8話 4【共犯者の同盟】
合コンが始まって十分。希望は心の底から今日この場に来たことを後悔していた。
「希望ちゃん、すげーかわいいね。本当に彼氏いないの?」
男性グループの中の一人が私に声をかけてきた。彼は明るく染められた長い前髪の隙間から、獲物を狩るような瞳をのぞかせている。
「はあ……いませんけど」
机の下で、まわりから見えないように手を握られる。瞬間的に「気持ち悪い」と思ってしまった。
「じゃあさ、俺と抜け出さない?」
「いや、まだ始まったばかりだし……」
「えーいいじゃん。俺はもう希望ちゃん以外にアプローチする気はないからさ」
背中に回された手に嫌悪感を抱きながら、私は廈織くんの方へ視線を向けた。
廈織くんの顔を見た瞬間、私はビクリと肩を震わせた。
彼は、じっとこちらを見つめていた。その瞳は私を非難するような、軽蔑するようなものではなく、憐れんでいるように見えた。
途端に急に恥ずかしさが込み上げ、私は近づいてくる男の手を振り払った。
「やめてください」
私の行動に男は不服そうな表情を浮かべる。
次の瞬間、男の放った一言に私は頭の中が真っ白になった。
「は?出会い求めて合コン参加したんじゃないの?彼氏にフラれたんだっていうから、慰めてやろうかと思ったのに」
「――――え?なんで知って……」
「俺が希望ちゃんを狙ってるって言ったら、廈織が教えてくれた」
「……ありえない」
私の心を支配していたのは「裏切られた」という感情だった。
それは一方的な思い込みに過ぎないのだけど、誰にも口を開いていないと思っていた悠希が、幼なじみにさえ真実を語っていなかった彼が、廈織くんには私との別れを話していた。
そんな事実がやけに悲しくなり、私は小さな声で呟いた。
悔しさが込み上げ、涙で視界が霞む。
やはり、今日ここへ来るべきではなかったのだ。
どうして私はいつもいつも間違いを犯してしまうのだろう。
これではきっと、私が幸せになれる結末は一生やってこないのかもしれない。
気付いた時には、私は荷物をまとめて立ち上がっていた。突然の事態に友人たちは歌うのを止め、私を見つめる。
「希望……?どうしたの?」
口を開けば泣いてしまいそうだった。
私は最後の力を振り絞り、残りのメンバーに満面の笑みを浮かべて言った。
「ごめん。用事思い出したから私、帰るね」
千円札を机の上に置き、私は逃げるようにその場を立ち去った。
あとで友人たちには謝らなくてはいけない。
行くあてがないまま、しばらく歩いていると、背後から知っている声に呼び止められた。
「どこまで行くの」
振り向くと、そこには息を切らした廈織くんが立っていた。
今日の出来事の元凶である彼の姿に、私は怒りを露にする。
「帰るのよ。ついてこないで」
そう言っても、廈織くんは私を追い続けた。
自宅近くの公園までやってきた頃、あたりは暗くなりかけていた。
私は根負けし、公園の中に入る。ベンチに腰を下ろすと、キッと鋭い視線で廈織くんを睨みつけた。
「一体なんなの?こんなところまで私を追いかけてきて」
彼は、相変わらず無表情のままだ。
しばらくの沈黙の後、ようやく彼の声を聞くことが出来た。
「その……ごめん」
「何が?」
「俺があいつに悠希のことバラしたから、それで怒ったんだろ?」
そうだけど、そうなんだけど。でも、少し違う。
「違うよ」
私の言葉に廈織くんは首を傾げた。
「じゃあなんで急に帰るなんて言ったんだよ」
私は一瞬黙り込み、大きな溜息をつきながら諦めたように口を開いた。
「……悠希、アナタには話したんだね。あいつ、琥珀ちゃんにも別れたって言ってないはずなのに」
「え、そうなの?俺はてっきりみんな知ってるもんだと思ってた」
「私はアナタに浮気を疑われてるんだと思ってた」
「なんで?」
「アナタが、私たちが別れたことを知ってるなんて思わなかったから」
どうやら、お互い誤解していたらしい。
言葉不足というのは人同士のすれ違いの原因になってしまう。
溝が広くなればなるほど、人間関係は修復するのが難しいのだ。
「ねえ、隣に座って」
少し考えた後、私は自分の横を指差しながら言った。
「う、うん」
廈織くんは私に言われるがまま、恐る恐る腰を下ろした。
今回の行動に悪気がなかったことはよく分かった。それに何より、廈織くんは悠希とは違った。
彼は逃げ出した私を追いかけてきてくれた。
それだけで今の私は満たされる思いだった。
そんな廈織くんは、果たして本当のことを受け入れてくれるだろうか。
受け入れられなくても、彼になら話してもいいと思った。悠希が唯一本当のことを話した彼になら、私も本当のことを話せる気がした。
「ねえ、アナタはどこまで知ってるの?」
「どこまでって……悠希と君が別れたっていうのは聞いたよ。正確には、君があいつをフッたらしいね」
「ふーん……じゃあ、琥珀ちゃんのことは?」
「琥珀ちゃんがどうかしたの?」
「それは知らないのか……じゃあ教えてあげる。私、ついこの間まで琥珀ちゃんのこと苛めてたんだ。悠希の幼なじみって立場が羨ましくて、別れた原因もそれ。酷い女でしょう」
きっとその時の私はとても醜い顔をしていただろう。
本当のことを人に話すという行為は、とても勇気がいる。
私は廈織くんの反応が怖くて、彼の顔を見ることが出来ずにいた。
「軽蔑……した?」
恐れながら聞くと、彼は優しい声で言った。
「君も、ツラかったんだね」
「え?」
予想外の言葉に、私はおどろき顔を上げた。
見つめ合った彼の瞳は、やはり悲しんでいるように見えた。
「私のこと……責めないの?」
「そりゃ、いじめは良くないよ。けれど、君はその行為を反省してるんだろ?」
「それは勿論」
「だったらボクはそれでいいと思うよ。琥珀ちゃんに謝りたいって気持ちがあるのなら、お膳立てくらいはするよ」
私は膝の上で両手を重ね、握っていた。
握る力は少しずつ強くなっていく。
「お願いがあるの」
私には、どうしても出来ないことがある。
「なに?」
「琥珀ちゃんには、本当のことを言わないでほしい。ズルいけど、私はあの子に本当のことを知られたくない」
私に出来ないこと。それは。琥珀ちゃんに真実を語ることだ。
彼女にだけば、本当のことを知られたくない。嫌われたくない。
身勝手な願いだということは承知の上だった。
当然断られるだろうとも思っていた。
廈織くんは少し考えた後、口を開いた。
「いいよ」
「え、本当?」
いい返事がもらえると思っていなかった私は、廈織くんの言葉に目を丸くした。
「本当だよ」
「信じられない……」
「じゃあ嘘じゃないって証明に、ボクの秘密を教えてあげる」
廈織くんはそう言って、私に優しく笑いかけた。
そうして私は、彼の悲しそうな瞳の正体を知る。
「ボクはね、妹のことが好きなんだ」
「え?それってどういう……」
最初は彼の言葉の意味がよく分からなかった。
「そのままの意味。ボクは血の繋がった中学生の妹を一人の女の子として愛してる」
廈織くんの告白は、私の想像を遥かに超えていた。
彼の言っていることはつまり、実の家族を異性として見ているということだろう。
幼なじみが恋をするのとはまた、一つ次元が違ってくる。
廈織くんの悲しげな瞳の正体はこれだった。
彼は分かっているのだ。自分の抱く感情の、とてつもない闇を。現実問題として、血の繋がった兄妹が結ばれる可能性は果てしなくゼロに近いだろう。奇跡的に両想いになれたとしても、そこから始まるのは地獄へ続く茨の道だ。
きっと彼は自分から想いを告げることはないのだろう。
私は瞬間的にそう思った。
「ごめんね、気持ち悪い話して。でも、これでボクの本気が伝わったかな?」
「何かを好きになることが気持ち悪いだなんて、思わないよ。私はもう、アナタの秘密を知った人間だから、そんな顔して笑うのはやめて」
私は泣きそうになるのを堪えながら笑う廈織くんの頬をつまんだ。
廈織くんは驚いた表情を見せながらも、やがて観念したように言った。
「じゃあボクらは、お互いの知られたくない秘密を知ってしまった共犯者だ。そう思わない?」
「共犯者」という言葉に、私は思わず苦笑した。
今の私達にはピッタリの言葉かもしれない。
「うん、そうだね」
そうして私は、真実を闇へ葬るという罪を犯した。
同時に実の妹を愛する共犯者と手を組んだのだった。
次の更新は11月9日の昼過ぎです
8話はこれで終了です
そろそろ廈織くんの秘密を明らかにすることができてよかった……書きたいシーンがあるので、そこに向けて全力前進です!




