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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3395/3865

3395話

「あ、ありがとうございました!」


 そう言い、レイに大きく頭を下げるのは五十代程の男だ。

 他にも家族と思しき数人がいて、レイに挨拶をしてきた男の孫と思しき子供は激しく泣いている。

 まだ子供……十歳にもならない子供が、盗賊という人の悪意に襲われたのだから、それで泣くなという方が無理だろう。

 母親があやしているものの、泣き止む様子はない。


「いや、気にしないでくれ。偶然通り掛かっただけだし」

「いえいえ、普通なら盗賊に襲われている私達を見れば、出来るだけ関わり合いになりたくないと思って見捨ててもおかしくはないですよ」

「そういうものか? それで、何で冬に……家族か? とにかくそんな集団で村や街の外に?」

「その、実は他の村に嫁いだ娘の子供が生まれそうだということで」

「ああ……」


 それで急に旅立つことにし、その結果盗賊に襲われたということらしい。


(とはいえ、盗賊達も何を考えてこの一家を襲ったんだろうな。馬車の類もないし、金の持ち合わせがあるようにも思えない。だとすれば、奴隷として売ろうとでも思ったのか?)


 そんな疑問を抱いていると、セト籠からエレーナ達が姿を現す。

 盗賊達の人数はそう多くなかった為、セト籠を下ろしたセトと、盗賊喰いと呼ばれることがあるレイだけで、既に全滅させている。

 何人かはまだ生きているものの、このまま手当をしなければ死ぬだろう。

 これがもし今のように急いでいる時でなければ、捕らえた盗賊達を尋問してアジトを吐かせ、そこを襲撃して貯め込んだお宝を貰い、場合によっては盗賊達を犯罪奴隷として奴隷商人に売り払ったりするのだが……生憎と、今はそんな時間はない。


「レイ」

「悪いな、時間を取らせて」

「構わん。盗賊を放っておくことの方が問題だ。……それで、生きている盗賊はどうする?」

「殺す」


 人の命を奪うという行為をあっさりと口にするレイ。

 そんなレイの言葉に何かを感じたのか、エレーナの美貌に目を奪われていた者達が反射的にレイに視線を向ける。


「そうか。……とはいえ、一応騎士がいるのだ。そちらに話を通した方がいいのではないか?」


 エレーナがそう言うのと、セト籠からガーシュタイナーとオクタビアが姿を現すのは、ほぼ同時。

 この辺りは既にダスカーの領地ではないものの、騎士がいる以上は騎士にどうすればいいか話を聞いた方がいいかと思い、レイは二人の騎士を呼ぶ。


「ガーシュタイナー、オクタビア、ちょっと来てくれ! 盗賊の処遇に関して話を聞かせて欲しい!」


 その言葉に、二人の騎士は足早にレイ達の方にやって来る。


「盗賊ですか。もう全員死んでいるのでは?」


 嫌悪感も露わに言うオクタビア。

 その様子からも、オクタビアが盗賊を決して好んでいないというのは分かる。

 もっとも、盗賊を好む者がそもそも多くないだろうが。


「まだ何人か生きてる。俺はこのまま殺してしまった方がいいと思うけど、どうする? どこかの村や街まで連れていくとなると、治療をしないといけないし、かなり時間を取られるけど」


 そうレイが言うと、オクタビアは嫌そうな表情を浮かべる。

 オクタビアにしてみれば、ここで無駄に時間を使うのが愚行だとしか思えない。


「どうした方がいいと思う? 私はやっぱりここで殺してしまった方がいいと思うけど」

「私もそれで構わないと思う。こちらは急いでいる以上、無駄に時間を使っても仕方がない。……この辺りにいる盗賊達はこれで全てなのかどうかちょっと分からないのが心苦しいが」


 もしかしたら……万が一にも、この盗賊達の仲間がアジトにいた場合、仲間を殺された復讐を考える可能性はない訳ではない。

 もっとも、基本的に盗賊というのは仲間意識がそこまで強くないので、その辺の心配は問題がない可能性の方が高いのだが。

 それでも万が一の可能性はある。

 それを聞いて怯えたのは、盗賊達に襲われていた一家。

 当然だろう。自分達を襲った盗賊の仇討ちということは、自分達が再び狙われる可能性もあるのだから。


「そんな……何とかなりませんか?」

「そう言われても、私達は急いでいます」


 端的に言うガーシュタイナーだったが、実際その言葉は事実だ。

 レイ達が奇襲をしようとしているのは、世界や大陸を滅ぼそうとする穢れの関係者なのだ。

 移動中に偶然襲われている者達を見つけ、襲っていた盗賊を倒すのであればそこまで時間も掛からないので、問題はない。

 だが、尋問してそのアジトに行って、残りの盗賊達も倒すということになれば……それなりに時間を使ってしまう。


「そう言えば、レイ。まだ今夜どこに泊まるのかは決めてなかったわよね?」


 緊張した空気を破るかのように、セト籠から出て来たマリーナがレイに尋ねる。

 その一言で、レイはマリーナが何を言いたいのかを理解した。

 レイにはマジックテントがあり、エレーナを含めたレイの仲間達はその中で眠れる。

 だが、それ以外の面々……冒険者の三人や騎士の二人は、持ってきたテントで眠るのだ。

 勿論そのテントはその辺にある安物ではない。

 ダスカーが今回の為に用意したテントである以上、マジックテントには及ばずともかなりの高級品だろう。

 だが、それでも冬の寒空の中、外で野営をするとなると不安が残る。

 そんな中で盗賊の一件が出ていたのだ。

 盗賊達も別に冬の寒空の下で野営をしたりはしないだろう。

 洞窟かどこかをアジトとしている可能性が高い。

 つまり今夜の野営に盗賊達のアジトとなる洞窟、もしくはそれ以外の場所かもしれないが、とにかく風除けや雪、雨をしのげる場所を使ってはどうかと、そう暗に言ったのだ。


「時間的には……まぁ、少し早いけど、その分早く寝て、明日は早めに出発するというのもいいかもしれないな」


 懐中時計で時間を確認すると、午後三時すぎ。

 野営の準備をするにはレイが言うように少し早いものの、アジトにいる盗賊達を倒し、お宝を奪い、死体を片付け……といったことをしていれば、夕方にはなるだろう。


(実際にはデスサイズの地形操作を使えば、簡単な屋根とか壁は作れるんだけど)


 現在のデスサイズの地形操作はレベル六。

 半径二kmの範囲を十m程上げたり下げたり出来る。

 それだけの地面を好きに動かせるのなら、それこそ簡易的な家を作るのも難しい話ではない。


「なるほど。……今日は一日目ですし、ここで無理をするよりは多少ゆっくりとした方がいいかもしれないか。分かりました、ではその意見に従いたいと思いますが、反対する人はいますか?」


 ガーシュタイナーが、いつの間にかセト籠から出ていた者達に視線を向け、尋ねる。

 だが、その言葉に反対する者は誰もいない。

 盗賊達を野放しにしておくのは問題があると、そう理解しているからだろう。

 事実、レイもガーシュタイナーの言葉に異論はないのだから。

 最終的に誰もガーシュタイナーの提案に反対はしない。

 ガーシュタイナーやオクタビアも、別に好んで盗賊の生き残りを見逃したいと思っている訳ではない。

 騎士だけに、民の暮らしを守るのは大きな意味を持つ。

 だが、それでも今は無理をしなければならなかったのだが……しかし、盗賊の生き残りを殺しても問題ない提案があるのなら、それに乗らないという選択肢はない。


「さて、じゃあ……取りあえず生き残ってる連中を回復するか。尋問をするにも、このままだとその前に死んでしまうだろうし。マリーナ、頼めるか?」

「任せておいて。とはいえ、それなら最初から致命傷を与えなければよかったと思うけど」

「う……」


 手加減が苦手と言われれば、レイも反論出来ない。

 実際に地面に倒れている盗賊達を見れば、それは明らかなのだから。

 もっとも、レイにも言い分はある。

 レイとしては、逃げている一家を襲っていた盗賊達を全て殺したら、そのまま素早くここを立ち去るつもりだった。

 だからこそ、死んでもいいし、死なないなら死なないでも、いずれ血を流しすぎて死ねばいいと、そのように思っての行動だったのだ。


「治すのはいいけど、別に全快させなくてもいいわよね?」


 生きている盗賊達を巨大な水球の中に入れ、マリーナが尋ねる。

 レイは当然といった様子で頷く。

 結局のところ、盗賊達を治療するのはアジトの場所を聞き出す為でしかない。

 盗賊達のアジトを聞いたら、死んでも問題はない。

 そんな風に思っているし、それは他の者も同様だ。

 これが例えば、盗賊でも何でもない……それこそ、ただの一般人が怪我をして倒れているのを見つけたということであれば、マリーナの回復魔法で全快してから事情を聞くだろう。

 だが、盗賊というのはレイ達にとってモンスターと同様の存在だ。

 ……いや、下手に知恵が回る分だけ、モンスターよりも厄介な存在ですらある。

 それだけではなく、中にはかなりの強さを持つ盗賊もいたりする。

 実際にレイは今まで多くの盗賊と戦ってきたものの、その中には相応の強さを持つ盗賊の姿もいた。

 レイにとってそれなりの強さを持つということである以上、その強さは普通の冒険者にしてみれば手に負えないような相手である可能性も十分にあった。


「はい、いいわ。生きてるのは三人だけね」


 素早く水の精霊魔法によって、盗賊の中でもまだ生き残っていた者達の回復が終わる。

 生き残ったのが三人なのは、この場合『三人しか』なのか、『三人も』なのか。

 その辺は人によって判断が違うだろう。

 もっとも、レイとセトに攻撃……いや、蹂躙されて生き残ったのが三人だというなら、それは多くの者が褒め称えてもおかしくはない生存率だが。

 実際には単純に、レイやセトが盗賊を全員殺すというのを考えておらず、まずは襲われていた者達を助けるのを優先したというのがあるのだが。


「う……うう……」

「な、何だお前達は……」

「痛い、痛い……母ちゃん……」


 怪我を回復された三人だったが、その中できちんと現在の状況を理解しているのは一人だけ。

 残りの二人は呻いていたり、母親を呼んでいたりして、意思疎通が出来るかどうかは微妙なところだ。


(情報を聞くのは、あの男だけにしておいた方がよさそうだな。残りの二人は、情報を話さなかった場合、痛めつけて脅す役割を担って貰うとしよう)


 三人の様子からそう判断したレイは、ミスティリングから出したデスサイズの刃を盗賊の一人……現在の状況を多少なりとも理解している相手に突きつける。

 こういう時、大鎌のデスサイズというのは非常に使い勝手がいい。

 長剣のような一般的な武器と比べても刃が巨大なだけに、相手を威圧するのに向いているのだ。


「さて、お前には色々と聞きたいことがある。素直に話してくれると助かるが、話してくれないと……鼻や耳が切断されることになるかもしれないから、気を付けろよ?」


 そういい、レイはそっと……本当にそっとだがデスサイズを持つ手に力を入れる。

 男の首の皮が斬れ、ツ……と一筋の血が流れる。

 粉雪が舞い散るこの天気でも……いや、この天気だからこそか、男は自分の血が流れるのを感じてしまう。


「ちょ……おい!」


 このまま一体何をしているのかと叫びたいものの、ここで叫べば首筋に突きつけられているデスサイズの刃によって、傷口がより大きくなってしまう。

 そう本能的に理解しているだけに、今のこの状況では大きく叫ぶことは出来なかった。


「で、どうだ? 素直にお前達のアジトがどこにあるのか話してくれるか? それにアジトにお前の仲間達がいるのかも」

「そ……それは……」

「素直に情報を教えた方がいい。でないと……そっちでまだ生き残ってる二人も、致命傷を受けることになるぞ?」


 盗賊である以上、仲間の身よりも自分の安全が大事だろうとはレイも思ったが、それでも万が一仲間思いだった場合のことを考え、仲間を人質に取るようなことをしてみたのだが……


「待ってくれ! そいつらを傷付けるのは止めてくれ!」


 お? と、尋問していた盗賊の言葉に、レイは意外に思う。

 レイが口にした脅しは、駄目元のものだ。

 あるいは盗賊同士であっても仲の良い相手や悪い相手もいるので、その辺も関係しているのかもしれないが、それでもこうして引っ掛かってくれるというのはレイにとってありがたい。


「じゃあ、アジトの場所と、そこに残っている者達について聞かせて貰おうか」

「いや、だが……」

「ぎゃああっ!」


 レイがデスサイズで脅している相手とは別の男が悲鳴を上げる。

 デスサイズの刃を突きつけられている男は、一体何があったと目だけを動かして確認すると……男の仲間が、踏まれた雪でグチャグチャになった地面の上を転がり回っていた。

 そしてデスサイズを握っていないレイの左手がその男の方に向いている。

 ネブラの瞳によって生み出された鏃を放ったのだが、尋問されている男がそれに気が付くことはなく、ただ動揺するだけだった。

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