3367話
「美味しい! うわ、このお肉本当に美味しいわよ!?」
焚き火の上に用意された鍋で焼かれた雷蛇の肉を食べた妖精の一人が、心の底から驚いたといった様子で叫ぶ。
勿論雷蛇の肉を食べているのは一人だけではないので、他の妖精達も雷蛇の肉を食べては美味いと口に出す。
妖精達の中にも自分達の仲間を食べた雷蛇の肉を美味いと感じるのはどうかと思う者はいたのだが、それでも一口食べれば、その美味さに不満は言えなくなる。
それ程の美味さだった。
「うん、確かにこれは美味いな」
当然ながら、雷蛇の肉を切っていたレイもそれを食べていない訳ではない。
鍋の上で焼きながら、あるいは鍋ではなく串に刺して串焼きを作りながら、雷蛇の肉を食べる。
(鍋じゃなくてフライパンの方がいいかもしれないけど……あまりフライパンはないんだよな)
一応何個かフライパンはミスティリングに入っているが、それでもやはり多いのは鍋だ。
これは料理の美味い店でスープを購入する時、鍋ごと購入することが多いから、自然とそうなる。
スープを食べ終わった鍋は洗って、他の店でスープを購入する時にその鍋にスープを入れて貰うということもあるが、それでもどうしても鍋は増えていく。
現在雷蛇の肉を焼いている浅い鍋もその手の調理器具の一つだった。
「それにしても、凄い脂だよな」
雷蛇の肉を鍋で焼く時、レイは特に油を引いたりはしていない。
そのまま熱した鍋で肉を焼いたのだが、雷蛇の肉からはかなりの脂が出て、肉から出た脂で肉を揚げ焼きに近い状態にしていた。
串焼きも刺した肉から脂が滴り落ちて、串に脂が付着している。
食べる時、そのまま串を手で掴んで食べると、手が汚れてしまうくらいの脂。
(最高級の和牛とかって、多分こんな感じなんだろうな。……食べたことはないけど)
レイが日本にいた時のスーパーでは、有名なブランド牛の肉というのは、基本的に売ってなかった。
ただ、クリスマスや大晦日といった頃になると、時々全国的に有名なブランド牛が売られていることもある。
……その値段は高く、レイの家ではとても買えない値段だったが。
いや、あるいはその牛肉だけなら購入出来たかもしれないが、そうなるとその牛肉以外の料理はなしになってしまう。
その為、そういう高級牛肉を買うことはなかったのだ。
「ええ、美味しいですね。ですが、脂っぽいので食べすぎるともたれそうです」
いつの間にかレイの隣にいた長が、鍋で焼いている肉を食べてそう言う。
レイもそんな長の姿に少し驚いたものの、長だから仕方がないだろうと特に気にしたりせず、近付いてきたセトに串焼きを渡す。
「モンスターじゃない蛇の肉は食べたことがないけど、何かで鶏肉に……しかも脂ののっていない鶏肉に近いって聞いたことがある。……まぁ、これはモンスターだしな。そう考えればそこまでおかしな話でもないか」
モンスターとなったことで、ここまで脂ののった肉になったのか、それとも手当たり次第に何でも食べたからこのような肉質になったのか。
それはレイにも分からなかったが、高ランクモンスターの肉だから美味いと納得しておく。
「そう言えば、ニールセンはどうなったか分かるか?」
「何とか肉を抱えて逃げ続けているようですね」
「……頑張るな」
長の言葉にレイは感心したように言う。
ニールセンが抱えているのは、クリスタルドラゴンの肉。
ニールセンよりも明らかに重く、そして大きい。
そんなクリスタルドラゴンの肉だったが、どうやらまだニールセンは逃げ続けているらしい。
「食欲の化身といったところか」
決してニールセンを褒めている訳ではないが、貶している訳でもない。
純粋にレイがニールセンについて思っていることを口にしただけだ。
「無事に逃げ切ることが出来れば、色々と手加減をしてもいいのですがね。成長の証として」
色々というのはなんだ?
そう思ったレイだったが、もしここで実際に話を聞けば、少し面倒なことになりそうな気がする。
そんな訳で、その件については特に突っ込まずに雷蛇の肉を食べる。
「うん、何度食べても美味いな。……結局ニールセンはクリスタルドラゴンの肉を持って逃げているから、この雷蛇の肉もまだ食べられてないんだよな」
クリスタルドラゴンの肉が雷蛇の肉よりも美味いのは、レイも理解出来る。
だが同時に、そんなに美味い肉であっても、結局食べられなければ同じだろうとも思えた。
……いや、実際には食べられないのだから、同じにすらなっていない。
(まぁ、それもニールセンが自分で選んだんだから、俺がそれについて何か言う必要はないか)
目の前のことに夢中になると、それだけに集中してしまい、他のことには全く気が付かなくなる。
それはニールセンの……より正確には妖精の悪癖なのだが、ニールセンは長の後継者となる立場である以上、他の妖精達と同じままという訳にはいかない。
それを自覚させる為にも、今回の件は悪くなかっただろう。
そう思いながら、レイは新たな雷蛇のブロック肉をミスティリングから取り出す。
最初に用意したブロック肉は、もう既になくなってしまったのだ。
その為に出したのが、次の肉のブロック。
それを見た妖精のうちの何人かは、安堵の息を吐く。
妖精達にとって、先程まで食べていた肉が全てなくなってしまったことにより、もう今日の食事は終わりではないかと思ってしまったのだろう。
だが、レイはそれを行動で否定する。
「ほら、次の肉だ。……出来ればもっとしっかりと専門に料理が出来る奴がいれば、ただ焼いただけじゃなくて、もっと美味い肉を食べられるんだけどな」
「そのようなことが出来ればいいですが、そうでない以上は仕方がないかと。……けど、そうですね。出来れば将来的にはギルムから料理人を連れて来てもらって、妖精郷で店を開いて貰ってもいいかもしれません」
「その料理人の腕にもよるけど、まず間違いなく大繁盛だろうな」
妖精達が美味い料理を食べるのが好きなのは、今のこの状況を見れば分かる。
だが同時に、それはあくまでも妖精達を満足させるだけの料理の腕があればの話だ。
もし連れて来た料理人の腕が悪かったり、あるいは単純に腕利きでもその料理が妖精に合わなかったりということであれば、妖精郷で長く料理を出すことは出来ないだろう。
もっともそれは妖精達に気に入られれば、一攫千金のチャンスでもあるということだが。
(そう言えば、もし長が言うように料理人を妖精郷に連れて来たとして……料金の支払いはどうするんだろうな)
妖精郷には金貨や銀貨が流通していない。
そもそも妖精の大きさを考えれば、金貨や銀貨を使うのが難しいのは分かるだろう。
これが例えば、日本のように紙幣があれば、もう少し話は違ったのだろうが。
……ただ、もし紙幣を使うということになっても、そのおつりとして銅貨か銀貨を渡されれば、妖精達にとっては本末転倒に近いだろう。
(だとすれば、宝石とか? けど、串焼きを宝石一個分欲しいと言われたら……一体どれだけ焼かないといけないんだろうな)
勿論、宝石はその種類や大きさ形……それ以外にも様々な理由で値段は変わる。
だがそれでも、串焼きを代金を宝石で支払うとなると、その串焼きの肉が高ランクモンスターの肉でなかったりした場合、数十、数百……場合によってはそれ以上の串焼きを焼かなければならなくなる。
もしくは妖精達を騙して、焼いている肉が実はオークのようにギルムで多く使われているような肉ではなく、それがオークキングの肉だとか、場合によっては高ランクモンスターで、しかも未知のモンスターの肉だと妖精達に言うとか。
(いや、ないな)
レイはすぐにその考えを否定する。
妖精郷で店をやる以上、その人物がどのような人物なのか……それこそ性格的に問題がないか、以前に何らかのトラブルを起こしてないかといったようなことは前もって徹底的に調べられるだろう。
ダスカーにとって、妖精郷との関係は非常に重要視されている。
だからこそ、妖精を騙すような者に妖精郷で商売をさせたいとは思わないだろう。
「レイ!」
レイが長と話しながら肉を切り、あるいは焼いて食べていると、不意にそんな声が聞こえてくる。
聞き覚えのある声に視線を向けると、そこにいたのは予想通りニールセン。
……ただし、ニールセンの持っている肉は大分小さくなっていた。
(生肉のままで食ったのか)
離れているレイから見ても、肉には多数の噛み跡がある。
その噛み跡が妖精達のものだというのを予想するのは難しい話ではない。
レイが見たところ、ニールセンに渡したクリスタルドラゴンの肉の半分……いや、それよりも更に小さくなっているように思えた。
それでもある程度の量を守り切ったのは、素直に凄いと思う。
「無事に戻ってきたみたいだな」
「そうよ、何とか無事に戻ってきたんだから。……こんなに小さくなってしまったけど」
「ニールセンを追っていった連中はどうした?」
ニールセンを……正確にはニールセンの持っているクリスタルドラゴンの肉を追っていった妖精達だったが、今はニールセンだけだ。
それを疑問に思って尋ねるレイに、ニールセンは微妙な様子で口を開く。
「その、肉を一口食べたらそれで満足したみたいで、追ってこなくなったわ」
「それでそこまで肉が減ったのか。クリスタルドラゴンの肉だし、そういうことがあってもおかしくはないかもしれないけど」
ランクSモンスターの肉である以上、一口食べただけで陶酔感に浸りたくなってもおかしくはない。
実際、以前レイがクリスタルドラゴンの肉を食べた時はその美味さに何も言えなくなったことがあったのだから。
「頑張ったな。じゃあ、そのクリスタルドラゴンの肉を焼くか」
ニールセンが何人もの妖精を引き付けている間に、レイは長や他の妖精達と一緒に雷蛇の肉を食べていた。
ゆっくりと雷蛇の肉を味わうことが出来たその時間は、まさに至福と呼ぶに相応しい。
「本当!? じゃあ、早く早く!」
「分かったから落ち着け。どのくらいの大きさに切る? というか、他の妖精の噛み跡はどうする? その辺も切るか?」
「え……うーん、でもそれだと食べる量が少なくなるじゃない?」
「だろうな」
レイがやろうとしてるのは、いわゆるトリミングと呼ばれる行為だ。
魚や肉の切り身で、形が不揃いになっている部位や、血やゴミで汚れている部位、あるいは熟成した肉の場合は変色している部分を切って綺麗な部位だけを使うといった時に行うこと。
トリミングをすれば、綺麗に形を整えることになるので外見が綺麗に見えるのは間違いない。
だが同時に、切って不要な部位を除去するのだから食べられる量が少なくなるというのも事実。
綺麗にして食べられる場所を減らすか、妖精の噛み跡がついたままで食べられる場所を少しでも多くするか。
その問いにニールセンが悩む。
例えばこれが、オークの肉であればニールセンも即座にトリミングをするように言ったかもしれない。
だが、ニールセンが持っているのはオークの肉ではなく、クリスタルドラゴンの肉なのだ。
その肉の希少さを知ってる者にしてみれば、そう簡単に食べられる肉を減らしたりは出来ないだろう。
ニールセンもそれは同様で、少し迷い……
「じゃあ、そのまま……」
「レイさん!」
ニールセンの言葉を遮るように、声が響く。
その聞き覚えのある声に視線を向けると、やはりそこにはレイが予想した通りの人物の姿があった。
「ボブか。やっぱり生きていたんだな」
「あ、あははは、お恥ずかしい。妖精の皆に隠れさせて貰ったんですが、隠れた場所からなかなか出ることが出来ず……」
それで今になってようやく何とか脱出出来たということらしい。
ボブの側にいる妖精達が居心地悪そうにしているのは、その妖精達が雷蛇の襲撃からボブを隠し、その状態から復帰するのが難しくなってしまった原因なのだろう。
「生きてたならそれでいいだろ。……ん? ああ、ピクシーウルフもそっちにいたのか」
ボブの側にいた妖精以外に、ピクシーウルフの姿もある。
ただ、いつもは元気一杯といった性格をしているのに、今のピクシーウルフはあまり元気がない。
霧の空間の狼達が死んだのが影響してるのか。
肉を焼いている香りが漂っているのに、ピクシーウルフ達は特に騒ぐでもなく、少し離れた場所で二匹揃って丸くなる。
そんなピクシーウルフに、周囲を警戒していたセトが近付いていく。
そんな様子を見ながら、レイは自分が関わらない方がいいだろうと判断し……
「取りあえず生きてたなら何よりだ。ボブも肉を食え。もしかしたらニールセンが少しはクリスタルドラゴンの肉を分けてくれるかもしれないぞ?」
レイの言葉にニールセンが何かを言おうとしたものの……
「しょうがないわね。ちょっとだけよ?」
最終的にはそう言うのだった。




