4203話
「グルルルゥ!」
「セト?」
黒い鹿の群れとの戦いが終わり、再び二十一階に続く遺跡に向かって空を飛んでいたセトだったが、空を飛び始めてからそんなに時間が経っていない頃、不意にセトが喉を鳴らす。
一瞬、また黒い鹿……もしくは他のモンスターと遭遇したのではないかと思ったレイだったが、セトの鳴き声に警戒の色がないこともあり、敵ではないのだろうと判断する。
それでも何かあった時はすぐにでも対応出来るようにと考えていたのだが……もう暫くセトが飛んだ事により、一体何故セトが喉を鳴らしたのかをすぐに理解した。
「階段がある」
そう、レイが言うようにレイの視線の先……ストーンヘンジのような遺跡の中央部分に、階段があったのだ。
もっとも、これ自体はそこまで驚くようなことではない。
ここに階段があるというのは、既にギルドを通して公表されているのだから。
レイが驚いたのは、一体誰が階段を出したのかということだろう。
この階段を現すには、遺跡にある巨岩を動かす必要がある。
レイの場合はミスティリングがあったので容易だったが、レイ以外でこの遺跡にある巨岩を動かすのはそう簡単なことではない。
それこそセトならその身体能力でどうにか出来るかもしれないが、二十階に到達していた四つのパーティにそのようなことが出来るとはレイには思えなかった。
「いやまぁ、俺がそう思っていても結局こうして階段が現れてるって事は、実際にそれをどうにかしたのは間違いない訳で。……まぁ、ここまで来るパーティなら、奥の手の一つや二つはあってもおかしくはないか」
「グルゥ?」
レイの呟きが聞こえたのだろう。
セトがどうしたの? とレイに向かって喉を鳴らす。
「いや、何でもないよ。ただ、ちょっとこの展開は予想外だったってだけで」
誰が巨岩を動かしたのか。そして四つのうち、どのくらいのパーティが二十一階に下りたのか。
レイはそれが気になってはいたものの、その辺については実際に下りてみれば分かると思い直す。
「よし、じゃあセト。俺達もそろそろ下りるか。二十一階の探索をやるぞ」
レイは二十階と二十一階のどちらを探索するのか、まだ決めてはいなかった。
何しろ黒い鹿の例を見れば分かるように、まだ二十階にはレイが戦ったことがないモンスターがいるのは明らかだったのだから。
であれば、二十一階よりも二十階を優先するべきではないか。
そのような思いもあったのだが、こうして自分達以外が二十一階に下りる階段を出すことが出来たとなると、話は違ってくる。
レイは今日は二十一階で活動することに決めた。
(とはいえ、どっちを探索するかだな)
レイの頭の中にあるのは、ピラミッド状の通路と、そこに向かう途中にある分岐路で、昨日少しだけ進んでみた通路。
そのどちらに行くかだった。
ピラミッド状の通路の方は一番上とその下にある通路の攻略をしたものの、それ以外の他の通路はまだ何も手をつけていない。
分岐路の方は、昨日少しだけ行ってみたが、結局その少しでは何もないので戻ってきた。
なら、どちらを探索しても構わないだろうと、そうレイには思えたのだ。
「人の少ない方に向かうか。いやまぁ、どっちにどれだけ人がいるのかをどうやって把握するのかはともかく」
これで盗賊の技量があるのなら、足跡やちょっとした地面の様子からどちらに何人いるのかといったことは分かるだろうが、生憎とレイにはその手の技量はない。
そうなると、レイがやるべきなのは勘でどちらに行くのかを選ぶことだった。
「ともあれ、まずは二十一階に下りるぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らして地上に向かって降下していくのだった。
「うわぁ……これはまた……あ、こら。セト、食べちゃ駄目だぞ」
二十一階に下りたレイとセトが見たのは、カニの残骸とでも呼ぶべきものだった。
昨日も一昨日も、レイとセトが二十一階に下りてすぐの場所で巨大なカニに襲撃をされたのだが、どうやら今日も二十一階に、それもレイ達よりも先に下りてきた者達をカニは襲撃したのだろう。
そして下りてきたパーティと戦闘になった。
「まぁ、これは仕方がないのかもしれないけど」
そうレイが言ったのは、足やハサミ、胴体といった場所がそのまま残っていた為だ。
胴体の辺りが破壊されているのは、純粋に攻撃をしたからというのもあるが、それ以外にも魔石を体内から取り出す為に行ったのだろう。
もしこれがレイなら、綺麗に……出来るだけ傷を付けないように壊し、食べる部位をしっかりと確保するだろう。
だが、それはレイだから、そしてデスサイズを持っているからこそ出来ることであり、他の四つのパーティ……その中でも今日こうして二十一階に下りてきたパーティが同じようなことを出来るとはレイには思えなかった。
もっとも、遺跡で階段を現したのを見れば分かるように、レイが知らない何らかの奥の手を持っている者達なら、もしかしたらレイと同じようなことが出来るかもしれなかったが。
ただ、カニの残骸を見る限りではそのようなことをしようとは思わなかったらしい。
(いやまぁ、ポーターにとってもこれだけのカニの身を……しかも足やハサミ、甲羅を持って帰るのはそれだけで難しいだろうし。ああ、でもそうなるとこれをやったのはやっぱりオルカイの翼じゃないってことか。……そもそも、オルカイの翼が二十階や二十一階に到達したという話はまだ聞いてないし)
レイがそのように判断したのは、オルカイの翼は簡易型とはいえ、アイテムボックスを持っているからだ。
もしオルカイの翼が倒したのなら、未知のモンスターの素材だけに、回収はわすれていないだろう。
レイが既にギルドに売ってるので、未知ではないだろうが。
ただ、それでもまだ希少な素材であるというのは間違いなく、そういう意味ではやはり置いていく必要があるとは思わなかった。
「グルゥ?」
駄目? とレイを見て喉を鳴らすセト。
セトが何をしたいのかは、レイも十分に理解していた。
ここに捨て置かれたカニの残骸の中でも食べられる部位を食べたいと……そう思ったのだろう。
レイもセトの気持ちは分からないではなかったが、だからといってセトの言葉に頷く訳にいかないのは間違いなかった。
何しろ、ここで一体どのような戦闘があったのか分からない。
場合によっては、何らかの毒を使ったという可能性も否定は出来なかったのだ。
そうなると、それを食べたりしたらセトが腹を壊す……いや、それどころかもっと酷いことになりかねなかった。
だからこそ、レイとしてはここでセトが食べたいと言ってるのを認める訳にはいかなかった。
「駄目だ」
「……グルゥ」
レイの言葉に残念そうにしながら、それでも仕方がないといった様子でセトは喉を鳴らす。
セトにとって目の前のカニの残骸……正確にはそこに入っている身を食べられないのは残念だったが、だからといってどうしても食べたい、レイに無理を言っても食べたいといったようなものではない。
(勿体ないとは思ってそうだけどな)
残念だけど仕方がない。
そんな様子を見せているセトを見て、次にそのセトが食べたがっていたカニの残骸を見て、レイは素直にそう思う。
セトが食べたがってるだけあって、このカニはかなり美味い。
それはレイも実際に自分で食べた経験から十分に理解していた。
もっとも、最初にレイが思ったように、ポーターがいない……あるいはポーターがいても、この量のカニの残骸を持ち歩くのは大変だろう。
二十階に戻っても、そこから転移水晶のある場所までは結構な距離があるのだから。
(あ、でもそうか。そうなると上に戻る時はどのみちここを通る必要があるんだから、もしかしたら帰る時にまで素材が無事……他の冒険者に奪われてなかったり、もしくは他のモンスターに食われてなかったした場合なら、持ち帰るとか考えてもおかしくはないな。それならやっぱり俺は手を出さない方がいいか)
勿論、冒険者の流儀を考えれば、ここに残っている物をレイが持っていっても構わない。
だがレイとしては絶対に欲しい物という訳でもないのに、わざわざそれを奪ってこのカニを倒した冒険者達の恨みを買いたいとまでは思わなかった。
それくらいなら、放っておいた方がいい。
そうレイは判断する。
「さて、じゃあ取りあえず進むか。いつまでもここにいる訳にもいかないしな」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは身を屈める。
自分の背に乗って移動した方が速いと、そうセトは態度でしめしていたのだ。
「そうだな。じゃあ、頼む」
レイもセトの背に乗って移動した方が距離を稼げると判断し、素直にセトの背に乗る。
(罠の察知の魔法は……いや、俺達以外にもう誰かが中に入っている以上、それを考えても仕方がないか。それに、前を進んでいる者達がいるってことは、もし罠が復活していても、罠はそいつらが解除するか、もしくは引っ掛かってくれてるだろうし)
罠はレイやセトにとっても厄介な存在なのは事実だったので、それを自分達が対処しなくてもいいのなら、それについては任せておきたいと思う。
そう考え……レイは思いつくことがあり、セトに声を掛ける。
「セト、昨日地底湖にあった中州……宝箱のあった中州にも一応寄ってみよう。もしかしたら、また宝箱があるかもしれないし」
「グルゥ? ……グルルゥ!」
レイの言葉に、本当に宝箱があるのかどうかと疑問に思った様子のセトだったが、それでもセトにしてみれば中州に寄るのは大して苦でもない。
他の冒険者達なら、多種多様なモンスターが存在し、真夏の今でも冷たいと思える水の中を泳いで中州まで移動しなければならないが、セトの場合は空を飛んですぐ中州まで移動出来る。
空を飛べるか飛べないかというのは、この場合非常に大きな意味を持っていた。
……空を飛べることの有利さは、別にこの場所に限ったことではないが。
レイもセトが空を飛ぶのを厭う訳ではない……寧ろ好んでいるのを知っているので、気軽に今回のように頼めたのだ。
(普通なら翌日にいきなりまた同じ場所に宝箱が設置されているってことはないと思う。実際、溶岩の階層でもそうだったしな)
転移水晶のある十五階の溶岩の階層。
そこに流れる溶岩の川の中にも中州があり、レイはセトに乗ってその中州にあった宝箱を入手した。
恐らくだが、ダンジョンが出来てから初めてレイ達が手に入れたのだろう宝箱。
だが、翌日以降にその中州には宝箱は存在していなかった。
それはつまり、この地底湖にある中州も同じようなものであると考えても間違いではないのだろうとレイには思える。
つまり、中州に行っても宝箱がない可能性が高い。
レイもそれは理解していたものの、それでも十五階と二十一階では違うところもある。
環境については勿論のこと、それ以上にレイ達が十五階に到達した時は既に多くの者が――それでもガンダルシアにいる冒険者で見れば非常に少数だが――既に溶岩の階層で行動していた。
それと比べると、この二十一階は昨日、一昨日とレイが探索し、今日は先に冒険者が入っているものの、それでも最大でも四組のパーティの筈だ。
そう考えれば、一種のリソースとでも呼ぶべきダンジョンのそれにより、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、中州に宝箱が復活している可能性は期待出来た。
実際にはそうなっていたらラッキー程度の思いではあったが。
そのような期待をするレイを背中に乗せ、セトは地上を走る。
時折他のパーティが倒したのだろうモンスターの死体が魔石を抜かれた状態でその辺に転がってはいるが、カニと違ってセトがそれを気にする様子はない。
(あ、毛玉のモーニングスター……これも置いていってるのか。持っていけばいいのにな。やっぱり重量の問題か?)
毛玉の死体があり、その毛玉と繋がっているモーニングスターも地面に残されているのを見て、レイは勿体ないと思う。
とはいえ、道の端に纏めて置かれているのを見れば、それは意図的なものなのは間違いない。
つまり、カニの時にも思ったが、倒した者達が帰る時にそこにまだあれば、回収していこうと思っているのだろう。
そんな風に思っていると……
「セト、ストップ!」
「グルゥ!?」
不意に叫ぶレイの言葉に、セトは足を止める。
走っていた速度が速度なので、地面に足の跡がついたが……セトの体重と走っていた勢いを考えれば、それは仕方がないことだった。
「グルゥ?」
セトがどうしたの? と喉を鳴らすが、レイはそんなセトの背から下りると、道の端にあった死体を見る。
それは小柄な、そして弓を持ったゴブリンの死体だった。
「この階層では初めて見るモンスターだな」




