4240話
「うーん……本当に何もないな。道も狭苦しいし……いっそもう、土砦から脱出して、セトと合流して二十二階に行くか? いや、けどな。ピラミッド状の通路の方もまだ探索が途中というのを考えると、それはそれで……悩ましい」
通路を歩きつつ、レイはこれからどうするべきかを考える。
土砦の通路はレッドキャップ用に作られている為に決して広くはない。
通路の中でも広い場所……外に出るような通路の場合は、レッドキャップがスムーズに行動出来るようにか、それなりに広く作られている。
もっとも、それでもレイが両手を左右に伸ばすと、壁に触れるかどうかといった程度の広さなのだが。
だが、今こうしてレイが歩いているのは、いわゆるメイン通路とでも呼ぶべき場所ではない。
その為、通路は当然のようにメイン通路よりも狭くなっており、両手を自由に広げられない程度の広さしかない。
レイが小柄だからこそ、この通路を進むことが出来ていた。
もし筋骨隆々の男がこの土砦に入ったとして、恐らくこの通路を通るといったことは出来ない……ことはないかもしれないが、場合によっては壁を破壊しながら進むといったようなことになりかねない。
その為、レイも通路で使っていたデスサイズはミスティリングに収納し、現在手に持っているのは黄昏の槍だけだ。
デスサイズも石突きを使えば槍として使えるのだが、ここまで通路が狭くなってしまうと、さすがに二mもの刃が邪魔になってしまう。
いざ戦闘となった時、刃によって自分が怪我をするか……あるいは意図せず土砦を傷つけ、周囲を破壊する、あるいはそれによって動きが鈍り、レッドキャップにその隙を突かれるといった可能性も十分にあった。
……黄昏の槍もまた、この狭さになると周囲に影響を与えないようにするとなると、払いといった攻撃方法は難しい。
やろうと思えば出来なくもないが、それでもこれからのことを思えば、やはりここは槍の基本……突きをメインにするべきなのは明らかだった。
「そろそろ、また何か別の部屋とかそういうのが見つかったりしないかな。レッドキャップの木のある場所とか、そういう部屋でもいいんだけど」
自分で意図してフラグを立てるレイ。
いつもの自分であれば、こうしてフラグを立てると、それに反応するかのようにすぐに何かが起きるというのを理解しての言葉だったが……
(駄目か)
フラグを立てるような言葉を口にしたというのに、特に何かが起きる様子はない。
そのことを残念に思いつつ、レイは足を進める。
そのまま歩き続け、数分が経過し……
「うん?」
狭い通路を歩き続けていたレイだったが、ふと気配を感じた。
それは、前方。
「これは……見つけたか?」
小声で呟き、通路を歩く足を速める。
だが、そうして通路を進むレイだったが、若干の不安……もしくは不満がそこにはあった。
何しろ今のこの状況において、敵であるのはほぼ確実だろう気配を察知したのだ。
つまり、このまま真っ直ぐ進み続けた場合、この狭い通路で戦わないといけなくなるという可能性がそこにはあった。
(どうする? 先手を打つか? いや、けどこの状況で一体どうやって先手を打つ? この通路がもっと広いのなら、俺としても対処のしようはあるんだが……この土砦、しかもその中でもこれだけの狭さとなると、対処するのは難しい)
何しろ、両手を十分に広げることも出来ないような狭さなのだ。
レッドキャップにしてみればそれなりに戦えるかもしれないが、小柄なレイであってもここで十分に実力を発揮するのは不可能だった。
(となると……効果はあるかどうか分からないし、そもそもどこまでの威力を発揮するのかは分からないけど、黄昏の槍を投擲するべきか)
勿論、この状況で投擲するのは別に黄昏の槍でなくてもいいだろう。
だが、下手に壊れかけの槍を投擲した場合、それこそこの先の気配の持ち主……待ち構えているレッドキャップの群れに与えるダメージが小さいと、そう思えたのだ。
そのような壊れかけの槍と違い、黄昏の槍なら敵に突き刺さった瞬間に壊れるといった心配はない。
それこそ、複数のレッドキャップを殺すことが出来るだけの威力を持つ。
だからこそ、レイがここで選んだのは黄昏の槍を使って攻撃するといった方法だった。
それが具体的にどれだけの成果を挙げるのか、レイには分からない。
幸いなことにレイのいる通路は一本道で、この先で待ち構えているのだろうレッドキャップの群れまで、特に何か遮るようなものはない。
であれば、ここは黄昏の槍の投擲が最大限に効果を発揮する筈だった。
(スキルを使うといった手もあるけど)
レイは手にした黄昏の槍ではなく、ミスティリングに収納されているデスサイズについて思い浮かべる。
多種多様なスキルを使えば、この状況からどうにかなるかもしれないと思うものの、黄昏の槍とスキルのどちらが現在は相応しいのかと言われると、レイとしても即座にどちらといったように判断は出来ない。
なので、取りあえず今は直感に従って黄昏の槍を構え……そして、投擲する。
狭い場所なので、万全の投擲とはいかない。
体勢的にも、威力的にも中途半端な一撃ではあったのだが……それでも、投擲された黄昏の槍は真っ直ぐ空気を貫くようにして前方に飛んでいく。
黄昏の槍を投擲した後、すぐにレイはそれを追う。
当然のようにレイの走る速度では投擲した黄昏の槍に追いつける筈もない。
ただでさえ現在レイがいるのは、両手を完全に伸ばすことも出来ないような狭い通路なのだから、全力で走ることが出来る筈もなかった。
ただ、これはレイも全てを知った上での行動だ。
その為、レイも自分が投擲した黄昏の槍に追いつけるとは思っていない。
(気配は感じてたけど、こうして通路が真っ直ぐに進んでいたのは助かったな)
走りながら、レイはそう思い……
「ギャギャアアアア!」
「ジャギャ、ジャッギャ!」
「ギュゴロニョス!」
前方から不意にそんな悲鳴が聞こえてくるのを聞き、走りながら笑みを浮かべる。
レッドキャップの気配を感じた時から、この通路が真っ直ぐだというのは分かっていた。
分かっていたが、正確にはそれでも真っ直ぐとはいえ、それはレッドキャップが、あるいはダンジョンが作った土砦の話であって、例えば国が作った砦のように本当の意味で真っ直ぐに続いている訳ではない。
それこそ、脇道や分岐路の類はなくても、道が歪に曲がっていたりといった可能性は決して否定出来ない。
レイもその辺については考えていたので、通路の真ん中を通るように投擲したつもりだった。
それでも万が一ということがある為に、もしかしたらレッドキャップの群れに黄昏の槍が突っ込むようなことはせず、壁に突き刺さる……いや、壁を貫通して、レッドキャップがいるのとは別の方向に飛んでいくのではないかと、そう心配もした。
しかし幸いなことに、こうしてレッドキャップの悲鳴が聞こえてきたことからも分かるように、投擲された黄昏の槍はレイの狙い通りレッドキャップの群れに突っ込んだのは間違いないらしい。
してやったりといった笑みを浮かべるレイ。
(この先で待ち受けていたレッドキャップ達にしてみれば、完全に予想外だったんだろうな)
レイの予想では、レッドキャップの群れはレイがこの通路で身動きが取りにくくて動きにくいところを、狙う。
そう思っていたので、その裏を突いたのだ。
(とはいえ、この気配からしてレッドキャップはかなりの数が集まっていた筈だ。そうなると、俺がこの通路にいるというのを何らかの手段で知って、この先で待ち伏せするといった判断が出来る希少種や上位種がいる訳だ)
もっとも、それはそこまで驚くようなことではない。
少し前に大量のレッドキャップがレイを狙い、レイが戦闘のしやすい場所ということでホールに向かったのだが、襲ってきた大量のレッドキャップはホールにいるレイの位置を完全に把握していた。
……それこそ、対のオーブのような何らかの通信手段でも持っているのか? と思えるくらいの統率された動きによって行動していたのだ。
レイの位置を把握し、レッドキャップ達に何らかの方法で指示を出すといった能力がなければ、そのようなことは不可能だ。
あるいはレイが知らない、何らかの手段を使ってそのようなことをしている可能性もあったが。
ともあれ、そのようなことが出来る希少種や上位種がいるのなら、それこそこの状況でレイがどこにいるのかを把握し、その進行方向で待ち伏せるといったことが出来ても、おかしくはないのだから。
「見えたっ!」
そして、走っているレイの視界にレッドキャップの群れが見えてきた。
ホール……という程に広くはないものの、小部屋くらいの大きさの部屋に通路は繋がっており、その部屋の中でレッドキャップの群れはレイを待ち伏せしていたらしい。
(いや、それはそうなるか)
現在レイがいる通路はレッドキャップにとってはそれなりの広さがあり、少し行動する程度なら特に邪魔にはならないかもしれない。
だが、やってくるレイを待ち受けるとなると、当然ながら少し行動するといった程度ではどうにもならない。
そうなると、必然的に必要なのは相応の広さを持つ場所となる。
まだ離れた場所からレイが見た感じでは、宝石があり、アサシンが襲ってきた部屋と比べてもまだ少し狭いといったくらいに思える。
実際にどうなのかは、残念ながらレイには分からなかったが。
ただ、こうして見た感じだとそのように見えたのは間違いなかった。
そして通路ではなく、多少なりとも広い……レイが攻撃することが出来るような部屋だというのは、レイにとっても戦いやすい場所なのは間違いなかった。
何しろレイがデスサイズではなく黄昏の槍を持っていたのは、狭い通路での戦いではそちらの方が間違いなく戦いやすいと、そのように思ったからなのだから。
だからこそ、レイにしてみればこのような場所で待ち受けてくれるのなら寧ろ感激すべきことだった。
(とはいえ、疑問は残るけど)
部屋の中に突っ込むと同時にミスティリングからデスサイズを取り出し、周囲の様子を確認しながらデスサイズを振るい、部屋の中に入ったばかりの場所にいたレッドキャップ達を纏めて斬り払う。
とはいえ、レッドキャップは人より小さなゴブリンの半分程しかない。
デスサイズを振るう際にも、普通に振るうだけではレッドキャップを斬り殺すのは難しい。
その為、手の中で握るデスサイズの柄の角度と手首の角度。この二つが重要な意味を持っていた。
(正面は、さすがにいないか)
黄昏の槍による攻撃によって、小部屋の中に入ってすぐの正面にいるレッドキャップ達は、ほぼ全て死んでしまっている。
貫かれ、爆散され。
……幸運な個体は、黄昏の槍が仲間に命中した衝撃で吹き飛ばされ、生き残ってはいたが。
それでもすぐにレイとの戦闘に復帰するのは、まず無理なのは間違いなかった。
「ギャビィッ!」
そんな中、真っ先に鳴き声を上げて動揺する他のレッドキャップ達の統制を取り戻した個体がいた。
その鳴き声に普通のレッドキャップとは違うものを感じたレイは、声のした方に視線を向ける。
するとそこにいたのは、他のレッドキャップとは明らかに違う個体だった。
具体的には、鎧を装備している。
普通のレッドキャップが装備……というか着ているのは、腰蓑だけだ。
そんなレッドキャップ達に対し、その個体は鎧を装備しているのだから、明らかにレイが探していた希少種や上位種なのは間違いない。
「見つけた」
そう呟き、地面を蹴ったレイは即座に鎧を着たレッドキャップに向かう。
(ジェネラル? いや、鎧は着てるけど、フルプレートメイルとかそういうのじゃなくて、普通の鎧だ。となると、部隊長的な……リーダーって感じか?)
鎧を着たレッドキャップ……レイ曰く、レッドキャップリーダーとの間合いを詰めながら、レイは頭の片隅でそんなことを考える。
勿論、リーダーの方も自分に向かってくるレイの存在には気が付いており、だからこそそのままにするといったことはしない。
「ギョギャギャギィッ!」
鳴き声で他のレッドキャップに向けて指示を出す。
しかし、当然ながらレイにはその鳴き声が一体どういう意味を持っているのかは分からない。
もっとも、この状況で出す指示なのだから、攻撃を防げとか、あるいは攻撃しろと言ってるのだろだろうと思い……だが、遅い。
指示を受けたレッドキャップが実際に行動するよりも前にレイはリーダーの側まで移動しており……手にしたデスサイズを振るうのだった。




