4242話
レイは土砦の中の通路を進んでいた。
先程のリーダーやアサシン、それと通常のレッドキャップとの戦闘のあった小部屋から出て、既に十五分程は進んでいるのだが……
(あれ? そろそろ何かあってもいい頃だと思うんだが)
それなりに時間が経っているのに、未だに特に何もないことを疑問に思うレイ。
敢えて先程までとの違いを挙げるとすれば、通路が若干……本当に若干だったが、広くなっているといったことか。
拳半分程通路が広くなっているのが、レイにとってどういう意味があるのかと言われれば、本人にしてみれば正直なところ微妙だったが。
勿論、狭いよりも広い方がいいのは間違いない。
「おーい、そろそろ何かあってもよくないか? こうして、ただ歩いているだけだとつまらないんだけど」
意味がないと分かっていても、レイはそう声を出す。
何らかの方法でレイの行動を把握している敵……恐らくはレッドキャップの希少種や上位種がいる筈だ。
それが具体的にどのようにしてそのようなことが出来ているのかは、レイには分からない。
分からないが、それでもそのようなことが出来ている以上、もしかしたら自分が出した声が聞こえているのかもしれないと、そう思ったのだ。
……もっとも、レイの言葉を敵が聞いていたとして、それをレッドキャップが理解出来るかどうかは別だが。
何しろレイもレッドキャップの言葉は理解出来ないのだから。
レッドキャップの声は、それこそ叫び声、悲鳴、怒り……そんな種類だというのは何となく分かるものの、それが具体的にどのような意味を持っているのかとなると、分からなかった。
あるいはモンスターの研究が進めば、レッドキャップが……いや、レッドキャップに限らず、モンスターが何を言っているのか分かるようになるかもしれないが。
(いや、無理か)
日本にいた時のことを思い出し、レイはそう考える。
このエルジィンとは比べものにならないくらいに技術の進んでいた日本……そして地球においても、動物が何を言いたいのかはっきりと分かるといったことは出来ていなかったのだから。
態度である程度どのように思っているのかは分かっていたが、それだって大雑把なもので……レッドキャップが怒り狂って鳴き声を上げているのを見て、あるいは悲鳴を上げながら逃げるのを見て、何を言いたいのか、どのように思っているのかを把握することが出来るといったようなものでしかない。
正確に何を言いたいのかというのは、分からない。
(あ、でも犬や猫の鳴き声を聞いて、何を言いたいのか機械に翻訳させるとか、そういうのを何かで見たな。……まぁ、それだって詳細に犬や猫の気持ちが分かる訳ではないし、何よりもそれが正しいのかどうかすら分からないんだけどな)
そんな風に思いつつ、それでももしかしたらこの世界では可能かも? とも思う。
実際にこのエルジィンが日本より遅れているのは間違いない。
間違いないが、エルジィンには日本……いや、地球にはないものがある。
それが魔力であったり、マジックアイテムであったり、魔法であったりといったような諸々だ。
そうである以上、科学力ではどうしようもないことを、このエルジィンという世界ではどうにか出来るかもしれない。
(そうなると、一番可能性が高いのはマジックアイテムの類だろうな。地球では到底不可能なこともマジックアイテムなら普通に出来たりするし)
例えば、レイの持つ多くのマジックアイテムは、地球にある科学力では出来ないことが出来るようになっている。
具体的には、ミスティリングやデスサイズ、スレイプニルの靴、ネブラの瞳、マジックテントといったところが、その典型だろう。
容量無限のミスティリング、重量をレイとセトだけに感じさせず、魔石を切断してスキルを習得するデスサイズ、空中を踏むスレイプニルの靴、魔力で鏃を作り出せるネブラの瞳、空間が拡張されているマジックテントといった具合に。
とはいえ、地球の技術で再現可能なマジックアイテムがあるのも事実だったが。
例えば、ドラゴンローブなんかはそうだろう。
耐久性が非常に高く、刺突や斬撃にも耐性があり、熱さ、寒さにも耐性があり、簡易エアコン機能もある。
……もっとも、出来るか出来ないかで言えば出来るのだろうが、そのコストが一体どれだけのものになるのかは、レイにも全く分からなかったが。
「そんな訳で……どんな訳で? とにかく、そろそろ動きがあってもいい頃だとは思わないか?」
誰にともなく、言うレイ。
だが、当然のようにそんなレイの言葉に反応はない。
「いやまぁ、さっきの小部屋で俺を待ち受けるように準備するくらいの判断は出来る相手なんだし……こっちの様子を確認してるのは間違いないと思うんだけどな」
そう呟いたのがある意味でフラグになったのか……そこから更に数分程歩いたところで、かなりの大きさのホールに出る。
それがただのホールなら、レイもそこまで気にするようなことはなかっただろう。
だが、ホールの中に三本ものレッドキャップの木があるとなれば、話は別だった。
そして……そんなレッドキャップの木を守るように、結構な数の……それこそ数百匹単位のレッドキャップが待ち構えていた。
レッドキャップの能力を、そして先程のホールでの戦闘を考えれば、レイを相手に数百匹程度でどうこう出来る訳ではないのは明らかだ。
それは当然ながらレッドキャップの指揮を執っている個体も十分に理解はしているのだろう。
だからこそ、このホールを……正確にはホールにあるレッドキャップの木を守る為に用意されていたレッドキャップ達は、どれもが普通……通常のレッドキャップではない。
それこそ、その大半が鎧を装備した……先程の小部屋でレイが倒した、リーダーだったのだから。
(ここで待ち伏せていたのは分かる。分かるが……けど、それなら何だってさっきの小部屋に?)
このホールに続く通路の途中にあった小部屋で待ち構えていた、リーダーとアサシン、それと通常のレッドキャップ達。
このホールでこうして待ち構えているのなら、わざわざあの小部屋でレイを待ち伏せする必要はなかった筈だ。
最初、あそこでレイがリーダー達と遭遇した時は、あの小部屋に重要な何かがあるのかとも思ったが、そんなレイの予想は外れている。
実際にはレッドキャップ達の残骸で汚れていて調べたいとは思わなかったので調べていなかったが、こうしてこのホールで大戦力がレイを待ち伏せしていたのを思えば、そんなレイの予想は決して間違ってはいないだろう。
そうなると、やはり何故わざわざあの小部屋でレイを待ち伏せていたのかといった疑問がある。
もっとも、レイにしてみればそういうものだと言われれば納得するしかなかったが。
(独断専行とか、そういう感じか? ……レッドキャップはゴブリン系なんだし、そう考えれば分からないでもないけど)
ゴブリンは自分の利益こそが最優先だ。
自分の利益の為なら、仲間が間近で死んでいても特に気にしたりはしない。
いや、むしろ仲間が死んで自分の利益になるのなら、喜んで死ねといったようにすら思う。
レッドキャップはそんなゴブリン系のモンスターであると考えれば、仲間を見捨てるとまではいかずとも、自分が手柄を挙げて有利な立場になると考えてもおかしくはなかった。
寧ろ仲間を見殺しにして自分が利益を得るといったようなゴブリンよりは、大分マシな反応なのは間違いないだろう。
……もっとも、それが結果として先程のような抜け駆けであり、結局それで手柄を挙げることなく死んでしまったのはどうかとレイも思わないでもなかったが。
「ともあれ、あの小部屋での戦闘が終わって、今まで全く戦闘がなかったのは……つまり、ここで待ち伏せていたからという訳か。単純に戦闘に適した場所がなかったというのもあるだろうけど」
そうレイが言うものの、当然ながらレッドキャップ達はそんなレイの言葉に反応する様子はない。
そもそもレッドキャップ達はレイの言葉を理解出来ていないのだから、当然のことではあった。
ただ、ギョギャ、ギャアア、ギャースといったように、それぞれに鳴き声を上げているだけでしかない。
……あるいは、それがそもそもレイを相手にする時に他の者達の士気を上げるために、やってやるぞとか、敵は倒すのみだとか、そういったことを口にしているのかもしれなかったが。
「まぁ、そういうのは俺には関係ないか。……俺がやるのは、敵を倒すまで。っと!」
呟くレイを狙い、矢が飛んでくる。
それをレイは、待ち伏せしていたレッドキャップの集団を見た時にミスティリングから出していたデスサイズと黄昏の槍で斬り落とす。
(なかなか)
レイがそう感嘆の声を口にしたのは、レイを狙って射られた矢の速度と鋭さ、そして狙いが通常のレッドキャップと比べても明らかに上だったからだ。
これまで多くのレッドキャップと戦ってきた経験からすると、レッドキャップはその小柄さの不利をなくするためにゴブリンよりも頭がいいし、小柄な体格だからこそ不利な近接戦闘は基本的に避け、遠距離から弓で攻撃するといったのが標準的だった。
ただ、その小柄さからか、弓の威力はどうしても人が使う物に比べると劣るし、飛距離も当然のように劣っていた。
だが、今こうしてレイに斬り落とされた矢は、人が……それもある程度の実力を持つ冒険者が射る矢と比べても遜色ない程度の速度を持っていた。
つまり、今の矢を射った個体はそちら方面での……アーチャー系としての希少種や上位種といったことになる。
(あ、でも外で戦っていた時もそれっぽいのがいたか?)
かなりの激戦……というよりも、一方的にレイが蹂躙し、だというのに土砦からレッドキャップの援軍が現れ続けるという厄介な戦いだったが、今の矢に近い威力の一撃は、その時に経験した覚えがあった。
勿論、アーチャーは一匹だけではなく他にも多数おり、牽制……というよりも、先制攻撃的な意味で次々と矢が射られる。
勿論遠距離攻撃の手段は弓だけではなく、炎や氷、風、岩といった様々な魔法も飛んでくる。
(メイジも結構いる訳か。……いや、出来ればメイジの希少種や上位種がいてくれると、こっちとしては嬉しいんだけどな)
そんな風に思いつつ、レイは走り出す。
ただし、前にではなく横にだ。
今この時、真っ直ぐ前に出るというのも、レイなら問題なく出来るだろう。
だが、より安全な方法となると、横に走るというものだった。
とはいえ、横に走っている以上は攻撃をしているレッドキャップ達も、希少種や上位種ということもあってか、進行方向に攻撃をするといったこともする。
レイはそうさせない為に、移動する速度に緩急をつける。
それによって、レッドキャップ達が恐らくこの位置にいるだろうと思って放たれた一撃も、そう簡単にレイに命中するといったこともない。
勿論緩急と一口に言っても、緩急の速度そのものも一定という訳ではない。
全速力の七割、六割、五割、四割……それだけではなく、七割半ば、六割強、五割弱……といった具合に、速度の違いもかなりある。
だからこそ、弓や魔法、場合によっては槍や石、泥玉を投擲するレッドキャップ達の攻撃はそう簡単にレイには命中しない。
次々に放たれる攻撃は、次々にレイに命中させようと放たれるも、その多くが……いや、全てがあらぬ場所に命中していく。
(というか、これ……大丈夫か?)
土の槍を、風の刃を、水の玉を回避しながら、レイは少しだけ不安に思う。
自分に攻撃が命中するといった心配は一切ない。
だが、レイに向かって放たれた攻撃のうち、地面に命中したのは特に問題はないものの、土砦の壁に命中しているのを見て不安に思ったのだ。
このまま攻撃を続けられ、土砦の壁により多くの攻撃が命中した結果、土砦の頑強さに問題が起きる可能性は十分にあった。
今は問題ないものの、そのうちこの土砦に対するダメージが原因となって、土砦そのものが崩壊しかねないのではないかと、そのように思ったのだ。
レイが土砦について心配する必要はないものの、こうして自分が土砦の中に自分がいる時に土砦が崩壊するのは当然のように困るし、それ以外にもお宝の類が埋まってしまうのも困る。
土砦の中を捜索している時に見つけた宝石などがそれに当たる。
レイにしてみれば、宝石そのものはそこまで自分が欲している物ではない。
欲している物ではないが、だからといってそれがあると分かっているのに土砦が崩落するというのは納得出来ないところがあるのも事実。
そんな訳で、レイは少しだけ早いか? と思いつつ、次の行動に出ることにするのだった。




