4216話
オリーブはレイの提案に即座に乗った。
……ここで少し問題だったのは、レイから宝箱の依頼を受けたアニタが、まだ二階で素材の扱いに四苦八苦しており、宝箱の依頼が受理されていなかったことだ。
カウンターで依頼を受けたいと言ったオリーブが、今日は依頼を出されていないと受付嬢に言われ、判明したのだが。
「ちょっと、レイ。どうするのよ。幾ら何でも、依頼が出されていないのを受けるなんてことは出来ないわよ?」
「あー……それなら、そうだな。依頼はまだ受理されていないみたいだし、今の時点でもうオリーブがやってくれるって決まったんだから、ギルドを通さないでやるか?」
多少なりとも手間がかかり、依頼を出すのにも少しは手数料等でそれなりの金額が必要となる。
それを面倒に思ったレイは、今の時点で依頼が受理されていないのなら、とっとと自分達だけでやってしまうかと、そう思ったのか……
「ちょっと待って下さい!」
ちょうどそのタイミングで、二階から下りてきたアニタがレイとオリーブに声を掛ける。
(あ、違うな)
二階での素材の一件が終わったからこうしてやって来たのかと思ったレイだったが、アニタの他にもう一人受付嬢が……それも先程オリーブが依頼を受けようと声を掛けた受付嬢がいることで、先程の受付嬢がこのままだとギルドを通さない依頼を受けると判断して、アニタを呼びに行ったのだろうと想像出来た。
「アニタ、どうしたんだ?」
アニタの考えを理解しつつも、レイは空々しく尋ねる。
だが、アニタもそんなレイの考えは読んでいるのか、自分を落ち着かせるように数回深呼吸をしてから、改めて口を開く。
「宝箱の依頼の件です」
「ああ、その件か。どうやらまだギルド側で受理されてなかったから、このままオリーブには個人依頼という形で頼もうと思ったんだが」
「……今から受理しますので、ギルドを通して下さい」
コメカミをヒクつかせつつ言うアニタに、からかうのはこの辺にした方がいいと判断したレイは素直に頷く。
「分かった、そうするよ。けど、次からは依頼はもっと早く受理をした方がいいと思うぞ」
「……キヲツケマス」
レイが持ってきた情報や素材の件で依頼の受理が遅れたんでしょうが! と言いたいところを、我慢しながらアニタは言う。
抑揚のない言葉で言ったので、その言葉は妙な迫力があったが。
とにかくレイが納得したということで、アニタはすぐに行動に移す。
その素早さは、アニタの有能ぶりをこれ以上なく表していた。
「はい、これで依頼は無事に完了です。ただ……オリーブさん、本当に大丈夫ですか?」
アニタが心配そうにオリーブを見て言う。
そこまで心配するのは、今日レイが見つけた宝箱は三つで、その宝箱の全てをオリーブが開けるということになっていた為だ。
アニタにしてみれば、二十一階の……それも隠し部屋から見つけてきた宝箱だけに、慎重になるのは当然だろう。
だが、そんなアニタに対し、オリーブは笑みを浮かべて問題ないと言う。
「大丈夫よ。昨日は二十一階の宝箱は初めてだったけど、昨日やった上に他の人が宝箱の罠の解除をしたり、鍵を解錠するところも見ていたしね。ふんわりとだけど、傾向は掴めているわ」
自信に満ちたその様子に、アニタもオリーブなら本当に大丈夫なのだろうと思う。
……勿論、何事にも絶対という言葉はない。
アニタが受付嬢になってから、絶対に大丈夫といったようなことを口にし……その結果として、帰ってこなかった者は多い。
それを思えば、冒険者の大丈夫という言葉は決して信じていいものではないのだろう。
だが、それを知った上で……それでも、オリーブの様子を見るとアニタはその言葉を信じられると思える。
「分かりました。お気を付けて」
そう言うアニタに見送られ、オリーブはレイと共にギルドを出るのだった。
「うーん、予想通りとはいえ……やっぱりまだ結構な人数が集まってくるな」
いつもの訓練場。
そこにはレイとオリーブ、そしてセトの姿があり……そして見物人として多くが集まっている。
時間もそろそろ夕方近くというのもあり、中には冒険者ではなく一般人の姿もそこにはあった。
(これは、いいのか? いやまぁ、本人達も全てを承知の上でこうしてやって来てはいるんだろうけど)
オリーブが持つ罠を解除する技術は、非常に高い。
実際、今までレイが持ち帰った宝箱でオリーブが失敗をしたことはなかった。
正確には、モンスターを召喚する罠の解除は出来ず、その宝箱は冒険者育成校の訓練場まで持っていき、ダブルコーンとレイが命名したモンスターが召喚されて戦いになったが……それは罠の解除を失敗する前に自分ではどうしようもないと判明したし、何よりレイにとっては未知のモンスターの魔石を入手出来たのだから、失敗どころか成功と言ってもいい。
そんなオリーブだが、昨日の宝箱を開けるのは問題なかったとはいえ、それでも今日も二十一階の宝箱だ。
それも隠し部屋にあった宝箱となると、オリーブでも失敗する可能性がある。
一応、見物人達にはそのことを伝えてあるし、それを知った上でもこうして訓練場にいるのだから、それはつまり何があっても自己責任ということになる。なるのだが……そこに一般人がいるとなると、微妙に話が変わってもくるのだ。
(そういう意味では一般人は帰らせた方がいいんだろうが。……これが終わった後の諸々を考えてもな)
一般人が何故ここにいるのか。
それは当然ながら、まだレイが二十一階に到着したという件で興奮したままの者、あるいは自分に何らかの利益をもたらすようにと考えている者達がいる為だ。
つまり、宝箱を開けるのが終わった後、レイに接触しようとしているのは間違いなかった。
それが分かっているので、レイとしては一般人にはここにいて欲しくないという理由もある。
「まぁ、私が宝箱の罠を解除して、鍵も解錠するの見に来たと思えば、気分も悪くないわよ」
「……まぁ、オリーブがそう言うのなら、俺からはこれ以上は特に何も言わないけど」
「そうそう、レイは私がしっかりと宝箱を開けるところを見ていてちょうだい。……それで、もし万が一にも罠の解除に失敗したら、その時はお願いね」
「俺に出来ることならな」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトが自分もいると続いて喉を鳴らす。
「ああ、セトちゃんもいたわね。うん、ごめん。セトちゃんも危なくなったら助けてね」
「グルゥ!」
頼られたことが嬉しかったらしいセトが、嬉しそうに喉を鳴らす。
そんなセトの様子に笑みを浮かべながら、レイはオリーブを見る。
「それで、早速宝箱を開けて貰うんだが、どうする? 知っての通り、宝箱の数は三個。それを一気に全部出すか。それとも一個ずつにするか」
「一個ずつでお願い」
考える様子もなく、一瞬でそう返すオリーブ。
「随分と早い返答だな」
「同じ場所にあった三個の宝箱でしょう? まずないとは思うけど、一つの罠が何らかの理由で発動して、それが結果的に他の宝箱にも連鎖的に……という可能性も否定出来ないもの。昨日、ベルギリアもそうしていたでしょう?」
「ああ、そう言えば」
豪快な性格……いや、大雑把な性格のベルギリアだったが、そんなベルギリアですら昨日開けることにした二個の宝箱は一個を開けてから次の宝箱を出すようにレイに言ってきた。
ベルギリアですらそうなのだから、オリーブがこの状況で宝箱を三個同時に出して欲しいと言う筈もない。
「分かった。じゃあ、まずはこれだな」
そう言い、レイはミスティリングから宝箱を一個取り出す。
見物人の中から聞こえてくる驚きの声。
今更? と疑問に思ったレイだったが、チラリと見物人達の方を見ると、すぐに納得した。
何故なら、驚きの声を上げたのは冒険者ではなく、一般人だったからだ。
勿論、冒険者の全員がレイがミスティリングを使う光景を見たことがある訳ではない。
……だが、ここに見物に来ている者達なら、それこそレイが宝箱を出すという光景は何度も見てる。
あるいはダンジョンの中でレイがミスティリングを使っている光景を見た者もいるかもしれない。
しかし、一般人……それも今日初めてここに来た一般人は、レイがミスティリングを使うのを初めて見たといった者も多かったのだろう。
もっとも、レイは街中でも普通にミスティリングを使ったりしてるので、一般人であっても見たことがある者はそれなりにいるのだが。
ともあれ、聞こえてきた驚きの声は気にしないことにして、レイはオリーブの前に出した宝箱を見る。
既にオリーブは宝箱を調べ始めており、ここにいると邪魔になるなと判断したレイは、セトと共に少し離れる。
(さて、どうなるか。オリーブなら恐らく問題ないとは思うけど)
手慰みに横にいるセトの身体を撫でながら、レイは考える。
……なお、見物人達の中にいるセト好き達は、そんなレイの様子を羨ましそうに見ていた。
レイもそんな視線は感じていたものの、その件についてスルーしている。
何しろレイにしてみれば、セトと一緒にいるとこの手の視線を向けられることが多い。
だからこそ、この手の視線は気にしても仕方がない。
中には羨ましさから嫉妬どころか憎悪に近い視線を向けてくる者もいるが。
そのような相手は、攻撃をしてきたら対処すればいいので、レイも特には気にしていない。
「開いた!」
「え?」
オリーブの口から出た言葉に、レイは思わずといった様子で声を漏らす。
正確に計った訳ではないが、それでもオリーブが宝箱を調べ始めてから、五分も……いや、三分も経っていないだろう。
「レイ、来てちょうだい」
その言葉に、レイはセトをその場に残してオリーブに近付きながら声を掛ける。
「えっと……本当に開いたのか? いつもと比べて随分と早いが」
「そうね。まぁ……正直に言えば拍子抜けといった感じかしら。二十一階にある宝箱の罠にしては、随分とショボいものだったし」
「……そうなのか?」
「ええ。だから、その分中身にはあまり期待出来ないと思うけど」
「あー……」
オリーブの言葉にレイの口から残念そうな声が出る。
宝箱の中身に期待していた……それこそ二匹目のドジョウをと狙っていたのだから、オリーブの口から出た言葉はそれだけレイにとって残念なものであるのは間違いなかった。
「対のオーブとかは……」
「多分無理でしょうね。いえ、宝箱は運の要素もあるから、絶対に無理とは言い切れないけど。ただ、それでも私の今までの経験からすると、多分無理だというのが正直なところよ」
オリーブの言葉からすると、絶対に無理という訳ではなく、可能性は幾らか残っている。
ただし、その可能性は恐ろしく低い……といったところか。
(中州にあった宝箱には対のオーブが入っていたんだから、隠し部屋にあったこの宝箱にも対のオーブが入っていてもおかしくはないと思うんだが。ただまぁ、実際に罠の方を考えるとそれも難しいのかもしれないが)
オリーブが罠の解除に掛かったのは、ほんの数分だ。
しかもそれは、罠の解除だけではなく鍵の解錠までも含めての時間。
そう考えれば、やはり今回の宝箱の中身についてはあまり期待できないのだろう。
(それに……この宝箱はまだ一個目だ。まだ二個あると考えれば、この宝箱だけにそこまで期待する必要はないよな)
少し強がっているというのは、レイにも分かる。
だが、それは強がりであると同時に期待でもあった。
「じゃあ、レイ。宝箱を開けてちょうだい」
「分かった。まだ宝箱は二個あるんだし、早く進めよう」
そう言い、レイは宝箱の蓋に手を伸ばし……そして、開ける。
そうして開けた瞬間に、中身に何が入っているのかは一発で理解出来た。
「財宝系か」
そう、そこに入っていたのは大小様々な宝石や何らかの美術品と思しき物といった諸々だった。
普通の冒険者なら、売れば結構な金額になるだろう諸々なので喜ぶだろう。
もしくは売らずに手元に置いておいてもおかしくはない。
だが……普通ならそのように喜ぶのだが、宝箱の中に入っている財宝を見たレイの表情はそこまで嬉しそうではない。
いや、勿論嬉しいか嬉しくないかで言えば、間違いなく嬉しいのだ。
それは間違いないのだが、同時にレイにとってこの手の財宝はそこまで必要でもない。
資産という意味では、既にレイのミスティリングの中には人が数度生まれ変わっても、その全てで一生遊んで暮らせるだけの金額が入っているのだから。
また、金が必要ならモンスターを倒して素材を売ればいいし、趣味の盗賊狩りをしてもいい。
そんなレイにとって、財宝の類は……やはり、嬉しいことは嬉しいが、跳び上がる程に嬉しいのかと言われれば、否だった。




