4156話
二十一階から上に出たレイとセトは、無事に二十階にある転移水晶のある場所まで移動出来た。
レイにしてみれば、セトに乗って結構な時間走り続けていたのもあって、もしかしたら道に迷うかもしれないと思ったのだが、セトは一切迷うことなく転移水晶にある場所まで到着した。
……途中で数匹の小型のミノタウロスと遭遇したものの、走っているセトやそれに乗っているレイにしてみれば、行きがけの駄賃とばかりに近くを通りすぎざまに一撃を入れて倒し、素材の回収といったこともせず、死体はそのままそこに残し、転移水晶まで戻ってくると、すぐにダンジョンを脱出する。
「いつもよりちょっと……いや、大分早いか?」
地上に脱出したレイは、空を見上げながらそう呟く。
いつもなら午後四時前後くらいにダンジョンを脱出してるのだが、今日はまだ午後三時すぎといったところか。
ダンジョンに潜ったのが午後一時前だったことを思えば、実質的にダンジョンに潜っていたのは二時間程となる。
……セトの移動速度や飛行速度があってこそのことではあるが、普通に考えればとてもではないがダンジョンに潜っているような時間ではない。
レイはいつもダンジョンから出て来た時に見る太陽がまだ十分に高い位置にあるのを確認し、セトに声を掛ける。
「じゃあ、セト。俺はいつものようにギルドに行ってくる。多分だけど、戻ってくるのは遅くなるだろうから、セトはここで待っていてくれ。……それとも、一度家に戻るか?」
あまりにも待たせすぎることになるのは悪いと思ってそう尋ねるレイだったが……
「グルルゥ!」
セトはここがいいと、そう喉を鳴らす。
セトは家の庭でゆっくりするのも楽しいが、ここで自分に好意的な人達と遊ぶのも好きだ。
なので、今日はここでゆっくりしたいと、そう思ったのだろう。
「分かった。じゃあ、ちょっと時間は掛かるかもしれないけど、セトはここで待っていてくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
そんなセトを一撫でしてから、レイはギルドに入っていったのだが……
「お?」
ギルドの中に入ったレイの口から、ちょっとした驚きの声が漏れる。
その理由は、視線の先……カウンターにアニタの姿があった為だ。
そのアニタも今はまだ時間が早いこともあってカウンターの前には誰もいないので、すぐレイの姿に気が付く。
レイはそのままカウンターに向かい……
「蜃の貝殻の見学会の方はどうなったんだ?」
「他の人に代わって貰いました。私は朝からずっと向こうだったので、一応途中で休憩とかはしてたんですが、それでもやっぱりずっと向こうというのは疲れますしね」
「……まぁ、だろうな」
見学会にやってきた者の中には自分なら何をしても許される……とまではいかないが、それでも多少の無理は自分の力や金でどうにかなると思っている者も多そうにレイには見えた。
そのような者達が集まれば、そして初めて見る蜃の貝殻を前にして、何も起きない筈もないことは、レイにも容易に予想出来る。
また、普段ならそのような者達があまり見ることのないギルドの受付嬢……顔立ちも採用基準の一つとなっている受付嬢を間近にすれば、一体どのような騒動になるのか。
レイにしてみれば、うわぁ……といったような感想すら抱いてしまう。
そんな者達の対処をしつつ、見学会についても進めていたのだから、途中で交代になってもレイとしては驚くよりも寧ろ納得すら出来た。
「それで、レイさん。今日はどうしたんです? いつもより大分早いですけど」
「あー……そうだな。ちょっと重要な話があるんだけど、どうする? 人もあまりいないし、ここでするか? それともいつものように二階に向かうか?」
レイのその言葉に、アニタは即座に決断する。
「二階に行きましょう」
アニタも、それなりにレイとの付き合いは長くなってきたつもりだ。
それだけに、レイがこのように言ってくる以上、レイにはその気がなくても、実際にレイが持ってきた話の内容はかなりの衝撃なのだろうというのは、容易に予想出来てしまう。
この場で迂闊に話を聞けば、それによってどのような騒動が巻き起こるか。
そう思えば、アニタにとって二階に行かないという選択肢は存在しなかった。
「分かった。じゃあ、二階で」
レイとしても、別にどうしてもここで話をしたいという訳ではないので、アニタが二階で話したいと言うのなら、それに否と言うようなことはない。
そうしてレイはアニタと共に二階に行く。
既に何度か使っているので、慣れた部屋。
その部屋にある椅子に座る。
アニタは机を挟んで、レイの前に座る。
「それで、レイさん。今日は一体どういう騒動を持ち込んだんです?」
「何だか俺がいつも騒動しか持ち込んでないように聞こえるな」
「……自覚がないと?」
呆れた様子でそう言われると、レイとしても反論するのは難しい。
自分が今まで何度もギルドで騒動を起こしているのは、十分に理解しているのだから。
「えっと……じゃあ、そうだな。まずはこれを見て欲しい」
そう言い、レイはミスティリングから取りだした巨大なカニの甲殻を机の上に置く。
「っ!?」
いきなり目の前に現れた甲殻に、アニタは息を呑む。
それでも大きな声を発したりしないのは、それだけレイという存在に慣れていたからだろう。
「これは……?」
「モンスターの甲殻だってのは、言わなくても分かるか」
「当然です。それにレイさんがこうして出した物なんですから、ただのモンスターの甲殻ではないのも理解しています」
「二十一階のモンスターの素材だ」
さらり、と。
レイの口から何気なく出た言葉に、最初アニタは気が付かなかった。
「そうですか。二十一階にもこんな甲殻を持ったモンスターが……モンスターが……え? あれ? えっと……」
気が付かなかったものの、話をしている最中に何かおかしいと思ったアニタは、自分とレイとのやり取りを思い出し……
「っ!?」
そこでようやくレイの口から出た二十一階という言葉に、動きを止める。
そして、ギギギ……といった音が似合う動きでレイに視線を向け、口を開く。
「えっと、その……今、私の聞き間違いじゃなければ、二十一階と、そう言ったように思うんですが」
「そうだな。その通りだ。今日、俺は二十一階に到達した。……正直なところ、まだ二十階の探索もろくにしてないのに二十一階の階段を見つけたのはどうかと思うけど」
レイにしてみれば、別に自分が次の階層を見つけたいという思いがある訳でもない。
いや、全くないと言えば嘘になるが、レイの場合は自分達の探索速度を考えると、二十一階は無理でも、二十二階、あるいは二十三階辺りで久遠の牙を抜き、自分達がトップになるだろうと思っていた。
そういう意味で、別にどうしても今ここで自分がトップにならなくてもと思っていたところで今回の一件だ。
「……いや、何でそんなに冷静なんですか? 二十一階ですよ? 久遠の牙を始めとしたパーティが見つけることが出来なかった二十一階に続く階段を見つけたのに……普通はもっとこう、自慢したりするものじゃないですか?」
「そう言われてもな。階段を見つけた経緯が経緯だし」
実際、レイはストーンヘンジのある場所にあった巨岩をミスティリングに収納しただけだったのだ。
まさかそれによって二十一階に続く階段が姿を現すとは、思ってもいなかった。
「……ちなみに、もしよければ、どこに階段があったのかを教えて貰ってもいいですか? 勿論、レイさんが話してもいいと思っているのならですが」
「別に構わないぞ。この件は隠しておく必要はないと思うし」
あっさりと……それはもうあっさりと、レイはそう言う。
そんなレイの態度に驚いたのは、寧ろアニタだ。
普通なら自分がどうやって二十一階まで行ったのかといった事は、そう簡単に話したりはしない。
自分だけが二十一階にいるというのは、それだけ大きなメリットなのだから。
だが、レイがこうしてあっさりと二十一階に行く方法を話してしまえば、当然ながら他のパーティ……現在二十階にいるパーティも、その情報を元にして二十一階に進む。
「えっと……聞いておいてなんですが、本当にいいんですか? だって二十一階ですよ?」
「ああ、問題ない。そのうち二十二階に通じる階段を見つけることになるだろうし。それに……二十一階なのは間違いないが、まだそこまで探索はしていないしな。もしかしたら……本当にもしかしたらだが、二十一階は二十一階だが、正規の道じゃなくて隠し部屋的な存在である可能性もある」
レイとしては、恐らくその可能性はないだろうと思っている。
だが、実際に探索をした訳ではない以上、レイとしてもそう断言は出来なかった。
(それに……ストーンヘンジの仕掛けは、明らかに普通じゃないしな)
今までガンダルシアのダンジョンを攻略した限りでは、ストーンヘンジのように岩を動かすなり消すなりしないと階段が現れないというのは、疑問が残る。
そもそも、レイがミスティリングに収納した巨岩の重量を考えると、普通はそれを動かすことはそう簡単ではない。
レイの場合はミスティリングがあったのでその辺の対処は難しくなかったものの、それはあくまでもレイだからだ。
普通の冒険者達にそのようなことがそう簡単に出来るかと言われれば……それは微妙なところだろう。
勿論、それをやれば二十一階に行けると知れば、予想外の力を発揮して巨岩を動かすといったことも出来るかもしれないが。
「その、この甲殻は二十一階のモンスターの素材なんですよね? なら、隠し部屋かどうかというのは、レイさんなら分かってるのでは?」
「階段を下りたばかりのところでモンスターと遭遇したしな。二十一階の探索そのものはそこまで進んでいる訳じゃない」
もう少し時間に余裕があれば、レイもそうしたかもしれない。
だが、今日は元々ギルドが混むだろうと予想していたこともあり、いつもより早めにダンジョンの探索を切り上げたのだ。
「そう、ですか。……それでその、レイさんが二十一階に到達したという件については、公表してもいいのでしょうか?」
「いいとは思うけど、問題なのはさっきも言ったように、本当に俺の下りた場所が二十一階の正規ルートだったかどうか分からないってことだ。もし大々的に発表して、実は違いましたなんてことになったら、洒落にならないだろう?」
「……出来れば、その辺についてはレイさんに確認してきて欲しかったところですね。ただ、今までの経験からすると、隠し部屋といったものはありましたが、階層を跨いでとなると、レイさんから報告のあった、神殿の階層のものしか今のところ知られてません」
「それがまた問題を微妙にしてる感じなんだよな」
「ですけど、何故レイさんがそこまで気にするのでしょう? いえ、勿論レイさんが嘘を口にしてるとは思いません。ただ、そのような場所であったのなら普通に見れば分かるのでは?」
「そうだな。理由としてはさっきアニタが聞いてきた、どこに階段があったってのとも関係してくる。二十階にはストーンヘンジ……と言っても分からないか。巨岩で出来た遺跡のような場所があるんだけど、知ってるか?」
「はい、そのような場所があるとは聞いています」
「その中の一つの巨岩をミスティリングに収納したところで、その遺跡の中央部分に階段が出来た。俺が収納した巨岩限定なのか、それとも遺跡にある巨岩をどれでもいいから動かせばそうなるのかは分からないが、とにかく普通に階段があるんじゃなくて、ギミックの類を解除することによって階段が現れる仕組みだ。……今までの階層とは明らかに違うだろう? それこそ隠し部屋っぽいと思わないか?」
そんなレイの説明に、アニタはなるほどと頷く。
アニタもダンジョンについての情報は色々と知っているものの、レイが今言ったように何らかのギミックがあり、それを解除するなり動かしたりするというのを前提で次の階層に向かう階段が出てくるというのは、初めて知った。
「レイさんの説明には納得出来ます。ですが、既に二十階の探索を続けてから結構な時間が経っているのも間違いありません。だとすれば、やはりレイさんが今日見つけた階段こそが正式な二十一階に続くルートなのでは?」
「どうだろうな。アニタの立場としてはそういう風に思いたいのは納得出来る。けど……いや、そうだな。なら、明日は二十階を探索しようと思っていたが、二十一階と思しき場所を探索してみるか。それでももし本当に二十一階に続く正式なルートなら、公表してもいいってことでどうだ?」
レイの提案に、アニタは難しい表情を浮かべるも……やがて上司と相談させて欲しいと言うのだった。




