4181話
倉庫でジャッシュがレイの出した素材を見ており、その間レイは適当に倉庫の中を見て回っていたのだが……それもやがて飽きて、レイは特に何をするでもなくぼうっとしていた。
そのまま二十分程が経過したところで……不意に、ゴンゴンと倉庫の扉を叩く音が周囲に響く。
あれ? もしかして自分がここにいるのが、二十一階に到達したということで騒いでいた者達に知られたのか?
レイはそう思ったのだが、その割には倉庫の外で誰かが騒いでいる様子はない。
もしレイの予想が当たっていたのなら、それこそレイが倉庫にいると、早くレイを出せと、倉庫の護衛を任されている冒険者達と騒ぎになっていてもおかしくはないのだから。
だが、倉庫の外で騒いでいる声の類は聞こえてこない。
「レイさん、もしよかったら私が出ましょうか?」
レイの様子に気が付いたのだろう。
素材の鑑定を止めたジャッシュが、レイに向かってそう言う。
そんなジャッシュに対し、レイは少し考えた後で首を横に振る。
「いや、俺が出るから気にするな。ジャッシュは素材の方に集中していてくれ」
元々、レイは特に何かやることもなくて退屈していたのだ。
そうなると、もしかしたら自分がここにいるのが見つかったのか? と疑問に思ったものの、暇潰しとしてちょっと顔を出すくらいはいいかと、思い直しておく。
もし自分を目当てに来たミーハーな者であっても、少人数なら相手をしても構わないだろうと、そう思い。
「そうですか? では、ありがたくそうさせて貰いますね」
そう言い、ジャッシュは再び素材を調べる行動に戻る。
そんなジャッシュをその場に残し、レイは倉庫の扉に近付く。
(扉を叩く音もさっきの一回だけだった。そう考えれば、来たのはミーハーな連中じゃないのか? 他に考えられるとすれば……ああ、ジャッシュに用件のある奴って可能性も否定は出来ないのか)
自分が倉庫の中にいるから、自分に用件のある誰かが来た……そうも思っていたのだが、ジャッシュもまた素材の買い取り金額の件でアニタと話していた内容から考えると、ギルドの中でそれなりに高い地位にいる者なのは間違いなかった。
であれば、そんなジャッシュに何らかの用件があって来た者がいる可能性も、決して否定は出来ない筈だった。
(ともあれ、出てみれば分かるか)
結局のところ、実際に顔を出して見なければどういう相手が来たのかは分からない。
そう判断し、扉の前まで移動して扉を開ける。
もしかしたら、扉を開けた瞬間にミーハーな者達が突っ込んで来るかもしれない。
そんな不安がレイの中にはあったのだが、扉が開いても特にそういうことはなかった。
扉の前には倉庫の護衛を任されている冒険者達のリーダーの男の姿があった。
「えっと、その……レイに用件のあるって女が来たんだけど」
「誰だ」
「私よ」
聞こえてきた声は、レイにとっても聞き覚えある声。
アイネンの泉に所属するオリーブの声だった。
レイはそんなオリーブの姿を見て、何故ここに来たのかを理解する。
「宝箱の件か?」
「ええ」
「……オリーブなら大丈夫だとは思うが、一応書類を見せてくれ」
狸の獣人の男の一件があってから、きちんと書類を確認するようアニタから言われている。
そんなレイに対し、近付いて来たオリーブは手にした書類を渡す。
……なお、急に近付いて来たオリーブの存在に、パーティリーダーの男が薄らと頬を赤くしているのが見えたが、それについてはレイはスルーした。
オリーブが美人で男に人気があるのは、これまでのやり取りで十分に理解していたからだ。
「うん、間違いないな。それにしても、やっぱりオリーブが依頼を受けたか」
「私が受けるのは当然でしょう? ……もっとも、私以外にももう二人依頼を受けた人がいるけど」
「……え? 二人?」
その人数はレイにとっても少し……いや、かなり意外だった。
二十一階という、多くの者にとっては未知の階層から見つかった宝箱を開ける依頼を受ける者が、そんなにいるとは思えなかったのだ。
(いや、寧ろ二十一階の宝箱だから受けようとした者がいてもおかしくはないか。もっとも、明らかに無理があると思えば受付嬢の方で止めてくれるんだし、そういう意味では依頼受理された以上、受付嬢の方で問題ないと判断したんだろうけど)
ただの記念的な意味で依頼を受けようとした者達ではなく、しっかりと問題ないと……宝箱を開けられるだろう実力はあると判断され、依頼を受理されたのだ。
であれば、レイもオリーブ以外の二人についてはそこまで心配しなくてもいいだろうと思う。
……なお、オリーブについて心配していないのは、単純にこれまでの経験からだ。
モンスターを召喚する罠の件もあるので、オリーブが絶対に二十一階の宝箱の罠の解除や鍵の開錠に成功するとは思わない。
思わないが、それでもこれまでの経験からすると、オリーブになら任せられるという思いがレイの中にはあった。
「ええ、二人よ。一人は久遠の牙のドラッシュ、そしてもう一人は巨人の鉄槌のベルギリアよ」
「ドラッシュは以前ちょっと話したことがあるな。けど、巨人の鉄槌?」
理解出来ていないといったレイの様子に、オリーブは呆れを……本当に心の底からの呆れの視線を向ける。
「なんで知らないのよ。私達や久遠の牙と一緒に二十階に到達していたパーティよ」
「ああ、そう言えば……」
何だかんだと、今まで接する機会のなかったパーティ。
それが、巨人の鉄槌だった。
「けど……なるほど。だから受付嬢も許可をした訳だ」
もし実力も伴っていないのに、二十一階に到達したレイが見つけてきた宝箱だからということで、記念に……という思いから依頼を受けようとした者がいれば、受付嬢の方でそれを止めていただろう。
だが、二十階に到達してるパーティに所属している者となれば、受付嬢も実力は十分にあると判断してもおかしくはない。
「けど、ドラッシュは以前ちょっと話してみた感じだと、探索か罠の解除とかをするんじゃなくて、前線で戦うようなタイプに見えたけどな」
「そうね、それは間違っていないわ。どっちも得意としているというのが正確だけど」
あっさりとそう言ってくるオリーブに、レイはなるほどと頷く。
「ともあれ……この書類を持ってきた以上、行くしかない訳だ」
「そうね。レイにとってはあまり好ましくはないとは思うんだけど、それはそれで仕方がないでしょ」
「えっと? どういう意味なんです?」
レイとオリーブの会話を聞いていたパーティリーダーの男が、不思議そうに聞く。
そんな男に、オリーブは不思議そうな視線を向ける。
オリーブにしてみれば、現在ギルドでは……いや、ギルドだけではない。それこそガンダルシア中で、レイが二十一階に到達した件について騒ぎになっているのだ。
なのに、何故この男はそれを知らないのか……そう思ったのだろう。
だが、すぐにこの倉庫がギルドの敷地内にはあっても、防犯上の理由からギルドからそれなりに離れた場所にあり、その護衛としてここにいる以上、この場所から動くことは出来ないのだと理解する。
「レイ」
どうする? とレイの名前を呼んで聞くオリーブ。
レイは少し考え、どのみちこの状況がいつまでも続く訳ではないと判断し……それどころか、これから宝箱を開けに訓練場まで行くのだから、隠しておいても意味はないだろうと判断する。
「話してもいい。俺は中にいるジャッシュに声を掛けてくる」
そう言い、レイは倉庫に戻る。
「ジャッシュ、ちょっといいか?」
「はい、何でしょう? もしかして、私に何か用件でしたか?」
素材を調べていたジャッシュが、顔を上げてそう尋ねる。
どうやら扉を叩いたのはジャッシュに用件のある者だったと予想していたのだろう。
だが、レイはそんなジャッシュに対して首を横に振る。
「いや、違う。用件は俺だった、宝箱を開ける依頼の件についてだ」
「……ああ、なるほど。分かりました。ではレイさんはそちらに?」
「こうして迎えにきた以上、行かない訳にはいかないだろうな」
少し……本当に少しだけだが、レイはここで宝箱を出してそれを荷車か何かで持っていって貰ってはどうか? と思った。
だが、実際にそのようなことをした場合、間違いなく面倒なことになるだろうというのも予想出来てしまった。
これだけ二十一階に到達した件についての話が広まっているのに、それを行ったレイがいつまでも姿を現さないとなると、それこそ話を聞いて騒いでいる者達が暴走しかねない。
レイにしてみれば、出来ればそういうことは可能な限り避けたかった。
また……相手がオリーブなのでその心配はまずないと思うが、運んでいる途中で宝箱を奪って逃げるといったことも考えないといけない。
(ギルドで待ってる連中は、この件で俺が出てくるのだけは予想しているだろうしな。そうなると、ここで俺が出て来なかったら、混乱……それとも暴動か? とにかくそういう感じになる可能性は否定出来ない。なら、やっぱり俺が行くしかない、か)
面倒だとは思うが、実際にそうする必要があるだろうというのは、レイにも理解出来た。
「そうですか。では、私はまだここにいますので。レイさんは気を付けて下さいね」
「素材の件は任せた。あまり安いようだと、ギルドに売る気もなくなるしな」
「レイさんの考えは分かりますが、素材と一口にいっても使い道がない素材、そして使い道が非常に限られている素材となると、ギルドとしても高額で買い取ることは出来ないんですよ」
「だろうな。まぁ、その時は他に高額で買い取ってくれる相手か……もしくは、必要になるまで俺が持っておくよ」
前者はともかく、後者はミスティリングを持っているレイだからこそ出来ることだ。
収集容量が無限……あるいは限界があるのかもしれないが、レイにはその限界は分からない。
そして中に入れておけば時間も流れないので、それによって素材が使い物にならなくなることもない。
いつか何らかの理由でその素材が必要になったら、ミスティリングから出せばいい。
……もっとも、そういう素材は既に結構な量がミスティリングに収納されているのだが。
そんな大量の素材だが、不幸中の幸いと言うべきか、もしくはミスティリングを作ったゼパイル一門の錬金術師にして、歴史上最高の錬金術師と呼ばれているエスタ・ノールもそのようなことになると想定していたのか、それともレイとそう違わない時代からこの世界にやって来たタクム・スズノセがゲーム知識からそうアドバイスしたのか。
とにかくミスティリングの中に何が入っているのかは、レイの脳裏にリストが浮かび上がるようになっている。
その為、どの素材がどのくらい入っているのかは、レイにも十分に理解出来ていた。
……その素材をどう使うのかといった知識はないので、半ば宝の持ち腐れ、猫に小判といったところではあったが。
「そうですね。それが一番いいかもしれません。……ギルドにも、廉価版ではない本物のアイテムボックスがあれば、倉庫とかも必要なかったりするんですけどね」
「あれば便利なのは間違いないだろうな。……ああ、でもガンダルシアならまだ万が一の可能性がない訳でもないのか。ダンジョンの存在を考えれば、もしかしたらだが、宝箱とかで入手出来る可能性もあるだろうし」
レイの言葉は、間違ってはいない。
もっとも、それは一%……どころか、その百分の一、千分の一、万分の一、億分の一……それよりも更に可能性は低いかもしれなかったが。
ただ、それでもここがダンジョンである以上、もしかしたら……本当にもしかしたらの話だが、入手出来る可能性はあった。
「あははは。そうだといいんですけどね」
ジャッシュも、可能性はゼロではないというのは理解しているものの、実際にアイテムボックスが見つかる可能性は恐ろしく低いというのは知っており、だからこそレイの言葉に対して真剣に頷くことは出来なかった。
……あるいは、もしその恐ろしく低い可能性を引き当てた冒険者がいるとしても、そのアイテムボックスをギルドに売ってくれるかどうかはまた別の問題だ。
冒険者としてやっていく上で……いや、アイテムボックスさえあえれば、冒険者ではなく商人であろうとも、あるいは貴族や王族に仕えることも可能だろう。
そんなアイテムボックスを、大金を出すだろうとはいえ、ギルドにそう簡単に売るかどうかは……微妙なところだろう。
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ」
これ以上話していると、オリーブが倉庫の中まで迎えにきかねない。
そう思い、レイは倉庫を出ることにするのだった。




