第7話 屋上から放たれた、異次元の一撃
屋上の片隅――。
青砥煉は、フェンスにもたれながら足元でボールをリフティングしていた。
トン、トン、トン……。
無駄のないリズム。
目線は、はるか下――校舎の裏手で起きている騒動へ向けられている。
「……暇つぶしには、ちょうどいいか」
ボールを高く蹴り上げる。
空中で身体をひねると、右足の甲で勢いよくボールを蹴り抜いた。
――シュッ!
放たれたボールは一直線に飛び、逃げ腰になっていた大森の側頭部へ直撃する。
「ぉぶっ!?」
「……ちっ。ちょい右にズレたな。額、狙ったんだけどな」
青砥は、わずかに眉をひそめる。
この距離では致し方ない。
それでも、本人としては納得がいかないらしい。
「……まぁ、驚かせるには十分だろ」
そのまま視線を落とす。
そこでは、赤城と滝沢の攻防が続いていた。
赤城は鶴見に「逃げろ」と叫びながら、滝沢の殴打を軽やかにかわし続けている。
まるでダンスのような、しなやかで無駄のないステップ。
「……あれ、サッカーの動きだな」
青砥の目が細くなる。
「いや……“それ以上”か……?」
フェンスの隙間から見える赤城の動きを、じっと観察する。
「誰だよ、あんな奴いたか?」
もう一度、足元のボールを拾い上げる。
つま先で軽く跳ねさせながら、青砥は地上を見下ろしていた。
その間にも、大森と滝沢は恐れをなして逃げ出していく。
「さぁ、二発目……」
青砥の口元が、わずかに吊り上がる。
「今度はきっちり当てる」
――シュッ!
青砥は、静かにボールを蹴り出した。
屋上から放たれた二発目のボールは、まるで狙い澄ましたかのような軌道を描く。
そして――。
――ズバンッ!!
逃げていた大森の背中に、見事に命中した。
「ぐぁっ!?」
大森がバランスを崩し、その場に尻もちをつく。
その瞬間、滝沢も足を止めて振り返った。
青砥は、足元に落ちてきたボールを右足でピタリと止める。
「……よし」
今度は満足そうに頷いた。
「完璧。狙い通りだ」
そして、鼻で小さく笑う。
「……バカな連中だな」
屋上の風が強く吹き抜ける。
青砥の髪が、風に揺れた。
その視線は、再び赤城へと戻る。
「……面白ぇ奴だな。あいつ」
そう呟くと、青砥はボールを抱え、その場を後にした。
誰も、その存在には気づいていない。
――だが。
赤城は、校舎の屋上を一瞬だけ見上げていた。
逃げていく大森と滝沢。
その背中に、二発目のボールが見事に命中した瞬間。
その精度。
軌道。
スピード。
すべてが、常軌を逸していた。
(……この距離、この風……普通じゃ当たらない)
(いや……プロでも外す)
赤城は、先ほどのボールの軌道を脳裏に描く。
(ピッチ上ならまだしも……屋上からのドロップショット)
(まるで、ピンポイントで“狙っていた”かのようなボールだ)
偶然ではありえない。
赤城の身体の奥にある、サッカー選手としての“感覚”が告げている。
――確かな技術がある。
(……誰が蹴った?)
赤城は、もう一度屋上を見上げる。
だが、そこには誰の姿も見えない。
風が校舎の縁を撫でる音だけが残っていた。
(フェリスにも引けを取らないキック技術だ)
かすかに、赤城の胸が高鳴る。
世界最高峰の舞台で、数え切れないほどのキックを見てきた。
だからこそ分かる。
あの一撃は、偶然ではない。
(あれを蹴った奴――一体……?)
その問いは、声にはならなかった。
ただ、胸の奥へと静かに沈んでいく。
だが確かに――。
赤城の中に、一つの“興味”と“警戒”が芽生え始めていた。




