2997話
黒豹を倒したレイは取りあえずニールセンを落ち着かせ、次にやったのは当然ながら解体。
折角高ランクモンスターを倒したのだから、その解体を出来るだけ早く行うのは当然だった。
まずは血抜き。
幸いにも周囲には多数の木が生えているので、黒豹の左後ろ足をロープで結んで木の枝にロープを通すことによって吊り下げる。
頭部……というよりも、最後の一撃で喉が破壊されてしまった黒豹だけに、頭部を失った首から血が流れ出る。
それを見ながら、レイはまず右後ろ足の解体から始める。
こちらもまた黄昏の槍の一撃によって半ば皮だけで繋がっていた状態だったのだが、ニールセンの魔法によって拘束された黒豹が、必死になってその拘束から脱出しようとした際に千切れてしまったものだ。
そのような状況になっても痛みに耐えて生きることを諦めなかったのは、高ランクモンスターだからか。
そんなモンスターの肉だけに、間違いなく美味いだろうとレイには予想出来た。
(豹の肉とか、日本にいた時はとてもじゃないけど食べる機会はなかったよな。熊とか鹿とか、そういうのなら父さんの知り合いの猟師から貰ったりして食べたけど)
豹の肉をどうやって料理すればいいのかは、生憎とレイにも分からない。
しかし高ランクモンスターの肉である以上、それこそ適当に焼いて食べても美味いのは間違いなかった。
勿論、きちんとした腕の料理人に料理して貰えば、そっちの方が美味いのは間違いないのだが。
「ねぇ、ねぇ、レイ。その肉も美味しいのよね? いつ食べるの?」
先程まではレイに文句を言っていたニールセンだったが、レイが解体を始めると期待の視線を向けながら聞いてくる。
さっきまでの態度はどうしたと、そう突っ込みたくなるレイだったが、今この場でそのような突っ込みをして、また怒らせるようなことになったら意味もない。
「そうだな。今日の夕食にでもするか。ただ……多くの妖精が食べに来ると、ニールセンが食べる分がなくなってしまうかもしれないな」
「誰にも言わないわ!」
即座にそう答えるニールセン。
間違いなく美味い肉なのだから、自分が食べられないというのはありえない。
そう言いたいのだろう。
レイもその言葉には同意する。
ニールセンが戦いに何も関与していないのなら、食べられなくてもいいと思うだろう。
しかし、黒豹との戦いでニールセンは逃げろと言われたにも関わらずその場に留まり、それどころか魔法を使って黒豹の動きを拘束してレイの援護を行った。
そのような功績がある以上、当然のようにニールセンにもこの黒豹の肉を食べる権利があるというのがレイの考えだ。
「そうだな。じゃあ、あっちの解体が終わったら、この足の肉を少し食べてみるか。実際に食べてみないと、どういう料理に向くのか、肉質が固いのか柔らかいのか。そういうのが分からないからな」
「え? 本当!?」
レイの提案に嬉しそうに叫ぶニールセン。
……実際には、これはニールセンに対するお礼という意味の方が強い。
肉を食べてみたいという気持ちがあるのは間違いない。だからといってレイは料理を食べるのは好きだが、作るのは得意ではない。
そうである以上、肉質を確認してもそれがどういう料理に向いているのかといったようなことは分からないと理解している。
それでも実際にレイもまた肉を食べてみたいという思いがあるのは間違いないので、そういう意味では自分の為でもあるのだろう。
「ああ。とはいえ、この足だけだぞ」
「分かってる、分かってる。そもそも、この足だけでもかなりの大きさじゃない。私とレイだけじゃ食べきれないわよ?」
黒豹の大きさは、セトには及ばないもののかなりの大きさがあった。
そんな黒豹の右足の肉だ。
当然だがその肉の量はかなり多いだろう。
味見ではなく、本格的に食べるようなことになっても普通なら全てを食べきるのは難しい。
しかし、レイはその外見からは信じられないくらいの量を食べる。
さすがにセトには及ばないものの、この程度の肉を食べきるのは難しい話ではない。
(けど……串焼きで塩を振って食べるだけだと飽きそうな気もするけど)
どういう風に食べるべきかとレイは迷う。
黒豹の動きを見れば、非常に俊敏な動きをしていた。
つまり、脂肪の類は殆どない、いわゆる赤身肉と呼ばれる部位が多くなるように思える。
実際、右後ろ足の部分から見ているところを確認すると、そのような肉のようにも思えた。
少なくても、いわゆるA5級やブランド牛のように脂肪が多く入っているといったことはないだろう。
別にレイは赤身肉が嫌いだという訳ではない。
食べている時に肉々しい感じがするという意味では、寧ろ脂身の多い肉よりも好みだ。
ただ問題なのは、その手の肉は調理方法を失敗するとかなり固くなってしまうということだろう。
そしてレイは料理が出来るが、決して得意な訳ではない。
そういう意味では、試食で失敗する可能性もあるということだろう。
「まぁ、やってみて駄目ならマリーナに頼んでみればいいか。肉の量も多いんだし」
呟きつつ、素早く右後ろ足を解体していく。
黒豹が大きめなモンスターだけに、解体するのはそれなりに時間が掛かる。
しかし解体そのものは、それなりに慣れているのでスムーズに進む。
……それでも解体が得意という冒険者達よりは速度も丁寧さも劣るが。
皮を肉が残らないように剥ぎ、肉が骨に付着しないように切り分け、筋や太い血管を取り除いていく。
そうして、まずは肉を一口サイズに切って串に刺す。
周囲に落ちていた木を集め、簡単な魔法で燃やすと串に刺してある肉に塩を振り掛け、火の位置を確認しつつ、地面に突き刺す。
この時、火に近すぎるとすぐに肉が焦げてしまうし、火から離れすぎると幾ら時間が経っても肉に火が通らない。
火の管理には、それなりに気を遣う必要があった。
「よし。ニールセンはここで肉を見ていてくれ。俺は向こうの黒豹の死体を解体してくるから。血抜きもかなり終わったようだし」
元々、右後ろ足を貫いた時や、何よりも喉を貫いた時に、かなりの血が出ているのだ。
そうである以上、こうして後から血抜きをするのにもそれなりに時間が短縮出来るのは間違いなかった。
「え? ちょっ、レイ!? 私が見てるの!?」
レイが黒豹の本体の解体をする間、当然だが肉を見ている者が必要だ。
頑張れば肉を焼きながら解体をするといった真似も出来るのだが、そうなれば肉が焦げすぎたり、あるいは火から遠すぎて全く焼けなかったり、それこそ場合によってはモンスターや動物に肉を奪われる可能性も否定出来なかった。
そうである以上、やはり誰かが肉を見張る役目は必要となる。
「美味い肉を食べたいんだろう? なら、ニールセンも料理には協力して貰わないと困るな」
「そ、それは……分かったわよ……」
実際、レイが黒豹の死体を解体しないと、夜に食べる分がなくなる。
それにこの焼いた肉が美味い場合、是非ともこの肉をたくさん食べたいと思う。
だからこそ、レイにはしっかりと黒豹の解体をして貰う必要があった。
ニールセンが納得したのを確認すると、レイは解体に入る。
最初に解体するのは、身体……ではなく、頭部。
モンスターの眼球や脳みそはマジックアイテムやポーションを作るのに必要なことが多い。
また、黒豹の牙は間違いなく何らかの素材となるだろう。
他にも舌が何かに使えそうだと判断して解体していく。
身体よりも頭部の解体の方がグロテスクな光景ではあるのだが、その辺は慣れだ。
それこそ繰り返し解体を行っていれば、解体にも慣れてくる。
手早く頭部を解体し、重要な部位は汚れたり零れたりしないようにガラス瓶のような専用の容器に入れる。
特に脳みそはかなりの大きさなので、相応の容器が必要となる。
ただ、レイの場合はミスティリングに入れればいいので、かなり楽な方だ。
ミスティリングがない場合は、手で持って運ぶなり、馬車で運ぶなりするにしろ、かなり慎重に動く必要があるのだから。
途中で戦闘をするなど、もっての他だろう。
「さて、次は本体だな。……ニールセン、そっちはどうだ?」
「問題ないわ。ただ、そろそろ食べてもいいと思うけど」
「なら、最初に味見をするか」
黒豹の身体を解体している最中に、手が血や体液といった諸々で汚れた状態で肉を食べたいとは、レイも思わない。
流水の短剣を使って手を洗い、ニールセンが自慢げにしている焚き火の場所に向かう。
自分がこの肉を焼いたと、そう胸を張るニールセン。
実際にそれは間違っていないので、レイは感謝の言葉を口にする。
「ニールセンのおかげで上手く焼けたみたいだな。……じゃあ、食べるか。料理を作った特権だ。最初にニールセンが食べるか?」
「え? いいの? なら、食べる!」
レイの言葉に喜んで肉の刺さった串を手にするニールセン。
ニールセンにしてみれば、この肉は自分が焼いたという自負があるのだろう。
だからこそ、やはり最初に肉を食べたいと思うのは当然だった。
ニールセンは早速肉に齧り付く。
味付けは塩程度だったが、それでも口の中一杯の肉はニールセンを喜ばせるには十分だった。
「ふみゃい!」
口の中一杯に肉を頬張っているので、何を言ってるのかはレイにも分からない。
しかし、ニールセンの嬉しそうな様子を見れば、何と言ってるのか予想するのは難しい話ではない。
「そうか、美味いようで何よりだ。なら……」
ニールセンの様子を見ていたレイも手を伸ばし、肉の刺さった串を手に取る。
肉を囓ったレイが最初に驚いたのは、その弾力。
素早い移動が得意な黒豹なので、恐らくその肉は固いだろうと思っていた。
そして実際にその肉は固い。
だが、その硬さはレイが日本にいた時に食べた老鶏の肉のような硬さ……レイの住んでいた場所の方言でいう『しんね』というような硬さではない。
囓る歯に弾力はあるが、それは嫌な弾力でない。
噛み切ろうと思えば、すぐにプツリと噛み切れる。
そして口の中一杯に広がる強烈なまでの肉の味。
それはサシの多い高級な牛肉とは明らかに違う肉だったが、それでも噛んでいると自分は肉を食べていると実感出来るような、そんな肉だ。
口の中にあった肉を飲み込むと、また一口食べたくなるような、そんな肉。
「これは……美味いな」
「でしょう? でしょう? ちょっと凄いわよ、この肉!」
レイの呟きを聞いたニールセンは、嬉しそうに言う。
自分が手伝って倒したモンスターの肉が、ここまで美味いというのは驚きだったのだろう。
スモッグパンサーの棲息していた森の戦いでも、それなりに高ランクモンスターは倒している。
倒しているのだが、それでもやはりこうして明らかに高ランクモンスターを倒すというのは大きな意味を持っているのだろう。
「戦った時は、ランクBモンスターの中ではそこまで強いように思わなかったんだけどな。トレントの森に偶然迷い込んできたにしては、ある意味俺にとっては丁度いい相手なのは間違いない」
魔石もあるし、と。
そこまで口に出さずにレイは呟く。
この黒豹は、レイにとっても明らかに未知のモンスターだ。
そうである以上、その魔石は魔獣術に使えるという意味で非常に大きな意味を持つ。
(セトに使うか、デスサイズに使うか。その辺はセトと相談してから決めた方がいいだろうな)
ランクBモンスターと思しき黒豹だけに、間違いなくスキルを習得、あるいは強化出来るという確信がレイにはあった。
それだけに、誰が使うのかは後でセトとしっかりと相談して決める必要がある。
「けど……何でいきなりこんなモンスターが妖精郷の近くに現れたのかしら?」
「ここは辺境だし、トレントの森はまだ縄張りとかもきちんと定まっていないから、それでじゃないか? 後は、オークの肉を食いたかったとか」
「だといいんだけど……」
「何か心配があるのか?」
「穢れに関係していたり、しない?」
穢れに関係して黒豹がやって来た。
ニールセンの口から出たその言葉は、レイにとって少し意外だった。
穢れと黒豹の間に関係があるようには思えなかったからだ。
少なくても、レイが見た限りでは黒豹と穢れの間に何らかの共通点があるようには思えない。
だとすれば、何かもっと別の理由によって黒豹が来たのだろうと、そう思える。
(とはいえ、穢れについてはまだ分かっていないことが多いのも事実。何らかの理由でモンスターを引き寄せるといったようなことがあるかもしれないか)
レイやニールセンに理解出来ないのなら、レイが取る方法は一つだけだ。
「長に尋ねてみるか」
その言葉に、下手をしたらまた何か手伝わされるかもしれないと、ニールセンは微妙な表情を浮かべるのだった。




