4182話
「遅いわよ」
倉庫から出たレイに、オリーブが不満そうに言う。
そんなオリーブに対してレイは口を開こうとしたが……この倉庫の護衛をしていた冒険者達の、憧れの込められた視線が自分に向けられているのに気が付く。
とはいえ、その視線に驚いたりといったことはしない。
オリーブが迎えに来て、レイがジャッシュに事情を説明している間、オリーブが事情を話してもいいのかと、そうレイに聞いてきたのに頷いたのはレイなのだから。
だからこそ、レイにしてみればそのような視線を向けられるのは半ば予想していた。
(ある意味、前もって体験出来てよかったということか)
これからレイはギルドの訓練場に向かう。
そうなれば、当然のように多くの者の目につく。
すると多くの者の視線がレイに向けられることになる。
あるいはドラゴンローブの持つ隠蔽の効果に期待出来るかもしれなかったが、その隠蔽の効果によってレイがどこにでも売ってるようなローブを着ているので、レイをレイと認識出来なくても、宝箱を開ける依頼を受けたオリーブと一緒にいて、ましてやデスサイズ以上にレイの象徴と言うべきセトと一緒にいれば、レイが自分の正体を隠すことはまず出来ない。
……いや、あるいは途中でセトと合流しないで直接訓練場に向かえば、レイをレイと認識される可能性は低くなるかもしれないが、そうなると今度は宝箱の中身を楽しみにしているセトを不機嫌にさせてしまう。
それはレイにとって、避けるべきことだった。
そんな訳で、今レイは前もって訓練……というのは少し大袈裟だが、とにかく倉庫の護衛をしていた冒険者達の憧れの視線を受け止めている。
(まぁ、この程度なら何とかなるか?)
自分に向けられる視線に、レイは少しだけ安堵する。
元々異名持ちのランクA冒険者として、そして様々な活躍が知られているレイだ。
それだけに、憧れの視線を向けられるのはそれなりに経験があったのが大きいだろう。
「悪いな。ちょっと覚悟が必要だったんだ」
「あー……なるほど。レイってばそういうのに慣れてないんだ? あれ、でもレイなら……」
「ガンダルシアにおいては、そういうのは慣れてないな」
「ふーん。まぁ、いいわ。じゃあ、行きましょう。……またね」
最後の言葉は、倉庫の護衛をしていた冒険者達に向けてのものだ。
レイに憧れの視線を向けていたうちの何人かは、オリーブのその言葉に頬を赤くして頭を下げる。
この冒険者達にとって、アイネンの泉というのは明らかに格上のパーティだ。
そんなパーティに所属している美人に声を掛けて貰ったのだから、喜ぶなという方が無理だった。
レイとオリーブは倉庫の護衛をしているパーティをその場に残し、ギルドに向かう。
「途中でセトと合流するの?」
「ああ、セトも宝箱を開けるのを楽しみにしていたしな」
「ふーん。……ちなみに、宝箱は四個あるって話だけど、どういう場所にあったの?」
オリーブが何気なく……いや、露骨に情報収集してくる。
自分がどの宝箱を開けるのかの参考にしたいのだろう。
レイはここは黙っていた方がいいのか? と思ったが、オリーブは今まで何度もレイの依頼を受けて宝箱を開けてくれている。
それだけの実績と信用があるのは間違いなく、だからこそレイは素直に話す。
「その前に、二十一階層について、どういう場所なのかは聞いてるか?」
「ええ。その辺もギルドは特に隠したりはしなかったし。地底湖の階層なんでしょう?」
「そうだ。宝箱のうちの一個はその地底湖の中州に埋まっていた奴だ。後は通路に二個並んで宝箱があったけど、その片方は触れただけで宝箱から刃が出てくるような代物だ。そして最後の一つが、今のところ一番奥にあった、こう……何個もの通路が重なっている場所の、一番上の通路の奥にあった宝箱だ」
「ふーん。……レイ的には一番重要なのはどれだと思う? やっぱり最後の宝箱?」
オリーブにしてみれば、宝箱を開ける報酬は中身の割合でと決めている。
だからこそ、どうせなら一番貴重な物が入っている宝箱を開けたいと思っていた。
……二十一階の宝箱となると、難易度は今までで一番高い。
それは分かっていたが、オリーブにとって……そして同じく依頼を受けたドラッシュやベルギリアにとっても、レイがそこにいるというのは非常に大きかった。
もし罠の解除に失敗して罠が発動しても、レイならどうにかしてくれると。
実際、以前オリーブが罠の解除に失敗した……いや、より正確には自分では解除出来ないと判断した結果、冒険者育成校の訓練場で意図的に罠を発動させ、それで召喚されたモンスターをレイが倒したということがあった。
そのように何かあってもレイなら何とかしてくれるという思いがあるからこそ、今回の二十一階の宝箱を開ける依頼も受けたのだろう。
そんな保険があるからこそ、一番貴重な……言い換えれば、一番危険な罠があるだろう宝箱を開けるつもりになったらしい。
「そうだな。通路が幾つも重なっているうちの、一番上の通路にあった宝箱だ。……ただ、中州にあった宝箱も気になってはいる。ただ、こっちは……そうだな、どう言えばいいか。例えば、そう。通路の奥にあった宝箱は貴重なのは間違いないが、中州の方は別の意味で貴重っぽい感じか?」
説明しにくそうにレイが話す。
もしオリーブがゲームについて知っていれば、レイももう少し分かりやすく説明出来ただろう。
例えば、ダンジョンを攻略するのに必要な、あるいは何か楽になるアイテムがピラミッド状の通路の一番上の通路の宝箱に入っていて、中州のような普通なら行くのが難しい場所にあった宝箱は、攻略には必須という訳ではないが、あると便利な道具か何かといったように。
もっとも、これはあくまでもレイの予想でしかない。
もしかしたらレイが思っているのとは全く違う物が入っている可能性もあるし、最悪罠だけで中身は空といった宝箱もあるかもしれない。
「ふーん。……まぁ、参考にさせて貰うわ」
「そうしてくれ。ちなみに一応言っておくが、宝箱がどういう場所にあったのかというのは、他の二人にも説明はするからな」
「えー……その辺は隠さない?」
「オリーブだけに有利な条件ってのは、かなり不味いしな」
オリーブも今の言葉は本気で言ったわけではなかったのか、それ以上は何も言ってこない。
ダンジョンの件ではなく世間話……どの店の料理が美味い、どの店の品揃えがいい、どの屋台の味が落ちた……そんなことを話題にしながら進んでいたのだが……
「え? オリーブ達、あの武器屋に行ったのか?」
オリーブから、巨大な戦斧が飾られている武器屋に行ってみたという話を聞いたレイは、思わず突っ込む。
「そうだけど……何? もしかしてレイも知ってるの?」
「いや、知ってるというか……あの戦斧、ダンジョンで入手して売ったの俺だし」
「え? そうなの? というか、どこであんな巨大な戦斧を手に入れたのよ?」
「神殿の階層だよ。コロッセオ……だと分からないか。闘技場があるって話を聞いてないか?」
「え? そうなの?」
数秒前と同じ言葉を口にするオリーブだったが、そこに込められた驚きの感情はより強いものになっていた。
「ああ。オリーブ達も行ってみたらどうだ? 一度しか入れない場所だし、一人で敵と戦う必要もあるから、強さに自信がないとかなり危険だが」
レイもセトも、自分の実力には自信がある。
その為、コロッセオでの戦闘にも全く問題なく勝利出来たが、そのような自信がなければコロッセオに挑戦するのは止めた方がいいだろうと思う。
「なるほどね。……でも、そうやって頑張って戦って勝利した結果、手に入るのが自分で使えない武器というのは、正直どうかと思うけど」
「まぁ、それは否定しない」
実際、レイにとってもあの巨大な戦斧を入手したのはいいが、自分ではとてもではないが使えなかった。
……いや、レイの身体能力を思えば、無理をすれば巨大な戦斧を使えただろう。
だが、デスサイズと黄昏の槍を捨ててまで使いたいかと言えば、それは否だ。
あるいは岩を上空から落とす時に岩の代わりに使うといった手段もあったが、それなら別に巨大な戦斧を使わなくても岩を上空から落とせばいい。
そんな訳で使い道のない巨大な戦斧は、それこそ武器屋が買い取って店の前に飾らなければ、鍛冶師にインゴットに戻して貰ったかもしれない。
そういう意味では、わざわざ危険を……それもパーティを組んでいる者がソロでコロッセオに挑む価値があるかどうかと言われれば、レイとしては微妙だろうと思える。
「機会があったら、挑戦してみたらどうだ? 自分の腕に自信があったらの話だが」
「そうね。……さて、それよりもそろそろ人が増えてきたけど、覚悟はいい?」
レイがオリーブと話している間も二人はギルドに向かって進んでおり、そうなると周囲には多くの冒険者の姿が見えてくる。
今のところ、オリーブと一緒にいてもレイをレイだと認識できないのか、レイに声を掛けてくる冒険者の姿はない。
(取りあえず、奇声は収まってるのだけでも喜ぶべきか)
レイが倉庫に向かう途中、大分離れているにも関わらず歓声や奇声が聞こえてきた。
倉庫の中に避難している間に、その辺りについても大分落ち着いてきたらしい。
その事に安堵しながらも、レイはオリーブと共にセトと合流すべくそちらに向かったのだが……
「えっと……これは一体何がどうなってこうなったんだ?」
十人以上……いや、二十人以上が地面に倒れているのを見たレイは、一体何があった? と疑問に思う。
そんなレイの姿に気が付いた……いや、実際には大分離れた場所にいる時から気が付いていたのだが、とにかくレイの姿を見つけたセトが嬉しそうに喉を鳴らす。
「グルルルルゥ!」
「え? あ、セトちゃん?」
セトを撫でていた女の冒険者が、喉を鳴らしながら立ち上がったセトを見て驚く。
ただ、セトの向かう先にレイがいるのを見て、納得した様子を見せる。
……それはつまり、レイをレイと認識しているということになるのだが。
ただ、セト好きなら仕方がないかという思いもレイの中にはあった。
「グルゥ、グルルルルゥ、グルルゥ」
待ってたよと、レイに向かって喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトを撫でつつ、自分に急激に視線が集まっていくのを感じていた。
先程まではドラゴンローブの隠蔽の効果とフードを被って顔を隠していたこともあり、多くの者がレイをレイだと認識出来なかった。
だが、こうしてセトが懐いているのを見れば、これ以上レイの存在を隠すことは出来ない。
「なぁ、おい。もしかしてあれ……レイじゃないか?」
あ、やばい。
周囲から聞こえてきた声に、レイはこのままここにいるのは不味いと判断する。
「じゃあ、セト。訓練場に行くぞ。……その前に、この連中はどうしたんだ?」
「えっと、その……そこにいる連中は、セトちゃんがレイさんの従魔と知って、その……突っ込んで来たんです」
突っ込むってどういう表現だ?
そう思ったレイだったが、ギルドから聞こえてきた歓声や奇声を思えば、何となく理解出来てしまう。
それはつまり、セトがレイの従魔だというのを知っているので、多くの者がセトに触ろうとしたり……あるいはドサクサ紛れに羽毛や羽根を抜こうとしたのだろうと。
それを防ぐ為に、セトが襲ってきた者達を気絶させた……
「なので、私達がセトちゃんを守る為に気絶させました」
「えっと……ああ、なるほど」
セトがやったのだろうと思っていたレイだったが、実はセトではなくセト好きの面々がセトを守る為に襲ってきた者達を倒したのだと言われ、レイは驚きながらも納得する。
セト好きの中にはガンダルシアの中では上位に位置する者も多い。
その代表的なのが、久遠の牙に所属するエミリーだろう。
ここにいるのはエミリー程ではないにしろ、十分に強力な冒険者揃いだったらしい。
「セトの為に悪いな。助かるよ」
「いえ、セトちゃんを守る為ですから」
「グルゥ!」
女に対し、セトも守ってくれてありがとうと喉を鳴らす。
そんなセトの鳴き声に、女は嬉しそうな様子を見せる。
……代わりに、周囲にいる他のセト好きの面々は、そんな女を羨ましそうに、恨めしそうに見ていたが。
「それより、早く行って下さい。ここにいると、またセトちゃんが面倒に巻き込まれそうですから」
レイではなく、あくまでもセトが面倒に巻き込まれるのを心配する女。
だが、実際にその言葉は間違っておらず、多くの者がレイから話を聞きたそうにしているので、ここにいると面倒なことになるだろうと、レイはセトとオリーブと共に訓練場に向かうのだった。




