9話 1【共犯者たちの集い】
「ボクの妹……花音っていうんだけど、あいつは昔から内向的で、いつもボクの後ろに隠れてばかりだった」
珈琲を啜りながら廈織くんは「ふう」と息を吐いた。
「ふーん。随分と仲がいいのね。もしかしたら、両想いなのかもしれないわよ」
廈織くんの向かいに座る私は、冗談混じりに笑いながら言った。
店内に流れるのはジャズ調にアレンジされたカフェミュージック。学校から一駅離れたこのカフェを利用するようになったのは、ほんの一カ月前から。利用目的の九割は、共犯者との談笑。私たちは、普段口にすることの出来ない心のモヤモヤを互いに言葉としてぶつけ合った。気を使うことのない異性の友達という存在は、居心地がよかった。
私のからかいの言葉に廈織くんは重い口を開いた。
「そうなったらボクは……ボクはきっと、自分を保てなくなる」
廈織くんの言葉に私は「しまった」と思った。彼にとっての花音ちゃんという妹が一体どんな存在なのか、私は軽く見ていたのかもしれない。
彼は妹を、「そういう対象」として見ているのだから。
「……ごめん、ちょっと軽く考えてた。廈織くんの秘密を知ったとはいえ、私、まだそういう気持ちまで理解出来てなかったかも」
「ううん、いいんだ。本当は誰にも言うつもりなんかなくて、死ぬまで秘密にしようとしていた気持ちだから。でも、一人で抱え込むのが限界だったから君に話しちゃった。これはボクが勝手に君を巻き込んだ結果なんだから、そんなに気を使わなくていいんだよ」
遠くを見つめる廈織くんの瞳は愛する彼女をまぶたの裏に思い出しているように見えた。
「ねえ」
「ん?」
「後悔してる?」
「……それは、花音を好きになったこと?それとも、君を共犯者にしたこと?どっちかな」
「どっちもよ」
光をなくした瞳で首を傾げる廈織くんに、私は注文していたケーキにフォークをグサリと突き刺しながら言った。
「花音を好きになったことに後悔なんてないよ。そもそも気付いた時にはもう手遅れだった。それにもし、この気持ちを後悔していると思ってしまったら、それはボクの想いを否定してしまうような気がして嫌なんだ」
私には、廈織くんの言葉の意味がよく分からなかった。私は悠希と付き合っている間、沢山の後悔をした。もし、あの時、違う行動をしていたら、私はこんな気持ちにならずに済んだのかもしれないのに。
後悔ばかりしてきた私にとって、今、確実に間違った行動を取っているであろう廈織くんの言葉は信じられないものだった。
「どうしてそう言えるの?」
「ボクは自分の意思で花音を好きになったんだ。自分の気持ちには正直にいたい。そう思わない?」
妹への恋心を清々しいまでの笑顔で語る彼の姿を、私は怖いと思った。悟りを開いているというか、現実を見ていないというか、とにかくそういった類の恐怖。彼は自分の抱く感情を美しいと思っているように見えた。
もちろん純粋に人を愛する気持ちは美しいと思うし、大切にしたいと思う。けれど廈織くんの抱く想いは、彼自身には許されても世の中が許さない。
「廈織くんって真っ白なのね」
私は思ったことをそのまま口に出した。廈織くんは私の言葉の意味が分からなかったようで、眉間に皺を寄せ、難しい顔をした。
「ボクが……白い?」
「うん。例えるなら、まだ何も描かれていない白いキャンバス。廈織くんは白い絵の具を持っているから、汚れたってまた白に戻れるの。そんなイメージ。私のキャンバスは真っ黒だから、羨ましい」
私は自分勝手に悠希へ想いを告げ、別れを告げ、愛したはずの大切な人までも傷つけようとした。私のキャンバスはもう、色を置く場所などないほどに汚れてしまっているに違いない。
「君は面白いことを言うね。ボクが真っ白なキャンバス、君が真っ黒なキャンバスか……じゃあさ」
俯く私に廈織くんは言った。
「君にボクの絵の具を分けてあげる。黒い君のキャンバスに一番映える色は白だよ」
満面の笑みでそう答えた彼に、私は心を射抜かれた。私が欲しかった答えは、そういうものだったのかもしれない。
「どうして私に、そこまでしてくれるの?今度は私の黒い絵の具が廈織くんのキャンバスを汚してしまうかもしれないよ」
少し意地悪な質問をしてみた。まっさらなキャンバスを初めて汚すのは誰だって抵抗があるだろう。彼はなんと答えるのだろう。
「そしたらまた白で上塗りする」とか?
「ボクたちは共犯者だろう。だったら罪の分まで分かち合えばいい。ボクのキャンバスが君の色で汚れたって、それはボクが君の苦しみを少しでも取り除けた証だろう?それに、ボクは黒が汚れた色だとは思わないね。君の持つキャンバスが最初から黒かったのなら、それを汚すのは白。そういう考え方だってあるんだよ。世の中の常識なんて、ボクは信じない」
彼と話せば話すほど、私は痛感する。私は、世論に縛られて生きてきたのだと。
もっと思うまま、柔軟に生きてもいいんだ。
「……そうやって今までいろんな女の子をたぶらかしてきたんでしょ。この色男め」
「え?何か言った?」
「別に、なんでもないよ。ここのケーキ美味しいなって思っただけ」
私は大きな一口で残りのケーキを頬張りながら笑った。
廈織くんがモテるのは、単に顔が整っているだけではないのだと、私は最近知った。彼は恋心なくしても人を言葉で惹きつける、人間たらしなのだ。
「そうだね。ボクもここの珈琲は気に入っているよ」
優しく微笑む廈織くんは周りから見れば、きっと私の彼氏に見えるのかもしれない。もしくは友達。そんな彼は血の繋がった妹に恋をしている。なんて不毛な恋。可哀相な人。
どうして私は、想い人がいる人にばかり惹かれてしまうのだろう。本当に不毛なのは、可哀相なのは、私の方なのかもしれない。
次の更新は11月11日の昼過ぎです




