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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3312/3865

3312話

 貴族街にあるマリーナの家にセトは降下する。

 マリーナが精霊によって快適になるように調整しているので、マリーナの家の中庭には特に雪が積もっていたりということはない。

 簡易エアコン機能を持つドラゴンローブを着ているレイにはあまり意味がないが、気温も二十度前後という快適な温度が保たれている以上、もしここに雪が降ってきてもすぐに解けてしまうだろう。……そうなればそうなったで、地面に水溜まりが出来てしまうかもしれないが。

 実際にはマリーナの精霊魔法のお陰でその辺の心配は全くいらないのだが。


「っと……ん? エレーナ達は家の中か。ビューネもいないな」

「キュウ!」


 中庭にいなかったエレーナ達について呟くと、それに返事をするように鳴き声が聞こえてくる。

 それが一体誰の鳴き声なのかは、考えるまでもない。

 声のした方を見ると、ちょうどセトに向かって飛ぶイエロの姿があった。

 セトもギルムのマスコットキャラとして、その愛らしさが評判になっている。

 だが同時に、小さな黒竜のイエロもまたその愛らしさは見る者を虜にするだけの破壊力があった。

 これはイエロが小さいからこそなのだが。

 将来的に、それこそイエロが家よりも大きなドラゴンになった時、格好いいと思う者はいるかもしれないが、愛らしいと思う者はいないか、いても本当に少数だろう。


「グルルゥ?」


 背中にイエロが着地したセトは、レイに向かって遊んできてもいい? と喉を鳴らす。

 レイはそんなセトの言葉に頷くと、それを見たセトは早速中庭を走り出す。

 そんなセトの様子を見送ると、レイは家に向かう。

 いつもいるこの中庭にいないということは、恐らく家の中にいるのだろうと予想したのだ。

 雪が降っていても快適にすごせる中庭だったが、だからといって絶対にここにいなければならないという事はない。

 そうである以上、エレーナ達が別に家の中にいても不思議はないのだ。


(誰か面会に来てるのかもしれないな)


 もし誰かが面会に来ているのなら、その面会に来ている者が外での面会は嫌だと言えば、エレーナも無理に外で面会をとは言わないだろう。

 もっとも、面会する相手がエレーナは外での面会を希望しているのに、そこで無理を言って家の中で面会をすると言った場合、その時点でエレーナに不快感を与えることになってもおかしくはないが。


(あるいは単純に出掛けているとかだな)


 マリーナの家に寝泊まりしているエレーナだが、自分に面会を希望する者が多いからといって自分がずっと家にいなければならない訳でもない。

 何らかの理由があれば普通に出掛けるし、特に理由がなくても散歩をしても珍しくはない。

 特に今は、初雪が降っている。

 ……とはいえ、レイにしてみれば初雪だったが、レイがいない間にギルムで雪が降っていたかもしれないので、これが初雪ではない可能性も十分にあったが。

 もっとも、エレーナやアーラは散歩の可能性もあるが、人見知りの激しいビューネがわざわざ散歩をするとは思えない。

 そんな風に考えながら、レイは家の中に入る。

 中庭でセトとイエロが遊んでいたが、そちらは放って置いてもいいと考えたのだろう。


「レイ殿? もう戻ってきていたのですか?」


 家の中に入ると、ちょうど居間で紅茶の用意をしたアーラと遭遇する。

 アーラはまさかもうレイが戻ってきているとは思わなかったのだろう。

 明らかに驚いていたが、それでも用意した紅茶の道具を床に落とすといったことはなかった。


「ああ。ちょうどさっきな。マリーナとヴィヘラも無事に戻ってきてるぞ。先にダスカー様に報告することがあったから領主の館に行ったけど、そこからはセト籠じゃなくて馬車で戻ってきてる」

「そうですか。レイ殿を始めとして、皆が強者ばかりなので心配はいらないでしょうが……怪我をした方はいますか?」

「いや、誰も怪我らしい怪我はしていない。無傷だ」


 その言葉に安堵した様子のアーラ。

 エレーナ第一主義とでも呼ぶべきアーラだったが、だからといってそれ以外の者達に冷淡な訳ではない。

 こうして同じ場所で暮らしていれば、仲間意識も抱く。

 そんな仲間が無事だったのは、アーラにとっても幸いなことだった


「そうですか、よかったです」

「それでエレーナとビューネは?」

「エレーナ様は現在面会中です。少し事情があって、この居間ではなく客室の方で。ビューネは家の中にいないので、どこかに出掛けたかと」

「……ビューネが出掛けたのか?」


 レイの予想では人見知りのビューネが何の用事もなく出掛けるとは思ってもいなかった。

 しかし、そんなビューネが出掛けているという。

 それはレイを驚かせるに十分な話だ。


「はい。戦闘訓練を行ってるようです」

「あー……うん。なるほど」


 アーラの口から出たのは、レイにとっても予想外で、同時に予想出来た内容でもあった。

 ビューネの性格を考えると、例えば誰かと一緒に遊びに行くようなことはしないだろう。

 元々が人見知りなのだから、そこがレイの知らない間に治っていれば分からなかったが。

 戦闘訓練を行うというのは、やはり今回ビューネが置いて行かれたのが原因なのは容易に予想出来た。

 エレーナやアーラも置いて行かれたのだが、エレーナは貴族派から派遣されてきた人員ということで行けなかった。

 アーラはエレーナの護衛や付き人といった役割をしている以上、エレーナが行かないのなら余程のことでもない限り行く筈がない。

 このようにエレーナとアーラは行けない理由があったが、そんな二人と比べてビューネは純粋に戦闘力の問題で連れていくことが出来なかった。

 実際にはもしビューネを連れていけばオーロラの家の家捜しで役に立ったかもしれないし、偵察にその力を使えたかもしれない。

 詳細な意思疎通はヴィヘラしか出来ないという欠点はあったが。

 とにかくビューネはその件を気にして今まで以上に強くなろうと頑張っているのだとレイは予想した。

 実際にはビューネは盗賊達の中でもかなり高い戦闘力を持つ。

 だが、今回の件ではそれでも能力が足りなかったのだ。


「ビューネについては分かった。じゃあ、俺は部屋でゆっくりしてるよ。さっきも言ったけどもう少ししたらマリーナとヴィヘラが馬車で来ると思うから」

「分かりました。すぐにお茶を出せる用意をしておきます」


 この家に戻ってきて、すぐにアーラの淹れたお茶を飲めるというのは、かなりの贅沢だろう。

 アーラの淹れるお茶は美味く、使われている茶葉も美味いと有名なものだ。

 その時になったら自分も呼ばれようと考えながら、レイは自分の部屋に戻るのだった。






「レイ殿、少しよろしいでしょうか? エレーナ様がレイ殿とお話をしたいと」

「んん……ん……?」


 いつの間にかベッドで眠っていたレイは、ノックの音と共にそんな声で我に返る。

 昼寝程度の短い時間の睡眠だったこともあってか、朝に起きた時のように寝惚けたりすることはなく、すぐ我に返る。


「入ってくれ。……エレーナの客はもう帰ったのか?」

「はい。ちょうど入れ違いに馬車が到着しまして」


 その馬車が何の馬車なのかは、改めて聞くまでもなくマリーナ、ヴィヘラ、ニールセンが乗ってきた馬車なのは明らかだった。


「そうか、戻ってきたか」

「はい。……レイ殿、お休みになっていたところ、申し訳ありません」

「気にするな。ちょっと昼寝をしていたくらいだから。で? エレーナが俺に話をしたいって? 分かった、すぐに行くからちょっと待っててくれ」


 そう言い、レイはそれこそ一分も掛からずに身支度を整える。

 とはいえ、ベッドで寝るのに脱いでいたドラゴンローブを着て、軽く髪を整えたくらいなのだから、そのくらいの時間で十分だったのだろうが。

 そうして準備を整えたところで、何故か微妙に頬を赤くしているアーラの姿に気が付く。


「アーラ? どうした?」

「……その、レイ殿。私も一応女なので、目の前で着替えるとかは、その……」


 いや、何を今更。

 そう言おうとしたレイだったが、アーラの照れている姿が本心からのものであると知ると、疑問に思う。

 アーラはエレーナが率いる騎士団に所属している……どころか、現在は団長だ。

 もっともこうしてエレーナと一緒にギルムにいるのを見れば分かるが、実質的に騎士団を運営してるのは副団長を始めとした者達なのだが。

 ともあれ、そのような男も多い騎士団にいた以上、男が着替える光景は見慣れている筈だった。

 あるいは本当に裸になって着替えるのならまだしも、今のレイはドラゴンローブを脱いでいただけだ。

 とはいえ、レイもここで何かを言えば気まずくなるのは何となく理解していたので、謝罪の言葉を口にする。


「悪いな、あまり気にしないでくれ」

「……はい。では行きましょうか」


 その言葉にレイは頷き、アーラと共に部屋を出る。


「そう言えばマリーナとヴィヘラはともかく、ニールセンはどうしてる?」


 このまま気まずい雰囲気のままというのもどうかと思い、レイはそう尋ねる。

 アーラもそんなレイの気持ちを理解したのか、極力先程の光景を思い出さないようにしながら口を開く。


「真っ先に中庭に行って、セトやイエロ達と遊んでましたよ」


 その説明はレイもニールセンらしいと納得出来るものだった。

 ニールセンが何故自分と一緒にセトに乗るのではなく馬車で移動したのかは、レイにも分からない。

 恐らく何らかの気紛れによるものだろうと思ってはいたが。

 そうして馬車に乗ったニールセンだったが、セトが領主の館からマリーナの家まで移動するのと比べると、かなり移動時間は長くなった筈だった。

 そうである以上、ニールセンは馬車の中で退屈をしていたのは間違いなく、セトやイエロと遊ぶことでそれを発散させようと考えていてもおかしくはない。

 そのような会話をしながら歩き、すぐに居間に到着する。


「おかえり、レイ。挨拶が遅くなってしまったな」


 飲んでいた紅茶をテーブルの上に置き、エレーナは笑みを浮かべてそうレイに声を掛けてくる。

 そんなエレーナの側では、マリーナとヴィヘラが同じように紅茶を楽しんでいた。


「客がきていたんだろ? 何か特殊な客だって話だったけど」


 いつもならエレーナは中庭かこの居間で面会を行っている。

 だがレイが帰ってきた時、この居間にいたのは紅茶の用意をしているアーラだけだった。

 そのアーラからは、事情があって客室で面会を行っていると聞いていた。


「うむ。悪いがレイにも話は出来んが……女にとっては重要な話だったとだけ言っておく」

「中途半端に話されても、気になるだけなんだが。どうせなら最初から何も言わないでいてくれると助かる。……まぁ、その件はいいとして」


 女にとって重要な話と言われれば、レイも自分がここで下手に突っつくようなことはしない方いいだろうと判断する。

 もしここで自分が何かを言ったら、それこそ先程のアーラとの一件ではないが、微妙な雰囲気になってもおかしくはなかったのだから。


「マリーナとヴィヘラから話は聞いたか?」

「大体だがな。それにしても、今回の偵察……ではなく、強制捜査とでも呼ぶべきか? それは見事に成功したようで何よりだ」


 エレーナが輝くような笑みを浮かべ、そうレイを褒める。

 そんなエレーナの笑顔に一瞬意識を奪われたレイだったが、今は話をする方が重要だろうと思い直して口を開く。


「敵の……穢れの関係者の本拠地は分かったけど、ベスティア帝国だったのがちょっと気になってな。出来れば向こうが準備を整える前に、冬の間に奇襲したいところだけど」

「冬にベスティア帝国まで行くのか? それは……いや、セト籠があればある程度の人数は移動出来るのか」

「そうなるな。問題なのはベスティア帝国にあるというところだが……そちらについてはヴィヘラにどうにかして貰うかもしれないけど」

「私が? まぁ、穢れの関係者の本拠地の奇襲に参加出来るのなら、そちらに手を回してもいいけど……ただ、私が手を回したからといって、その通りに出来るとは限らないわよ? 私はもうベスティア帝国を出奔した身なんだから」


 そう言うヴィヘラだったが、メルクリオの件を思えば十分にまだ影響力が残っているだろうとレイには思えた。

 本人がそれをどのように思っているのかはともかくとして。


「穢れの関係者の本拠地か。……私も行くべきだろうな」

「エレーナ様……」


 エレーナの口から出た言葉に、アーラは力なくそう言う。

 エレーナがそのように言うだろうと予想はしていたし、その気になったエレーナに反対しても自分の言葉を聞くとは思えなかったし、貴族派としても決して悪くない選択だと思ったからだった。

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