2998話
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黒豹の右後ろ足の肉を食べ終わると、レイは即座に黒豹の解体を始める。
その解体も多少は時間が掛かったものの、最終的には何とか終わらせることが出来た。
当然ながら、黒豹の心臓にあった魔石も回収しているし、爪のような素材になりそうな部分もきちんと確保しておいた。
問題なのは、この黒豹の討伐証明部位がどこなのか分からなかったことだろう。
ミスティリングに入っているモンスター図鑑を調べてみたのだが、そこにも黒豹については載っていない。
もっとも、レイは暇潰しでよくモンスター図鑑を読んでおり、その内容はほぼ全てを覚えている。
それでもモンスター図鑑を確認したのは、もしかしたらという思いがあったのだろう。
結局モンスター図鑑は無駄足だったが。
あるいは最近新たに誕生したモンスターという可能性もある。
モンスターというのは、色々な手段で生まれる。
最も有名なのは、動物が魔力の濃い地で生活しているうちに、その魔力によってモンスターとなることだろう。
実際にはアンデッドは死体を放ってけばモンスターになるので、こちらの方が有名なのだが。
この黒豹はアンデッドではない以上、モンスターとなった親から生まれたか、あるいは魔力によってモンスターになったかのどちらだろうと予想出来る。
それでも詳細が分からない以上、レイは解体するのを失敗したか? と思う。
新種であった場合、死体を解体せずにギルドに持っていった方がよかったのではないかと、そんな風に思ったのだ。
もっとも、解体してしまった以上、既に遅いが。
また、当然ながらレイは黒豹だけではなく、黒豹が殺したオークの死体も回収している。
こちらはレイが殺した訳ではないが、オークを殺した黒豹をレイが殺したので、ついでにオークもまた自分の物にしたのだ。
こちらはそこまで急いでないし、黒豹の解体で時間が掛かったので、死体のままだが。
「さて、そんな訳でこうして妖精郷に戻ってきたけど……長のいる場所に行くか?」
「何でよ?」
何故この状況で長のいる場所に行くのか、全く理解出来ない。
そんな様子で告げてくるニールセンに、レイはそれも仕方がないだろうと思う。
ニールセンにとって、長に会いに行くということは何らかの作業を押し付けられるかもしれないと思えるのだ。
お仕置きの件も強く影響してるのは間違いないだろう。
そのような状況だけに、レイは特に長に苦手意識を感じていないものの、ニールセンは盛大に苦手意識を感じていた。
「黒豹はあの強さから、恐らくランクBモンスターだ。そんな高ランクモンスターが姿を現したんだから、長には知らせておいた方がいいだろ」
今回は偶然レイとニールセンが遭遇したから、特に問題らしい問題もなかった。
しかし、もしレイがいない場合にあの黒豹が現れたらどうなるか。
オークを倒してそれで満足したのなら、問題はない。
だが……オークのような獲物が見つからず、標的となる獲物を求めてトレントの森の中を移動している時に、妖精郷に近付いたら。
妖精郷の周囲を覆っている霧を突破出来るかどうかは分からない。
しかし、霧の中で生活している狼達は間違いなく黒豹によって殺されるだろう。
狼達は何らかの理由――妖精が関係しているのは間違いないが――によって、普通の狼以上の身体能力や頭の良さを持っている。
しかし、それはあくまでも普通の狼と比べてであって、ランクBモンスターの黒豹を相手にどうにか出来る訳がない。
そして狼達は自分達が妖精に雇われてここにいるというのを十分に理解しているので、間違いなく黒豹に攻撃する。
セトを相手にしても、怯えつつ立ち向かったのだ。
セトよりもランクが低い黒豹を相手に退くとは思えなかった。
そうレイが説明すると、ニールセンは不承不承といった様子で頷く。
ニールセンにとっても、妖精郷の周囲を守っている狼達は重要な存在なのだろう。
「分かったわよ。じゃあ……嫌なことはさっさと終わらせましょ」
そう言い、レイを先導するように長のいる場所に向かう。
途中で何人かの妖精に遭遇したものの、ニールセンの様子を見てちょっかいを出すのは危険だと判断したのだろう。
レイとニールセンにちょっかいを出してくるようなことはなかった。
そんな中、セトと狼の子供達、ボブ、妖精といった面々の姿が遠くに見える。
レイ達が妖精郷を出る時はセト以外全員寝ていたのだが、外にいる間……もっと具体的には黒豹の解体をしている間に、十分昼寝の時間は終わったのだろう。
「ニールセン、ちょっと寄っていくか?」
「それは……うーん……そうね……」
レイの言葉に、ニールセンは迷う。
本心では自分も一緒に遊びたいのだろう。
しかし、黒豹について長に話すというのは、後回しにするのではなく出来るだけ早くやっておきたかった。
その決意と視線の先の面白そうな様子。
そんな二つの思いの中でニールセンの心は揺れ動き……
「長のところに行きましょう」
そう告げるのだった。
「レイ殿? ニールセンも。一体どうしたのです? 勿論、ただ会いに来たというのなら歓迎しますが」
そう言いながら、長はニールセンの方を見る。
長は当然ながらニールセンが自分を苦手としているのを知っている。
せめてもの救いは、ニールセンが自分を苦手としてるのであって嫌っている訳ではないということか。
そのようなニールセンだからこそ、わざわざ何の用件もなく自分に会いに来るとはおもわなかったのだろう。
戸惑った様子の長に、レイは率直に本題を口にする。
「長、妖精郷からそんなに離れていない場所で、ランクBモンスターと思しきモンスターと遭遇した。勿論倒したから、安心してくれ」
「ランクBモンスターを? それは……嬉しいですが、何故その報告を?」
長にしてみれば、穢れの件ならともかく、普通のモンスターを倒したという報告を自分にするのが分からなかった。
「一応、といったところだな。妖精郷の側でランクBモンスターが姿を現したんだ。そうなると、もしかしたら穢れが関係している可能性があるかもしれないと思ってな」
「穢れが……?」
レイの口から出たその言葉は、長を驚かせるには十分だった。
しかし驚きは一瞬。すぐに長はレイに尋ねる。
「何故穢れが関係していると思ったのですか? レイ殿が倒したモンスターには、何か穢れに関係すると思われるものがあったと?」
もしそうであれば、妖精郷の防備を色々と考え直す必要がある。
そう言わんばかりの長だったが、長にとっては幸運なことにレイは首を横に振る。
「いや、そういう訳じゃない。俺が見たところ、黒豹……俺が倒したモンスターだが、それに穢れの関係はなかったな。具体的には黒い塵になるとか、そういうのだけど」
レイの言葉に少しだけ安堵する長。
だが同時に、ならば何故? と疑問に思ってしまう。
「では、何故穢れが関係していると判断したのですか?」
「正直なところ、何か具体的に証拠がある訳じゃない。ただ、穢れの一件があってすぐに高ランクモンスターがやってきたのを思えば、もしかしたらと思うだろう?」
「なるほど」
レイの説明は状況証拠とすら呼べない、ある意味こじつけのようなものだ。
しかし、長にとってはそれでも多少は納得出来るところがあったのか、少し悩ましげな様子を見せる。
「そのモンスターの死体は回収してありますか?」
不意にそう尋ねる長だったが、レイは少し困った様子を見せる。
死体は勿論回収している。
してはいるが、それは死体そのものではなく解体して肉や素材といった風になっているのだ。
しまった。
それがレイの正直な気持ちだろう。
「レイ殿?」
訝しげな長の声に、レイはこれ以上隠しようがないと判断して口を開く。
「死体はあるけど、もう解体してある」
「それは……」
この言葉は長にとっても予想していなかったのだろう。
戸惑いつつ、それでも少し考えて改めて口を開く。
「では、魔石はありますか? モンスターにとっての情報の全てがそこにあります。勿論、死体全てを確認出来るのが一番確実なのでしょうが」
「ああ、それならある」
セーフ! ぎりぎりセーフ!
そう内心で思いつつも、レイはミスティリングから取り出した魔石を長に見せる。
デスサイズに使うかセトに使うかで迷っていたし、ニールセンと一緒に行動していたのでデスサイズに使おうとしても無理だったのは間違いない。
そういう意味で、今回に限っては魔石をまだ使っていなかったことが、レイにとっていい方向に進んだ形だろう。
「では、魔石をお願いします」
そう言われ、レイはミスティリングの中から黒豹の魔石を取り出す。
その魔石を、長はニールセンにお仕置きしていた時のような超能力に見える何かを発揮して、自分の前に持ってくると、じっと観察を始める。
この魔石を見て、穢れが今回の一件に関係あるのかどうか……正直なところ、レイには分からない。
しかしこの状況で長が嘘を口にするとも思えない。
そうである以上、ここは長の言葉を素直に信じるしか出来ない。
魔石を確認している長を見ながら、レイはそんな風に考える。
なお、レイの隣ではニールセンもどこか不安そうな様子を見せていた。
ニールセンにしてみれば、もしこれで黒豹が穢れと関係しているのなら、もしかしたら長にお仕置きをされるのではないかと、そう思っているのだろう。
そんな二人の視線の先で……やがて、魔石を見ていた長は顔を上げる。
長の顔を見た瞬間、レイとニールセンは安堵の表情を浮かべる。
何故なら、長の表情に深刻な色は一つもなかったからだ。
そして次に長が口にした言葉で、それは正式に確定する。
「問題ありませんね。魔石を見た限りでは、穢れの影響は一切ありません」
「つまり、高ランクモンスターが妖精郷の近くにやって来たのは、単純に偶然だったと、そういうことになるのか?」
「はい。そうなりますね。……今日こうしてやって来たので、レイ殿が警戒する理由は分かります。ですが、この魔石を持っていたモンスターは穢れには関係ありません。……あるいは、もし穢れに関係があっても、魔石にまでは穢れの影響が及んでいなかったといったところでしょう」
長のその言葉に、レイは心の底から安堵する。
折角倒したランクBモンスターの黒豹の魔石が、実は穢れの影響でおかしくなっているといったように言われると、レイもそれにどう対処していいのか分からないのだ。
穢れに侵された死体のように、穢れに侵された魔石もまた、黒い塵の人型……あるいは魔石であるということを考えると、黒い塵の豹型とでも呼ぶべき存在になって自分に攻撃をしてくるという可能性は十分にあった。
(それでも黒い塵の人型のことを考えると、黒豹が使っていたように素早い速度での移動は出来ないかもしれないけど。ん? その場合翼での移動はどうなるんだ? ……まぁ、正直なところ今はその辺について考える必要もないか)
レイにとって重要なのは、やはり黒豹の魔石が自分にとって普通に使えるということだ。
魔獣術を使うレイにしてみれば、魔石の一番重要な使い道はそれしかないというのが正直なところだったが。
「どうぞ」
長が確認していた魔石をレイに向かって渡してくる。
自分の手で直接レイに渡してくるのではなく、あくまでも超能力か何かで浮かせている魔石をレイに向かって渡してきたといった感じなのだが。
「悪いな。黒豹……高ランクモンスターが妖精郷の近くに来たのが、穢れのせいじゃなくて偶然だったのはいい方向だったな。もしこれで穢れの影響によって高ランクモンスターが次々と妖精郷の近くに姿を現すとなると大変だろうし。……俺にとっては高ランクモンスターを倒せるからいいけど」
レイにとっての最善は、当然ながらこの妖精郷に穢れの影響によって高ランクモンスターが次々とやってこないということだ。
しかし、もしそうなった場合には、レイはセトと共に嬉々として高ランクモンスターを狩るだろう。
例外は多々あれども、基本的に高ランクモンスターの魔石程に新たなスキルを習得出来たり、スキルが強化されたりする。
そういう意味では、もし高ランクモンスターが次々と妖精郷の側に姿を現すということいなれば、レイやセトにとって稼ぎ時でもある。
黒豹のように、魔石以外にも素材や肉が得られるというのも大きい。
「取りあえず問題がないのならいい。……いきなりで悪かったな」
「いえ、構いませんよ。遠慮をした結果、穢れに関係した情報が入手出来なかったという方が問題なので」
そう告げる長に、レイは改めて感謝の言葉を口にしてからその場を去るのだった。




