4157話
結局レイの提案はギルド側に受け入れられた。
ギルドとしては、ダンジョンの攻略を少しでも進めたという実績が欲しい為に、出来ればすぐにでも二十一階に到達したといった情報を広めたかった。
だが、レイの言うようにギミックがあり、それを解除するなり動かすなりするのが前提で二十一階に続く階段があるというのが、ギルドでも気になったのだろう。
もしレイの提案を無視して、二十一階に到達したといったことを公表した場合、その時は間違いなくギルドは……いや、ガンダルシアは盛り上がるだろう。
だが、その情報を元に現在二十階を探索しているパーティがストーンヘンジの仕掛けから二十一階に行った結果、実はそこは少し広いけど行き止まりの部屋でしたとなったら、ギルドの面子は大きく潰れる。
いや、それだけではなく、ギルドの信用度もまた大きく落ちてしまうだろう。
ギルドとして少し発表を遅らせることによって、そうなる可能性を排除出来るのなら、ここでレイに任せないといった選択肢はなかったのだろう。
その後、素材の類をギルドに売り、その代金を受け取ったレイはギルドの一階に下りてきていた。
「さて、思ったよりも早かったけど……ギルドが忙しくなってるのは間違いないか」
蜃の貝殻の見学会によって、今日のギルドの人数はかなり減っている。
そんな中で、更にレイはアニタを自分の用事の為にカウンターから連れ出していたのだ。
幸いなことにアニタを連れ出した時間はそこまで長いものではなかったものの、それでもギルドが忙しくなる時間になりつつあるのは間違いない。
事実、レイとの話を終えたアニタは素早くカウンターに戻ったのだから。
そんな訳で、レイは忙しくなってきたギルドにいつまでもいる訳にもいかないので、ギルドから出る。
するとギルドから出た場所では、予想通りセトが何人ものセト好きの者達によって遊んで貰っていた。
(思ったよりも早く終わってしまったんだよな)
レイはギルドに入る前に、今日は時間が掛かるだろうからセトにはゆっくりと遊んでいて欲しいといったようなことを言ってあった。
だというのに、実際にはこうして本格的に忙しくなる時間よりも前にギルドでの話を終えてしまったのだ。
あるいはギルドがレイの提案を即断即決出来ていなければ、まだ時間は掛かっていたかもしれないが……幸い、そのようなことはなかった。
その為、レイも今こうしてここにいる訳だ。
「セト!」
セトと遊んでいるセト好きの面々、あるいは遊んで貰っているセトには悪いと思ったレイだったが、だからといっていつまでもこのまま待っている訳にはいかないのも事実。
その為、こうしてレイは声を掛けたのだが……
「グルルルルゥ!」
レイの声に反応したセトが、嬉しそうに喉を鳴らす。
レイが時間が掛かる云々といった一件は、既に忘れたかのような様子で。
セトにしてみれば、レイと一緒にいる方がセト好きの面々に遊んで貰うよりも楽しいのだろう。
……セト好きの面々に、それが納得出来るかどうかは別の話だったが。
もっとも、セト好きだけにセトの迷惑になるようなことをしようと思う者はここにはいなかったのか、素直にレイに近付いていくセトに『バイバイ』や『また明日ね』といった言葉を言うだけだったが。
「グルルゥ」
レイの側までやってきたセトは、これからどうするの? と喉を鳴らす。
レイはそんなセトを撫でつつ、どうするべきかを考える。
(当初の予定だと、武器屋に行くつもりだったんだけど……二十一階の件については、まだ公表しないってことになったしな。あ、でも別に大々的に公表しないってことにはしておいても、武器屋にこっそりその件について教えるとか、そういうのならいいのか?)
そう思ったレイだったが、店の前に飾るようになった巨大な戦斧の件もあり、現在あの武器屋はかなり繁盛している。
それはレイも自分の目で直接見たので、間違いなかった。
それだけに、もしそのような武器屋で二十一階の武器だと言ってモーニングスターを売ったらどうなるか。
ましてや、その武器屋の店は決して広くはない。
もしレイが武器を売る為に店長と話をしていれば、その声が店の中に聞こえてしまうくらいには狭い部屋なのだ。
だからこそ、もしそのような店で二十一階で入手した武器だと言えば、それが他の客に聞こえる可能性は充分にあった。
……あるいは店長が驚きで声を上げ、それが店の中に響くか。
後者の可能性はレイから見ても十分にありえるかもしれないと思ってしまう。
何しろ、二十一階産の武器なのだから。
あるいは他の素材と同じくギルドで売ってもよかったのでは? と思わないでもなかったが、一応あの武器屋には色々と迷惑を掛けている以上、早めに武器を回すくらいはしてもいいだろうと、そうレイには思えたのだ。
「うん、そうだな。やっぱりまずは武器屋だ」
店の裏なりなんなり、人のいない場所、声の聞こえない場所に店長を呼んで、『ここだけの話』といった感じでモーニングスターを売ればいいだろう。
実際に店に出るのは、明日以降、あるいは明日レイが二十一階の調査をするので、それが発表されて動きが活発になる明後日以降にモーニングスターを店に並べれば、そこまで混乱はない筈だった。
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
レイが何を考えているのかは、セトも分からない。
分からないが、それでもレイが行くと言うのなら、セトはレイと一緒に行くだけだった。
「悪いな、セト。……武器屋での一件が終わったら、家に帰る前にちょっと買い食いでもしていくか」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、武器屋でレイが何かをするにしても、それは特に気にならない。
レイと一緒に行動出来れば、それで十分だったのだろう。
そうしてレイはセトと共にギルドの前を後にし……目的の武器屋に向かうのだった。
「うん、やっぱり客……いや、見物人? そういう連中がまだ多いな」
武器屋の前にやってきたレイだったが、そこにはやはり店の前に飾った巨大な戦斧を見に来ている者が多かった。
昨日と比べても、若干人数が多くなっている気がする。
(まさに観光名所って感じか。もっとも、こういうのは基本的に一度見ればそれで十分って感じになると思うんだけどな)
それでも視線の先にある武器屋の前……正確には店の前に飾ってある巨大な戦斧の前は多くの人で賑わっている。
(ガンダルシアは結構大きいから、ここに一度に来られる人数は決まっている。それがいい感じに影響して、常に観客がいる状況を作ってるのかもしれないな)
簡単に予想するレイだったが、それが本当に正解なのかどうかは分からない。
あくまでもそうではないか? と思っているだけなのだから。
「じゃあ、俺はちょっと武器屋に行ってくる。セトはここで待っていてくれ。セトなら大丈夫だとは思うけど、何か妙な奴が来たら相応の対処はするんだぞ」
そうレイが言うのは、やはり狸の獣人の男の一件があった為だろう。
もしかしたらレイに直接危害を加えるのは難しいと判断し、標的をセトに変更するといった可能性も十分にあったのだから。
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは任せてと喉を鳴らし、その場に残る。
……そんなセトだけに、レイも安心して任せることが出来た。
寧ろ狸の獣人の男が……あるいはそれを雇った存在が下手にセトにちょっかいを出すようなことがあれば、それこそ即座にセトがその相手を捕らえてくれるだろうことは間違いなかったのだから。
セトを信じているレイは武器屋に向かい……
「ちょっと、これは……」
巨大な戦斧の前に集まっている見物人達の間をすり抜けるようにしながら進む。
(用意した俺が言うのも何だけど、この巨大な戦斧の何がそこまで人を惹きつけるんだ?)
大きさこそ普通の戦斧とは違うものの、その形はあくまでも普通の戦斧でしかない。
とてもではないが、わざわざこの戦斧を見に来るような者が大量にいるとはレイには思えない。
ただ、それはあくまでもレイの考えでしかない。
このガンダルシアは、言うまでもなく迷宮都市だ。
多くの冒険者がダンジョンを目当てに集まっており、ガンダルシアにある店の多くも冒険者を相手にした商売であったり、あるいはダンジョンから採れる素材を目当てにしたものだったりが多い。
そしてガンダルシアで育つ子供達は当然のようにそんな冒険者に憧れる。
だが子供がダンジョンに挑戦する冒険者に憧れるのなら、才能であったり資金的な問題や人づきあいの問題、他にも色々な理由によって冒険者に憧れつつも、諦める道を選ぶ者がいるのも事実。
……いや、寧ろ冒険者にならない者の方が多いだろう。
それだけ、冒険者というのは危険な職業なのだから。
だからこそ、そんな者達にとってダンジョンに潜らずともダンジョンを感じさせてくれる巨大な戦斧というのは魅力的だった。
これが例えば、ただの戦斧ならわざわざ見に来る者もいないだろう。
だが、この戦斧は巨大だ。
レイが神殿の階層にあるコロッセオで戦った、巨大なミノタウロスが使っていた巨大な戦斧。
……実際には本当に巨大なミノタウロスを倒した後の宝箱から出て来たので、巨大なミノタウロスが実際に使っていた物かどうかは分からないのだが。
ただ、そこまでの詳細はこれを見に来ている者は知らない。
ダンジョンでモンスターが使っていた巨大な戦斧だと言われれば、これだけの巨大さからそういうものかと納得するだろう。
少し見る目があれば、武器に汚れや欠けの類がないのを疑問に思ってもおかしくはなかったが。
ともあれ、その為に多くの者が集まっている中、レイは何とか人の間を抜けて店に入ることに成功し……
「ふぅ」
ようやく人の数が減り、そのことに安堵の息を吐くレイ。
そうして改めて店の中を見てみると、店の中には客がそれなりに多いものの、それでも店の外と比べるとかなり少ない。
……それだけ、店の前にいる見物人が多いということなのだろう。
「おう、レイか。どうした? また何か武器を持ってきたのか?」
相変わらず筋肉を見せつけるかのような身体付きの店長が、レイに気が付くとそう声を掛けてくる。
客の相手はいいのか?
そう思うレイだったが、見た感じでは特に店長が客の相手をする必要はないのだろうと思う。
「武器を持ってきたのは間違いないけど、ちょっと訳ありの武器でな。あまり人に聞かせたくない」
「……へぇ。分かった。じゃあ、店の奥で話そう」
あっさりとそう口にする店長だったが、それにレイは驚く。
「いいのか? 店の奥ってことは、この売り場に誰もいなくなるってことだろ?」
「ん? ああ。心配するな。店の前にレイから買い取った戦斧を飾ってから店が忙しくてな。知り合いを臨時に雇ってるんだよ。そいつは店の奥で休んでるから、店のことはそいつに任せればいい」
休んでるのに、また働かせるってのはいいのか?
そう思ったレイだったが、この店のことである以上、自分がわざわざ口を出す必要はないだろうと、止めておく。
そうしてレイは店長に連れられて店の奥に移動する。
「え? 店長? どうしたんですか?」
「悪いな、ちょっと客と話があるから、ここを使わせて貰う、お前は店の方を頼む」
「ちょ……折角休めると思ったのに……いいですか、店長。その話が終わったらしっかりと休ませて貰いますからね。それと今日の仕事が終わった後の酒場で料理一品……いや、二品店長の奢りで」
「分かった、分かった。料理だけじゃなくて今日の酒場は俺が奢ってやるから」
「いよっしゃあっ! じゃあ、行ってきます!」
店長との短い交渉を終えると、店の奥……三畳程度の小さな部屋で休んでいた男は、即座に店に出ていった。
「いいのか? いや、話を持ってきた俺がこう言うのもどうかと思うが」
「構わねえよ。レイが持ってきた話だからこそ、余計にな。それにレイのお陰で店は繁盛してるんだ。臨時とはいえ、店員に奢るくらいの余裕はある。……で、今日は一体何を持ってきたんだ? わざわざここまでするってことは、普通の武器ってわけじゃないんだろ?」
話を先に進めたい店長の言葉に、レイはならこの件についてはわざわざ話す必要もないかと考え、ミスティリングからモーニングスターを一つ取り出す。
「何だこれは……モーニングスター? ……これをうちの店に売るってのか?」
途端に興味のない様子を見せる店長。
扱いが難しい武器である以上、モーニングスターを好んで買う者は決して多くはない。
だからこそ、商売にならないと判断しての態度だったのだろうが……
「これが、二十一階に出たモンスターの使っていた武器でもか?」
その言葉に、店長はピタリと動きを止めるのだった。




