3322話
このライトノベルがすごい!2023が始まりました。
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マジックテントの中を調べたレイとニールセンだったが、幸い先程の二人の妖精による悪戯と思しき何かは見つからなかった。
もっとも、それはあくまでも今調べた限りの話であって、もしかしたらレイとニールセンが気が付いていないだけで、何らかの悪戯が仕込まれている可能性はあったが。
ただ、レイはそこまで心配していない。
ニールセンが……この妖精郷で悪戯の第一人者であるニールセンが見ても、特に悪戯らしい仕掛けの類は見つからなかったのだ。
であれば、恐らく悪戯の類はないものと思っても間違いないだろう。
勿論、ニールセンが気が付かなかっただけで、実は悪戯が仕掛けられているという可能性は否定出来ないものの、だからといって全てを疑っても意味はない。
「取りあえず悪戯はなかったようで何よりだな。本当にソファで休んでいただけみたいだ」
「そこまで素直に信じてもいいのかどうか、ちょっと微妙だと思うけどね。レイがそれでいいのなら構わないけど」
「……何か怪しいところでもあったのか?」
「うーん、どうかしら。実際に私がこうして見ても、特に何かあるといったようには思えなかったけど。でも、単純に私が気が付かないとか、そういうのもあるかもしれないでしょう?」
「ニールセンでも無理なのか?」
ニールセンなら全ての悪戯を見破ることが出来るのではないか。
そう思っているレイだけに、そのニールセンが見抜くことが出来ないのは予想外だったのだろう。
だが、ニールセンはそんなレイに対して呆れたように口を開く。
「あのね、レイが私をどう思ってるのかは分からないけど、私だって別に悪戯を全て見つけられる訳じゃないのよ?」
「そうなのか? ニールセンなら全ての悪戯を見抜くことが出来てもおかしくはないと思ったけど」
「……レイにそういう風に思われてるのは、喜べばいいのかしらね。とにかく、問題がないのなら、マジックテントを収納したら?」
「そうするよ。とはいえ……今更だけど、ここでマジックテントを収納しても、すぐにまたマジックテントを出すようになるかもしれないな」
まだ日は暮れていないが、それでもそう遠くないうちに夕方になり、夜になるだろう。
冬の今、日が沈むのは早い。
であれば、わざわざここでマジックテントを収納しなくてもいいのでは? とそうレイが思ってもおかしくはないだろう。
「まぁ、マジックテントの中を調べるのでそれなりに時間を使ったのは間違いないしね。レイが問題ないと思うなら、そのままマジックテントを出しておいてもいいんじゃない?」
「分かった。じゃあ、そうするよ」
そうして言葉を交わしながらレイ達が外に出ると……
「うわ、これは……」
レイ達がマジックテントの中にいたのは、三十分にも満たない。
その短時間で、外はかなりの勢いで雪が降り始めていた。
「ちょっと、これはないでしょう、これは。……レイ、私はちょっと長に会ってくるわ。ボブが無事だったことについて、一応知らせる必要があるでしょうし」
「あ、そう言えばその件はまだ知らせてなかったのか。ただ、長ならその辺についてはもう把握してると思うけど」
元々、ボブが穢れに襲われているという情報は長からのものだ。
つまり、妖精郷の外の出来事であってもある程度理解出来ているのは間違いなかった。
そうである以上、ボブを追っていた穢れがレイの魔法によって焼滅させられたのは、長も十分に理解しているんだろう。
「そうね。分かってると思うけど、それでも多分大雑把にだと思うわ。だから詳細については私が長に知らせた方がいいのよ。じゃあ、行ってくるわね」
そう言うと、善は急げとばかりにニールセンはレイの側から飛び去っていく。
レイは忙しそうなニールセンを見送ると、これからどうするべきかと考える。
かなり強く雪が降っている以上、外に出たままという訳にはいかない。
そういう意味では、マジックテントをミスティリングに収納せず、そのままにしておいたことは決して悪くない選択肢だったのだろう。
「焚き火でもするか」
雪が降ってる中で焚き火をするのはどうかと思わないでもなかったが、現状で特にやるべきことはない。
明日からはまた何だかんだと忙しくなるのは間違いないだろうが、せめて今日くらいはゆっくりとしてもいいのではないかと、そう思ったのだ。
「グルルルゥ?」
焚き火をするかというレイの言葉を聞いたのか、少し離れた場所で雪の中でも普通に……それこそ春に木陰で眠っているかのように寝転がっていたセトが、喉を鳴らしながら起き上がる。
焚き火をするの? と。
セトにしてみれば、別に焚き火がなくても全く構わない。
それこそ焚き火を消さないように薪を追加し続ける必要があるので、寧ろそれが面倒な程だ。
だがそれでも、レイがやるのならということで不満を口にしたりはしない。
焚き火はあって悪い訳でもないと理解しているのだろう。
例えば、妖精やボブ、あるいはピクシーウルフ達がマジックテントのある場所に来るまで、暗い夜でも目印になるといったように。
そういう意味では、焚き火をするというのは悪い話ではない。
レイがそう説明すると、セトも納得した様子を見せる。
そんなセトを眺めながら、レイは焚き火の準備を始める。
とはいえ、焚き火の用意をするのは簡単だ。
薪となる細い木を用意し、それに火を点けてから太い薪を置いていけばいいのだから。
この辺は日本にいる時は家で薪ストーブを使っていたレイにとっては苦労するような事はない。
もっとも、日本にいる時は木を切った時に出るおがくずに灯油を掛けて着火剤代わりにしたり、新聞を細かく切って燃焼を助けたりといったことをしていたのに対し、ここではそういうのは必要ない。
そもそも紙は使い捨てに出来る程に安くはないし、灯油の類は……あるのかどうかも分からない。
そもそも石油の類があるのかどうかすらも分からないのだから。
……もっとも、石油、正確には原油を加工して灯油にする必要があるのだが、生憎とレイにはその辺の知識は全くない。
もし原油があったとしても、それを使うのは難しいだろう。
あるいは特に加工の類をせず、レイが炎の魔法を使った時に追加で原油の入った入れ物を投擲し、炎の勢いを増すといったような使い方なら出来るかもしれないが。
(そうして考えると、俺にとって原油は悪いものじゃないのか。手軽に魔法の威力を増すことが出来るし。……とはいえ、ぶっちゃけ魔法の威力だけなら魔法を使う時に魔力を多く使えばそれでいいんだけど)
そうも思うが、魔力を使わないで炎の勢いを増すことが出来るというのは、決して悪い話ではない。
本格的に原油を探してみるのも悪くないなと思いながら、魔法を使って火を点ける。
レイの使った魔法だけに、焚き火は瞬く間に燃え上がった。
レイに魔法がある限り、おがくずに灯油を染みこませたような着火剤の類は必要ない。
「雪が降ってきても、この焚き火はそう簡単に消えたりしないしな」
「グルゥ」
降ってくる雪を見ながらレイが呟くと、セトが同意するように喉を鳴らす。
セトにとっても、レイの魔法なら薪を入れておけば雨や雪で消えることがないというのは理解しているのだろう。
「さて、それじゃあ……取りあえずこれでもうやるべきことがなくなったら。これからどうするか」
ボブを助けに行く前なら、レイもちょっと寝るといったことをしてもいいのではないかと思っていた。
だがマリーナの家で少し寝て、妖精郷にやってきて少し寝てと、中途半端に昼寝をしてしまった為か、不思議と今のレイは眠くなかった。
寧ろここで昼寝をしすぎると、今夜は眠ることが出来なくなりそうではある。
それが何となく分かったからこそ、レイは今ここで眠るといった真似をしようとは思わない。
「スープでも温めるか」
そう言うと、レイはミスティリングから取り出した木を組み立てて鍋を吊せるようにして、続いてミスティリングからスープの入った鍋を取り出す。
木で鍋……それこそレイの知ってる限りでは寸胴鍋に近い大きさの鍋を焚き火で温める。
実際にはスープが出来たての状態で鍋をミスティリングに収納していたので、スープそのものは温かい。
それでもこうしてスープを温めたのは、何となく……本当に何となくだ。
干し肉と野菜と様々な種類の豆が入ったスープは、緑人によって生み出された特殊な香辛料を使っている為か、普段ギルムで売っているスープとは少し違う香りがする。
その香りは、どことなくレイに郷愁をもたらすような……それこそ少し、本当に少しだけだが、カレーに近い香りを漂わせてもいた。
「これ、どうにかすればカレーとか出来るのか?」
「グルゥ!?」
レイの言葉に、セトが驚きに喉を鳴らす。
セトは完全ではないにしろ、ある程度はレイの知識について知っている。
それだけに、カレーという料理についても知っていたのだろう。
だが、レイはそんなセトに悪いなと謝る。
「具体的にどうすればカレーを作れるのか、俺にも分からないんだ。色々と香辛料を使うというのは知ってるけど、知ってるのはそれだけだし」
香辛料と一口に言っても、その種類は多種多様だ。
どの香辛料をどのくらいの割合で組み合わせるか。
それによってカレーというのは無限の可能性を持っていた。
……ただし、それはあくまでも香辛料の取り扱いについて理解していればだ。
あるいは香辛料についての初心者用の知識があれば、ある程度はどうにか出来たかもしれない。
だが、レイが日本にいた時はただの高校生でしかない。
特に料理に凝っていた訳でもなく、せいぜいが料理漫画を色々と読んだことがあるくらいだ。
そんなレイが香辛料について詳しい訳がない。
シナモンのように非常に有名な香辛料を何とか覚えているくらいだろう。
「とはいえ、カレーは食べたいんだよな。……チキン、ポーク、ビーフ……キーマカレーとか。スープカレーはラーメンの方が合うと思ったけど」
何度かスープカレーが家で出たことがあったが、レイは何となく好みではなかった。
この辺はスープカレーを食べ慣れていないからというのもあるが、単純に好みの問題だろう。
ただ、前日に残ったスープカレーに、翌日の昼食としてラーメンの生麺やチャーシュー、メンマを買ってきて、家にあった生卵を半熟にしてカレーラーメンを作ったら美味かった覚えがある。
ともあれ、レイも日本人として育った以上はカレーが嫌いな筈がない。
このエルジィンにおいてもカレーを作ることが出来るのなら、それは非常にありがたいことだったが……問題なのは、それが出来るかどうかだろう。
「何かいい匂いー!」
「何々?」
「美味しそうな匂いがするー」
レイが焚き火で温められているスープを見ていると、不意にそんな声が聞こえてくる。
それが誰の声なのかは、考えるまでもない。
妖精郷にいる妖精達の何人かが、スープから漂う香りを嗅ぎつけてやって来たのだろう。
「ねぇ、レイ。このスープ私達にもちょうだい?」
「そうだそうだ。私達にもこの美味しそうなスープを飲ませるべきだ!」
そう主張する妖精達に、レイは頷く。
「ああ、別にいいぞ。ただ、一人一杯だけな。お前達に好きに食べさせたり飲ませたりすると、この量があってもすぐになくなりそうだし」
寸胴のような大きさの鍋一杯のスープ。
ただし、それだけの量があっても妖精達に好きに飲ませれば、それこそあっという間になくなってしまう。
ニールセンと親しいレイは、妖精達が自分の身体の大きさ以上の串焼きを食べて平然としているのを何度も見ている。
そんな妖精達に好きなように食べさせたりしたら、それこそレイが食べる分までなくなってしまってもおかしくはない。
それを警戒して、レイは一人一杯だけとしたのだ。
妖精達は少し不満そうだったものの、ここで不満を言えば食べられなくなってもおかしくはない。
だからこそ、一人一杯だけであっても不承不承受け入れる。
……また、それ以上にレイに対して不満を言えば、長からどんなお仕置きをされるか分からないからというのもある。
レイは知らなかったが、レイのマジックテントに入り込んでいた妖精達のことはニールセンが報告しなくても既に長が知っており、現在軽いお仕置きを受けている最中だ。
妖精達はそれを知っていたのだろう。
だからこそレイの言葉には素直に従う。
そんな妖精達の様子を疑問に思いつつも、レイはミスティリングから器を取り出すと、それにスープを盛り付けて妖精達に、そして自分とセトの分もしっかりと取り分けるのだった。