4022話
「あー……やっと入れた」
猫店長の店に入ったレイは、大きく息を吐く。
猫店長の店は猫店長が半ば趣味でやってる店だ。
それだけに客を選ぶ。
その第一の関門が猫店長の店を見つけることになる。
裏通りとまではいかないが、それでも裏通りに近い場所にあり、特に看板の類がある訳でもない。
そんな場所に、まさかマジックアイテムを取り扱っている店があるとは、普通は思わないだろう。
だからこそ、まずはこの店を見つけるのが第一の関門となる。
……もっとも、別に自分で見つける必要は必ずしもない。
先輩や友人といった相手から、この店について教えて貰えばそれでいいのだから。
猫店長もそれは禁止していないので、その辺については何の問題もない。
そして第二が、店の扉やその周辺で特定の動作をしたり、特定の場所に触れたりといったことをして、扉を開けること。
これはずっと同じ動作で開くのではなく、ランダムで変わる。
今回はレイがギルムに戻っている間に変わっていたようで、レイも中に入るのにそれなりに苦労したのだ。
何度か失敗した時は、店に入るのを諦めようかとも思ったのだが、こうして入ることが出来てしまえば、諦めないでよかったと思う。
「おや、いらっしゃい。久しぶりだね」
通路を進み、商品を置いている場所に出る。
するとそこには、猫の着ぐるみを着た人物……猫店長の姿があった。
もう夕方ということもあり、ダンジョンを出た冒険者が何らかのマジックアイテムでも売りに来ているかもしれないと思ったのだが、店の中にいるのは猫店長だけで他に冒険者の姿はない。
少し早くダンジョンを出た冒険者が、もうマジックアイテムを売って店を出たのか、それとも冒険者が来るのはこれからなのか。
それはレイにも分からなかったが、レイにしてみれば他に客がいないのなら手っ取り早く猫店長と商談が出来るので嬉しい限りだ。
「ちょっと聞きたいんだが、指輪型の魔法発動体が入荷したって話だけど、まだ残ってるか?」
「指輪型の魔法発動体を? ……けど、レイは立派な魔法発動体を持っていただろう?」
「デスサイズのことか? まぁ、それは間違いないが、それはつまりちょっとした魔法を使うにしても、デスサイズを出さないといけないんだよ」
デスサイズの持つ特殊な能力の一つに、レイとセトには重量を感じさせないというのがある。
そういう意味で、重量的には何の問題もない。
ないのだが、それはあくまでも重量的な意味での話だ。
幾ら重量が軽くても、柄の長さが二m、刃の長さが一mというデスサイズは、持ち歩くにはどうしても邪魔になる。
レイはミスティリングを持っているのだから、必要な時だけデスサイズを出して、使ったら即座にまたミスティリングに収納する……といったことも出来ない訳ではないが、毎回それをやるのも面倒臭い。
もし他にどうしようもないのなら、そのようにする必要もあるだろうが、そうしなくてもいいのなら、その方が楽なのも事実。
だからこそ、レイはそれをどうにか出来るかもしれない指輪型の魔法発動体が猫店長の店で売られたと聞いて、それを確認しにきたのだから。
「なるほど、そういうことであれば納得出来る。レイが言うように、少し前に指輪型の魔法発動体が入荷した。何でも十三階の宝箱で入手したらしい」
「……それって、俺に言ってもいいのか?」
「構わない。レイも知っての通り、宝箱というのはその時によって入ってる物が違う。今回入荷した魔法発動体が十三階の宝箱から入手したとはいえ、次も十三階の宝箱から同じ物が出る筈もないというのは、レイも分かるだろう?」
猫店長の言葉に、レイもそうだろうなと思う。
宝箱をそれなりに見つけてきたレイだからこそ、猫店長の言葉には納得するしか出来なかったらしい。
(それにしても、十三階……草原の階層か。その冒険者達は、よくその宝箱を見つけることが出来たな)
十三階は、それこそレイの背丈よりも高い草が大量に生えている草原だった。
レイのようにセトに乗って空を飛ぶという移動方法があるのならともかく、そのような手段がない場合は、あの背丈の高い草原の中を移動する必要がある。
それも、いつモンスターに襲撃されるのか分からない、中で。
(とはいえ、だからこそ宝箱を見つけられたのかもしれないが)
背丈の高い草が大量に生えている草原だ。
宝箱があっても、草で隠れて上から見つけられないという可能性もあった。
だからこそ、レイとしてはそんな場所にあった宝箱を、実力か偶然かはともかく見つけられたのかもしれないと思う。
「では、少し待っていてくれ」
そう言い、猫店長は店の奥に引っ込む。
レイは猫店長を見送ると、店の中を見る。
色々なマジックアイテムが置かれているが、特にレイの興味を惹くような物はない。
いや、もしかしたら普段なら欲しいと思うような物かもしれないが、今日は指輪型の魔法発動体が目的で来ているので、その辺も影響しているのかもしれない。
「何か興味を惹く物でも?」
恐らくは魔法発動体の指輪が入っているのだろう箱を手に戻ってきた猫店長が、店の中を見回しているレイにそう尋ねる。
「いや、普段なら違うかもしれないけど、今日はあくまでも魔法発動体の指輪を目当てに来たからな」
「なるほど。……なら、勿体ぶるのもどうかと思うし、早速だが見せよう。これだ」
猫店長はカウンターの上に箱を置き、その箱を開ける。
するとそこには、二十個の指輪が入っていた。
ただし、その指輪はどれも決して美しいという訳ではない。
それこそ、もし露天で売られていても、購入しようと思う者が一体どれくらいいるのかと、そう思ってしまうような、シンプルな指輪。
「えっと……これが? 二十個もあるのか?」
「そうだね。ただし、注意点が一つ。この指輪が魔法発動体なのは間違いないが、全て使い捨てだ」
「……は?」
猫店長の言葉に、レイは一瞬理解出来ないといった様子でそう声を上げる。
使い捨ての魔法発動体というのは、レイも聞いたことがなかったからだ。
「えっと、その……聞き間違いかもしれないから、もう一度聞くけど。これは使い捨てだって?」
「その通り。間違いない。一度魔法を使えば、この指輪は崩れてしまう。……魔法発動体というだけでも、使う者は少ない。その上で使い捨て。売れる筈はないと思っていたのだが……」
そう言いつつ、猫店長は意味ありげな視線をレイに向ける。
もっとも、猫の着ぐるみを着ていて顔も隠れているので、あくまでもそういう雰囲気を発しているというだけで、実際にそのような視線をレイに向けているのかどうかは相対しているレイにも分からなかったが。
「そこに俺が来た、と」
「そうなる。……それで、どうする?」
「買うに決まってるだろう」
使い捨てというのはレイにとっても残念だったが、それでも二十個の魔法発動体というのはレイにとっても非常にありがたい。
無詠唱魔法を使う時、これがあれば非常に便利なのだから。
レイのことを知っている者なら、無詠唱魔法だろうが通常の魔法だろうが、それを使うには魔法発動体が……つまり、杖が必要だと考える。
そんな中でもしレイがデスサイズを持っていなければどうなるか。
レイについて知っていれば、それで油断をするということはないだろうが、それでもデスサイズという、見るからに凶悪な武器を持っているよりは、安心するだろう。
そこでレイが無詠唱魔法を使えば、どうなるか。
それは考えるまでもなかった。
「買ってくれるのなら、こちらとしても嬉しい。それで幾つかな?」
「全部」
「……にゃ?」
「ぶっ!」
猫店長の口から出た言葉に、思わずといった様子でレイが吹き出す。
常に猫の着ぐるみを着ている猫店長だが、その言動は別に猫っぽくはない。
もっとも、それを言うのなら猫の獣人でも語尾に今のように『にゃ』を付けたりはしないのだが。
例えば、ギルムのギルドにいる受付嬢のケニーがそのタイプだろう。
だというのに、猫店長の口からはいかにもな『にゃ』という言葉が飛び出した。
もしこれが意図的なものであれば、レイもここまで驚いたりはしなかっただろう。
だが、そうではないのは今の猫店長の様子を見れば明らかだった。
「……えっと、猫店長?」
「コホン。それで全部買うと言うはなしだったが、本気か? 使い捨てでもマジックアイテムである以上、これ一つずつが相応の値段がするぞ」
誤魔化そうとするかのようにそう言う猫店長。
レイとしてはその件を猫店長に突っ込みたかったが、それをすると猫店長を怒らせてしまいそうなので、黙っておく。
「えっと、値段については……さっきあまり売れない的なことを言ってたんだし、その辺りを考えて少し安くしてくれると、俺としても助かるんだが」
「売りにくいのは間違いないが、売れないという訳ではない。それに、そう大きな物ではないのだから、売れるまで持っておいても構わないし」
猫店長のその言葉に、レイはどう反応すればいいのか迷う。
商品の値段については、猫店長が決める権利があるのだ。
そうである以上、猫店長が値段を決めたのならレイがその値段を購入する必要がある。
勿論、猫店長と交渉して安くして貰うといったことも出来るが、レイは決してこの手の交渉は得意ではない。
「まず、値段を聞かせてくれ。それを聞いてから、実際に購入するかどうかを考える」
「……ふむ、一個につき白金貨三……いや、レイが纏めて購入してくれるのなら一個辺り白金貨二枚にしよう」
「分かった、それで全部買う」
「……」
一個白金貨二枚ということで、レイはあっさりとそれでいいと口にする。
指輪は二十個あるので、白金貨四十枚。
白金貨十枚で光金貨一枚なので、合計で光金貨四枚となる。
マジックアイテムは高価な物になることが多いので、猫店長も大金を動かすようなことは珍しくない。
しかし、それでも光金貨四枚ともなると、さすがにそう簡単に扱ったことはない。
「その値段でいいのかな?」
「猫店長がその値段を出してきたんだろう? まぁ、一個辺り光金貨数枚とか言われると、俺も即決は出来なかっただろうが、白金貨二枚なら構わない。それにここで俺が金を使えば、それだけこの店も入荷するマジックアイテムをより充実させることが出来るだろう?」
ここで自分が多くの金を支払い、それでより多くのマジックアイテムの品揃えが多くなるのなら、レイにとっては悪い話ではない。
「レイがそう言うのであれば、こちらとしては構わない。それに、店としても助かるのは間違いないし」
この店は猫店長が半ば趣味でやってる店だ。
だが、それでも……いや、趣味だからこそ赤字になるようなことは避けたいと思うのは当然のことだった。
そういう意味では、レイからの支払いがしっかりと行われるのなら、猫店長にとっては悪い話ではない。
「金については、稼ごうと思えば稼げるしな」
それはレイの強がりという訳ではない。
実際にレイとセトならダンジョンで多くのモンスターを倒し、その魔石や素材を売るといったことも出来る。
十六階まで潜っているレイだ。
そこまで潜れる冒険者の数は決して多くはないので、そこで金を稼ぐのは難しくない。
また、十六階だけではなく、それより深い階層に潜ろうともしているので、そうなれば当然ながらそこまで来ることが出来る冒険者の数も減り、より金を稼げるようになる。
他にもダンジョンではなく、レイの趣味である盗賊狩りをして、盗賊が持っていたお宝や、捕らえた盗賊を犯罪奴隷として売ることで金を稼ぐことも出来る。
そういう意味で、レイが金に困るということはまずなかった。
ここで多少――光金貨四枚を多少と表現してもいいのかは微妙だが――金を使ったところで、レイの場合はそう遠くないうちにまた同じ額を稼ぐことが出来るのは間違いない。
そもそもの話、レイがガンダルシアに来てからダンジョンで稼いだ金は、既に光金貨四枚を優に超えている。
であれば、ここで魔法発動体の指輪を纏め買いしたところで問題はない。
「……分かった。では、これはレイに売ろう。箱はおまけだ。一応この箱も落とした程度の衝撃は吸収してくれる効果を持つのだが……レイの場合は必要ないか」
「そうだな」
ミスティリングがあるレイにしてみれば、そこに収納しておけば落とすといったことはまずない。
それでも一応マジックアイテムということで、後々何かに使える……かもしれないと思い、レイはその箱もしっかりと受け取り、代金を支払うのだった。




