2895話
好きラノ2021年上期が始まりました。
レジェンドは16巻が対象になっていますので、投票の方よろしくお願いします。
URLは以下となります。
https://lightnovel.jp/best/2021_01-06/
締め切りは7月24日となっています。
「今夜はこちらに泊まっていって下さい。ただ……人間が泊まるような場所はないので、今から用意することになりますが」
ニールセンがレイと一緒に行動することが決まるが、今すぐに出発するということにはならなかった。
レイとしては初めて戦うモンスターということでスモッグパンサーの魔石を楽しみにしていたのだが、長としては今日ここに来たばかりのレイを今すぐ出発させるといったような真似はしない方がいいと判断したのだろう。
この妖精郷に住む妖精にとって、レイは恩人だ。
妖精郷に踏み入ろうとした相手を倒して貰い、ギルムのダスカーとの橋渡しをして貰い、今度はスモッグパンサーの魔石を譲って貰うということになっている。
だからこそ、そんな恩人であるレイには気を遣う。
……もっとも、長が口にしたように妖精郷に人が泊まる為の施設はない。
なお、妖精は木の中――比喩ではなく――に入ってそこで眠っているので、妖精達の眠っている場所にレイを招待するといった真似は出来ない。
「泊まる場所か? それなら気にすることはない。マジックテントがあるから、それを置く場所があれば、それで寝る場所としては問題ない。一応、ギルムに戻るといった選択肢もあるんだが……」
「戻れないのでしょう?」
「そんな感じだ。それに明日にはニールセンと一緒にスモッグパンサーのいる場所に向かうのなら、ギルムに行くのは、ここに戻ってくるだけ手間だしな」
セトの飛行速度を考えれば、ギルムからトレントの森までの移動はそう時間が掛からない。
事実、ギルムの増築工事でレイが活躍していた時は、何度もトレントの森に来て樵の伐採した木をミスティリングに収納し、錬金術師達のいる場所まで運んでいたのだから。
樵達が活動しているのはトレントの森の外縁部であり、妖精郷があるのはトレントの森の奥という違いはあるが、空を飛ぶセトにしてみれば誤差でしかない。
そういう理由から、それこそギルムに戻ってもいいのだが、当然ながらレイがギルムに戻ればクリスタルドラゴンの一件で接触してくる者が多数出てくる。
一応レイは……というかセトは、空を飛んで直接ギルムに降りてもいいという許可を貰っている。
しかし、上空からマリーナの家に降下するような真似をすれば、当然のように目立ってしまう。
マリーナに……あるいはマリーナの家を自分の拠点として使っているエレーナに面会を求めて来る者が増えるのは間違いない。
だからこそ、レイとしてはそういう面倒を避ける為に妖精の森に泊まるというのはありがたいことだった。
「そうですか。では、どこでも好きな場所にそのマジックテントというのを使って下さい。……ニールセン、レイさんの案内を」
「分かりました」
普段は陽気で悪戯好きの妖精であるニールセンだったが、長の命令には逆らえない。
ここで下手に長に逆らうような真似をした場合、それこそスモッグパンサーに対する生き餌として使われる可能性があるのだから。
それが分かっているニールセンは、長の言葉に即座に頷いた。
ニールセンの様子を満足そうに見ると、長はレイに一礼して去っていく。
なお、そんな長の側には先程レイが渡したドワの実が未だに浮かんでおり、それが長の迫力を微妙に損なっていたのだが……取りあえずレイはそれを気にしないことにした。
同時に、去っていく長が鼻歌を歌って嬉しそうにしているのも気が付かない振りをする。
レイだけではなく、ニールセンもそれはまた同様だった。
「それで、レイ。マジックテントだっけ? それを使うにはどのくらい広ければいいの?」
「別にそこまで広い場所はいらないな。その辺でも全く問題ないと思う」
「そう? けどまぁ……そうね。適当な場所に案内してあげる。長からの命令だし」
そう言うニールセンと共に、レイはマジックテントを置く場所を探して移動を開始する。
しかし、そんなレイとニールセンは当然のように妖精郷では目立つ。
基本的に妖精……後は先程セトと一緒に遊んでいた狼の子供達くらいしかいない場所なのだから、レイが妖精郷の中を移動していれば目立つのは当然だろう。
そんなレイとニールセンには、当然のように多くの妖精が群がってくる。
元々が好奇心の強い妖精で、それを抜きにしてもレイから貰ったドワの実や、以前レイがお土産を持ってきたことを覚えている者も多いのだろう。
「ねーねー、レイはこれからどうするの?」
「私達と遊ばない? 追いかけっこは得意なのよ」
「そんなことより、甘いお菓子をちょうだいよ!」
そんな風に言いながら集まってくる妖精達に、レイは適当に答えていく。
「今夜は長から許可を貰ってこの妖精郷に泊まることになったから、その泊まる場所を決めている。追いかけっこはセトなら喜んでやってくれると思うぞ。甘いお菓子はまた今度な」
そんな会話をしつつの移動だったが、中には警戒心に満ちた視線を送ってくる妖精もいる。
基本的に好奇心の強いのが妖精なのだが、別に妖精の全てがレイと友好的に接したいと思っている訳ではなく、レイを警戒している者も少数だがいる。
(今日俺が最初に会った妖精も、そんな感じだったんだろうな。……個人的にはともかく、妖精郷全体として考えた場合、警戒心が強い個体がいるのは決して悪い話じゃないと思うが)
レイにしてみれば、妖精に危害を加えるつもりはない。
そんな自分が警戒の視線を向けられるのは、やはり面白いことではないのだ。
しかし自分のことを抜きにして考えた場合、そのような個体がいるのは妖精郷にとってプラスだろうとは思う。
「ちょっと、いい加減にしなさいよね! レイは私が……わ・た・し・が、長から案内するように頼まれたんだから!」
レイの周囲に集まってきた妖精達に対し、ニールセンがそう叫ぶ。
ニールセンにしてみれば、レイと一番親しいのは自分だという思いがある。
そんなレイが他の妖精達と仲良くしてるのは、どことなく面白くない。
それ以外にも、レイを泊まる場所に案内するという命令をしっかりと実行しなければ、スモッグパンサーの生き餌にされる可能性は否定出来ないのだから。
「あー、ニールセンったら嫉妬してる!」
そんなニールセンに向かい、妖精の一人がからかうように言う。
ニールセンはそんな妖精に対して一体何を言っているのかといった様子を見せる。
「ちょっと、何を言ってるのよ。いい? 私は長からレイの面倒を見るように頼まれたんだからね」
「あははは。焦ってる焦ってる」
ニールセンのそんな反応に、嫉妬してると言った妖精が嬉しそうに笑う。
ニールセンにとって、自分をからかっている妖精は面白くないらしく突っ込んでいく。
当然ながらニールセンと同じ妖精なので、空を飛ぶのは得意だ。
空中で追いかけっこをする様子を見ていると、それを見て面白そうだと思ったのだろう。
レイの周辺にいた妖精達も、その追いかけっこに加わっていく。
ニールセンもまた、追いかけっこをしているうちにその理由を忘れてしまったのか、いつの間にか笑い声を上げていた。
「うん、まぁ……妖精だしな。そう考えれば、この結果はそんなにおかしな話でもないか」
いつの間にか空中で始まった鬼ごっこを眺めつつ、レイがそんな風に呟く。
本来なら放っておかれているレイは不満に思ってもいいのだが、多くの妖精が空を飛びながら追いかけっこをしている光景は、見ているだけでも十分に面白い。
何らかの独自のルールでもあるのか、時々その追ってる方と追われている方が入れ替わったりもする。
暫くはそんな追いかけっこを見ていたレイだったが、五分くらいならともかく、それが十分、十五分ともなれば飽きてくる。
妖精達も追いかけっこに飽きないのかと思っていたのだが、予想外に熱中しているのか終わる気配はない。
このままただ待っているのも暇なので、レイは追いかけっこをしているニールセンに声を掛ける。
「生き餌」
ビクリ、と。
レイの呟きが聞こえたのだろうニールセンが、動きを止める。
……それでいながら、地上に降りてくる様子はなく空中に浮かんだままなのは、背中の羽ではなく魔力的な何かで飛んでいるのだろう。
ともあれ、空中で泊まっていたニールセンはやがて真っ直ぐにレイの右肩に降りてくる。
「あ、あははは。やだな、レイってば何を言ってるの。私はこの後すぐにレイを案内しようと思っていたんだから。ほら、行くわよ」
このままここに残るとまた遊んでしまって危険だと判断したニールセンは、必死になってレイのドラゴンローブを引っ張る。
他の妖精達は、最初こそニールセンの行動に気にしている者もいたが、すぐ皆で遊んでいた方が面白いと判断したのか、再び鬼ごっこを始めた。
ドラゴンローブを引っ張るニールセンはそんな仲間の様子を少しだけ羨ましそうにしていたものの、先程レイの口から出た生き餌という言葉を忘れてはいないのか、移動する。
結果として、レイに集まっていた他の妖精達を追い払うことが出来たという点でニールセンは自分の仕事をしっかりとこなしていたのだが。
「それで、俺をどこに案内してくれるんだ? こうして妖精郷を見学してるのも悪くないけど、いつまでもこのままって訳にはいかないだろ?」
「うーん、そうね。どこか希望するような場所はある?」
「特にないな。その辺は任せる」
「そういうのが一番困るんだけど……まぁ、いいわ。じゃあ、取りあえず私のお気に入りの場所に連れていってあげるから」
そう告げたニールセンは、レイを引っ張って妖精郷の端の方に向かう。
妖精郷そのものはそこまで広い訳ではないので、そう時間も掛からずに目的地に到着した。
妖精郷の端の方にあったのは、池。
そこまで大きな池という訳ではない。
それこそ大きな魚にとっては狭苦しいと思ってもおかしくはないような、そんな池。
だが、その池には特に魚が泳いでいる訳ではなく……代わりに水面には多数の花が浮かんでいる。
どの花も、レイが初めて見る花だ。……もっとも、レイは元々そこまで花に詳しい訳ではないので、レイの知らない花というのはそれこそ数え切れない程にあるのだが。
「へぇ……ここは随分といい場所だな。この花は何か特殊な花なのか?」
「そうよ。私達が魔法を使って育てている花なんだから」
自慢げに言うニールセン。
レイは水面に咲いている青、赤、黄色、緑、黒、白……といった様々な色の花の美しさに目を奪われる。
もしレイがこの妖精の魔力によって咲いた花がどれだけの値段で取引されているのかを知っていれば、ここまで素直に花の美しさを鑑賞は出来なかっただろう。
それを知ったからといって、花を根こそぎ採るといったような真似をはしないだろうが。
「ふふん、凄いでしょ。だからここで寝てもいいわよ」
「そうだな。そうするか。こういう光景を見て眠るのは、悪くない。……もっともマジックテントの中で眠るとなると、この光景を見ることも出来ないんだが」
「そうなの? なら、そのマジックテントとかいうのに入る前にしっかりとこの光景を見ておきなさいよね」
池に咲いている花はニールセンにとってよほど自慢なのだろう。
池の上を嬉しそうに飛び回りながら、そう言ってくる。
レイはそんなニールセンの言葉を聞きながら、ミスティリングの中からマジックテントを出す。
するとニールセンは早速好奇心を発揮したのだろう。花の上で飛んでいたのが、すぐにレイのいる方にやってきてマジックテントの上を飛び回る。
「へぇ、これがマジックテント? 見た感じだと、あっちの湖にある場所のテントと変わりないわね」
「あれ? 今更だけど……前にニールセンはマジックテント見たことがなかったか?」
ニールセンの言葉にふと気になったレイはそう言うが、その言葉を聞いたニールセンは首を傾げるだけだ。
「そうだったかしら? そんな記憶はないけど。まぁ、覚えてなかったってことは、そんなに重要じゃなかったんでしょ」
そう言われれば、レイもその言葉には納得出来る。
より正確には、ニールセンだからということで納得してしまう。
「そうか? まぁ、ならそれでいいか。それはともかくとして、中に入ってみるか?」
「え? そう? 入る入る!」
レイの言葉を聞き、嬉しそうな声が周囲に響く。
そんな声を聞きながら、レイはニールセンと共にマジックテントの中に入る。
「うわっ、ちょっと、これ……一体どうなってるの!? 凄い凄いすごーいっ!」
嬉しそうに叫ぶニールセンの声を聞きながら、レイは満足そうに笑みを浮かべるのだった。