3772話
宝箱の中にあった五本の短剣。
それは、レイが猫店長の店で購入した短剣と同じ物だった。
マジックアイテムではあるが、一度しか使えないという使い捨てのマジックアイテム。
「風の短剣か。……まぁ、悪くはないな。いや、かなりいい方なのか?」
現在レイ達がいるのは十一階。
ダンジョン全体で考えれば、それなりに深い場所なのは間違いない。
だが、久遠の牙のような現在最深部を探索している者達と比べれば、そこまで深い階層ではない。
そのような十一階で風の短剣が……それも五本も入手出来たのだから、これは喜ぶべきことだろう。
(もしかしたら、猫店長の店で売っていた風の短剣も、この五本みたいに複数一緒に見つかったのかもしれないな。それで一本以外を使って、残ったのを売った。……可能性としては十分にあるけど、俺がそんなことを考えても仕方がないけど)
そう思いつつ、レイは当たり……いや、大当たりと呼ぶに相応しい宝箱の中身に笑みを浮かべる。
「グルルルゥ」
そんなレイの横では、セトもまた嬉しそうに喉を鳴らしていた。
風の短剣は、セトが使えるようなマジックアイテムではない。
ないが、それでもこうしてマジックアイテムが見つかり、それでレイが喜んでいるのはセトにとっても十分に嬉しかったのだろう。
「大当たりだったな。……この十一階、俺達が思ったよりはかなり良い場所かもしれないな」
「グルルルゥ!」
全力でレイの言葉に同意するセト。
セトにしてみれば、十階のように悪臭や腐臭に悩むようなことはなく、それでいて未知のモンスターがそれなりにいて、こうして大当たりの宝箱まであったのだから、レイの言葉に同意するのは当然だった。
……普通の冒険者にしてみれば、氷の階層ということで寒いのをどうにかして欲しいと思うのだろうが、レイやセトにしてみればそういうのも関係はない。
敢えて難点を挙げるとすれば、やはり地面が氷になっていることだろう。
今までの経験から、凍った地面の上でも転んだりといったことはしないレイだったが、それはつまり普通に歩いているだけでも幾らかの意識は足下に向けられているのだから。
(それでも十階よりは楽だけどな。九階の洞窟とかも厄介な場所だった。……やっぱり草原とかそういう場所の方が俺達にとっては動きやすいんだろうな)
レイはセトをみながら、そう思う。
洞窟の階層では天井がある為、空を飛ぶというセトのアドバンテージが発揮出来ない。
墓場の階層は、悪臭や腐臭でセトが本領を発揮出来ない。
様々な理由で行動を制約する階層よりは、草原のような広い場所の方が行動しやすいのは間違いなかった。
「グルルゥ?」
レイが自分を見ているのに気が付いたセトが、どうしたの? と喉を鳴らす。
どこか嬉しそうな様子なのは、レイが自分を見ているのが嬉しかったからだろう。
レイはそんなセトの様子に笑みを浮かべながらその大きな身体を撫でる。
「いや、何でもないよ。この階層が俺達にとってやりやすい階層でよかったと思っただけでな」
「グルゥ……」
レイの言葉に深く同意するセト。
セトにとっても、レイの言葉はこれ以上ない程にその通りだと思ったのだろう。
特にセトの場合は自由に動けるという時点でこの階層を好ましく感じている。
「ほら、いつまでもこうやって話していてもなんだし、そろそろ他のモンスターを探そう。勿論、階段に向かいながらだけどな」
「グルルゥ」
レイはセトと共に階段のある方を地図で確認してから歩き出す。
宝箱のあった丘から階段までは、それなりの距離がある。
だからこそ、階段に到着するまでに他のモンスターと遭遇しないかなと期待していたのだが……
「グルルルゥ」
「セト?」
宝箱のあった丘から出発して、二十分程。
不意にセトが警戒に喉を鳴らす。
だが、セトの視線を追ったレイだったが、モンスターの姿を見つけることは出来ない。
セトの視線の先にあるのは、氷樹の林くらいだけだ。
(あの林の中にモンスターか隠れているのか? ……まぁ、結構な大きさだし、そうであってもおかしくはないけど)
まだ距離があるので正確な大きさは分からないが、それでも大人の男が五人以上手を繋いでようやく覆えるような、そんな太さの木で出来た林だ。
そのような林だけに、隠れるという意味では十分にその役割を果たすのは間違いなかった。
とはいえ……
「いないけどな」
氷樹の林をしっかりと確認するものの、そこにはやはり誰の姿もない。
モンスターは勿論、冒険者の姿があるようにも思えない。
もし氷樹に隠れていても、木々の間を移動したり、もしくはレイ達を偵察しようとしたりすれば、その様子が見えてもおかしくはない筈だった。
だというのに、レイからは本当に何も見えない。
「セト? 本当に敵はいるのか? 俺には分からないんだが……」
レイもセトの五感や第六感、魔力を感じる能力については信頼している。
だからこそ、セトがこうして警戒しているのなら、敵が……恐らくはモンスターだと思うが、場合によっては冒険者狩りをしている冒険者がいるのだろうというのは予想出来た。
しかし、レイが見たところそのような者達の姿はない。
(もしかして、透明なタイプか?)
今までレイは多くのモンスターと戦ってきたが、その中には透明であったり、保護色を使ったりするモンスターもいたので、そのタイプではないかと思う。
「セト?」
「グルルルゥ」
レイがセトに呼び掛けるも、セトは氷樹の林を見て警戒したままだ。
敵が目の前にいるのに、どうしたの?
そんな風に言ってるようにレイには思える。
「悪いが、敵がどこにいるのか俺にはちょっと分からない。具体的にどの辺にいるんだ?」
「グルゥ?」
レイが一体何を言ってるのか分からない。
そんな風に喉を鳴らすセトを見て、レイも一体どういうことだ? と疑問に思う。
セトの様子だと、敵がどこにいるのかしっかりと理解しているようにしか思えないのだ。
それはつまり、今この状況でも敵の姿がセトにはしっかりと見えているということを意味している。
しかし、レイが林の方を見てもどこにも敵らしい姿はない。
セトの五感が鋭いのはレイも知っているし、心の底から理解出来る。
だが、それでもこの距離でセトには理解出来てレイには全く理解出来ないのというのは有り得ないことだった。
それはつまり、何かレイが見落としている……もしくは、セトが何かを敵と間違えているということを意味している。
(何だ? 何がどうなっている? あの林のどこに……待て林? もしかして……)
レイの視線の先にあるのは、林だけだ。
それは間違いない。
ないのだが……そんな林を見ていたレイは、ふと気が付く。
いや、この場合は思い出すといった表現の方が正しいだろう。
モンスターの中には、木がそのままモンスターになったような存在がいた。
「トレント……か?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、その通りと喉を鳴らすセト。
そんなセトの様子を見て、レイはマジかと呟く。
そこには驚きと同時に納得の色もある。
「あの氷樹がトレントだったら、未知のモンスターなのは間違いないな。……問題なのは、あそこにある林のうち、一体どれだけの数がトレントなのかだな。攻撃方法は大体想像出来るけど、数が多すぎると厄介だ」
氷樹のトレントということから、恐らく氷系、あるいは水系の魔法を使ってくるだろうことは容易に想像出来る。
また、それ以外にもトレントらしい攻撃……例えば枝を振るって攻撃をしてきたりといった攻撃方法もあるだろう。
氷樹のトレントの攻撃方法はそうして予想出来るものの、この場合の問題は一体どうやってあの林の中にある氷樹の中からトレントを見つけるかというものだった。
(まさか、あの林の氷樹が全部トレントってことはないと思うけど……実際にどうなのかは、分からないが)
トレントの場合、一番厄介なのはその見分けが付きにくいというものだ。
何しろ近付かなければ木に擬態しているのだから。
元々の外見が木なので、擬態……黙って動かないでいれば、それを見分けるのはかなり難しい。
とはいえ、何の手段もない訳ではない。
木に擬態しているとはいえ、それでもモンスターなのは間違いない。
その為、傷を付けられると何らかの反応をする。
例えば、木の幹を軽く斬り裂くといったような攻撃であっても、トレントは反応するだろう。
それ以上に確実なのは、やはりセトに判断して貰うことだった。
「取りあえず、氷樹のトレントがいるのは分かった。……じゃあ、行くぞ。出来れば二匹はいて欲しいんだが」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、早く氷樹のトレントを倒して魔石を手に入れたいのだろう。
そうしてレイとセトは何が起きてもいいように準備を整えると、氷樹のトレントのいる林に向かうのだが……
「我慢出来なかったか」
そう呟きつつ、レイは上空を見上げ、デスサイズを振るう。
ギン、と。
そんな音を立てながら氷柱が切断される。
その氷柱は、雪人形が投擲してきた槍と比べれば短いものの、氷柱という表現が相応しいように後方が大きく……太くなっていた。
まさに氷柱……レイにとっても見慣れている氷柱だ。
もっとも、その氷柱は冬になれば家の屋根に出来るものよりも、余程太く長かったが。
そんな氷柱だったが、レイにしてみれば容易に破壊出来る程度の威力しかない。
あるいは投擲される速度によってはもっと厄介なことになったかもしれないが……自分に向かって放たれたその氷柱は、見てから武器を振るっても十分間に合う程度の速度でしかない。
「グルルルゥ!」
自分達に攻撃してきた氷樹のトレントに対し、セトは喉を鳴らす。
レイはそんなセトを落ち着かせるように身体を撫でる。
「セト、大丈夫だ。向こうが一体何を考えてこんな離れた場所から攻撃してきたのかは分からないが、氷樹のトレント……あるいはそれ以外の敵がいるかどうか判明したというだけで、こっちにとっては利益だったんだ。だから、気にするな。な?」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトは少しだけ落ち着く。
実際、先程の攻撃はそこまで脅威ではなかったからというのが大きいのだろう。
もし先程の攻撃がもっと凶悪であれば、また話は少し変わっていたかもしれないが。
「落ち着いたみたいだな。……さて、じゃあこのまま進むぞ。氷樹のトレントだと思うが、そいつが何らかの攻撃をしてきても、俺達ならそれをどうとでも出来る。それはセトにも理解出来るだろう? なら、あの林に近付くのは特に問題ない訳だ」
「グルゥ……」
レイの言葉にセトは喉を鳴らす。
それはレイの言葉を完全に理解した、あるいは納得したという訳ではないが、それでもレイの言葉に同意したのだけは間違いなかった。
「分かって貰えたようで何よりだ。……じゃあ、行くぞ」
そう言い、レイはセトを撫でると歩き出す。
セトも完全には納得した様子ではなかったものの、それでもレイの後を追う。
そうして歩き出す一人と一匹だったが、当然のように林から先程と同じような攻撃が飛んでくる。ただし……
「数が多いな」
そう呟いたのは、レイの視線の先……空中を山なりに飛んできた氷柱の数が十本以上だった為だ。
先程、レイに向かって飛んできたのは一本だけだったのに、今度はこの数。
一体何がどうなってこのようなことになったのか、レイも分からない。
(もしかしたら俺が思った以上に氷樹のトレントの数は多いのか? ……まさか、あの林の氷樹全てが氷樹のトレントなんてことはないよな?)
レイにしてみれば、まだ戦ってはいないが倒すのはそう難しくはないと思っていた。
その考えの裏付けにあるのは、ここがまだダンジョンの十一階だからというのもある。
普通の冒険者……ガンダルシアの一般的な冒険者なら、十一階のモンスターというのは決して油断出来る相手ではない。
しかし、レイにしてみればこの程度の敵はそこまで強くはない。
それはこの階層で戦った雪の結晶をした形のモンスターや、雪人形といったモンスターとの戦いを考えれば明らかだろう。
だからこそ、氷樹のトレントと戦っても問題はないと、そうレイは思っていた。
……勿論、だからといってそこに油断はない。
だからこそ何かがあっても容易に反撃出来るようにしながら林に進んでいるのだから。
「グルルルルゥ」
そして林が十分に近付いたところで、セトがそろそろ攻撃してもいい? と喉を鳴らす。
レイはそんなセトの言葉に少し考え……やがて、頷くのだった。




