14話「ありがとうございます、ユージさん」
覗きの際のサチの心情を主に描いています。
読むのが面倒な場合は後書きまで飛ばしてくださって構いません。
「たぁっ!」
視界を埋め尽くすほどいる『狂猪』の群。
私1人でも下級魔獣数匹は同時に相手取れるが、この数は絶対に無理だ。
私以外の勇者でも根を上げる者はいるだろう。数の力とはそれほど圧倒的なものなのだ。
「はぁっ!」
また1匹の狂猪を仕留めることに成功した。
無理と言っておきながらもこうして戦えているのは、やはりユージさんのお陰である。
20メートルほど先で、悠々と歩きながら狂猪を引きつけ、仕留めているのだ。
風に乗ってきた木の葉を払うように、ペシペシと狂猪に平手打ちを喰らわせている。
平手打ちを喰らった狂猪は、例外なく皆絶命している。
おそらく、平手打ちによる衝撃波。それを体内へ伝わらせ、的確に脳だけを破壊しているのだろう。
その証拠に、平手打ちによって狂猪の体は一切揺れていない。触れられた瞬間にその場へ横たわるのだ。
まるで、寝かしつけられた子供のように。
どんな修羅場をくぐればあんな戦い方が出来るのだろう。
思えば謎の多い人だ。
伝説の勇者に匹敵するレベルである上に日本から来た転移者でありながら、本人は勇者でないと言い張る。
ミーナと一緒に考えた末。どこかの国に密命を受けた勇者で、自分の素性を隠しているのだろうという結論に至った。
でも、本人は隠し事をしている雰囲気でも嘘を言っている雰囲気でも無い。
私達の結論は多分間違っている。
無詠唱で高度な魔術を使用でき、強力な眷属を従え、自分勝手に生きているように見える。
かと思えば、この世界の常識も知らず。お人好しで、困っている人をすぐに助けようとする。
私達を助けてくれたように。
その桁外れの能力は、本気を出せば国の1つくらい簡単に支配できるだろう。
でも、当の本人はその能力を覗きに使う有様だ。
ユージさんは気づかれてないと思っているけど、私は気づいていた。
宿に着いた直後から、明らかにいつもとは違う魔力の流れを纏っていたのだ。返答にも違和感があったし、異常に気づかないほうがおかしい。
だからこそ、シャワーを浴びる際に『見解者』のスキルを用いて全力で警戒していたのだ。
『見解者』は文字通り、見て解き明かすスキルである。
私の技量では微かな魔力の流れしか見ることができない。それでも、魔力の乱れから嘘を見抜いたり攻撃の予兆を感じ取ることはできる。
その時は、正直不安だった。
ミーナを狙った暗殺者である可能性もあったからだ。
もちろん、そんな事をするつもりならとっくにしていただろう。だからこそその可能性は低いとは分かっていた。
でも、その時はまだユージさんを信じきれていなかった。
ミーナと2人でシャワーを浴びていると、思った通りユージさんの魔力がお風呂場へ侵入して来た。
相当高度な魔力操作能力を有しているのだろう。目を凝らさなければ、全力で『見解者』を発動しなければ見えないほど薄く大気に溶け込んでいる魔力だった。
ミーナに付き従う過程で、王宮にいる宮廷魔導師たちの魔力操作を何度も見ている。
魔導師と名乗るだけはあり、国でも頂点を競うほどの魔術師達である。見事と言うほかない、洗練された魔力操作だった。
でも、ユージさんの魔力操作はそのどれとも比べ物にならないほどの次元だった。
限りなく薄く、均等に大気へと溶け込んだ魔力は、秩序を持ちながら静かな清流のようにバスルームを埋め尽くしていった。
何らかの魔術や呪いなのかもしれない。だとすれば、早くバスルームから逃げなければならない。
それでも、危機を感じつつも、その美しい光景に心を奪われていた。
「綺麗…」
何も知らないミーナは私の言葉に首を傾げていたけど、そんなミーナを気に留める事も出来ないほど見惚れていた。
静かに流れる魔力に満たされたバスルームは、光に独特の屈折を与え、まるで海の中にいるかのような美しい景色を見せてくれたのだ。
『見解者』を持つ者のみが見ることのできる光景に、純粋な感動を抱いていた。
しかし、目を覚ますと同時に恐怖が全身を襲った。
もしも魔術の予兆だとしたら、もう回避は間に合わない。
失敗したと思った。後悔で頭が一杯になった。ミーナに申し訳ない気持ちが溢れてきた。
でも、その心配も杞憂に終わるほど何も起きなかった。
怪しまれないように無理やり取り繕い、普通にシャワーを浴びるが、何も起きないのだ。
そんな時、ふと思い出した。
ユージさんが『探知』と言う技を使う際にも似たような魔力の流れを発している事を。
魔力の流れが『探知』と少し異なるけど、似たような技能なのかもしれない。
だとすると…ただ覗いているだけ?
思わず笑いそうになった。
他者を簡単に屈服させられるほど圧倒的な力を持ち、あり得ないほど洗練された美しい魔力操作能力を用いて、やっている事がただの覗きなのだから。
あんなに必死に笑いを堪えたのは生まれて初めてだった。
試しに胸を強調したポーズをとると明らかに魔力の流れが乱れた。
確定だと思った。そして、さらに込み上げてくる笑いを必死に抑える。
何も知らないミーナには申し訳ないけど、この事はユージさんの名誉の為にも心にしまっておくことにした。
おかしな話だが、その事件から私はユージさんを心から信頼できるようになったのだ。
強くて、優しくて、ちょっとエッチな普通の青年だと言う事がわかったから。
覗かれている事実に嬉しくなり、少しだけサービスポーズをとったのはひみつである。
「はっ、集中しなきゃ」
戦闘中だと言うのに、余計な考えにまで至ってしまった。
そんな隙をついて狂猪が突進を仕掛けてきた。
しかし、飛んできた小石が頭を貫き、向かってきた狂猪は絶命した。
小石を投げた本人を見ると、こちらを一切振り向かずに黙々と狂猪を狩っている。
周りなど気にしていないようなそぶりだが、それは違う。
その人から放たれる優しい魔力は、周囲を包み込んで常にこちらを気遣ってくれているのだ。
「ふふっ。ありがとうございます、ユージさん」
嬉しくなり、我慢できずにお礼を言った。
つぶやき程度の微かな声量だったが、それでも聞こえていたらしい。
こちらを振り向かず、手をヒラヒラと振って返事をしてきたからだ。
その行動にまた嬉しくなりつつも、気持ちを切り替える。
「早く終わらせなきゃ」
嬉しさを力に変え、向かってくる狂猪を斬り伏せるのだった。
◇
「お疲れ様です」
「サチもな、お疲れ」
雑魚のくせに、すごい数だった。一体一体相手取るのは本当に大変だった。
だがそれなりの収穫はあった。
武術に関するスキルを手に入れたかもしれないのだ。
礫で村人や冒険者を囲っていた猪を倒した後、抱えていたサチを落とし、一番頑張っていたリーダーらしい冒険者の横に降りたった。
その後、格闘技っぽい動きで猪を何頭か仕留めると、猪の力の流れや弱点、動きの予測ができるようになったのだ。
「また一つ、研鑽を重ねてしまった」
カッコつけたが、それなりに凄い事だと思う。
戦闘の中盤では魔力に衝撃波を乗せるという技まで習得し、優しく撫でるだけで相手を倒す事が可能になったのだ。
ま、後半にはもっと凄い技を編み出したが、それは今度紹介しよう。
「さてと。どうしようか、これ」
「…どうしましょう」
探知で調べたところ、村人達や冒険者は無事だった。重症のものもいたが、皆スゥの回復魔術で完治している。
それはいい事だ。
本当に問題なのは、村中に転がっている猪の死体。
ここまでやったのだからこの村の面倒は最後まで見ようと思う。だが、死体の処理は面倒だな。
「やっと着いたのじゃ。って…また派手にやったのぉ」
「ユージ様、遅れて申し訳ありません」
ミーナとコゥが到着した。
よし、2人にも手伝ってもらおう。
楽しい事後処理の始まりだ。
サチはユージの覗きに気づいていないフリをしていた。
ついでに、覗かれている事が少し嬉しかった。
要約すると、そんな感じの内容です。