4236話
「鍵を出す……のは、止めておいた方がいいか」
二十一階にある土砦。
その中でもレッドキャップの木と同じホールにあった、二十二階に続くのだろう階段。
だが、今までと違って階段は途中で扉によって移動出来なくなっていた。
その扉を調べていたレイだったが、扉にある鍵穴の様子を見る限りでは、レイがピラミッド状の通路で見つけた美術品や芸術品と呼ぶに相応しい鍵とその鍵穴が合っているように思えた。
勿論、レイはその手のことに決して詳しい訳ではない。
色々な経験がある分、素人よりは少しマシといった程度でしかないだろう。
だが、だからこそ、そんなレイが見て鍵と鍵穴が合っているというのは、そこまで正確な予想ではない。
レイ本人もそれが分かっていたので、自分の意見はあくまでも参考程度にしておく。
もっと詳細に調べるとなると、実際にミスティリングに収納してある鍵を取り出して、実際に鍵を開けなくても鍵穴に鍵が入るかどうかを確認してみるといった手段もあるにはあるが……ここがダンジョンで何があるのか分からないとなると、レイとしてはそれを試そうとは思えなかった。
「よし、じゃあ別の……うん?」
別の場所に行くか。
そう言おうとしたレイだったのだが、レイがそれを言い終わる前にリィ……ンといった音が聞こえてくる。
風鈴の音に近いような、それとも全く違うような……そんな音。
この状況でこのように音が聞こえてきたのだから、それがどこから聞こえてきたのかはレイにも容易に想像出来た。
つまり、目の前の扉以外の選択肢は、レイの中には存在しない。
「とはいえ、それはそれで分かったけど、具体的にはどんな意味があっての音だ? ……この音にはあまり良い印象はないんだけど」
夏の風物詩として知られている風鈴だが、レイが日本にいた頃、両親が何かで貰ってきた風鈴を、レイにくれた。
その時はレイも特に風鈴に思うことはなく、夏の風物詩ということで部屋に……正確には窓の外に飾ったのだが、レイが住んでいるのは山の近くで、それなりに風が強い。
結果として何が起こったのか。
夜、寝る時にチリン、チリン、チリリリリン、チリン……と、ずっと風鈴の音が部屋に響いていたのだ。
夏であっても、山の近くにあるということで、夜になればエアコンをつけなくても網戸で十分に涼しい。
……場合によっては、寧ろ寒いと感じることすらあるのだが、生憎とその時は窓を開けて網戸にして寝るくらいがちょうどよかったのだが……夜になっても、夜中になっても、朝方になっても、チリン、チリン、チリリリリンと風鈴は鳴り続け、結果としてレイはその夜は少し寝たと思ったら風鈴の音で目が覚めるといったことを繰り返し、寝不足となってしまう。
翌日には風鈴を取り外したのは、言うまでもないことだった。
そんな風鈴に近い音が扉から聞こえてきただけに、レイとしては決して愉快な気持ちにはなれない。
あるいは、もっと違う場所、違う状況で聞こえてきたのなら、もう少し違う感想を抱いていたかもしれないが、残念ながら今のレイにとって扉から聞こえてくる音は決して心地良いものではなかった。
「とにかく、離れるか」
扉が音を鳴らしたということは、そこには何らかの意味がある筈だった。
それが具体的にどのような意味のある音なのかは、レイにも分からない。
ただ、こうして扉の近くに自分が……鍵を持っている自分がいるのは、好ましいことではないだろう。
鍵はミスティリングに収納してあるものの、そこから取り出すことが何らかの影響を与えるといったことを考えると、とてもではないがここでそのようなことをしようとは思えない。
音を鳴らしている扉から、一歩、二歩と離れる。
……もしかしたら、本当にもしかしたらの話だが、鍵を持つ――ミスティリングに収納されているが――レイを逃がさないと扉が何らかの反応を示すのかと警戒もしたのだが、幸いなことに特に何かそれらしい反応を示すようなことはなかった。
そのことに安堵しつつ、レイは踊り場から階段を上がっていく。
そうしてホールに戻り、その上で更に階段から十分に距離をとったところで、ようやく安堵の息を吐く。
「ふぅ」
そうして安堵しつつも、決して警戒は解かない。
もしかしたら、また何か自分にとって予想外のことが起きるかもしれないと、そう思った為だ。
しかし幸いなことに、階段から距離を取ったレイに何かが起きるようなことはない。
自分の安全を確認した上で、レイは改めて周囲の様子を見る。
このホールに入ってきた時は、レッドキャップの木があったこともあってか、ホールが少し狭苦しく感じたのだが既にレイの手によってレッドキャップの木は伐採され、ミスティリングに収納されていることもあってか、かなりホールは広く見える。
「これなら、セトもこのホールの中でなら普通に行動出来るな。……ん? ちょっと待った」
このホールの広さならセトも窮屈には感じないだろう。
そう思っていたレイだったが、ふと疑問を抱く。
レイはセトと共にダンジョンを攻略している。
それは現在、土砦の外でセトがレッドキャップの群れを相手に戦っているのをも見ても明らかだろう。
そのようなことをしてるのは、土砦の中にいるレッドキャップの数を可能な限り減らそうということを考えての行動でもあったが、元々レッドキャップが行動するのに相応しい形で作られている土砦なので、レッドキャップの小ささから考えるとセトが土砦の中に入るのが難しいからというのも大きい。
一応セトにはサイズ変更というスキルがあるので、土砦の中にどうしても入れないということはないのだが……それでもやはり、セトにしてみればスキルを使って身体の大きさを変えるよりは、スキルを使わない素のままの方がいいと思うのは当然だろう。
二十一階に到達した件について、レイに接触しようとした者達から隠れる為にセトはサイズ変更を使って手乗りセト――と呼ぶには少し大きかったが――になることで、セトという目立つ存在を目印にレイに集まって来るのを防いだ時は、身体が小さくなったセトもずっとレイに抱かれていたり、あるいはドラゴンローブの中に隠れていたりしたので、特に身体を動かす必要もなかった。
だが、この土砦の中でとなると、話は違ってくる。
何しろどこからレッドキャップが現れるか分からないのだ。
そしてレッドキャップが現れれば、当然のようにセトもレッドキャップと戦う必要がある。
その時、小さくなったせいで身体が動かしにくくなった場合、どうなるか。
それは考えるまでもないだろう。
(とはいえ、だからってレッドキャップがセトにダメージを与えられるとは到底思えないけどな)
レイもレッドキャップの能力の全てを知っている訳ではない。
それこそ場合によっては、希少種や上位種といった存在がレイやセトには思いも寄らない攻撃をする可能性は十分にあった。
その辺りのことを考えれば、レイとしてもサイズ変更を使った小さなセトと一緒に土砦の中に入りたいとは思わない。
(そうなると、セトは大きいままこのホールに入る必要がある訳で……だとすれば……)
どうするべきかと考えたレイの視線が向けられたのは、このホールの……いや、土砦の天井部分。
この土砦が具体的にどのくらいの強固さを持っているのか、レイは分からない。
それこそ実際に攻撃してみないと分からないことだった。
それでも土砦とレイが呼んでいるように、ここは土で出来た砦だ。
勿論、防御能力も考えれば、ただ適当に土を積み上げて、あるいは掘って作った訳ではないだろう。
例えレッドキャップであっても、水や草を混ぜることによって頑丈にするといったことくらいは考えてもおかしくはない。
(あくまでもそれは、レッドキャップがこの土砦を作ったらという前提での話だが)
今のところ、レイはまだこの土砦がダンジョンが作ったのか、あるいはレッドキャップが作ったのか、その辺りはしっかりと答えを出していない。
レッドキャップが作ったとすれば、ゴブリンの系列であるレッドキャップにこのような土砦を作ることが出来るのかといったように思えるし、ダンジョンが作ったとすれば、何故レッドキャップが使うのに丁度いい感じになっているのかといった疑問がある。
どちらの選択も決定打に欠けているというのが正直なところだった。
「とにかく、セトがサイズ変更を使わないで、この階段を使って二十二階に行くとするとなると……やっぱり天井だろうな。そうなると、俺もかなり楽が出来るし」
もしセトが土砦の天井を破壊して階段のあるこのホールに直接来ることが出来るのなら、レイが土砦の正門――と呼んでいいのかどうかは微妙なところだったが――から中に入り、狭く複雑な道を通ってわざわざここまで来る必要はない。
それこそセトの背に乗って土砦の天井を破壊して直接ここに来ればいいのだから。
(ただ……そうなると、土砦が本当に無事なのかといった疑問があるんだよな)
もしこの土砦がダンジョンの作ったものであったら、セトが通れるくらいに天井を破壊したくらいなら、特に問題はないだろう。
だが、レッドキャップが作った場合……天井を破壊するようなことをすれば、それこそ土砦全体が破壊される可能性が十分にあった。
そうなると、ダンジョンの修復機能があっても、レッドキャップが作った土砦なのだから、修復範囲外だろう。
それはレイにとって……いや、レイだけではなく、現在レイ達以外でこの階層を探索している久遠の牙にとっても迷惑極まりないことだろう。
その辺りの事情を考えると、天井を破壊するというのは慎重に行う必要があるのは間違いなかった。
「とにかく、いつまでもここにいても意味はないし、これからどうするべきかを考えた方がいいか」
レイにとってこのホールが非常に興味深かったのは間違いないものの、だからといっていつまでもこのホールにいる訳にはいかない。
この土砦の中で見つけるべき最大の標的……レッドキャップの希少種や上位種は未だに殆ど見つけることが出来ないのだから。
もっとも、代わりにという訳ではないが、レッドキャップの木と二十二階に続く階段を見つけることは出来たのだが。
(もしかしたら……レッドキャップの木を放っておけば、そこから希少種や上位種が生まれた可能性もあったのか? だからといって、放っておく訳にはいかなかったけど)
そんな疑問を抱くレイ。
希少種や上位種は非常に……本当に心の底から惜しいものの、だからといってレッドキャップの木をそのままにしておけば、次々にレッドキャップが生み出され、その数が増えていくことになる。
レイとしては、それは絶対に避けるべきことだった。
(それに、レッドキャップの木があの一本だけとは限らないし。というか、レッドキャップの数を考えると、他に同じような木があるのはほぼ間違いない)
それは、半ばレイの願望に近い。
ただし、それでも実際にレイにとってその可能性が高いと思えるのは間違いない訳で……
だからこそ、レイは土砦の探索目標の一つに、新たなレッドキャップの木を見つけるというのを入れることにする。
もっとも、レッドキャップの木を新しく見つけたら見つけたで、どうするべきかという悩みもあったが。
何しろ、このホールにあったレッドキャップの木は伐採した直後に急激に枯れ始めた。
実の中にいたレッドキャップも同様に、生命力なのか魔力なのか、あるいはもっと他の何かなのかは分からないが、人に言うのが躊躇われるような感じで死んでいったのをレイはその目で確認している。
だからこそ、もしここで新たにレッドキャップの木を見つけても、それをどうするべきかという悩みがあった。
(そのままにしておくのも論外。そうなると、切断した後は可能な限り素早くミスティリングに収納するって感じになるのか? とはいえ、ミスティリングから出せば急速に枯れ始めるというのを考えると、伐採した後で即座にミスティリングに収納しても、ミスティリングから出すってことが出来ないんだよな)
ギルドに持ち込んだとしても、それを見せる為にミスティリングから出した瞬間、急速に枯れて行くのであれば、それを実際に見ることが出来る者は限られてしまう。
そう考えると、レッドキャップの木を持ち帰るというのがそもそも考えない方がいいのか? とも思うのだが、明らかに異常な存在であるレッドキャップの木だ。
これが久遠の牙なら持ち帰ることは不可能だったかもしれないが、ミスティリングがあるレイの場合なら問題はなく……
「やっぱり持ち帰る方向で考えた方がいいんだろうな」
そう呟きながら、レイは土砦の探索を続けるのだった。




