3583話
振るわれたデスサイズの刃は、あっさりと金属の扉を斬り裂く。
金属の扉が思ったよりも薄くて柔らかかった……そういう一面があった訳ではない。
純粋に、レイの技量とデスサイズの能力が合わさった結果がこれだった。
「おお……凄いわね」
ニールセンも、レイの技量は初めて見た訳ではない。
しかし、それでもこうして改めてレイの振るったデスサイズの一撃を見ると、それに驚くなという方が無理だった。
何しろレイは今回、スキルも何も使っていない。
純粋に自分の技量だけで金属の扉を切断したのだ。
「このくらいなら、そこまで難しいことじゃない。エレーナも出来るだろうし、斬るという手段じゃないだろうけど、マリーナやヴィヘラも出来ると思うぞ」
それは比べる相手が間違っているのでは?
ふとそんな風に思ったニールセンだったが、口には出さない。
実際、レイが現在名前を出した三人は全員が一流の、あるいは超一流の使い手達だ。
そのような者達であれば、この金属の扉を破壊出来てもおかしくはない。
「取りあえず……セト、破壊したところを殴ってお前が通れるようにしてくれ」
レイが切断した金属の扉は、レイやニールセンなら中に入ることは出来る。
だが、体長三mオーバーのセトはどうやっても通れない。
だからこそ、レイが切断した場所をセトの力で殴って中に入れるようにする必要があった。
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトはやる気満々といった様子で扉の前に立つ。
レイはニールセンと共にそんなセトの邪魔にならないように後ろに下がる。
そして先程のデスサイズと同じように振るわれる、セトの前足の一撃。
レイの振るった一撃に合わせようとしたのか、特にスキルの類は使われていない、そんな一撃だった。
とはいえ、セトの前足には剛力の腕輪というマジックアイテムが嵌まっている。
スキルを使わない素の一撃であるとはいえ、その一撃は非常に大きな威力を発揮した。
レイが斬り裂いた場所を内側から大きくねじ曲げ……
「あ」
レイが呟いたのと、ガコンという音が周囲に響いたのはほぼ同時だった。
次の瞬間、セトが放った一撃は金属の扉を破壊して扉の枠ごと内側に向かって吹き飛ばす。
それを見ていたレイは、自分で発した声も忘れたかのように目の前の光景に目を奪われるだけだ。
正直なところ、セトの一撃がここまでの効果を発揮するとは思わなかったのだ。
(セトの一撃……だけだよな? 実は俺の一撃もこの光景に影響したとか、そういうことはないと思いたい)
そう思うレイだったが、そこにあまり説得力がないだろうというのは、自分でも十分に理解出来ていた。
何しろ、レイが振るったのはデスサイズの一撃だ。
それも決して全力といった訳ではなかったものの、それによって扉にレイが思った以上のダメージがあってもおかしくはない。
だからこそ、レイは困った様子で自分を見てくるセトをそっと撫でる。
「別にこれはセトが悪い訳じゃない。いかにもって感じで金属の扉があったのに、その扉が実はそこまで厚くなかったのが悪い。つまり、俺やセトじゃなくてこの金属の扉を作った奴が悪いんだ」
セトが悪くないといいつつ、そこにちゃっかりと自分も入れるレイ。
セトはそんなレイの行動に気が付いたのか、気が付いてないのか。
とにかくレイが自分を慰めてくれたということで嬉しく思い、喉を鳴らす。
「グルルルゥ」
「あのね……まぁ、そうやっているのはいいけど。それよりも中の様子を確認しない? 見た感じだと特に何か問題があるようには思えないけど」
そうニールセンが言ったのは、金属の扉が枠ごと吹っ飛んだ影響によって奥にあった部屋を隠す物が何もなくなった為だ。
まだ金属の扉の外にいたレイ達の目からも、中の様子はしっかりと確認することが出来るのだ。
「そう、だな。……てっきりあの金属の扉で封印してるのかと思ったけどそういう感じでもないらしいし。封印にしては、金属の扉は薄すぎたからな」
「それはもういいから」
レイが何とかして金属の扉についての話を誤魔化そうとしているのは、ニールセンも理解は出来る。
しかし、その件については自分がそこまで気にする必要はないだろうと、適当に流す。
「取りあえず中に入るか」
ニールセンの様子から、金属の扉についてはこれ以上何も言わない方がいいだろうと判断し、レイは部屋の中に進む。
「あ、これは一応収納しておくか」
枠ごと吹き飛ばされた金属の扉。
これも何かに使えるだろうと、ミスティリングに収納しておく。
「さて……見た感じ、アンデッドの類はいないな。というか、本当に何もないな」
地下は一階とは違い、複数の部屋があるのではなく大部屋が一つだけだった。
探せば隠し部屋の類があるのかもしれないが、レイが見たところすぐに見つけられるようなものはないように思える。
それが分かる程に、地下空間はがらんとしていた。
「本当に何もないわね。……やっぱりここを放棄する時、地下空間にあった物は全部持ちだしたのかしら」
「だろうな。正直なところ、本当に紙の一枚もないとは思わなかったけど。……ここまで綺麗に片付けていくのなら、廃墟に残ったモンスターとかもどうにかしてくれれば……いや、それはそれでいいか、珍しい魔石とか入手出来たし」
レイにしてみれば、この廃墟にいるモンスターの魔石は魔獣術に使えるという意味で、非常に大きな価値を持つ。
そのようなモンスターを残していってくれたことに、感謝こそすれ、恨みはない。
……寧ろ、もっと多数のモンスターを残していってくれてもよかったのにとすら思う。
(あ、けど以前ニールセン達がこの廃墟に泊まった時は、ここまでモンスターが多くなかったらしい件については、どうなってるんだろうな?)
この廃墟についての疑問は色々とあるが、その中でも特に大きな疑問は、やはりその件だった。
もっとも、妖精郷でこの廃墟の話を聞いた時、危険な場所であると知っていればレイもすぐに来るという判断はしなかっただろう。
そうなると、この廃墟にいたアンデッド達を倒すことはなく、魔獣術によってセトとデスサイズが強化されるということもなかった。
そういう意味では、この廃墟はまるでレイの為に用意されたかのようにすら思えてくる。
(偶然……だよな? 多分だけど、アンデッドの研究か何かをやっていて、その研究の成果として意図せずして魔獣術に使える魔石を持つアンデッドを多数作れるようになった。まさかこれを狙ってやったというのは、ちょっと考えられないし)
もしそうだとすれば、あまりにもレイにとって都合が良すぎる。
そう考えると、もしかしたら自分を誘き寄せる為の罠なのでは? とも思ったが、この場所に来るのを決めたのは、本当に成り行きでしかない。
もし妖精からこの廃墟について聞いていなければ、レイがこの廃墟に来ることはなかっただろう。
そういう意味では、もしこの廃墟が罠だとしたらあまりにも気が長すぎる。
そもそも、魔獣術そのものがこのエルジィンにおいて知っている者が少ない……いや、そのような表現ですら生温く、ほぼ皆無に近いといったところなのだ。
「考えすぎだな」
「何が?」
呟いたレイの言葉にニールセンが反応して聞いてくるが、レイは何でもないと首を横に振る。
「何でもない。取りあえず、この地下空間を適当に見て回って、それで何も見つからないようならニールセンとセトの探索はこれで終わりだ。俺が二階を調べてくるから、外で待っていてくれ」
そう言うレイの言葉に、セトは不満そうに……いや、心配そうに喉を鳴らす。
これが例えば、スケルトンやゾンビといった弱いアンデッドだけがいるのなら、セトもここまで心配はしなかっただろう。
だが、スケルトンロードやデュラハン、四つ首のゾンビといったように、強力なアンデッドも多数いる。
勿論、セトはレイの強さを信じている。
信じてはいるが、だからといって心配をしない訳でもない。
自分を見て喉を鳴らすセトに気が付いたレイは、心配するなとその身体を撫でる。
「大丈夫だって。もし敵がいても俺はそう簡単に負けないし……もし危険なことがあったら、その時は即座に脱出すればいい。この廃墟のアンデッドは、基本的に部屋から出ることはないしな」
「スケルトンとかいたじゃない。それに、こっちから攻撃した後で部屋を出ても追ってこないとは限らないでしょう?」
「スケルトンの件はともかく、こっちから攻撃しても部屋から出て来るとは思わないな」
「何でよ?」
「この廃墟が以前は研究所だった。それはいいな?」
確認するようにレイが尋ねると、ニールセンは頷く。
レイの隣で話を聞いていたセトも、その言葉の意味をどこまで理解しているのかはともかく、ニールセンの真似をするように頷いた。
そんなセトの様子に愛らしさを感じたレイは、セトを撫でながら説明を続ける。
「部屋の外にいる限り、部屋の中にいるアンデッドが動かない。これは研究をする上で便利だから、そういう風にしたんだと思う。なら、研究者が部屋の中でアンデッドに何かをした後で、部屋を出た研究者をアンデッドが追うことが出来るようにすると思うか?」
「それは……なるほど、レイの言いたいことは分かったわ。確かにそう考えると部屋から出ないかもしれないわね。けど、スケルトンやスケルトンロードの件があった以上、それも絶対じゃないでしょう?」
「その可能性は否定出来ないな」
レイが何と言おうと、スケルトンやスケルトンロードが部屋から出て通路を自由に歩き回っていたのは間違いない。
そうした前例がある以上、他のモンスターも絶対に部屋から出ないとは言い切れないのだ。
あるいはこの廃墟がまだ研究所だった頃、もしくは廃墟になってもすぐであれば、スケルトンやスケルトンロードが部屋から出るといったことはなかったかもしれない。
しかし、スケルトンの一件を考えると時間が経って部屋から出ないという何らかのシステムそのものが壊れている可能性は否定出来ない。
「その辺についてはあまり気にするな。何かあっても、俺なら何とかなる」
「……そう言われると、反論出来ないわね」
特に根拠があってレイがそのように言ってる訳でないのは、ニールセンも分かっている。
だが、レイがそのように言うと納得出来てしまうだけの妙な説得力があるのも事実。
これはレイと行動を共にして、その強さを何度も見てきたからだろう。
……そもそもの話、穢れの関係者達の本拠地を襲撃するということをやってのけたレイだ。
大袈裟でも何でもなく、世界を破滅から救った実績の持ち主でもある。
そんなレイだけに、この程度のことでレイが死んだり怪我をしたりする筈がないと思っても、そうおかしな話ではなかった。
……とはいえ、それを知った上でもレイのことを心配するのはおかしな話ではないのだが。
「分かったわ。けど、何かあったら本当にすぐに逃げてよ。もしレイに何かあったら、私が長に怒られるんだから」
「別に長が怒ったりはしないんじゃないか?」
「……するのよ。いいから、約束して。何かあったらすぐに脱出するって」
そう重ねて言われると、レイも反論は出来ない。
「分かったよ。俺が危ないと感じたらすぐに脱出する。これでいいか?」
「そうね」
「グルゥ」
ニールセンが頷き、セトもニールセンに同意するように喉を鳴らす。
何でセトも?
そう思わないでもなかったが、ここで話を蒸し返すと、それはそれで面倒なことになりそうだったので、その件については口にしない。
「じゃあ、最後にもう一度この地下空間を見て回ってから、出るか。もしかしたら最後の最後で何か見つかるかもしれないし」
そう言い、レイはニールセンとセトを引き連れて地下空間を見て回る。
だが、そこには本当に何もない。
机の類が幾つかあったが、棚のあるタイプではなく、書類の類が残されているようなこともなかった。
それを残念に思いつつ、一通り見て回り……
「本当に何もなかったな」
「そうね。でも、予想はしていたんでしょう?」
「そうだな。ここまで綺麗に何もかも持っていったんだ。あの金属の扉を閉めて最後に出る前に、忘れ物がないかどうかは、しっかりとチェックしていった筈だ。ただ、それでも万が一があるからな。……個人的にはそうであって欲しいと思っていたんだけど、残念ながらそういうことはなかったらしい」
残念そうにしながら、レイは最後に地下空間を一瞥すると、これ以上ここにいても意味はないと判断して、金属の扉のあった場所を通り抜け、一階に戻るのだった。