序章
西暦785年10月20日。
齢5の少年は庭の隅で震えていた。
彼の目の前は業火に包まれている家と、血濡れた刀を持ち、鎧を着た屈強な男が映っている。あまりの恐怖に声もでない。何が起こっているのか、理解するのに精一杯だった。
数分前、門に右衛門府を名乗る者がやってきた。
父は彼を出迎えようとしたとき、右衛門府が父を刀で頭を切りつけた。脳天を切られた父はその場に倒れこみ、家の中のものに逃げるよう叫んだ。
右衛門府は何かを言いながら倒れこんだ父の首を刎ねた。
それを見ていた少年は足が凍り付き、その場に倒れこんだ。右衛門府がそれに気づき、こちらにやって来る。
逃げなければ。
だが、足は震えて動かない。大きくなる足音、憐れむ顔をし、刀についた血をはらいながら近づく右衛門府、彼の後ろから次々にやって来る鎧を着たもの達。
少年は死を覚悟した。
目をつぶったその時、首が急に苦しくなった。
目を開けると、自分の服の襟をつかみ、引っ張る叔母の姿が映った。少年にわずかな安堵の気持ちがこみ上げる。叔母に自分で走るよう伝え立ち上がり、手を繋ぎ廊下を駆け抜ける。
しばらくして、少年の鼻に炭のにおいがこみ上げた。呼吸が苦しくなり、繋いでいないもう片方の手で鼻と口をおおう。少年は理解した、何者かに襲撃され自分たちが殺されようとしていることに。
◇◇◇
裏門付近に差し掛かった。叔母と少年は絶望した。眼前には、体中から血を流す者達と、彼らの周りに立つ鎧を着た者達。血を流す者を見たとき、少年は涙がこみ上げた。それは、彼の母や兄、いとこや叔父といった自分と親族たちだった。
「こっちの子供は完全に死んだ。」
「この女もさっき呼吸していたから、頭に刀を刺しておいた。」
叔母はとっさに少年の口を覆う。
今泣き叫べば、彼らはこっちに気づきやって来るかもしれない。
今はとにかく逃げなければ。
家の炎が大きくなり、煙で視界がぼやけてくる。少年と叔母は、そんな中を少しずつ進む。
今はとにかく外に出て、逃げなければ。
二人は庭に向かって進む。
◇◇◇
二人は何とか庭にたどり着いた。
あとは塀を上り逃げるだけ。
二人は走り、塀に手をついた。塀の近くには、枝に登れば塀を超えられるほどの庭木を植えてある。後は木に登り、外に出るだけだ。
叔母は少年を肩に乗せる。少年が枝に手をかけようとしたとき、叔母が急に倒れこんだ。肩に乗っていた少年も、叔母につられて地面に落ちる。
頭と膝が赤黒くなり、それらと肘に土がついた。少年は叔母の方に目を向ける。
叔母の背中に、矢が刺さっていた。叔母の着ていた藍色の小袖は、矢の刺さっている部分の周りが滅紫色に染まっていた。少年は叔母に声をかける。だが、叔母は倒れこんだままだ。
「あー、毒矢なくなっちゃった…。」
少年は声のする方向に視線を向ける。そこには、業火に包まれる家を背景に、少年の方に近づく鎧を着た屈強な男の姿があった。
男は弓を捨て、懐にさしていた刀を抜く。刀の刀身は、赤黒くなっていた。少しずつ近づく男。彼は少年に言う。
「恨むならお前を産んだ母親を恨んでくれ。」
少年の目の前に立ち、刀を振りかざす。少年は目をつぶった、その時だった
パンッ!!
空気を裂く音が響いた。少年は恐る恐る目を開ける。そこには、胸から血を流す男が映った。
「何が…起こっ…。」
男は少年の方に倒れこむ。
少年はそれを、震えながらも手と足を使い避けた。
生きている。
その状況を飲み込むことが精一杯だった。
だが、このままではまた別のものに見つかり殺される。
逃げなければ。どこか遠くに。
そう願ったとき、少年の右足が虹色に輝きだした。輝きは膝ほどまで達し、その光は少年が目を瞑っても、輝いていることがわかるほどだった。
少年は右足を上げる。そして、それを地面につける。その時、右足の輝きが全身に広がった。やがて右足から徐々に少年の体を消してしく。少年はもがきながら、虹色の光に包まれ消えていった。




