3771話
突然突っ込んで来た宝箱。
その一撃を、レイは回避も防ぐことも出来なかった。
色々な不運が重なった結果だ。
まさか宝箱が突っ込んでくるとは思わず、完全に意表を突かれた点。
宝箱があったのが狭い穴の中で咄嗟にでも回避する空間的な余裕がなかった点。
また、穴の中ということで当然ながら穴の外よりも暗く、宝箱が動いたことに反応が遅れた点。
そんな諸々によって、レイは宝箱の一撃をまともに受けることになった。
……それでも咄嗟にドラゴンローブを盾代わりにしたのは、レイの能力の高さを示していた。
ドラゴンローブは数百年を生きたドラゴンの鱗や革を使って作られたローブだ。
その防御力は非常に高く、宝箱の一撃を受けてもレイに直接的なダメージを与えることはなかった。
ただし、それはあくまでも直接的なダメージを、だ。
ドラゴンローブにぶつかった衝撃そのものは防ぐことが出来ず、レイは怪我こそしなかったものの、穴の外まで吹き飛ばされる。
「ぐぅっ!」
吹き飛びつつも、空中で体勢を立て直すと地面に着地する。
「グルゥ!?」
それを見ていたセトが、どうしたの? と驚きと共に喉を鳴らす。
セトにしてみれば、宝箱を開けようとしたレイが穴の中に入っていったと思ったら、次の瞬間には何故か後ろ向きに飛び出してきたといった認識だったのだから、それも仕方がないだろう。
「ぐうっ、げほっ……ふぅ……」
地面に着地したレイは、受けた衝撃から何とか立ち直ると、改めて穴に視線を向ける。
その穴の中には、やはり宝箱がある。
それも、先程レイに向かって体当たりしてきたというのに、元の場所に戻っていた。
夢か?
一瞬そんな風に思ったレイだったが、自分の受けた衝撃の感触は残っているので、夢でも幻でもないというのは理解出来た。
「となると……ギミックなのか、モンスターなのかだな」
「グルゥ? グルルルルゥ?」
呟くレイの側にやって来たセトが、一体どうしたの? 何があったの? と喉を鳴らす。
セトにしてみれば、本当に一体何が起きたのか全く理解出来ないのだろう。
穴の外にいたのだから、それも無理はないかもしれないが。
「あの宝箱に触れようとしたら、俺に向かって突っ込んできたんだよ。その結果、穴から吹き飛ばされたんだ」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトはそんなこともあるのかといった様子で喉を鳴らす。
そんなセトの様子を見ながら、レイは改めて未だに穴の中に存在する宝箱を観察する。
モンスターなのか、それともそういうギミック……罠だったのか。
モンスターであった場合、レイも日本で遊んだことがある国民的なRPGにおいて、宝箱の振りをしたモンスターというのがあった。
いや、そのようなゲームだけではなく、漫画やアニメであっても宝箱の振りをするモンスターというのを見た記憶がある。
あの宝箱がそういうモンスターである可能性は十分にあった。
また、宝箱の前に人が立ったら、その宝箱は何らかの手段で射出され、それによって相手にダメージを与えるという罠だったのか。
(出来れば、後者であって欲しいんだけどな)
もし宝箱がモンスターであれば、その中身には何もないだろう。
だが、もし宝箱の前にいる相手に射出するような罠だったら、宝箱の中に何らかのお宝が入っている可能性がある。
……もっとも、もし宝箱の中身がポーションの類であったり、何らかの割れ物であった場合は先程の勢いからして中身が割れている可能性が十分にあったが。
「グルルゥ?」
あの宝箱、どうするの? とセトが喉を鳴らす。
穴の奥にある宝箱は、レイとセトが見ていても特に何か動くといった様子はない。
そうなると、もしかしたらモンスターではないのでは?
そんな風にも思う。
「そう言われてもな。……まさか、宝箱が突っ込んでくるとは思わなかったし。あ、いや、けどそうだな。スキルを使えばどうにかなるか」
すぐに思いつくだけでも、マジックシールドと地形操作がある。
そんな中でレイが選んだのは……
「地形操作だな」
「グルゥ?」
レイの言葉に、そうなの? とセトは喉を鳴らす。
セトにしてみれば、宝箱の突撃を防ぐのならマジックシールドの方がいいのでは? と思ったらしい。
レイもそんなセトの意見には反対しない。
もし宝箱のある場所がもっと広ければ、マジックシールドを使っただろう。
だが、穴は狭い。
それこそ小柄なレイが何とか入れる程度の、広さしかないのだ。
そのような場所だけに、スキルを使うのに必要なデスサイズを手に穴の中に入るのは……不可能ではないが、難しい。
勿論、マジックシールドで生み出された光の盾はレイの思うように動くので、それで対処しようと思えば出来るだろう。
だがそのようなことをするよりも、地形操作を使った方が手っ取り早いのも事実。
そんな訳で、レイは早速デスサイズを手に地形操作を使う。
最初にやるのは、宝箱の入っている穴の左右の地面を沈下させ、穴の中を広くする。
(壁の部分になっていた場所がなくなったのに、まだ穴が崩れないのは……ダンジョンだからなのか、それとも地形操作を使ったからなのか)
その辺はレイにも分からなかったが、上の部分が崩れないのはレイにとっても悪い話ではない。
最悪それでもいいと思っていたが、そうなると宝箱を掘り出すのが大変だったのだから。
そうして穴の左右がなくなり、普通にそこに移動出来るようになる。
「後は……」
このまま取るだけだな。
そう言い、レイは宝箱の横に移動しようとしたのだが、そんなレイに向かってセトが近付いてくる。
「セト? どうした?」
「グルルルルゥ」
それは、自分が宝箱を開けたいという、セトの要望。
「うーん……けど……いや、セトなら大丈夫か? ただ、地形操作を使ったことで罠が妙な風に作動するかもしれないし、宝箱に擬態したモンスターだった場合は逃げ出す可能性があるから、気を付けろよ」
そう言うレイだったが、恐らくモンスターが宝箱に擬態している可能性はまずないだろうと予想していた。
レイがそのように予想したのは、もし宝箱がモンスターの擬態だった場合、この状況で逃げない筈はないと思っていた為だ。
モンスターが何を考えているのかは、レイにも分からない。
分からないが、それでも自分の隠れていた場所が今のような状態になっても逃げ出さないとは到底レイには思えなかったからだ。
であれば、やはり自分に向かって突っ込んできたのは宝箱の罠の可能性が高いだろうと。
もっとも、だからといって完全に安心出来る訳でもないのだが。
もしかしたら、何らかの特殊な攻撃方法を持っている罠の可能性もあるし、罠であってもレイに向かって突撃してきた時とは違う罠が作動するかもしれない。
そんな諸々を考えれば、やはりここはしっかりと注意をしてセトに行動して貰う必要があるのも事実だった。
レイが心配しているのをセトも理解したのだろう。
大丈夫と喉を鳴らすと、横から……デスサイズの地形操作によってなくなった壁の方から近付いていく。
(俺にぶつかったあとで元の場所に戻ってるってことは、やっぱり罠の可能性が高いんだよな。……一度罠が発動しても、また元の場所に戻るってのはちょっと事情が分からないけど。まぁ、ダンジョンだし)
そもそもダンジョンの中にこうして宝箱が置いてあるというだけで、普通ではないのだ。
だからこそ、何かがあってもそれはダンジョンだからという理由だけで納得出来てしまう。
(気を付けろよ、セト)
宝箱に近付くセトを見て、そう考えるレイ。
セトはそんなレイの考えを察したかのように、慎重に……何があっても即座に対処出来るようにしながら、宝箱に近付いていく。
(さて、どうなる?)
穴の中という状況にあり、正面から近付いた場合は宝箱が突っ込んできた。
だが、今は地形操作によって壁はなく、横から宝箱に触れることが出来る。
そうして横から近付き、触れた時に宝箱がどのような反応をするのか、レイはじっと観察していた。
宝箱にしてみれば、あるいはダンジョンにしてみればという表現の方が正しいのかもしれないが、まさか穴にあった宝箱を手に入れる為に地面を掘る――正確には違うが――ようなことをするというのは完全に予想外だった筈だ。
つまり、何か予想外な行動が起こる可能性は十分にあった。
じり、じり、と。
セトも何かあったら即座に反応出来るようにしながら、宝箱に近付いていく。
そして十分に近付いたところで、前足を伸ばす。
正確には、横殴りの一撃と評するのが相応しいだろう一撃。
勿論、セトも本気の一撃という訳ではない。
セトが本気を出せば、それこそ宝箱が壊れてもおかしくはないのだから。
セトはそうならないように、しっかりと手加減をしている。
その一撃は、叩き潰したり破壊するというよりは、離れた場所まで宝箱を吹き飛ばす……そんな一撃だった。
「あれ?」
その光景を見て……より正確には、宝箱がなくなった場所を見て、レイはそんな声を上げる。
先程宝箱が突っ込んで来た件から、宝箱を射出する何らかの仕掛けがあるのだと思っていたのだが、宝箱のあった場所にそのような仕掛けがある様子はない。
「物理的な仕掛けとかじゃなくて、魔法の仕掛けだったりするのか?」
そう疑問に思う。
実際、物理的な仕掛けであれば、レイにぶつかった後で元の場所に戻っているのがおかしいだろう。
なら、穴の両脇の壁を壊したことで、魔法的な仕掛けが正常に働かなくなっている可能性も十分にあった。
「グルルルゥ!」
宝箱の側にいるセトが、嬉しそうに喉を鳴らす。
宝箱を早く開けようと、そう態度で示しているのは間違いない。
レイも罠……それも恐らく魔法的な罠がある宝箱ということで、中身には期待出来るかもしれないと思う。
それでも、実はまだ宝箱はモンスターが擬態しているのではないかという思いは完全に消えてはいなかったのだが。
もし宝箱が何か妙な動きをしても、すぐ反応出来るようにしながらセトの近くまで……宝箱の側まで移動する。
「グルゥ!」
レイが側までやってきたのを確認すると、セトは嬉しそうに鳴き声を上げる。
レイも宝箱には興味があるが、セトはそんなレイ以上に宝箱に興味があるらしい。
「落ち着け、セト。……多分大丈夫だとは思うけど、それでも万が一のことを考えると、警戒した方がいい」
「グルルゥ」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
そうして改めてセトは宝箱に何か妙な様子はないかと観察する。
しかし、セトがこうして観察をしてみた程度では特に何かそれらしい妙な様子はない。
「グルゥ?」
どうするの? と視線を向けてくるセトに、レイは意識を集中しながら口を開く。
「俺が開ける。魔法的な罠のあった宝箱だ。もしかしたら、中身は結構なお宝の可能性もある」
そう言い、レイはデスサイズ……ではなく、使い捨ての槍を手に、宝箱を突く。
最初は軽く、次に少し強めに、そして最後はかなり強めに。
もし宝箱がモンスターの擬態であれば、この時点で何らかの反応がある筈。
そう思ったレイだったが、幸いにも宝箱には何の反応もない。
(モンスターの擬態じゃない、か。もしモンスターなら、この衝撃で宝箱の蓋を開けて、そこにある鋭い牙とか、あるいは鋭く尖った舌とかで攻撃してくると思っていたけど……そういうのもないし。いや、そもそもこれがモンスターだったら、さっきのセトの一撃で何か反応を示してもおかしくはないのか)
セトの一撃は相手にダメージを与えるのではなく、宝箱があった場所から移動させるという意味での一撃だ。
その結果として、宝箱自体には大きな被害を与えるようなことはなかった。
なかったが、それでも宝箱がモンスターの擬態であれば、その時点で反応してもおかしくはない。
(罠も……まぁ、絶対って訳じゃないけど、多分ない)
罠の中には宝箱を開けることで発動するというものもあるので、この宝箱が絶対に安全という訳ではない。
だが、それ以外の……例えば、何らかの衝撃によって発動する罠といった場合、槍で突いたことによって発動してもおかしくはなかった。
……もっとも、衝撃で発動するのなら槍で突くよりも前に、最初に射出されてレイにぶつかった時に発動してもおかしくはなかったが。
「ともあれ、開けてみるか」
呟き、レイは覚悟を決めて……そしてもし何があっても即座に反応出来るように準備をしてから、槍の穂先を宝箱の蓋に引っ掛けて、開ける。
『……』
何か起きないかと、レイとセトは揃って宝箱を見る。
だが、何も起きず……レイは慎重に宝箱に近付き、中を見る。
するとそこにあったのは、見覚えのある短剣、それも五本だった。