4217話
「うげ……マジか……」
レイはオリーブが解除した宝箱の中身を見て、思わずといった様子でそう口に出す。
宝箱の中に入っていたのは、財宝の類。
元々金に困っていないレイにしてみれば、宝箱の中身が財宝なのは嬉しいことは嬉しいが、正直なところ『ふーん、そうなんだ』程度の嬉しさでしかない。
……ましてや、三個の宝箱全てに財宝の類が入っていたとなると、レイのこの反応も当然だろう。
一個目の宝箱の時は、宝箱だしそういうこともあるかと納得もした。
二個目の宝箱の時は、まぁ……こういうこともあるかと、三個目の宝箱に期待した。
そして今回が三個目の宝箱だったのだが、その中身も前の二個と同じく中に入っていたのは財宝。
(せめて魔法が閉じ込められた宝石のような、マジックアイテムでもあれば、それなりに嬉しかったんだけど……見た感じ、普通の宝石だしな)
マジックアイテムを集めるのが趣味なレイだけに、マジックアイテムを見る目には自信がある。
とはいえ、それはあくまでも趣味が高じた物を見る目であって、良く言ってもセミプロ並といった程度でしかない。
マジックアイテムを売っている者の中にはそんなレイよりも見る目のない者もいるが、本当の意味で見る目のある者……プロに比べると、数段劣るのも事実。
このガンダルシアにおいては、猫店長が明らかにレイよりも見る目が上だろう。
そんなレイが見た限りでは、三つの宝箱に入っている宝石はどれも普通の宝石で、レイが欲しているようなマジックアイテムの類ではない。
いっそ猫店長の店に持っていって調べて貰うか?
そう思わないでもなかったが、レイにはどうしてもその手のマジックアイテムがあるとは思えなかった。
ただ、あくまでもそれはレイがそのように思っているだけなので……もしかしたら、本当にもしかしたらという、微かな……蜘蛛の糸のような希望に縋る。
もっとも、それで駄目ならそれはそれで構わないという思いもそこにはあるのだが。
(そもそもの話、どの宝箱も罠は簡単な奴だけだったしな)
最初の宝箱の罠を解除し、鍵を解錠するのにオリーブが使ったのは数分だ。
二個目の宝箱では更に短くなり、三個目ではより短くなった。
これはオリーブの腕がいいというのもあるが、それと同時に……あるいはそれ以上に、宝箱の罠が簡単なものだったというのが大きい。
「レイ、報酬についてだけど」
オリーブは少し不思議そうにしながらも、レイに尋ねる。
オリーブにしてみれば、金銀財宝の類は決して外れではない。
……二十一階に下りるよりも前に、レイが十九階の夜の砂漠の階層で遭遇した蜃の貝殻の中にあった、ボウリングの玉程の大きさの真珠を見て、自分達もそれが欲しいと十九階で探索を続ける程には、宝石に興味津々だった。
勿論、いざとなれば金に換えることが出来るというのも、この場合は大きいのだろう。
また……何よりも、女だけのパーティというのも、宝石を集めるのに夢中になっている理由なのは間違いなかった。
だからこそ、そんなオリーブにしてみれば、今回の宝箱の中身は外れではない。
……いや、罠が非常に単純で解除が簡単だった割に、中身は財宝だったのだ。
寧ろオリーブにとっては当たりの宝箱だったと言ってもいいだろう。
だというのに、レイは決して嬉しそうではない。
「あー、報酬か。取りあえず好きなだけ……とは言わないけど、美術品の類と金貨、白金貨辺りを適当に持っていってくれ」
「宝石は駄目なの?」
オリーブとしては、レイが提示した報酬も魅力的だったが、やはり宝石が欲しかった。
だが、レイとしても宝石は猫店長に鑑定して貰おうと思っているので、出来れば遠慮して欲しかった。
「宝石は、もしかしたらマジックアイテムかもしれないからな。この後でちょっと鑑定して貰うつもりだ」
「宝石は全部普通の宝石よ」
「……え?」
レイの言葉を聞いた瞬間、オリーブは即座にそう答える。
レイは最初オリーブの言ってる意味がよく分からなかった。
だが、その言葉を思い出すとすぐに意外そうな表情を浮かべ、改めてオリーブの顔を見る。
「どうかしたの? 宝石には……それも三つの宝箱に入っていた宝石全てにマジックアイテムはなかったわ。それが知りたかったんでしょう?」
「いや、それはそうだが……何でオリーブにそれが分かるんだ?」
「あのね、私はダンジョンの最前線で探索をしているアイネンの泉に所属していて、しかも宝箱を開けたりするのよ? そのくらいの目利きが出来ないと、色々と問題があるんだから」
「それだけじゃないんだろ?」
レイの言葉に、オリーブはそっと視線を逸らす。
そんなオリーブを見て、やっぱりなとレイは納得する。
勿論、オリーブの言ってる内容が必ずしも嘘という訳ではないのだろう。
だが同時に、本当という訳でもない。
(多分、趣味とかそういう意味で宝石の鑑定眼を磨いたんだろうな)
そう思う。
だが、それはつまりレイがマジックアイテムの鑑定眼を磨いた――より正確には自然と磨かれた――のと同じである以上、強く突っ込むことは出来なかった。
宝石とマジックアイテムといった違いはあれど、自分はないと思うけど絶対の確信はなかったのに対し、オリーブはマジックアイテムがないと断言した辺り、レイは少しだけ負けたように感じたのは事実だったが。
「本当か?」
「本当よ。ただ、私がそう言っても、レイがその言葉を信じるかどうかはレイ次第だけど。私の言葉が信じられないのなら、レイが言うように信用出来る店に持っていって鑑定して貰えばいいと思うけど」
どうする? と視線を向けてくるオリーブ。
自分の言葉が信じられないのなら、好きにしてみたらと、そう態度で示す。
そんなオリーブの様子を見たレイは、どうするべきかと考え……
「分かった、オリーブの言葉を信じるよ」
「あら、意外ね。そこまで素直に信じるとは思わなかったわ」
その言葉は大袈裟ではない。
オリーブとしては、レイがそこまで素直に自分の言葉を信じるというのはかなり予想外だったのだ。
とはいえ、それでもレイを見る目には満足そうな色があったが。
「普通に考えて、ここで俺と今まで築いてきた信頼関係を棒に振るとは思えないしな」
「……まぁ、それはそうね」
レイの言葉が図星だったのか、オリーブは素直に見つめる。
実際、レイは味方とすれば頼もしいが、それだけに敵対すれば始末に負えない。
仕掛ける方にしてみれば必殺の罠と呼ぶべきものを用意しても、レイはあっさりと突破する。
それも知恵を絞ってとかではなく、普通に力業で。
普通なら力業でどうにもならないので知恵を絞るのだが……レイの場合はそれでも力でどうとでもなってしまうだけの力を持っている。
だからこそ、レイにしてみればわざわざ知恵を絞って相手の裏を突くといったことや、罠の隙を突くといったことをせずとも、力で強引にどうにか出来るのだから、わざわざそんなことをしなくても強引に突破すればいいだけだ。
そんな、ある種デタラメな力を持っているレイからの依頼を何度も受けることによって、オリーブは信頼関係を築いてきた。
ちょっとした出来心で、その信頼関係をなくするようなことをするというのはオリーブにとって……そして、オリーブが所属するアイネンの泉にとって、決してプラスにはならない。
いや、プラスにならないどころか大きなマイナスでしかないだろう。
オリーブもそれが分かっているからこそ、レイに小細工をしたりはしない筈だった。
「だろう? なら、オリーブの言葉を素直に信じるよ。……それで、報酬についてはどうする? 宝石の中にマジックアイテムがないのなら、宝石を選んでもいいけど」
「悩むわね。どれも結構素敵な宝石だし」
レイの言葉に、オリーブは三個の宝箱の中をしっかりと確認していく。
どの宝箱の中にも、最高級という程ではないにしろ、十分立派な宝石が複数入っているのだ。
赤、青、緑、黄色、黒、白……それ以外にも様々な色合いの宝石が魅惑的に輝いている。
オリーブにしてみれば、それこそ全ての宝石を持って帰りたいと思ってしまうくらいには、宝箱の中に入っている宝石は魅力的だった。
もっとも、当然ながら欲しいからといって全ての宝石を貰おうなどとは思っていない。
残念だったが……非常に残念だったが……
強い無念の思いを懐きながら、オリーブは三つの宝箱の中から幾つかの宝石を……それ以外にも美術品や金貨を選んでいく。
「これくらいでどう?」
「そのくらいでいいのか? もう少し持っていってもいいぞ。ほら、これとか」
そう言い、レイは宝箱の中から幾つかの緑の宝石を取り出すと、オリーブに渡す。
「え……これ……いいの?」
「気にするな。俺にしてみれば今日の宝箱はそこまで当たりって訳でもなかったしな」
「……ありがとう」
オリーブが素直にそう礼を言ったのは、渡された宝石がどれもオリーブが欲しかった物だったからだろう。
欲しかったのだが、それでも他により欲しい宝石があったので諦めた宝石。
それだけに、オリーブはそれを渡されたことで非常に嬉しく思い、だからこそ素直に感謝の言葉を口にしたらしい。
「喜んで貰えて何よりだよ。じゃあ、依頼についてはこれで終わりでいいか?」
そう尋ねるレイに、オリーブは素直に頷くのだった。
「あー……これはちょっと買い取れないな。いや、どうしても買い取れと言われれば買い取っても構わねえが、それこそ一つにつき銅貨数枚って感じになるぞ?」
「そうか、やっぱり駄目か。そうなると、これについては売らないでおくよ」
宝箱を開ける依頼が終わった後、レイは武器屋に……以前、巨大な戦斧を売った店にやって来ていた。
今日もまた、店は戦斧を見に来た者でそれなりに混んでいる。
それどころか……
「というか、店に客が多すぎないか?」
現在レイがいるのは店の奥にある部屋だ。
本来なら店の客を呼ぶような部屋ではないのだが、現在店はかなり混み合っており、店長との交渉が出来るような空間的な余裕がなかった為、こうして店の奥に通されていた。
「レイから以前買ったモーニングスターがあっただろう?」
「ああ、あれ……売れたのか?」
「売れた。最初は二十一階のモンスターが使っていた武器だと言っても、信じない者が多かったんだが……ギルドが公表したら、それが本当だったと気が付いた奴が何人かいて、そいつらが買っていったよ」
「なんともはやまぁ……モーニングスターは決して使いやすい武器じゃないだろうに」
威力は大きいが、そもそもが使いにくい武器として知られているモーニングスターだ。
だが、そんなレイの言葉を聞いた武器屋の店主は、その筋骨隆々の身体を震わせながら笑う。
「はっ、何を言ってやがる。使いにくいって武器なら、レイの代名詞的な大鎌……デスサイズだったか? それだって相当なものだろうに」
その言葉に一瞬きょとんとするレイ。
だが、すぐにその顔には笑みが浮かぶ。
「デスサイズが扱いにくいのは否定しないが、それでもモーニングスターよりは大分マシだと思うぞ?」
それはレイの正直な気持ちでもある。
そもそも、デスサイズは大鎌ではあるがただの大鎌ではなく、レイが魔獣術によってセトと共に生みだした存在だ。
魔獣術を使えるマジックアイテムという一面もあるし、何よりレイの魔力から生み出されたが故にか、レイにはかなり使いやすい武器となっているのは間違いなかった。
何しろデスサイズの持つ能力の一つに、レイとセトには重量を殆ど感じさせないというのがある。
それでいながら、レイが振るったデスサイズをまともにくらうと、百kgの重量をレイが重量を感じさせない気軽さで振り回すのだから、攻撃を食らった方にしてみればたまったものではないだろう。
「その割には、大鎌を使う奴が増えないな」
「……自分で言うのも何だが、俺の噂話とか吟遊詩人の歌とかを聴いて、それで俺に憧れて大鎌を使おうとする者はいるらしいが、その大半が途中で諦めるらしいな」
最近レイが親しくしている相手としては、冒険者育成校の生徒、一組を率いるアーヴァインもそのタイプだった。
それだけ、大鎌というのは扱いにくい武器なのだろう。
(せめて、重量を無視出来る効果を付与出来ればいいんだが……それはそれで難しいんだよな)
そんな風に思いつつ、レイは店主に買い取るのを断られた――もしくは捨て値に近い値段での買い取りを提案された――レッドキャップの弓をミスティリングに収納し、次に魚人が使っていた三つ叉の槍……いわゆる、トライデントを取り出す。
本来ならもっと前に売りにくるつもりだったのだが、ギルドの公表によって馬鹿騒ぎが起こり、売りに来るのが伸びていた槍だ。
「ほう」
弓とは違い、店主は興味深そうな声を上げるのだった。




