7話 3【本音と破局】
一体どこで間違ってしまったのだろう。
正しい選択肢を選んできたはずなのに、どうやらその道はバッドエンドへと続いていたらしい。
一度間違えた問題を、もう一度解くことは許されていない。
人生に、過去を物理的にやり直すという行為は認められていないのだ。
悠希は無表情のまま、彼女の私と対峙していた。
長い沈黙を最初に破ったのは、悠希。
「まさかお前の仕業だとは信じたくなかったけどな。どうしてこんなことしたんだよ……希望」
悠希の部屋に呼び出された私が最初に感じたのは、哀れなものを見るような冷たい視線。一瞬で全てを理解した私は、座った瞳を悠希へと向けた。
完全犯罪をしようとしたわけではない。少し調べれは、琥珀ちゃんへ嫌がらせをしたのが誰なのか、すぐに分かるように私はあえて何も難しい隠蔽工作はしていなかった。
今まで気づかれなかったのが不思議なくらいだ。
私は正座をしながら両腕を組み、いつもより低い声でようやく言葉を発した。
「どうして?聞いてどうするのよ」
人を威圧するような声色に、悠希の肩がピクリと動く。
「俺は理由を知りたい。どうしてお前があいつにこんなことをしたのか。原因は何なんだ?」
悠希の言葉に私は嘲笑した。
「元凶が何言ってんの?」
悠希は酷く動揺しているようだった。
首をひねるばかりの悠希に私は大きな溜息をついた。
「全部あんたが悪いのよ。口を開けば琥珀、琥珀って。私があんたたちのことを一番気にしてたの知ってるくせに、酷いよ」
わっ、と泣き出してみせた私に悠希はただじっと泣き崩れる私の姿を見つめていた。
「私から好きって告白したから、ずっと不安だった。中学の時も、高校に入ってからも、本当は私のことをそんなに好きじゃないのかなって思って、悩んでいっぱい泣いた。それなのに、悠希は何も気が付かなかったでしょう。私から告白したから、私だけが悠希を好きだったから、ずっとさびしかったの」
感情が溢れて止まらない。
今まで必死に築きあげてきたものが一瞬で崩れ去っていく様はとても滑稽で、思わず自分で自分を笑いそうになった。
なんてバカな恋をしたのだろう。そう思った時にはすでに恋の温度は冷め、盲目の怖さを身を持って知ることとなった。
悠希は私の心の叫びを静かに聞いていた。
「ねえ、答えて。こんなになっても、あなたの幼なじみを傷つけるような彼女でも、それでも私のことが好きだって言える?本当の私を好きって言ってくれる?」
「……」
予想通りの反応に、私は満足そうに首を縦に振った。
「……別れよっか、私たち。今まで保った方だと思うよ。初めてのお付き合いにしては、上出来だったんじゃない?」
皮肉を込めて笑う私に悠希はよくやく口を開いた。
「ちょっ、別れるって、本気なのかよ」
触れようと伸ばした悠希の手を、私は容赦なく叩き落す。
「私、もう悠希と付き合える自信がない。一緒にいるのが苦痛になってしまったら、もうそばになんていられないでしょう」
「……そうか」
一方的な、彼を傷つける言葉だということは十分に分かっていた。
けれど全てを知られてしまった今、もう昔のように何も知らずに笑うことはできない。
本当はこんな日が来ることを待ち望んでいたのかもしれない。
独りよがりに恋愛に終止符を打ちたくて、自ら選択肢を違えてきたのかもしれない。
なんて自分勝手で酷い話。
けれどこんな中身が本質に近いのだということは、紛れもない事実だった。
私はいつも、自ら破滅を選んでばかりだ。
「……さよなら」
たった一言。なんてあっけない終わりだろう。
「ごめんな」
悠希の放った言葉に私は返事をせず、逃げるようにその場を立ち去った。
彼の放った一言は、私が今最も聞きたくない言葉だった。
全ての元凶は私。謝らなければいけないのは、私の方なのに。
謝罪してほしかったわけではない。本当は「行くな」と引き留めて欲しかった。
私の全てを知った上で、それでも好きだと言ってほしかった。
私の心を占めていたのは、そんな醜い感情たちだった。
自分が嫌になる。
私は今にも爆発してしまいそうな感情を必死に堪え、暗い夜道を足早に歩いた。
途中、唇を強く噛み過ぎて出血してしまったが、痛みを感じる余裕はなかった。
口内に広がる血液の味が「生きている」現実を突き付ける。
どんない苦しみ、悲しみ、のたうちまわっても、それは人生を「生きている」結果に過ぎない。
ツラいのは、選択肢を間違えてしまった。それだけ。
自宅に着いた私は玄関でお姉ちゃんと鉢合わせた。
既に成人しているお姉ちゃんは、ラフな格好で、片手には財布を手にしていた。
「おかえりー。こんな時間にどこ行ってたの?危ないから夜遊びもほどほどに……希望?どうした?」
お姉ちゃんの姿を見て、私はその場で固まってしまった。
眉間に力を入れ、切れた唇をさらに強く噛む私の姿に、お姉ちゃんはただならぬ気配を感じ、優しく声をかけた。
次の瞬間、私の中で何かが切れた。衝動的にお姉ちゃんへ抱き着くと、声を上げて泣いた。
「うわああああああああああっ!!お姉ちゃあああああああああああんっ……ひっく」
「ちょっ、何!?」
お姉ちゃんは突然泣き出してしまった私に困惑しながらも、優しい手つきで背中を擦ってくれた。
「おーよしよし」
まるで小さな子をあやすようにふざけ半分で私をなぐさめるお姉ちゃん。
深く事情を追及しようとしないお姉ちゃんの思いやりが、私には本当にありがたかった。
その日、私は自らの手で最愛だった恋人に別れを告げ、初めての恋に終止符を打った。
次の更新は夕方5時過ぎの予定です。
明日からは少し更新ペース落ちますので今日は2回更新です
感情爆発させるシーンは書いていて楽しいです