3368話
雷蛇の肉でバーベキューをした日の夜……レイはセトと共に妖精郷の外にいた。
レイ達の側にいたニールセンも一緒に行こうとしたのだが、クリスタルドラゴンの肉を食べた幸福感や満足感はまだ続いていたらしく、何よりレイにとってもこれからやるべきことを思えばニールセンに一緒に来て欲しくなかったので、ニールセンにはゆっくりしてるように言い、レイとセトだけで妖精郷を出たのだ。
これが普通の時であれば、レイとセトの行動に長も気が付いただろう。
だが、今の長は雷蛇との戦いで魔力を限界まで……いや、限界以上に使い、それによって現在は魔力を回復中だ。
魔力がある程度回復するまでは、以前のように魔力を広げてトレントの森やその周辺に穢れが現れてもそれを察知することは出来ない。
それはレイにとって非常に困ることだったが、同時にレイとセトが今のようにこっそり妖精郷を抜け出しても長に気が付かれないという意味でもある。
もっとも長が使えないのはあくまでも魔力だ。
それ以外……頭の冴えといったものはいつも通りである以上、何らかの理由でレイ達が妖精郷を抜け出したというのを察する可能性は十分にあったが。
(けど、別に妖精郷を抜け出して他の場所に行くとか、そういう訳じゃないし。用事が終わったらすぐに戻るんだから、問題はないよな?)
自分に言い訳をするような形で、レイは森の中を進み……
「この辺でいいか。あまり妖精郷から離れると、長に見つかった時に問題になるかもしれないし」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは分かったと鳴く。
セトは何をする為に妖精郷を出たのか、十分に理解している。
だからこそ、ここでこれから何が行われるのかは、十分に理解出来た。
「グルルルゥ、グルゥ、グルルルルゥ」
足を止めると、セトが早く早くと急かすように喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、レイがミスティリングから取り出したのは……雷蛇の魔石。
そう、これから行うのは魔石を使うというものだった。
ランクAモンスター……それも中位から上位くらいの強さを持っていた雷蛇だけに、その魔石でスキルを習得したり、強化したり出来ない訳はないだろうというのがレイの考えだった。
「これは別にセトに使わせると決まった訳じゃないんだが……」
「グルゥ!?」
レイの口から出た言葉に、セトは驚きの鳴き声を上げる。
セトにショックを与えた一言だったが、実際にレイにしてみればギルドから受け取ってきた魔の森の高ランクモンスターの魔石の大半は、結局セトが使ったのだ。
そういう意味では、雷蛇の魔石はデスサイズに使ってもいいのではと、そんな風に思わないでもなかった。
だが……同時に、雷蛇の能力を考えるとセトに魔石を与えた方がいいと思えるのも事実。
(多分、本当に多分だけど、この魔石をセトが使えばサンダーブレスのレベルが上がると思うんだよな)
セトの持つスキルに、サンダーブレスというのがある。
レベル一なので、まだ威力はそこまで強力ではないものの、雷蛇の能力を思えばその魔石を使った場合、サンダーブレスのスキルがレベルアップするのではないかと、そうレイには思えたのだが。
もっとも、魔獣術というのは時に全く予想外の結果をもたらすことがあるので、サンダーブレスではなくもっと別のスキルが強化されるなり、新たに習得するなりする可能性も否定は出来なかったが。
以前にも同じように特定のスキルが強化されるなり、習得出来るだろうと思っていたのだが、実際には全く予想していなかった方向で効果が発揮したことがある。
そういう意味では、やはり予想だけで魔石を使うのは予想する方向にスキルを習得したり、強化したりするのは難しいと思えた。
「グルルゥ」
自分に魔石を使わせて。
セトは円らな視線をレイに向け……
「分かったよ」
レイはセトを撫でながら、そう言う。
レイも別に絶対に雷蛇の魔石を自分で……より正確にはデスサイズに使わせようとは思っていない。
セトがレイの魔獣術で生み出された存在である以上、やはり魔石はセトに重点的に使った方がいいと、そう思ったのだ。
「グルルルルルゥ!」
レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすセト。
そんなセトを見ながら、レイはミスティリングから雷蛇の魔石を取り出す。
クリスタルドラゴンの魔石とは違い、そこまで圧倒的な大きさではない。
ランクAモンスターといえども、雷蛇とモンスターの頂点に立つドラゴンとの違いだろう。
「セト」
その魔石を放り投げると、セトはあっさりと魔石をクチバシで咥え、次の瞬間には飲み込む。
【セトは『サンダーブレス Lv.二』のスキルを習得した】
脳裏に流れるアナウンスメッセージに、レイは安堵する。
恐らくはサンダーブレスが強化されるとは思っていた。
実際に雷蛇はサンダーブレスを使っていたのだから。
だが、それでももしかしたら自分の予想外のスキルをセトが習得するのではないかと、そんな風に思ってしまったのも事実。
「グルルルゥ!」
安堵しているレイに対して、喜びを全開にしてるのがセト。
セトも雷蛇がサンダーブレスを使ったのは見ていたので、雷蛇の魔石を使えば自分のサンダーブレスのレベルが上がるのではないかと思っていたのだろう。
どちらもサンダーブレスが強化されるのを希望していたのだが、安堵するレイと純粋に喜ぶセト。
この辺りに二人の微妙な性格の違いが現れていた。
「じゃあ、せっかく習得したんだし、使ってみるか。とはいえ……何を標的にするかだな」
レイが知ってる限り、レベル一のサンダーブレスは岩にヒビを入れるくらいの威力だった。
なら、レベル二となった今のサンダーブレスは、一体どんな威力になっているのか。
それを試すには、実際に岩に使ってみるのが一番なのだが……最大の問題は、ここに岩がないことだろう。
トレントの森という名前のように、木なら幾らでもあるのだが。
「一度トレントの森から出て、どこか岩のあるような場所に行くか……いや、駄目だな。そうなれば、いざという時に連絡が取れないだろうし」
長の魔力が回復していない今、いざという時に動けるのはレイとセトだけだ。
そうである以上、レイも気軽に妖精郷から出る訳にはいかない。
(あ、でもそうなると明日領主の館に行くのは難しいか? けど、ブルーメタルの鋼糸は貰ってくる必要があるし。……とはいえ、元からあったのを切断したから、多少は余裕があるけど。……どうしたらいい?)
ブルーメタルのある場所に穢れが集まっているのかどうか、レイにはまだ分からない。
だが、今朝の一件を見る限りでは、恐らくいるだろうと予想するのは難しくない。
であれば、やはりブルーメタルの鋼糸は……あるいは鋼糸程ではなくても、ある程度の細さになっているブルーメタルは是非とも入手したい。
(そうなると、真っ直ぐ領主の館に行って、出来るだけ早くブルーメタルを貰って、すぐに戻ってくるとか? 上手くいけば、恐らくそこまで時間が掛からないし)
セトの速度があれば、ギルムまで数分程度だ。
とはいえ、領主の館に顔を出す以上はダスカーに自分達が来た理由について話す必要があるし、ブルーメタルのインゴットを使って穢れを誘き寄せるという方法についての報告をする必要もあるだろう。
特に後者は、ブルーメタルや穢れについてダスカーも情報を必要としている以上、その報告は必須だった。
(不幸中の幸いは、雷蛇についてか。……とはいえ、トレントの森の周囲にはダスカー様の部下がいるし、野営地とかにも冒険者がいる。ギルムを出入りする商人達が少なくなったのが、唯一の幸運だったかもしれないけど)
全長十m以上の身体を持つ雷蛇が空を飛んでいたのだ。
それが他の誰にも見られていないとは、さすがにレイにも思えなかった。
であれば、その雷蛇がトレントの森に……より正確には妖精郷に降りたという情報がダスカーに届けられてもおかしくはない。
問題なのは、レイが一体どうやってその件を誤魔化すかだろう。
あるいはもう雷蛇を解体してしまった以上、ダスカーやギルドに知られても開き直ってしまえばいいのか。
(戦いが激しくて、雷蛇の身体は殆ど砕け散って肉片になってしまった。……これで行けるか?)
普通なら、とてもではないがそんな大雑把な説明で納得はして貰えないだろう。
だが、幸か不幸かレイの魔法の威力については、ダスカーもギルドでも把握している。
そんなレイの魔法によって敵を倒せば、肉片になるというのも納得出来るだろうし、炭すら残さずに焼きつくしたと言われても納得は出来るだろう。
唯一レイが心配だったのは、レイが魔石を集めているというのを多くの者が知ってることだろう。
雷蛇のような希少なモンスターの魔石を、レイが集めない筈はない。
その魔石を見せて欲しいと言われれば、レイとしては対応のしようがなかったが。
既にその魔石はセトに使われており、存在していないのだから。
「そうなったらそうなった時のことか。聞かれたら魔法で魔石も破壊したって言うしかないけど。……セト、そろそろ妖精郷に戻るぞ。俺達がいないと気が付かれると、一体なにをしているのかと疑問に思われるだろうし」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
雷蛇の魔石によってサンダーブレスがレベルアップしたのが嬉しかったのか、セトはかなり上機嫌な様子だ。
レベル一のスキルは基本的に強くはない。
それがレベルが上がってレベルが二になったことで強化されたのが、それだけ嬉しかったのだろう。
もっともレベル一から二に上がって強化されたのは間違いないが、レベル五になって別のスキルではないかと思えるくらいに強化されるのには及ばないが。
「サンダーブレスが強化されてよかったな」
「グルゥ」
レイを背中に乗せたセトは、嬉しそうに喉を鳴らす。
そんなセトを見ながら、レイはセトの首を撫でる。
今回の雷蛇の魔石については、レイにとっても悪くない結果だった。
魔石を使って新たなスキルを習得したり、習得してあるスキルを強化したり出来る魔獣術だが、その魔石で習得出来たり、強化出来るスキルは必ずしも予想通りに出来る訳ではない。
雷蛇の場合はサンダーブレスを使っていたので、セトのサンダーブレスのレベルが上がるというのがレイの予想で、実際にその通りになった。
だが、時には全く予想もしていなかったスキルを習得するすることもある。
今回の場合、例えばそれは光学迷彩であったり、アイスアローであったり。
勿論これはあくまでも一例でしかなく、実際にはこれ以外のスキルを習得することもある。
それは雷蛇がレイとの戦いで使わなかったスキルであったり、そういうスキルの素質はあったものの、雷蛇が結局その才能を開花させずに習得出来なかったスキル……といった可能性もある。
あくまでもそれはレイの予想でしかないが、今までも実際にセトやデスサイズが習得したスキルの中には、何でそのスキルが? といったスキルが結構ある。
(ある意味、ギャンブルなんだろうな。何より、同じ種類のモンスターからは一回しか魔石を使えないというのが結構厳しい。まぁ、上位種や希少種とかになれば違うのがせめてもの救いか)
例えばオークの場合、普通のオークとオークアーチャーやオークメイジは違うといったように、魔獣術ではカウントされている。
それが魔獣術を使うレイにとってはせめてもの救いだった。
(というか、今更だけど何で魔獣術では一つの種族につき一回しか魔石を使えないようにしたんだ? タクムがいたのなら、日本のゲームとかにも詳しいだろうし、そうすれば面倒なことになると予想は出来た筈だけど)
タクム・スズノセ。
ゼパイル一門に所属した人物。
名前から分かるように、レイと同じく日本からやって来た人物だった。
それを示すのは名前だけではなく、魔の森にあるゼパイル一門の隠れ家でレイが目覚めた部屋にあった絵で、学生服を着ていたことからも間違いない。
レイが日本にいた時と違う名前を使っているのとは違い、日本で使っていた名前をそのまま使っていたので、学生服の件もあって非常に分かりやすかった。
ゼパイル一門が活動していた時期がかなり昔なのを考えると、このエルジィンと地球では時間の流れが違うのだろう。
ともあれ、学生服を着ているということは学生で、何らかのゲームくらいはやっていただろうとレイには思える。
世の中にはゲームに一切興味を示さない者もいるのだが、魔獣術の仕組みとかを考える限り、恐らくそれはないと思えた。
そしてゲームを何らかの参考にしてる以上、魔石の扱いについてはもう少し楽をさせてくれても……と、そうレイはしみじみと思うのだった。
【セト】
『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.五』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.七』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.五』『光学迷彩 Lv.七』『衝撃の魔眼 Lv.四』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.六』『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.二』『アースアロー Lv.二』『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.四』『翼刃 Lv.三』『地中潜行 Lv.一』『サンダーブレス Lv.二』new『霧 Lv.二』『霧の爪牙 Lv.二』
サンダーブレス:電撃を放つブレス。集束と拡散の双方が可能だが、基本は集束で拡散には慣れが必要。レベル一の集束で岩にヒビを入れるくらいの威力で、レベル二は岩を砕くくらいの威力。拡散は射程距離が短くなる代わりに広範囲に攻撃可能で、相手を痺れさせる効果がある。