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最終話 道理


 ついに『カチヤ』が本格的に動き出してきた。まさかあんなに堂々とみんなに向かって言い放ってくるとは。


『私はお前ら生徒のことなど、腐りきったゴミとしか思っていない。私の目の前からゴミを取り除かなければならない。そしてお前らは私の言うことを、黙って聞く義務がある』


 全校集会で、『カチヤ』はそう言った。みんながその言葉を聞いてざわついていたのを覚えている。僕たち生徒は、『カチヤ』によって苦しめられるべき存在だと言ったのだ。

 許せなかった。だけど同時に確信した。やっぱり僕たちが『カチヤ』を倒さなければならないんだ。『カチヤ』はこの学校に、いや世界に存在してはいけない人間なんだ。腐りきったクズなんだ。こんなヤツが、先生としてこの学校にいてはいけないんだ。


 集会が終わってからも、教室に来た『カチヤ』は僕たちを苦しめた。『カチヤ』は僕に、『自分は自由に僕たちを攻撃できる。出来損ないの生徒を排除するのが自分の喜びだ』と言ってきた。

 怒りはあった。だけど僕にはまだ勇気が足りなかった。だから『カチヤ』に言い返すことができなかった。やっぱり僕だけでは『カチヤ』に対抗できない。カザリさんの手を借りなければならない。

 だから僕は、放課後にカザリに声をかけた。


「カザリさん」

「……なに?」

「朝話したとおり、今日は君の家に行くね」

「は?」


 カザリさんは何故か意外そうな顔をしていた。今日の朝に話したことを、もう忘れてしまったのだろうか。


「甲村くん……ちょっと今日の私、あんまり気分良くないから……勝谷先生のことがあったし……」


 ああ、そうか。カザリさんも『カチヤ』の言葉に苦しんでいるのか。それなら仕方のないことだとは思う。だけどそれに屈して、『カチヤ』への反撃の手を失うわけにはいかない。


「そうだよ、『カチヤ』をここから追い出すんだ」

「え?」

「このままじゃ、『カチヤ』の暴走は止まらない。今も『カチヤ』は僕たちを苦しめている」


 カザリさんは僕を見て何故か怯えたようは表情になるけど、そんなことは問題ではなかった。


「カザリさん、『カチヤ』が本格的に動き出した今、あいつを倒せるのは僕たちしかいないんだ」

「え、ええ?」

「君は怖いかもしれない。だけどあいつは、僕たち生徒を苦しめて、自分勝手な欲望をふりまいている腐った人間だ。だから僕は、『カチヤ』を許せない」


 カザリさんは僕に賛同してくれるだろう。彼女も苦しめられている被害者なんだ。

 しかしカザリさんは、そんな僕の期待を裏切った。


「え、ええとさ、甲村くん。ちょっと何を言ってるのかわからないんだけど……?」


 カザリさんは尚も怯えたような顔で、か細い声を発した。なんなんだ。まさかこの期に及んで、まだ『カチヤ』が怖いというのだろうか。もう怖がっている場合ではないというのに。


「カザリさん!」

「ひっ!」


 だから僕は大声で怒鳴ってしまった。いけない、これではカザリさんをまた怖がらせてしまうだけだ。もっと穏やかに言わないと。


「いいかい、カザリさん。『カチヤ』は確かに怖いかもしれない。だけどアイツが悪意を振りまいているのは間違いないんだ。正しいのは僕たちなんだ。正義は僕たちにある」

「え、ええ……?」

「『カチヤ』は自分こそが正義、自分こそが絶対と思っている。だけどそうやって僕たち生徒を苦しめるのが、『カチヤ』の本性なんだ。そうに決まっているんだ。そうでなければ、あんなにひどいことを言えるはずがない」

「ひ、ひどいことって……?」

「? 全校集会で、『カチヤ』がみんなに言ったことだよ。カザリさんも聞いていただろ?」


 カザリさんも集会には出ていたはずなんだ。あの言葉を聞いていないはずがない。


「あ、あのさ、もしかして甲村くん……集会で校長先生の話を聞いていなかったの?」


 カザリさんは恐る恐るといった感じで、僕に聞いてくる。校長先生の話? 何か言っていたっけ?


『……突然の呼び出しに応じて頂き、ありがとうございます。本日は、悲しい知らせをお伝えしなければなりません』


 ……そういえば何か言っていたような。だけど僕はそんなことはどうでもよかったので、よく聞いていなかった。今、重要なのは『カチヤ』についてだ。そんなことはどうでもいい。


「今はそんなのどうだっていいだろ!? 僕たちは『カチヤ』を憎むべきなんだ! そうでないといけないんだ!」

「甲村くん……」

「さあカザリさん、君の家に行こう! 僕が君を助けてあげるんだ!

 君はそれを喜ぶべきなんだ!」


 僕はカザリさんを助けたい。それは本心だ。『カチヤ』は悪者なんだ。その悪者からカザリさんを助けるんだ。


 しかしカザリさんは、一瞬顔を伏せた後、僕に向かってこう言った。

「……もう無理」


 その目は、まるで軽蔑している相手を見るかのように、嫌悪感に満ちたものだった。


「カザリさ……」


 そして僕がカザリさんの真意を聞こうとした直後。


「ぐっ!?」


 僕はカザリさんに思い切り顔を叩かれた。


「……一生、そうやってれば?」


 吐き捨てるように言った後、カザリさんは僕から離れていった。


 ……どうしてだ、どうしてこうなったんだ。

 決まっている、全ては『カチヤ』のせいだ。全て『カチヤ』の陰謀なんだ。

 僕がこんなに苦しい思いをするのも、僕が怒られるのも、僕がカザリさんに叩かれたのも、全て『カチヤ』が悪いんだ。


 もはやカザリさんも、僕から離れていってしまった。こうなったら一人でも戦うしかない。


 僕は『カチヤ』を、いつまでも憎んでやる。


==================


 ……自分でも驚いている。まさか私が男子に平手打ちするなんて日が来るとは思わなかった。

 だけどこれは良い傾向だと思った。私もついに自分の意志をはっきり示せるようになったんだ。


 さっきの甲村くんには、本当についていけなかった。まさか勝谷先生の死まで否定するようになっているなんて。彼の中でも、勝谷先生の存在は大きかったのだろう。もちろん、私とは別の意味で。

 彼は自分が悪いとは思っていない。全ての原因を勝谷先生……いや、彼の中の『カチヤ』に押しつけていた。彼には必要だったのだろう。自分が正義でいられるための理想的な悪人が。

 彼の中の『カチヤ』と、実際の勝谷先生は明らかに違っていた。確かに勝谷先生は厳しい先生だったけれども、生徒の人格まで否定するような人ではなかった。だけど甲村くんは勝谷先生を悪者にするために、『カチヤ』を生み出したのだろう。


 しかし彼は気づいているのだろうか。『カチヤ』の言動と、自分の言動がとても似ていることに。


 『カチヤ』は『生徒たちは自分の言うことを黙ってきく義務がある』と言ったらしい。そして甲村くんも、『僕が君を助けてあげるんだ! 君はそれを喜ぶべきなんだ!』と言っていた。どうやら彼の中の『カチヤ』が肥大化して、彼自身の言動にも影響を及ぼしているのかもしれない。

 彼はこれからも、彼の中にいる『カチヤ』の道理に振り回されていくのだろう。そしてその道理が、やがて彼自身の道理になっていくのだろう。それがいかに自己中心的で、身勝手なものとも知らないで。 だけど私にはそんなことはもう関係ない。さっきも彼に直接言ったけど、彼に着いていくのは、「もう無理」だ。付き合ってはいられない。

 私は私で、勝谷先生が教えてくれた生き方を歩む。勝谷先生の死を無駄にしないために生きる。


 それが私、錺洋子にとっての道理だと信じることにした。



カチヤの道理 完


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