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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3497/3865

3497話

 ギルドでの話が終わったレイは、マリーナの家に向かう。

 その途中、不意に食欲を刺激する香りが漂ってきた。

 レイがギルドにいた時間を考えると、そろそろ夕方に近い。

 実際、空は薄らと暗くなってきていた。

 これは夏なら、この時間でもまだ日中であるのだろうが。

 ともあれ、そろそろ仕事が終わる者も多いので、そのような者達を目当てにして屋台で料理を作り始めたのだろう。

 そうした料理の匂いに釣られ、レイは近くにあった屋台に近付く。

 料理を始めたばかりの為か、その屋台の前に客はいない。

 漂ってくる香りを考えれば、そう遠くないうちに結構な客が集まるだろう。


「パンを一個くれ」


 漂ってきたのは、魚の干物を焼く匂い。

 焼かれた干物の魚の身を解し、ピクルスに似た漬物と一緒にパンに挟んだ、簡単な料理。

 簡単な料理だが、魚の干物……特にギルムでよく食べられている川魚の干物ではなく、海の魚の干物ということで少し高値になっているものの、それでも料理の値段としてはそんなに高くはない。

 冒険者であればすぐに出せる程度の金額だ。

 普通に暮らしている者であっても、少し高めといった程度の金額。

 そんな金額のパンだけに、手軽に食べるにはちょうどいい。

 魚の干物を焼く匂いは、肉を焼く匂い程ではないにしろ食欲をそそる。


「はい、どうぞ。熱いから気を付けてくれよ」


 買った個数が一個、それもドラゴンローブのフードで顔を隠していることもあり、店員はレイをレイだとは認識出来なかったらしい。

 普通の客だと判断し、料金を支払うとすぐにパンを渡してくる。

 解した干物の身や漬物を入れる前に、パンも焼き台で軽く焼いている。

 その為、焼きたての時程ではないにしろ、パンからは香ばしさが漂ってきていた。

 そのパンを受け取り、食べながら道を歩く。

 薄らと暗くなる中、温かい料理を食べ歩きをするのはレイにとって嬉しいことだ。ただし……


(この雪がなければもっといいんだけどな)


 積もった雪は今日一日人に踏まれ続け、シャーベット状になっている。

 その為、雪を踏むとグチャリという感覚が足から伝わってくるのが好ましくない。

 これがせめて新雪であれば、ギュムっという感触を楽しむことも出来るのだが。

 また、シャーベット状の雪は靴に纏わり付いて微妙に歩きにくい。

 食べることばかりに集中していると、雪で足を滑らせてしまいそうになる。

 幸いなことに、レイは東北の田舎の出身だ。

 毎年冬になれば雪が降る地域で生まれ育ったので、雪の上を歩くことにも慣れている。

 また、この世界に来てから数度目の冬ということもあり、この身体でも雪の上を歩くのには慣れていた。


(とはいえ、慣れているのと愉快、不愉快なのは別なんだよな)


 そんな風に思いつつ、レイは歩き続ける。

 レイがギルムに戻ってきた時と比べて、明らかに人の数が多くなっていた。

 少しだけ解体の依頼を受ける者達がいるからか? とも思ったが、それはすぐに却下する。

 レイが聞いたところによると、依頼を受けたのは二百人くらいでしかない。

 ギルムの大きさを考えると、二百人増えただけで人が増えたと感じるようなことはないだろうと、そう思ったのだ。

 つまり、人が多くなったと思ったのは、単純に夕方近くになって外に出て来る者が増えたからだろう。

 そもそもの話、冬になったギルムからは増築工事の仕事を求めて来た者達や、それ以外にも商人達が出て行っており、春から秋に比べて人数が減っているのだ。

 ……もっとも、それは春から秋に掛けて人が大量にいるということなので、今の人数がある意味で丁度いいのかもしれなかったが。

 とはいえ、人が多ければ問題も起きる訳で……


「てめえ! ちょっとこっちに来い!」

「ああ!? いいぜ、どこへでも連れていきやがれ!」


 丁度パンを食べ終わる頃、レイの耳にはそんな声が聞こえてくる。

 そちらに視線を向けると、見るからに人相の悪い二人が路地裏に向かうところだった。

 普段なら、レイはそのトラブルに自分から関わったりもしただろう。

 だが、それは例えば一般人がチンピラに因縁を付けられているとか、そういう時であればだ。

 今回の場合は、聞こえてきた声からして双方共にチンピラの類だろう。

 であれば、ここでレイがわざわざ自分から関わろうとは思わない。

 ……これで、チンピラの一人が珍しいマジックアイテムを持っているとかなら、レイもそれを目当てに関わっていた可能性があるが。


(好きなだけやってればいい。俺には関係ないし)


 そう思ったのだが……


「俺は明日のギガントタートルの解体に参加するんだ。お前のような奴に手こずってる暇はねえんだよ!」

「てめえ……クソが! 俺は依頼を受けられてなかったってのに!」


 聞こえてきたその声に、一瞬足を止める。

 まさか自分の依頼を受けている者だとは思わなかったのだ。

 とはいえ、依頼を受ける者の数は去年より多くなっていると聞いている以上、レイの視線の先にいるチンピラ達がギガントタートルの解体の依頼を受けてもおかしくはないのだろう。

 スラム街の住人の自立が主な目的とはいえ、依頼を受ける全員がスラム街の住人ではないのは、去年の件を見れば明らかだ。

 だからこそ、チンピラが依頼を受けていてもおかしくはない。

 おかしくないのだが……


(あまり愉快な気分にはならないな)


 それがレイの正直な気持ちだった。

 もっとも、ギルドで依頼を受けることを認めた以上、ここでレイが何を言っても意味はない。

 ……いや、もし本当にレイが嫌なら、すぐギルドに戻ってレノラに話をすれば、喧嘩する気満々で路地裏に消えていったうちの片方の依頼の受理を取り消すことは出来るだろうが、レイもそこまでしようとは思わない。

 あのような性格である以上、現場で問題を起こすかもしれないが……現場には解体した肉を盗まないように見張り役の冒険者や依頼の確認であったり、報酬を支払ったり、解体した肉の確認をしたりといったことを行う為にギルド職員が派遣される。

 なお、冒険者はそんなギルド職員の護衛も兼ねていた。

 そんな状況で問題を起こした場合、それこそチンピラにとっては最悪の出来事になるだろう。


(とはいえ、スラム街の住人も同じ……いや、スラム街の住人の方が喧嘩っ早いのか。向こうだと、文字通りの意味で生きるか死ぬかの戦いをやってる連中もいるしな)


 生きる為には、暴力を振るうことを躊躇出来ないのがスラムだ。

 中にはそのようなことに馴染めないという者もいるだろうが、そのような者の場合はスラム街で生き抜くことは出来ないだろう。

 それは絶対という訳ではないが、それでも暴力を振るうことに躊躇する者が生き残れる可能性は酷く低い。


(そう考えると、見張りの冒険者が配置されるのは多分そういうことなんだろうな)


 先程レイが見たチンピラのような者達への対策ではなく、スラム街の住人に対する警戒。

 当然だがもし肉を盗むようなことをすれば、依頼は失敗として扱われ、ギルドの倉庫での寝泊まりも出来なくなる。

 その辺りのシビアさからすると、もしかしたら一時の欲に負けることはないかもしれないとも思うが、その辺はやはり個人によって違うだろう。

 そうしてレイは街中を進み……やがて貴族街に近付く。

 すると何人か怪しい動きをしていると思しき人影を見つける。


(ああ、なるほど。考えたな)


 隠蔽の効果を持ち、普通のローブのように見せ掛けるドラゴンローブだが、今回はそれが災いした形だ。

 これが街中なら何の問題もないだろう。

 だが、貴族街となれば豪華なローブ、見るからに強力なマジックアイテムと分かるようなローブを着ている者がいても、普通の……魔法使いになったばかりの者が着るようなローブを着ていては、どうしても目立ってしまう。

 とはいえ、今は冬だ。

 コート代わりにローブを着ている者はそれなりにいる。

 ……これが春から秋の間なら、ローブによってレイをレイだと認識出来たのかもしれないが。

 それでもレイと接触しようとする者達は、普通のローブを着ているように見えて、身体の動かし方から強いと判断する者もいた。

 そのような者達はレイに接触しようとしたものの、同時に数人が動いたこともあり、お互いがそれに気が付いて他の相手を牽制するような視線を向ける。

 そうした相手の隙を突くかのように、レイは素早く――それでも決して走ったりせず――貴族街に入る。

 そうして貴族街に入ってしまえば、ダスカーからの忠告もあってある程度は安全だった。

 とはいえ、その安全はあくまでもある程度だ。

 貴族の中にはクリスタルドラゴンの素材を手に入れるのなら、多少はダスカーからの忠告を無視して動く者もいる。

 そのような者達の手の者に接触すると、レイとしても面白くない。

 そんな訳で、マリーナの家まで足を速め……


「おい、そこの!」


 不意に聞こえてきたその言葉だったが、レイはそれを無視して足を進める。

 レイと名前を呼ばれた訳ではない以上、自分が呼ばれたとは思わなかった……というのが表向きの理由だ。

 実際には自分を呼んでいるというのはレイも理解している。

 だが、既にレイはマリーナの家からそう遠くない場所まで来ており、呼び掛けを無視してもマリーナの家に入ることが出来れば問題はないと判断したのだ。


(俺に接触するんじゃなくて、単純に見回りって可能性もあるけど……どのみち面倒なことにはなりそうだし)


 貴族街に住む貴族達は、個別に冒険者を雇って貴族街の見回りをさせている。

 冒険者にしてみれば、報酬も高いし貴族との伝手も出来る、美味しい依頼と見られていた。

 ただ、当然ながらそのような依頼は誰でも受けられるのではなく、相応の実力があってギルドが性格に問題がないと認めた者、あるいは貴族の後ろ盾を持つ者といった者達しか依頼を受けることは出来ない。

 そんな者達だけに、真面目に依頼をこなす者も多い。

 ……幸いにも、ギルムにいる貴族の多くはそれなりに有能な貴族だ。

 しかし、それでも冒険者という存在を下等な相手と見ている者もいる。

 そんな相手に妙な言い掛かりを付けられないようにするには、しっかりと依頼をこなすのが一番だ。

 そしてもしそのような者達が貴族街に相応しくないような魔法使いの初心者が着るようなローブを着ている者がいれば、声を掛けてもおかしくはない。

 そして声を掛けた相手が、それを無視して進めば……


「おい、ちょっと待て!」


 怪しい存在と判断し、追い掛けるのは当然だった。


(しまった。やっぱり見回りの方だったか)


 追ってきた存在からそう思ったが、もう事態は始まってしまった以上はどうしようもない。

 いや、ここで足を止めて説明すれば問題はないのかもしれないが、その代わり説明に時間が掛かってしまう。

 それは面倒だということで、レイは一気に走り出す。

 追ってくる者達も、優秀な冒険者であるのは間違いない。

 だが、それでもレイの走る速度には追いつけない。

 そうして数分も掛からず、レイはマリーナの家の敷地内に入る。

 少し遅れてやって来た相手に、フードを脱いで顔を晒す。


「ああ……そういうことか」

「全く、驚かせないでよね」


 顔を見せたことで……そして何より、精霊で守られているマリーナの家の敷地内に問題なく入れたことで、追ってきた者達は疲れたように息を吐く。

 レイがどのような状況になっているのかは、それこそ一般人でも知っている。

 その上で、今日はギルムの外でギガントタートルの四肢や尻尾、頭部を切断するといったこともしたのだ。

 色々な意味で目立つのは当然の話だし、貴族街で声を掛けられれば逃げ出してもおかしくはなかった。

 事情は分かるものの、それで不満を抱いてないのかと言われれば、それは否なのだが。


「レイの状況を考えれば仕方がないけど、それでも出来れば逃げたりしないで欲しかったな」

「悪いな。けど、お前達も雇い主から俺に接触出来たら接触しろとか、そんな風に言われてるんじゃないか?」


 そうレイが言うと、冒険者達はそっと視線を逸らす。


(やっぱりな)


 冒険者達の様子から、レイは自分の予想が当たっていたことを知る。


「そんな訳で、俺が逃げたのは仕方がなかったということにしておいてくれ」

「分かったよ。それに雇い主からも無理はするなと言われてるし」


 それは恐らくダスカーの行動だろうと、レイは予想する。

 色々と報酬について頼み忘れていたことがあったものの、今回の件は決して悪くないと思う。

 もしダスカーが行動していなければ、それこそもっと面倒なことになっていたのは間違いないのだから。

 そういう意味で安心しつつ、レイは冒険者達に軽く手を振ってからマリーナの家の中に入るのだった。

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