きっと帰ってくるよ」


 だが亥原探偵は、帰ってこなかった。一週間。一ヶ月。半年。警察も捜索したが手がかりは何もなかった。まるで消えてしまったかのように。コンヌは変わった。明るかった少女が影を纏うようになった。ときやはコンヌを支え続けた。学校でも。放課後も。いつも、隣にいた。


「ときやくん、ありがとう」


 ある日、コンヌが小さく言った。


「ときやくんがいてくれるから、私、頑張れる」


「当たり前だよ」


 ときやは微笑んだ。


「僕たち幼馴染だもん」


 だがその一年後。今度は、ときやが喪失を経験した。姉、虎村詩織の自殺。葬儀の日、ときやは茫然自失だった。姉がなぜ死んだのか。理解できなかった。


「詩織さん、いつも明るかったのにね」


 参列者の声が、耳に入らない。その時――


「ときやくん」


 コンヌが、隣に立っていた。何も言わずときやの手を握った。温かかった。その温もりで、ときやは泣くことができた。


「姉さん……」

「どうして……」

 声を上げて泣いた。コンヌは、ずっと手を握っていてくれた。


 葬儀の後、ときやは姉の部屋を片付けた。そこで、日記を見つけた。


『もう、疲れた』

『笑顔を作るのに、疲れた』


 ページをめくるたびに、姉の苦しみが伝わってきた。


『誰かに話したい。でも、心配かけたくない』


 ときやは、日記を握りしめた。


「僕が気づいてあげられれば」


 その時、ドアをノックする音がした。


「ときやくん、入っていい?」


 コンヌが、顔を出した。


「うん」


 コンヌは部屋に入り、ときやの隣に座った。


「日記、読んだんだ」


「ああ」


 ときやは、涙を拭った。


「姉さん、ずっと苦しんでたんだ。でも、僕は気づけなかった」


「ときやくんのせいじゃないよ」


 コンヌは、真剣な目で言った。


「詩織さんは、ときやくんに心配かけたくなかったんだよ」


「でも」


「でも、悔しいよね」


 コンヌは、ときやの手を握った。


「私も、そう。父さんが消える前、何か気づけたんじゃないかって」


 二人は、しばらく無言で座っていた。同じ喪失を経験した、二人。


「ときやくん」


 コンヌが口を開いた。


「私、決めたんだ。探偵になるって」


「探偵?」


「うん。父さんを探すために。そして」


 コンヌは空を見上げた。


「父さんみたいに、困っている人を助けたい」


 ときやは、コンヌを見た。その横顔は、決意に満ちていた。そしてときやも、決めた。


「僕は、医者になる」


「医者?」


「うん。精神科医」


 ときやは、姉の日記を見た。


「心の病気を治したい。姉さんみたいに苦しんでいる人を助けたい」


「ときやくん」


「それに」


 ときやはコンヌを見た。


「コンヌちゃんが探偵やるなら、僕が支える」


「え?」


「医学の知識があれば、調査に役立つかもしれない。それに」


 ときやは微笑んだ。


「幼馴染だもん。コンヌちゃんを守りたいんだ」


 コンヌの目に、涙が浮かんだ。


「ありがとう。ときやくん」


 二人は、抱き合った。喪失を経験した二人が、お互いを支え合う。それが、二人の新しい関係だった。


 高校卒業後、二人は別々の道を歩んだ。ときやは医学部へ。コンヌは探偵学校へ。大学時代、二人は時々連絡を取り合った。


「ときやくん、勉強大変?」


「うん、でも頑張ってるよ。コンヌちゃんは?」


「探偵の勉強、面白い!でも、父さんの手がかりは、まだ」


 コンヌの声が、電話越しに沈んだ。


「大丈夫。絶対に見つかるよ」


「うん。ありがとう」


 だが、大学四年の頃から、連絡が途絶えた。ときやは実習と勉強が忙しく、コンヌも探偵として活動を始めた。お互い、連絡したかった。だが躊躇した。ときやは思っていた。


(コンヌちゃんは、今、頑張っている)

(邪魔をしたくない)


 コンヌも思っていた。


(ときやくんは、医学生として忙しい)

(迷惑かけたくない)


 すれ違い。八年間、二人は会わなかった。


  研修医二年目の春。ときやは、一人の患者を担当した。高橋健太。二十八歳。会社員。うつ病と診断されていた。


「先生、僕、もうダメなんです」


 高橋は、虚ろな目で言った。


「何をやっても、上手くいかない」


「会社でも、家でも、誰も僕を必要としていない」


「そんなことはありません」


 ときやは、穏やかに答えた。


「高橋さんはちゃんと価値がある人です。今は辛いかもしれませんが、必ず良くなります」


 だが高橋は首を振った。


「先生は、優しいですね。でも分からないんです。この底なしの絶望が。世界が怖くて仕方がないんです。」


 ときやは、何度も高橋と面談した。薬の処方を調整し、カウンセリングを続けた。しかしある日、高橋は病院に来なくなった。そして、一週間後。高橋の訃報が届いた。


「自殺だそうです」


 看護師が静かに告げた。ときやは何も言えなかった。ただ、拳を握りしめた。


「僕が、僕が、もっと何かできていれば――」


 上級医が、ときやの肩を叩いた。


「君のせいじゃない」


「精神科医は、すべての患者を救えるわけじゃない」


「それを、受け入れるしかない」


 だが、ときやは受け入れられなかった。高橋の顔が、脳裏に焼き付いた。そして姉の顔と重なった。


「また、また、救えなかった」


 それから、ときやは悩んだ。このまま精神科医を続けていいのか。患者を救えない時自分の無力さに打ちのめされる。言葉だけでは、届かない。


「何か他に、方法はないのか」


 そう考えていた時、病院の同僚に誘われた。


「ときや、柔術やってみないか?」


「柔術?」


「ああ。護身術にもなるし、精神的にも鍛えられる」


「患者が暴れた時にも抑えられる」


 ときやは、半信半疑で道場を訪れた。そしてそこで学んだことが、彼を変えた。柔術は、力ではなく技術だった。相手の力を利用し、最小限の力で制圧する。相手を傷つけず、自分も傷つかない。


「これだ」


 ときやは直感した。


「言葉で届かない時、身体で守る。暴力ではなく、技術で」


 それから、ときやは週三回、道場に通った。医師としての仕事と並行して、柔術を学び続けた。そして、ある日。病院で患者が暴れた。統合失調症の男性患者。幻覚や妄想に苦しみ看護師に掴みかかった。


「お前らが俺を監視しているんだ!食べ物にも毒を盛ったのは分かってるんだ!」


 看護師が悲鳴を上げる。ときやは躊躇せず間に入った。


「落ち着いてください」


 穏やかな声。だが身体は既に動いていた。患者の腕を取り、関節を決める。痛くない程度に。だが動けないように。


「大丈夫です。誰もあなたを傷つけません」


 ときやは、患者の耳元で囁いた。


「安心してください。僕が守ります」


 患者の身体から、力が抜けた。


「先生。ごめん、なさい」


 患者は泣き始めた。ときやは、優しく抱きしめた。


「大丈夫です。もう、大丈夫」


 その瞬間、ときやは理解した。言葉だけじゃない。身体でも、心を守れる。

 

 そして、半年前。ときやは偶然コンヌを見かけた。病院近くのカフェ。窓際の席に、見覚えのある後ろ姿。机には、大量の資料とノート。


(まさか)


 ときやは、心臓が高鳴った。女性が顔を上げた瞬間――


(コンヌちゃん!)


 だが、その顔には、深いクマがあった。痩せている。疲労困憊している。ときやは、躊躇なく声をかけた。


「コンヌちゃん?」


 女性が振り返った。そして目を見開いた。


「ときや、きゅん!?」


「久しぶり」


 ときやは微笑んだ。コンヌは、一瞬呆然としていたが、すぐに笑顔になった。


「ときやくん!本当に!?」


「うん。五年ぶり?」


「そうだ!もう、なんで連絡くれなかったの!」


 コンヌは涙目だった。


「ごめん。コンヌちゃんが忙しいかなって」


「私もそう思ってた!」


 二人は笑った。そして再会を喜んだ。


「探偵、やってるんだ」


「うん。でも、全然うまくいかなくて」


 コンヌは、苦笑した。


「父さんの手がかりも、まだ見つからない」


 ときやは、コンヌの手を握った。


「大丈夫。今度は、僕も手伝うよ」


「え?」


「幼馴染だもん。一緒に探そう」


 コンヌの目から、涙が溢れた。


「ときやくん」


「それに」


 ときやは真剣な目で言った。


「コンヌちゃん、無理してるでしょ」


「え」


「分かるよ。昔から、コンヌちゃんは無理しがちだから」


 ときやは、コンヌの頬に触れた。


「一人で抱え込まないで。僕がいるから」


 コンヌは、声を上げて泣いた。


「ずっとずっと、辛かった。一人で、頑張るの、疲れた」


「もう大丈夫」


 ときやは、コンヌを抱きしめた。


「これからは、二人で頑張ろう」


「うん」


 それが、二人の再出発だった。


 それから、ときやはコンヌの助手として調査を手伝った。幼馴染だから、当然だと思っていた。だが気づけば、感情が変わっていた。コンヌの笑顔を見ると、胸が温かくなる。コンヌが悲しむと、自分も苦しい。コンヌが危険に晒されると、身体が勝手に動く。


(これは)


 ときやは、自分の感情に戸惑った。


(幼馴染としてじゃない)

(もっと、別の)


 だが、その感情を認めることが、怖かった。姉を救えなかった。患者も、救えなかった。そんな自分に、コンヌを守る資格があるのか。もし、また失敗したら。


「ときやくん?」


 コンヌの声で、我に返った。


「あ、ごめん。ぼーっとしてた」


「大丈夫?疲れてる?」


 コンヌが心配そうに覗き込む。その顔が、近い。


「だ、大丈夫」


 ときやは顔を背けた。


 コンヌは、少し寂しそうな顔をした。


「そっか」


 その表情を見て、ときやは後悔した。


(コンヌちゃんを、傷つけてる――)


 そして古鷹からの依頼。500万円の前金。危険な匂い。コンヌは迷っていた。


「父さんが、生きているかもしれない」


 その言葉を聞いて、ときやは決めた。


「一緒に行こう」


「でも、危ないよ」


「構わない」


 ときやは、コンヌの両肩を掴んだ。


「コンヌちゃん。僕は」


 言いかけて、止めた。


(今じゃない)


「僕は、君を守る。絶対に」


 それは、幼馴染としての言葉だった。

 だが心の中では、違う言葉が渦巻いていた。


(好きだ)

(ずっと、好きだった)

(気づかなかったけど、昔から――)

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