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赤熊辺境伯の百夜通い  作者: すずき あい


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12/15

12 後悔と覚悟

怪我の表現あります。ご注意ください。


「闇の眷属!ヤツの動きを止めろ!」


意識を取り戻した男は、狂ったようにゲラゲラと笑いながら座っている地面に光る魔法陣を出現させた。確実に魔道具で魔力を封じている筈にも関わらず、男はいとも簡単に魔法を使ってみせた。

水属性の隠遁魔法に闇属性の幻覚魔法の常時併用。更に捕縛の際は風魔法も使い、攻撃の火魔法も使用する。そして今出現させた魔法陣は、無属性の空間転移魔法だ。その上、失った視力を補う為に感知魔法さえ身に付けている。これほどの多属性の魔法を息をするように使いこなす魔法士など聞いたこともなかった。


レンザは、闇の召喚魔法を使用して地面から真っ黒な蛇を多数呼び出す。そして男の転移魔法の陣が完成する寸前にその首に絡み付いて一気に頸動脈を締め上げて再び男の意識を刈り取った。男の体からまたクタリと力が抜け、地面の魔法陣も発動前に砕けて霧散した。本当に紙一重のタイミングだった。


「すぐに王城の父上に連絡を!ありったけの魔法封じの魔道具を持って来るように伝えろ!それから…!」


レンザは滅多にない程声を荒げて、大公家の使用人に指示を出す。彼らは即座に動き始める。

そしてあの火球をまともに喰らったディルダートの方に顔を向けたが、その光景に思わず動きが止まる。出しかけた声が喉に張り付いてヒュッと空気が漏れるような音だけがした。


火球を正面から受け止めたディルダートの背中がこちらを向いている。それは、辛うじて人が蹲っているような形をしてはいるが、真っ黒な炭の塊に見えた。周囲の地面も黒く焼き尽くされ、燻った煙が立ちのぼっている。

これは人に向けて放っていい魔法ではない、とレンザは頭の隅で冷静な自分が唸った。



----------------------------------------------------------------------------------



「いやあああぁぁぁっ!!ディル様!!ディル様ぁっ」


真っ黒な塊の陰で、何か白いものが動いたかと思ったら、アトリーシャの叫び声が空気を切り裂いた。


それが切っ掛けで誰もが我に返り、一斉に動き出す。


「まだ息があります!」


一番近くにいた治癒魔法士が駆け寄ってそう叫んだ。周囲の騎士達も、回復薬や治癒魔法の使い手を集めるように声を上げる。


「ディル様…わ、わたくしも、治癒、を」

「それはやめておきなさい」


治癒魔法士達が一斉にディルダートの背中を中心に魔法を掛け始める。しかし、治癒魔法は当人の回復力に働きかけて利用する魔法なので、これだけ重症だと一気に治すことは却って生命力を削って命取りになる。回復薬も多用し過ぎると極端に効き目も悪くなるので、全てを慎重に、しかし且つ迅速に行わなくてはならない。


血の気が引いた真っ白な顔色でアトリーシャも手を伸ばしかけたが、その手を一人の中年の魔法士が止める。確か討伐が始まる前に挨拶をした、医療班の上官だった筈だ。


「ご令嬢は水魔法の治癒でしょう。彼らの聖魔法とは根本が違う。これだけの火傷ですと多属性の魔法を掛けることは効き目を悪くするだけです」

「ですが、わたくし、も、何か…」

「呼びかけてください。意識は耳が一番最後まで残ると言われています。あちらに行かぬよう、呼び戻してください」

「はい…」


言われるままに、アトリーシャはディルダートの正面にぺたりと座り込んだ。あの火球から完璧にアトリーシャを守ったおかげか、彼の前面はほぼ無事だった。まだ治し切っていなかった顔の火傷の跡が痛々しい。しかし背中側は深いところまでほぼ炭化していて、慎重に回復させなくては崩れてしまいそうだった。



「ディル様…わたくし、ディル様に守っていただきました」



治療の邪魔にならないように、アトリーシャは彼の顔にそっと触れる。彼の目は薄く開いていたが、意識はないのかどこにも焦点が合っていない。初めて出会った時に、存外可愛らしい目だと思ったのを思い出す。その澄んだ赤茶色の瞳が、先程よりも濁った気がしてアトリーシャの心臓が掴まれたように軋む。


「ディル様、おかげで怪我一つしませんでしたのよ。ねえ、ちゃんとお礼を言わせてくさいませ」


僅かに開いた彼の目尻から、生理的なものであろうが涙が滲む。彼女はそっと細い指先でそれを撫でるように拭う。彼の唇から漏れるヒューヒューという息の音が一段、細くなったように聞こえた。彼女は気のせいだと頭から嫌な予感を追い出す。


「わたくし、ディル様にダンスを申込んでいただくのを、楽しみにしていましたのよ。申込んでいただけたら、ちゃんとお受けしようと、ずっと、ずっと今日を待っていました」


アトリーシャの瞳から、押さえ切れなくなった涙が零れ落ちる。一粒決壊してしまうと、もう後から後からとめどなく流れて顎を伝って地面に染みを作った。時折、力なく放り出された彼の手の上にもそれは落ちた。


「ねえ、どこかに行ってしまわないで。わたくしを置いて行かないで。ディル様、お願い……」



ふ…、と彼の呼吸が止まる。



「いやっ!ディル様!!」


「少し離れて」

「ディル様!」

「…失礼します」


思わずディルダートの体に縋り付きそうになったアトリーシャに、レンザが割って入った。尚も手を伸ばそうとする彼女に、背後から抱きかかえるように誰かの腕が巻き付いてディルダートから引き離す。その腕は柔らかく巻き付いていたが、どんなに力を込めて彼女が抵抗しようとしてもビクとも動かなかった。


「離して!」

「いけません」


耳元で止める低く柔らかな声は、聞き覚えがあった。視界の端に、背後から抱きとめている人物の淡い茶色の髪が揺れている。体に回された手が小刻みに震えているのが見えて、ようやくアトリーシャはアレクサンダーが後ろから動きを止めているのに気付いて体の力を抜いた。



レンザがディルダートの額に軽く触れると、白い膜のようなものが彼の体を包み込む。何か魔法を行使したようだったが、何の魔法かは見ただけでは分からなかった。

それほど大きな魔法には思えなかったが、レンザは真っ青な顔色でその場に座り込む。慌てて側にいた護衛が手を貸そうとしたが、手だけでそれを制してそのままの姿勢でアトリーシャの方に向き直る。


「今、ディルダート殿の周囲に、時の流れを遅くする時魔法を極限まで掛けました。聖女様の到着まで、これで保たせます」

「…ですが、先程、呼吸が…」

()()()()()()です。ディルダート殿の体力ならば、再生魔法でその身が回復すればきっと」


アトリーシャに目を向けるレンザは、ディルダートの無事を信じているかのように真っ直ぐだった。その目に、アトリーシャは張り詰めていた気持ちがほんの少しだけ楽になったような気がした。



この膜のようなものに直接触れないようにすること。時間の流れが違っている為に治癒魔法は通常の状態で掛けると体に負担が掛かりすぎてしまうこと。鑑定魔法で確認しながら少しずつ流し込むようにすることを説明すると、レンザは護衛に肩を借りながら他の場所に向かった。魔力切れで今にも倒れそうになっていても、この場では彼が取り仕切らねばならない立場だ。どこかに魔力回復薬が残っていればいいのだろうが、これまでの討伐で使い切ってしまっていた。少しずつ体を休めながら対処して行く他ないだろう。



「申し訳ありませんでした」


レンザを見送った後、アトリーシャに回されていた腕が外された。振り返ると、少し後ろに身を引いて、膝をついて深々と頭を下げているアレクサンダーの姿があった。


「いえ…わたくしこそ取り乱してしまいました。止めていただき、ありがとうございます」


アトリーシャにそう言われても、アレクサンダーは顔を上げようとしなかった。膝に置かれた彼の手が固く握りしめられて、震えているのがハッキリと分かった。


「わたくしは…大丈夫です」


アトリーシャの声は小さく、まるで自分に言い聞かせているくらいだったが、アレクサンダーの耳には届いたようだった。彼は無言で更に深く頭を下げると、サッと立ち上がってその場を立ち去った。いつもは束ねている髪が解けて顔に掛かっていたので表情ははっきりしなかったが、チラリと覗いた口元が力を込めて食いしばっている時の形していた。



「…あの、わたくし、ここにいても良いでしょうか?治療の邪魔はいたしませんので」

「ええ、構いません。ですが、もうしばらくしたらきちんと休息を取るように。聖女様が治療を終えるまでここにいようとお考えでしょうが、それはなりません」


ディルダートの傍らで、数人で治療に当たっていた治癒魔法士に交代で休みを取るように指示していた医療班の上官に聞いてみたところ、そんな答えが帰って来た。


「駄目、でしょうか」

「いけません。もしご令嬢が倒れてしまえば、その治療に当たる者を回さねばなりません。ご自身の管理はきちんとしてください」

「それなら…」

「いけません」


医療班の上官は、口調はとても柔らかいのだが内容はきっぱりと言い切った。


「ここに来ている者は、騎士だけでなく魔法士も、我々のような治癒専門の魔法士でさえ戦闘員として参加しています。貴女はたまたま居合わせただけの非戦闘員で、高位貴族のご令嬢です。貴女が望まなくても何かありましたら優先されるべき方なのです。どうぞご理解ください」

「……分かり、ました」


彼の言葉は言い方は厳しいかもしれなかったが正論であるが故に、アトリーシャは頷くしかなかった。もし無理を通してしまえば、望まなくてもあちこちに手を掛けさせてしまう。自分がここにいるということは、ずっと側で護衛をしてくれている大公家の騎士達が休むことも出来ないだろう。


「では、1時間だけ。それが過ぎましたらきちんと休みます」



----------------------------------------------------------------------------------



アトリーシャは、ディルダートの正面に座り込んだ。背の高い彼は、座っていても小山のように大きい。

レンザの掛けた魔法のおかげか、確かに先程と様子が殆ど変わっていないように見えた。


ただぼんやりとアトリーシャは彼の顔を眺めていた。薄く開けられた目に入りはしないかと下から覗き込んだが、生気のない瞳には何も映してはくれなかった。


髪と同じ赤い色をした睫毛は、長さはないもののびっしりと生え揃っている。普段は二重の陰に隠れていて見えない瞼の小さなほくろ。こうして近付いてみないと分からなかったが、頬に薄く傷跡がある。きっと触れなければ分からないくらいの僅かな跡。討伐時に受けた火魔法のせいで、片方の眉が半分焼けてなくなってしまっていた。


一つ一つ新たな発見をする度、アトリーシャの目からポロリ、ポロリと涙が零れ落ちる。


触れてはいけないことは理解しているが、どうしてこんな風になる前に触れておかなかったのだろうという気持ちがあふれて来る。もし触れたら、きっと彼は髪の色と同じように真っ赤になってしまうだろう。それとも触れる前に逃げられてしまうだろうか。


「アトリーシャ嬢」


そんなことを考えていると、いつからいたのかアレクサンダーが膝をついた姿勢で隣にしゃがみ込んでいた。


「もう、時間なのかしら」

「そうですね。ですが、少し軽食を摂る間くらいなら過ぎても大丈夫だと思いますよ?」


アレクサンダーは手に盆を持っていた。その上には、皿に乗った小さなサンドイッチと果実水の入ったカップが置かれている。サンドイッチの皿は1枚だが、カップは何故か3つも乗っている。


アレクサンダーはカップの一つをディルダートの前に置いた。そしてもう一つを自分で取ると残りのカップとサンドイッチの皿は盆ごとアトリーシャに手渡す。


「王城の騎士団の伝統、みたいなものです。重体で意識のない者に、こっちに旨いものがあるから戻って来い、と枕元に好物を置いてその側で同じものを食べます。ディルの好物は肉なんですけど、今ならこっちでもいいかと思って」

「そうですわね。きっと喉が渇いているでしょうね」


アレクサンダーの説明に、アトリーシャはほんの少し微笑む。

実のところ、正反対の「あちらで好物を腹一杯食べられるように」と送り出す者への手向けの儀になることもある。そのことは敢えて告げる必要はないと判断してアレクサンダーは言わずにいた。


「あと…あいつにはアトリーシャ嬢との食事がとても楽しかったとよく聞かされました。貴女は、とても美味しそうに食事をすると」

「そうですか…それならわたくしもディル様をおびき寄せる為に美味しそうに食べなくてはなりませんね」


クスクスと笑いながら彼女は膝の上に盆を乗せると、添えられていた手巾で手を拭う。


「また一緒にお食事をしましょうね…だから…」


アトリーシャは果実水の入ったカップを持ち上げて一口口に含む。フワリと柑橘系の爽やかな香りが鼻腔に広がる。そしてディルダートに向けた「ずっと待っています」という想いと共にコクリと呑み込んだのだった。



----------------------------------------------------------------------------------



暗い地下牢から外に出ると、夕刻であるにもかかわらず太陽の光が目を刺すように滲みた。ムクロジは特に乱れてもいない髪を撫で付けると、一つ溜息を吐いた。その顔には、良く知る者にしか分からない程度ではあったが疲労が浮かぶ。それから看守に軽く労いの言葉をかけて本邸へと足を向けた。


「父上、お疲れのようですね」

「お前も大概酷い顔色だが」


屋敷に戻ると、執務室の前でレンザとはち合わせた。


「クロヴァス辺境伯殿の容態はどうなった」


揃って執務室に入り、飲み物の支度だけ整えさせると使用人は全員下がらせ、執務室に親子2人だけになる。

当主の椅子に深く身を沈めて、軽くこめかみを揉みながらムクロジは口を開いた。ここのところ蓄積した疲労が珍しく表に出ているのか、眉間に皺の跡が残ってしまっている。


「まだ油断は出来ない状態ですが、あの方ならどうにかなるでしょう。しかし、あと少なくとも2回は聖女様に出張要請が必要ですね」

「助かったのなら問題ない。クロヴァス領は国防の要で、あの領主だからこそ抑止力になる。失うのはあまりにも痛手だ」



ディルダートが仮死状態になり日を跨いだ夜明け前に、大公家別邸に聖女の一人が到着した。まだ幼い少女とも言える若い女性だったが、ディルダートの状態に怯みもせず、淡々と再生魔法を掛けてくれた。傷の詳細を良く検分して最適な再生を施す彼女曰く「体内で自分の火魔法で楯を作って火球の威力を上に逃がした」との事だった。自分の背面を全て炭化させても、前側に影響が及ばないように咄嗟に取った行動らしいが、それが却って自身の脳や内蔵の損傷も最小限に食い止めていたことで即死には至らなかったらしい。


レンザの言葉通り、一度は呼吸が停止したディルダートだったが聖女の回復魔法で再び僅かながら息を吹き返した。そのおかげで辛うじて動かせるようになったので、今は別邸の中に運び込んで引き続き交代制で間断なく治療を続けている。まだ予断を許さない状況ではあるが、彼の生命力ならばどうにかなるという空気が別邸内にはある為、重苦しい雰囲気は微塵も感じられなかった。



「父上の方はいかがですか」

()()はなあ…一言で言ってしまえば狂人なんだが、妙に整合性のある話をするところが厄介だな」



アクスレティ大公家の地下牢に、魔獣を呼び寄せた事件の首謀者の男が収監されていた。通常ならば一つあれば十分な効果を発揮する魔法封じの魔道具を、今は国内で使用していない分全てを使用してようやく転移魔法が発動しない程度まで効果が出たという状態だった。現在は王城の魔道具師が総力を挙げてより強力な追加品を制作しているらしい。

それが完成するまでは、薬草学の第一人者とも言われるムクロジの管理の下で半覚醒状態にしては事情聴取をしつつ、普段は継続して薬草を投与し深い眠りにつかせていた。


「話を纏めると、どこかの国の貴族の頭の悪い子息が後継争いで失敗して国外追放された、って話なんだが」

「よくある話過ぎて捻りがありませんね。面白くない」

「事実に面白さを求めても仕方なかろう」


レンザの物言いに、ムクロジが苦笑する。


男は、生国を追放される際に名前や出自を奪われたらしい。今後に影響が出ないギリギリの方法を使って聞き出そうとしたが、一切答えは返って来なかった。しかし当人の魔力が規格外ということもあってか、明確な出自が判明しない程度の情報を奪うのが限度であったらしく、今回の事件の動機の経緯に付いては聞き出すことに成功はしている。


男曰く、()に命じられて当主になるべく親兄弟や血縁の者を排除しようとしたのだが、結果的に失敗して兄が当主となり男は幽閉されたという。しかしその後、男には隠された妻子がいることが発覚し、再び後継争いが起きることを危惧され男は国外追放となった。その頃には()からも見捨てられたのか誰も助けることはなく、魔力の根源である目を奪われ出自を示す記憶も共に奪われた。そして当然今後の火種とならないよう断種の処置も受けさせられた上で国から放逐されたらしい。



「その対処からすると、死罪のない国のようですね。該当国はそれなりに絞られますが…」

「その国を特定したところで、引き取っては貰えんだろうな。全く、いい迷惑だ」


全てを奪われた男は、しばらくはあちこちで無為に生きていたらしい。だが、生国のある話を耳にしてから男の様子が変わった。

どうやら男の子供が、生国で罪を犯して国外追放になったというのだ。男の妻子は、憐れに思われたのか表沙汰になって争いになるのを避けたのか、男の兄が引き取っていた。



『兄が奪って捨てたものを、俺が拾って何が悪い』



牢の中で男は悪びれずにそう言った。


男は自分の中に残った魔力を駆使して、国外追放されたという子供の魔力の残滓を辿った。自分と同じ魔力を辿ればいいのだから、すぐに見つかると思っていた。しかしあまり男の血を継いでいなかったのかその子供の残滓は弱いもので、この国に来ていることまでは突き止めたのだが、近くに来ると他の者の魔力が邪魔をして見つけることが出来なかった。


そこで男は一計を講じた。

自分の魔力を纏わせた魔獣を召喚して騒ぎを起こせば、子供も自分の存在に気付いてやって来る筈だ、と。


「あまりの馬鹿馬鹿しい論理に、笑わずにいた自分を褒めたくなったよ」


ムクロジはそう言って、今度は自分の眉間を揉んだ。そこまで聞いたレンザも、父と同じように思わずこめかみを揉んでしまった。


男が言うには、子供とは産まれてから一度も会ったことがないそうだ。それどころか、男か女なのかも知らないし、年齢も定かではない。ただ、確実に自分と同じ瞳の色を受け継いでいる、と断言していた。そう言うものの、男の目は既に潰されていて元の色など分からない。


「金色だ、とは言っていたが…該当者が多過ぎて分からん。もっとも、探してやる気もないが」

「そうですね。一口に金色と言っても…ノマリス子爵当主なども人によっては金色と取れるくらいですしね」


レンザが例えに出したアレクサンダーは金茶の瞳をしていたが、確かに光の具合や人によっては金色とも言えるだろう。そんな人間はこの国には無数にいる。


「第一、性別も年齢も知らないような子供が、どうして顔も知らない父親に会いたがると思うのかが分からん。ただ、自分のものを拾うだけだ、と言い張っていたよ」


男の主張は、ただ子供に会いたかった、奪われたものを取り戻すだけだ、と言うだけだった。そこに子供の意思や、自分の存在などそもそも知られていないのではないかという可能性は一切考えてはいなかった。もっとも、他の言動もまともではないことが多いので、狂人の妄言としてまともに取り合う必要はないのかもしれない。


ただ、その男の妄想にも等しい策に、厄介な者達が目を付けた。そういった者達は不思議と鼻が効く。全てを捕らえた訳ではないが、男には様々な思惑を抱えた者達が紐付いていた。正面切って戦争は起こす気はないものの隙あらばこの国を侵略しようと目論む他国。現在の王家に不満を持つ反王家派。魔獣に荒らされたどさくさに貴族や金持ちを襲おうとしていた大規模な盗賊団。復興の為に商品を高く売りつける好機だと狙いを付けていた商人。首謀者の男が自分の欲以外考え無しだったせいか、目眩がする程多くの者達に付け込まれていた。


「何故、そこまでの計画が今まで明るみに出なかったか理解に苦しみますね…」

「逆に誰も連携を取る意識がなかった杜撰さが隠れ蓑になったのかもしれんな…」


男の処分は決まってはいないが、この国の法に則って死罪になる可能性もある。だが異様とも言える膨大な魔力と魔法の才を上手く御する方法が見つかれば、何らかの形で国に奉仕するという方向で使い道があるかもしれない。


「今は、()()の背後にくっ付いていた者の処理に追われているからな。王家から正式な処分が下りるまで当分は我が家預かりになるだろうな」

「面倒ですね」

「全くだ。私は何にも煩わされずに薬草の世話だけしたいとあれだけ言っているのに…!こうなったらクロヴァス辺境伯殿の治療費は全部王家に回してやろう」

「それは名案」


聖女の回復魔法を依頼するのは膨大な費用がかかる。それを複数回頼むということは、それこそ費用は何桁になるか分からない。勿論大公家で支払うことになっても揺らぐような財力ではないが、面倒を嫌うアクスレティ家の半分八つ当たりに近かった。




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