4221話
分岐路を左に進んだら、レッドキャップが土で砦を作っていた。
そうレイが口にすると、フランシスもイステルも驚きの表情を浮かべる。
そんな二人を見たレイは、だろうなと納得する。
何しろ、普通に考えればダンジョンに砦など作れるのか? といったように思うのだから。
ダンジョンには修復機能があり、それを思えば土砦も普通に修復機能の範囲内なのではないか。
そのように疑問に思うのはレイも分かるし……
(いや、レッドキャップの存在そのものに驚いたとか?)
そんな疑問を抱き、一応といった様子でレイは口を開く。
「レッドキャップは知ってるよな?」
「ええ、知ってるわ。……ここのダンジョンに出るとは思わなかったけど」
フランシスは即座にそう言うが、イステルの方は何かを考えるようにし……
「ゴブリン系統で、ゴブリンの半分くらいの大きさのモンスター……でしたか?」
「正解だ」
「……そのレッドキャップがダンジョンの中で砦を? 一応、本当に一応聞くけど、見間違いとかそういうのじゃないのよね?」
フランシスにしてみれば、出来れば見間違いであって欲しい。
そう思っての言葉だったが、レイは首を横に振る。
「いや、レッドキャップがいたのも、そのレッドキャップが土砦を作っていたのも、間違いない事実だ」
「土砦、ね。……土で出来た砦を省略したとすれば、分かりやすいけど。まぁ、それはともかくとして……もしそれが本当だったら、厄介なことになるかもしれないわ」
「だろうな。俺もそう思う。とはいえ……考えてみれば、ゴブリンというかモンスターがダンジョンの中に砦を作るのはそうおかしな話じゃないかもしれないけど。五階の森にもオークが多数棲息していて、集落を作ったりしてるんだろう?」
そう、レイがレッドキャップを……そして土砦を見て思い浮かべたのは、五階に存在するオーク達だった。
オーク達も簡単な……粗末なと言い換えてもいいが、とにかく集落と呼べるものを作れるのだから、レッドキャップが土砦を作ってもそこまで不思議はないだろうと。
「……なるほど。言われてみればその通りね」
フランシスはレイの言葉に同意するが、イステルは嫌悪感を表情に出していた。
イステルも既に五階は突破しており、オークを何匹も得意のレイピアで突き殺している。
だが、それでも貴族として育ってきたイステルにとって、色欲に塗れた視線を自分に向けてくるオークは、あるいはゴブリンもそうだが嫌悪の象徴だった。
そういう意味では、レッドキャップもまたゴブリン系のモンスターである以上、イステルが嫌うには十分だったのだが……まだ実際に自分の目でレッドキャップを見ていないということもあってか、その表情にはそこまで嫌悪感は浮かんでいない。
勿論、全く嫌悪感が浮かんでいない訳ではないのだが。
「だろう? それに……レッドキャップという二十一階にいるモンスターが作った土砦だ。そのままにしておくのは危険だろうし、何より中には色々なお宝がある可能性も否定出来ない」
個として考えれば、レッドキャップはそこまで強力なモンスターではない。
それこそ、イステルであれば一匹や二匹程度なら余裕で相手を出来るだろう。
……もっとも、レイが倒したレッドキャップはどれもが弓を持っていた。
正面から戦うのではなく、離れた場所から弓で攻撃してくる場合、イステルに対処出来るかどうかは微妙なところだろう。
また正面から戦うにしても一匹や二匹ではなく数匹……十数匹、数十匹が相手となれば、イステルも最終的には数にやられる筈だった。
イステルは冒険者育成校の中では最高峰の強さを持つ人物だが、決して最強という訳ではない。
……いや、寧ろ冒険者育成校で最強のアーヴァインであっても、質で量を凌駕するといったことは不可能だろう。
それが出来るのは、冒険者の中でもほんの一握りの上澄みだけなのだから。
「お宝……ね。まぁ、ダンジョンにある土砦となると、そういうのがあってもおかしくはないと思うけど。普通に考えれば、ダンジョンの中にある土砦……それも最初に攻略するのがレイなんでしょう? なら、十分可能性はあると思うわ」
「だろう? 俺もかなり期待している。……そんな訳で、明日は冒険者育成校を休むから、よろしく頼む」
「分かったわ。レイが何かいいお宝を見つけるのを期待しているわね」
レイの言葉に、あっさりとフランシスは明日は休むというのを受け入れる。
……そんな二人の話を聞いていたイステルは、残念そうな様子で聞いていた。
イステルにしてみれば、明日はレイに会えないということを意味しているのだから。
もっとも、イステルがレイに会えないというのはレイが冒険者育成校に通っていても普通にあることだ。
何しろレイは模擬戦の教官としてフランシスに雇われている。
そして模擬戦は午前中に二時限だけなのだから。
つまり、普通に冒険者育成校の学生として活動しているだけではレイとそう簡単に会うことは出来ない。
もっとも、職員室に会いに行ったり、もしくはレイは昼食は学生も使う食堂で食べているので、そちらで待っていればレイと会うことも出来るかもしれないが。
実際、職員室はともかく、食堂ではイステルもそれなりにレイと会う機会は多いのだから。
だが……それもあくまでレイが教官として仕事をしていればの話だ。
レイがそもそも冒険者育成校に通っておらず、冒険者としてダンジョンに潜っていればイステルがレイに会える可能性はかなり低い。
……レイがそれなりに早めに、具体的には夕方よりも少し前にギルドに来ているのはイステルも知っているが、そちらについてはイステルもパーティとしてダンジョンに潜っている以上、自分勝手なことは出来ない。
ただでさえ、イステルが所属しているパーティ……アーヴァインをリーダーとして、ザイードやイステルといった冒険者育成校の中でもトップクラスの実力者が揃っており、ポーターとしては高い弓の才能を持つハルエスもいるパーティだ。
実力という意味では、冒険者育成校の生徒どころか、その辺の冒険者達よりも上ということで多くの注目を集めている。
だからこそ、そのようなパーティに入っているイステルは自分の我が儘でパーティの方針を変えるといったことが出来る筈もなかった。
「イステル? どうしたの?」
イステルの様子に疑問を抱いたのか、フランシスがそう尋ねる。
その言葉で我に返ったイステルは、自分が考えに熱中してレイとフランシスの会話を全く聞いていなかったことに気が付く。
「あ、いえ。私達がいつ二十一階に到達出来るのかと思うと……」
それは咄嗟に口から出た言い訳ではあったが、だからといって全くの嘘という訳でもない。
イステル達が……冒険者育成校の中でもトップパーティの者達が必死になってダンジョンに挑んでいるのに、まだ十階にも到達していない。
それなのに、レイは既に二十一階まで到達しているのだ。
勿論、イステルも自分達とレイとの間に大きな実力差があることは知っているが、それでもレイが現在いる二十一階に到達するまで一体どれくらいの時間が掛かるのかと思えば、落ち込んでも仕方がなかった。
「あのね、言っておくけどレイが普通だとは思わないように。イステル達のパーティは十分……それこそ、その辺の冒険者以上の成果を残してるんだから」
そうイステルを励ますフランシス。
ここでイステルに落ち込まれるのは避けたいと思ったのだろう。
ただ、フランシスが口にした内容も、決して嘘という訳ではない。
実際にイステル達のパーティは学生とは思えないくらい順調にダンジョンを攻略してるのだから。
教師、教官、生徒の中にはあれだけの実力者が揃っているのだから、このくらいのことは出来てもおかしくないと言う者もいる。
それは間違いないものの、それでもパーティメンバーを集めるのもまた、冒険者としてやっていく上で必要な能力なのだ。
……レイのようにソロで行動している者は例外ではあったが。
「俺に追いつこうと思うのなら、それこそ死に物狂いで頑張るんだな。……もっとも、イステル達が俺に追いつく前にダンジョンを攻略してしまう可能性は十分にあるが。それでも俺に追いつけるか?」
半ば挑発気味に言うレイ。
イステルはそんなレイの気持ちを知ってか知らずか、数秒前とはその表情が変わる。
自信のない様子から、やる気と気迫に満ちあふれた……そんな表情に。
(うん、これなら大丈夫だな)
レイはそんなイステルの様子を見つつ、もう大丈夫だろうと確信する。
その後、フランシスとイステルはもう少しレイと話した後で、ジャニスが用意したセトの食事を手伝うという建前でセトと一緒に遊んでから、それぞれ帰るのだった。
「本当に、フランシスは何をしたんだろうな」
翌日、レイはセトと共にギルドに向かっていた。
昨日までなら、道を歩いているだけでも多くの者達がレイに接触しようとしてきたのだが、今日はそのようなことをしてくる者はいない。
昨日、家に帰る少し前からこのような状況になっていたのだが、それをやったのがフランシスだというのは、家の前で待ち構えていたことからも明らかだった。
……フランシスは何をやったのか知りたいかと、そうレイに聞いてきたものの、結局レイはそれについて話を聞くようなことはしていない。
フランシスの態度から、もし話を聞こうとしたら間違いなく面倒なことになると、そう理解した為だ。
(ここまで気になるなら、面倒になると承知の上で話を聞いておくべきだったかもしれないな。……まぁ、そうなったらそうなったで、その面倒でダンジョンの探索に支障が出ていた可能性があるんだが)
そんな風に思いつつも、レイとセトは足を止めるようなこともなく歩き続け、ギルドの前まで到着する。
既に午前八時を回っていることもあり、ギルドの前や転移水晶の側には冒険者はあまりいない。
それでも当然ながら何人かはいて、それぞれがレイやセトに視線を向けたりしているのだが……やはり、声を掛けてくる者はいない。
(ギルムでクリスタルドラゴンの時にダスカー様が俺にその件で取引を持ち掛けないようにとお触れを出したのと同じように、フランシスが領主を動かしたのか? まぁ、どのみち俺にとっては面倒が少ないのなら、それ以上は何も言うつもりはないんだけどな)
そう考えつつ、レイはセトにこの場で待ってるように言うと、ギルドの中に入る。
ギルドの中は、外と同じくやはり朝の一番忙しい時間の後だけに、そこにいる冒険者の数は少ない。
「ぎゃはははは」
それどころか、どうやら夜通し騒いでいたのだろう、ギルドに併設された酒場からは、今もまだ宴会をしている者達の笑い声が聞こえてくる。
ギルドにいる数少ない冒険者達は、酒場から聞こえてくる騒がしい声を邪魔だと思っていたり、羨ましいと思っていたり、軽蔑していたりと、様々な視線を向けていた。
レイは聞こえてくる騒ぎを気にせず、真っ直ぐカウンターに向かう。
すると当然ながらレイの担当のアニタは真っ直ぐ自分のところに向かってくるレイの姿に気が付く。
「おはようございます、レイさん。今日はどうしました?」
「いや、これから二十一階に潜るから、一応知らせておこうかと思ってな」
「……気を付けて下さいね」
しみじみといった様子でそう言ったのは、レイが今日二十一階にあるレッドキャップが作った土砦に挑むと、昨日聞いていたからだろう。
だからこそ、レイには無事に帰ってきて欲しかった。
レイはアニタの気持ちを完全に理解出来た訳ではなかったが、それでも自分のことを心配してくれているというのは十分に理解出来ていたので、アニタに対して頷く。
「大丈夫だ。俺の実力は知ってるだろ? それに、俺だけじゃなくてセトもいる。もし……本当に万が一何かあっても、セトがいれば逃げ出すのはそう難しいことじゃない」
レイはセトの足の速さをこれ以上ない程に知っている。
それこそ訓練された馬ですら、セトに追いつくことは難しいのだ。
……もっとも、モンスターの中には馬よりも速く走れるものも存在するので、そういう意味では絶対に安全といった訳ではない。
二十一階は地底湖の階層で、洞窟型という一面もある。
天井には鍾乳石も生えており、セトが得意とする空中での移動もまた、著しく制限されるのだから。
ただ、それらの事情を知った上でも、レイは自分とセトなら今日のレッドキャップの土砦の攻略も問題なく行えるだろうと、そう考えている。
そんなレイを見て、アニタもようやく少しは落ち着くのだった。




